領境
「私には分かりませんが、アートムさんが忠誠をセガール様ダーニーズウッド家に持って、シアン国王陛下に信愛を持っているのは、ルカが理解していることなんですね」
と。藍がアートムさんに問う。
「えっ? それは、どういう意味ですか?」
と、アートムさんが聞き返す。
「私の勘違いでしょうか?
アートムさんはダーニーズウッド領の方ではないですよね。
シアン国王陛下の説明の中にカーディナル王国は、髪色である程度の出身領地が分かると教えてもらいました。
赤髪色が多い地域が、ブーゲンビート辺境伯領だとカール様にも仰って、ダーニーズウッド辺境伯領は緑髪が多いのかと思いました。人の往き来があるので比率の問題でしょうが。
それに、ダーニーズウッド領内では、赤髪はカリーナ様とメアリー様にケビン様だけだともお聞きしました。
だとしたらアートムさんルカ親子は、どちらの出身地域になるのでしょうか?
私はこちらの基礎地理知識を学んでいないので分かりませんが、アートムさんが忠誠を持っておられるのがセガール様であるなら、アートムさん個人の話だと思ったのです。ニックさんやノアさんのように家柄で代々お仕えしてる訳ではないでしょう?」
と、藍が本館の手前で立ち止まったままアートムさんに言う。忠誠や家柄やなどは、誰かがいる場所で言っていいことではないと思った。
「アイ様の推測は概ねその通りです。確かに私の銀髪はこちらの地域には珍しい色味ですね。カーディナル王国では、北側の地域ユールチードゲ侯爵領内に多い髪色ですよ」
と、アートムさんが答える。
「……分かりました。教えて頂きありがとうございます」
と、藍がお礼を言って玄関に足を向ける。アートムさんが扉を開けて入れてくれるが、ニックさんがホールで待っていた。
「アイ、お帰りなさい。ミカエル様のお帰りがいつになるか分からないので、夕食は1人になりそうです。時間はいつも通りで大丈夫ですか?」
と、ニックさんが聞いてくる。ミカエル様が外出からお戻りでないんだ。
「私は構いませんが、私1人ですか? 他の方はミカエル様を待たれるのなら、時間は一緒で構いません」
と、藍が答える。館にはメアリー様御姉弟がおられるのに私だけ用意をしてもらうのは、二度手間になる。
「いいのですか?」
「問題ありません。一緒でよろしくお願いします」
と、藍が答えた。そのままアートムさんが部屋に送ってくれるらしく、一緒に2階に上がる。
「アートムさん、シアン国王陛下との時間はお任せいたします」
と、藍が言えば、
「分かりました。出来るだけ早くに用意しますね」
「ルカ、悪かったな迎えに来てもらって」
と、ミカエル様が言う。
「いいえ、第四団隊への引き継ぎは第一団隊が御一緒していましたが、領内を開けたままに出来ないのは分かっています。領境の事項なら時間が掛かりますし、ミカエル様だけでないですから、護衛するのは当たり前です」
と、ルカが理解を示す。
ロカ商会のラルト氏とオークを、ブーゲンビート辺境伯領のロカ商会に引き渡す手続きを、領境の第四団隊に来ているのだ。
連れているのはアギルを入れて三人だが、手続きに必要でアギルを連れてきているが、手続きが終わり次第ダーニーズウッド領土に連れて帰る。
アギルは、他の領に出すわけにはいかなくなった。今回の様に利用される危険があると判断されたのだ。
「アギルは、アートムに任せようと思う。ルカはアイのことで動く事が多いだろう」
と、ミカエル様が言うと、
「分かりません。父がアイに何と伝えたのか。それにシアン陛下のこともありますし」
と、珍しくルカが消極的な判断をする。
いつもは分からないとは答えないルカ、誰かの判断に従う傾向であるのに、どう動くかに悩む様が本当に珍しい。
「僕はルカが何に悩んでいるのか分からないな。いつもはアートムの指示に迷いなく動くのに。
そんなにアイの素性が分かって守ることに躊躇することかい?」
と、ミカエル様が聞いてくる。
「薄々はアイのことをミカエル様も感じておられたように、陛下の縁ある方ではないかと思いました。
それを陛下がご自身で可能性がないと仰った時に安堵した部分が有ることに驚いたのです。
陛下の滞在が長くなり満を持してアイの有り処を問うと、孫娘だと分かってカール様やミカエル様はアイと縁ある者身内であることが判明致しました。
私がお側にいて良い方ではないと思うのです」
と、ルカが吐露する。
「僕はアイが怒ったところを見てないが、ルカに対して他の者に対して、アイの態度は変わったのかい?
