馬鹿息子
「なぁ、聞いたか?」
と、ノベルがキニルに問う。
「何の話だ?」
と、キニルが厩舎の道具を片付けながら答えた。
「この前の商会の二人をそのまま帰したみたいだぞ」
と、ノベルが言うと、
「あぁ、知ってるもそう提案したのは俺だ」
と、キニルが言う。
「アートムもそれで良いって言ったのか?」
「あぁ、反対もされなかったし、すんなりそう決まったよ」
と、元第一団隊隊長をしていたキニルが言う。第一団隊はダーニーズウッド領主邸の周囲や隣国セラードグリ国との国境山岳を警護警備する隊だ。
隊長や副隊長は貴族籍が多くいるなかで、第一団隊は身分で選ばれない。忠誠実績重視の席になる。
身分では男爵家の出だが、奥さんは平民の商家の跡取りだ。
「キニルは、商会の坊やを取り調べて、問題ないと判断したんだな。俺が事情を聞いた商会の旦那は、あれが演技なら凄すぎて役者になれる」
と、元第三団隊副隊長のノベルが言う。ノベルは長身の体格に身のこなしが軽く情報収集に長けていて、平民の中でも軍を抜いて優秀さを出しての副隊長をしていた。
実家が馬具を作っていて、警護団隊を引退してからダーニーズウッド領主邸の使用人枠になった。
「いや、問題があったからそのまま帰したんだ」
と、キニルが言えば、
「それは、大事にならないと良いな」
と、ノベルが答えた。
「あれは、ややこしい性質だ。変に今刺激すると後で巻き込まれないとも限らん。ミカエル様の後にも影響しないとも」
と、キニルが言う。
「流石だな。皆まで言わなくてもキニルの判断をアートムもミカエル様も信用している」
と、ノベルは腰袋から布の塊を出す。
「何だそれは?」
「あの商人の旦那が隠し持っていたものだ。俺が尋問してる時に無意識だろうが握り混んで隠していた。後でアギルに聞いたら、鉱石の一種らしいが余所に出せる物じゃないそうだ。
アギルが目を話さず誘導していたにも関わらず、研究心が勝っていたようだ。隙を見て貰っておいたがアートムにでも渡しておくか」
と、ノベルが何でもないように話す。
「腕は落ちてないな、お前こそ抜け目ないよな」
と、キニルなりにノベルを褒める。
「あの旦那は帰ってから失くしてる事に気付けばいいのさ。あの無知無神経さは、周りに取ったら良くも悪くもなく。只迷惑だ」
と、ノベルば苦笑いする。
「ノベル、用件はそれだけか?」
と、キニルが厩舎の出口で聞けば、
「いやな、アギルはキニルの下じゃなくてアートムの下に付くらしいと聞いてな。元々はキニルが第一団隊に入れるつもりで、追尾してたところで早くに襲撃の対策が出来たことなのにと思って」
と、ノベルが言う。
「それは、俺が現役の時の話だ。今となれば仲間になるに問題もない。
反対に余所で修行してきて、これからアートムに鍛えられれば尚いいことさ、問題は嫁さんを見つけてやらないとな」
と、キニルがニッカリと笑う。
「それって、あれだろ」
と、ノベルもつられて笑う。おじさん二人の悪戯顔を見た他の厩務員はそっと厩舎奥に隠れる。
「おかえり、アギル」
と、母のネネが家のドアを開けて言ってくる。
「ただいま、悪かったな連絡もしなくて」
と、アギルはバツの悪そうに言えば、
「あんたが、ダーニーズウッド領を出るようなことをするからでしょう。突っ立ってないで入ってくれば」
と、無遠慮に本当の事を言ってくる。
「そうなんだが、父ちゃんと兄ちゃんは?」
と、アギルが家の中に入って聞く。
「父さんは、ダットの家に行ってるよ。そろそろ狩猟の時期だからね。ソルトは嫁さんの実家に手伝いに出てるよ」
と、父、兄、弟の事を教えてくれるが、いつの間にか兄も弟も結婚をしているらしい。
「何だい?、取り残されたような顔をして、知らせようにも何処に居るかも分からないのに、兄嫁や甥っ子二人に義妹まで居るんだよ」
と、ネネは言う。
「兄ちゃんの嫁さんってマリネだろ?」
「はぁー! 違うよ。ベリーだからね。ダットにマリネの事を聞くんじゃないよ。殴られるよ」
「えっー! それって、もしかして俺のせいなのか?」
