請求書
「アギル、黒髪の女性を見なかったか?」
と、早朝朝靄の中、礼拝堂にルカの声が響いた。
「おはよう、ルカ。黒髪の女性? いくつ位の」
「ルカ、アイが部屋にいないの?」
と、ナリスがアギルに被せるように声を掛ける。
「えっ?、ナリス? ど、うん、アイが部屋にいない」
と、戸惑いながらルカが答える。
「もしかしたら、クルナの部屋に居るかも知れないわ」
と、ナリスが掃除道具を持ったまま言ってくる。
「クルナの部屋に?」
と、ルカがアギルとナリスを交互に見ながら聞いてくる。
「多分よ。お館の中を探したんでしょう。クルナの部屋に行くなら、侍女長かルッツに言ってからにしてね」
と、ナリスが言って道具を片付ける。
「アギル?」
「ルカ、言いたいことは分かる。分かるが後で説明するから、それよりアイってナリスと一緒に居てたやたら綺麗な使用人の娘のことか?」
と、アギルが聞いてきた。礼拝堂の奥でナリスが首を振っている。
何もアイについては言っていないと言う事だろう。それなら後で説明すればいい。
「ナリス、今日はお休みか?」
と、ルカが奥に居るナリスに問いかければ、頷くナリスに手をあげて、
「分かった。ありがとう」
と、礼拝堂を出る。手に掴んでいるのは、アギルの腕ごと外に引っ張り出して、
「どういう事だ?」
と、ルカが聞く。
「もう、掃除は終わったから後でアートムさんに報告するけど、今聞きたいのか? アイって子を探していただろう?」
と、アギルも聞いてくる。
「ナリスがクルナのとこだろうと、言うならそうだろうし、父に報告とは?」
「一連の事だよ。私用とは一緒にしないよ。掃除が今になったのは確認したいことがあって実家に戻っていたから、遅くなってのことだし」
と、軽くアギルが説明する。
「分かった。じゃぁ後でだな」
と、ルカも切り上げる。
「あの綺麗な娘は、ルカの嫁さんかい?」
「………………」
何も言わずに、館の方に駆けていく。
「アイはクルナとアイルを挟んで一緒に寝ているよ」
と、侍女長のノアが部屋から出てきて、ルカに報告する。
「どうしてクルナの部屋に?」
と、ルッツも聞いてくる。部屋の前には、ノアさんとルッツにルカと、ニックさんが揃っている。
「分からないけど、ナリスがもしかしたらって教えてくれたんだ」
と、ルカが言うと、
「ナリスは休みだよ、朝早くから出掛けたんだね」
と、侍女を纏めているノアさんが言うが、
「それより、寝ているだけかい? 体調は悪そうでなければ起こしても大丈夫だろうか?」
と、ルカがノアさんに聞けば、
「いつお乳をあげたかは分からないけど、アイルがぐずれば寝てられないよ。いつもそろそろだけど、起こさなくても起きてくるよ」
と、ノアさんが言えば、
「アイの居場所が、分かったことだし仕事に戻りましょう」
と、ニックが言い出す。
「私は、部屋の前で待ってい」「あら!」
と、部屋のドアが開いて藍が出てきた。皆の視線を受けて、慌てる藍が、
「おはようございます。寝坊しましたか?」
「おはよう、アイ。どうしてここに?」
と、ニックさんが笑顔で聞いてくる。
「たまたまですよ。アイルくんと遊んでそのまま寝てしまったようです。
あっ、ノアさん今日はナリスさんがお休みですよね。誰か手伝ってくれる人は居るんですか?」
と、藍がノアさんに聞く。
「それなら、侍女仲間が手分けして手伝う予定だよ。クルナがまだ歩けないからね」
と、ノアさんが説明してくれる。
「それなら良かった。じゃぁ身支度してきます。心配かけましたか?」
と、聞けば皆さん各々仕事にもどって行く、ルカだけ残して。
「アイ、心配するじゃないか! 部屋に居ないから」
と、ルカが言えば、
「じゃぁ、部屋を出る時は、手紙を置いて出ればいいの? あっ! 私アイルくんに玩具を作ったんだった」
と、2階に上がりながら言えば、
「アイ!!」
と、ルカに強く呼ばれた。
「ルカ、心配って何が心配なの? 心配するようなことが起こっているの? 私の事なのに私には、何も知らせない。だったら私は好きにしていいのよね」
と、部屋の前でルカに言えば、