陛下の孫だと分かって」
と、ミカエル様が問う。
「いいえ、陛下にだけでしょうか?」
「アイは陛下に感情をぶつけても大丈夫だと、分かっていると思うよ。
親しくなっても、自分に好意を抱いていると知っていても礼儀を弁えてた娘だよ。怒りの感情を見せても許してもらえると、確信がないと出来ないだろう」
と、ミカエル様が言う。
「……そうですね」
「今日だってシアン陛下は必死だよ。ダニーとケビンはお祖父様が見るのは分かるけど、メアリーはちゃんと反省しているのに、お祖父様だと甘くなるから自ら釘を指しに再教育として指導なさっているし。
あれってアイを守るためだよね。確かに内の異母妹弟達の浅はかな行動で問題が起こっているけど、いつもの陛下なら静観している事柄だと思う。
それが出来ないぐらい陛下の感情を握っているアイは凄いね」
「そうですね。それはミカエル様もだと思うのですが……いつもならこの様な領と領の問題に出てこられないでしょう。書類と団隊長に任せて態々ですよね」
と、申し訳なさそうにルカが言う。
「僕も浮かれてるかも、で責任も感じてる」
と、ミカエル様がルカと一緒に歩きながら話している。
ダーニーズウッド辺境伯領との境第四団隊の事務室に、ロカ商会のラルト氏とオーク、アギルが揃って座っている。
「手続きが終わったから、ロカ商会のラルトとオークは商会の迎えが来たら帰っていいよ。罰金等はラルトが署名した書類に書いてある。以後二人はダーニーズウッド辺境伯領土に入領は出来ないから、次は帰れないからね」
と、ミカエル様が説明する。
「あの、ミカエル様アギルは一緒に帰れないのですか?」
と、ラルト氏が聞いてくる。
「当たり前だろ。アギルは二度目だ。領内で監視付きで労働に決まってる。そちらの長も分かっていてアギルを寄越したんだし、アギルも覚悟の上で入領したのだから何を言っているんだ。
そこの君、次の長は君ならちゃんとした方がいいよ。実害が無いからこれで済んでいるが、君の母親にも伝えるんだな」
と、ミカエル様がアギルを立たせて部屋から出る。
「なぁ、オーク。ミカエル様は変なこと仰ってなかったか?」
と、隣に座っているオークに向かってラルト氏が聞く。
「さぁ、なんのことでしょうか。ラルトの旦那がアギルが帰ろうと言った時に帰ってれば、こんなことにならなかったんですぜ。
罰金はあるし、どーするんですぅ」
と、オークはふて腐れ気味に答えている。
「別に僕とオークが入領したら駄目だと言われたけど、ロカ商会が駄目だとは言われてないから、ヤーナは許してくれるよ。
ダーニーズウッド領には、アギルが居るんだし伝が出来たと思えば良いんじゃないか」
と、ラルト氏が言う。
「おめでたいですね、ラルトの旦那は」
と、オークが軽く呟く。
部屋に残っていたルカは、静かに出ていきミカエル様が待っている部屋に行く。
「アギルが言っていたように、長の旦那は何も知らされていないようです。ミカエル様があからさまに言っていることの意味も分かっていませんでした」
と、ルカが報告する。
「兎に角、ブーゲンビート辺境伯領主のヒューズ様は今は王都にいらっしゃる。次期領主のヴィオラ様も王都に出られていると婦人のエリーザ様から返事が来た。御一緒じゃない事に違和感があるが、此方からは領主ヒューズ様宛に父上に手紙を託したし、領主同士で話し合ってもらうしかないな」
と、ミカエル様が仰る。
「帰り支度をしても宜しいですか?」
と、アギルが聞いてくる。
「あぁ、頼む。アギルは御者は出来るのかい?」
と、ルカが聞けば、
「はい、出来ますが、オレは何処に行かされますか?」
「聞いてないのかい?アギルはアートムの下に付くはずだよ」
と、ミカエル様が言えば、アギルの顔がひきつった。