「そうじゃないと言いたい処だけど、無関係じゃないと思うわよ。あの子は何も言わなかったけど、急に別れたとしか私には言わなかったし、父さんも聞かなかったから」
と、ネネはお茶を出しながら言う。
「兄ちゃんは、一緒に暮らしてないのか?」
「直ぐそこよ、子供が二人で手狭だし作業場を挟んで隣だから、ベリーは良い娘よ。
ダットとマリネが有名だったから遠慮してたらしいけど、別れたと伝わってからはダットに尽くしてくれている」
と、ネネも自分のお茶を飲む。
「そうか、兄ちゃんに迷惑かけたんだな。でもベリーか」
と、マリネより控えめな兄の幼馴染みを思い出す。
「そうよ、ベリーがあんたの義姉よ、そして義妹はモカだから」
と、母は告げる。
「えっ! …………モカ!」
「そう! あのモカよ」
と、母は言うが、俺の記憶では超わがまま娘だったはず。
「どうしたら、ソルトとモカがくっつくんだよ」
と、思わず引く。
「まぁ、あんたの記憶で言ったらそう思うわよね」
と、ネネがお菓子も出してくれる。
「10年って、凄いな。確かに母ちゃんもシワがふえてるしな」
と、アギルが言えば、出してくれたお菓子が遠のく。
「嘘でも変わらないと言え!馬鹿息子」
「ごめん、ごめん。本当のことしか言えなくて」
と、アギルが謝る。
「それで、いつまでこっちに居るんだい?」
と、母ネネが聞いてくる。
「ずっと居るよ、これからは。領主様の許可はまだだけど、カール様とミカエル様が許可を下さった」
と、アギルが伝えた。
「……アギル…………お前何をしたんだい?」
「母ちゃん、別に、悪い……咎められることは、してない」
「何かしら、国王様か領主様のことがあったんだね。お許しが出たとしたら」
と、ネネは言う。
「えっ! 何でそう思うんだ? 母ちゃん」
と、不思議に思ってアギルは聞く。何で帰ってきたかも言ってないし、ダーニーズウッド領に入ってからも実家に近づいてもいない。
親しかった人とも会っていないし、会いそうなとこにも行ってない。
「アギルが10年前に家を出る時に、説明してくれたよね。
まぁ、あんたが騙されたことには違わないが、第一団隊の隊長さんが、態々説明に来てくれたんだよ」
と、ネネは言う。
「第一の? キニルさんが?」
と、アギルは聞き返す。
「母さんは奥にいて、父さんとダットが詳しく聞いていたから、全部は知らないけど、アギルが説明した通りの話と、家族に危害を加えると脅されていた話をされてね。
いつかアギルが帰って来ることがあっても責めてやるなと言われたそうだよ」
と、ネネが言う。
「そうか、キニルさんが……」
「私は初めてお会いしたけど、父さんとダットは面識があったみたいだし」
「多分、狩猟の許可とかは、第一団隊舎に行くから」
と、アギルは言えば、
「何でも、あんたは懇ろになった娘がいたんだってね」
と、ネネが言い出す。口に加えたお菓子が粉になって飛び出す。
ウッ! ゴッボ! ゴッホッゴッホッ!…………
「ウッ!ナニ?!」
「後からダットがすごく怒っていたよ。その娘に何も言わずに出ていったって」
と、ネネがすました顔で言ってくる。
「ど、ど、どんな顔して会えるんだよ!」
「普通に、申し訳なさそうな顔して会えば」
と、追加で言ってくる。
「10年経っているんだ。もう嫁に行ってるよ」
「それもそうだね」
「俺、領主邸でお務めすることになったから、それを伝えに来たんだ」
と、アギルが家に来た理由を言う。
「家から通うのかい?」
「いや、お館の使用人用の部屋を借りれるから、たまには帰れるけど」
「わかった。父さんには伝えとくよ。なんなら近くだから寄って行くかい?」
「いや、今度でいいよ。父さん最近山小屋に行ったかい?」
「いいえ、届けをダットが出しに行って許可の知らせがないからまだの筈だよ」
と、ネネが答える。
山岳地に行くときは、ある程度の荷物が必要になるから母ちゃんが知らないということはない。
……やはり、あれは報告すべき事だな。
「そうか、山に上がる前には、また来るよ」