「アイの自由を作ってあげたい。今はその準備だと言ったら聞いてくれるのか?」
「準備が必要なこと? 私を除け者にしてどんな準備なの? 準備されている過程で私の意見は必要ないの? 言われた通りに動く人形じゃないのよ。
私は、身体が弱くて勝手に死んでるかも知れないけど、後先考えなければ動けなくもないことを、知って欲しかった。
ルカが、心配してくれているのは私の体であって、気持ちや心でないなら、自由にもなれないね」
と、部屋の中に入っていく。
……あちゃ~! 正直にぶちまけ過ぎた。なんだろう? ルカは司と被ると思っていたのに、あれもこれも駄目だと言う湊と被った。
湊が私を心配して行動を制限してくるのを、樹兄が私の心を代弁してくれて、司が間を取ってくれていたんだ。湊がどれだけ私を心配しているかを樹兄が後で教えてくれていたんだった。
人の気持ちなんてスケルトンでもないから分からないよね。自分の気持ちも相手の気持ちも。
分かっても困るか? 困るな。私も勝手だな……
「セイ様、何故か? 気持ちが制御出来ません」
と、藍が画面のウネウネに訴える。
『さきほどまで、あかごといっしょにいたであろう?』
と、セイ様が言うが、
「確かに、赤ちゃんのアイルくんといっしょにいましたが」
と、藍が言えば、
『あかごは、うったえるものをそのままにだす。アイはそのあかごのしんをうけているんだろうな』
……赤ちゃんの要求? に、影響を受けている?
『ひとのこは、はじめからなきでしらせるであろう。くうふくもふかんじょうさも、おのれのようきゅうのみを、しらせみたしておるのが、あかごだな』
と、セイ様が言う。
……確かに、母親が疲れていようが、三時間ごとに母乳を要求して、暑いや寒いや不安に不快をそのまま泣きで伝えるね。真っ正直な動物なわけだ。
その影響? って、わたしが正直にぶちまけすぎたこと?
『そのあかご、アイのかごのよさをしっているのだろうて。アイのそばではおちついておったはずだが』と、セイ様が答える。
「それなのに、私は気持ちの制御が出来ずにルカに当たったと」
『アイのしんそうのへんりんが、でただけであろう? いつわりでないなら、アイのなかにあったものが、ついとでたわけだが、さわりがあるか?』
……さわりといいますか、バカ正直に言って良い年でもないと思います。
わたしの深層……あれもダメ。これもダメ。って言われ続けてきて、納得してたつもりだったけど。
わたしって不満に思ってたのかなぁ?
セイ様はわたしが我が儘を、言えば良いと言ってくれるけど、相手を傷つける我が儘を自分がしたいからするって許されるの?
『あかごのかごが、アイにながれたのでわないか? あかごのかごはすなおさゆえ、みたされればわらいあたえたものにえみをかえす。
えみをもらえばまた、つくすあかごのちえだな』
「いつまで影響あるのでしょう?」
『そのあかごとは、アイはちのつながりはない。すぐになくなるはずだが』
と、セイ様が言う。
……この後ルカに何と言えば良いのだろうか? 加護の話しなんて誰にも理解されないだろうし、兎に角謝ろう。謝って隠されていることを教えてもらう……
と、思って色々考えていつも通りに、執務室に行けばシアン国王陛下が待っておられた。お一人で。
「おはよう、アイ」
「おはようございます。シアン国王陛下」
と、ご挨拶すれば、書類を渡された。
……なんだろう?立替払い……内容明細書?
「アイの今までに掛かった衣食住の明細書になる」
と、シアン国王陛下が仰る。
……請求書?ってこと?
「あの、請求書みたいなものでしょうか?」
「そうだな、アイが言っていただろう?少しつづでも返していきたいと」
「はい、言いました。私に出来る仕事をしてお返ししたいと」
藍は、書類を見直す。が、金額が書いてない。
項目の所にアイに関する経費は、一切シアン国王陛下の私財で賄われる。としか記入されていない。
「あの、シアン国王陛下。これでは私がどれだけのことをしていただいたのか知るようがないのですが」
「金額にしたら、私が生存中に返せる金額ではないと思うぞ、今のアイでは」




