忠誠の行方
部屋にノック音をしてローマさんが、お伺いをたてる。本館の方にクルナさんの診察にディービス先生が来ているらしい。
カール様がメリアーナ様の診察を依頼されたらしく、ロッティナさんと別館に来てくれたみたいだ。
お昼から長時間になっている。私も少し疲れてきたし、メリアーナ様とアートムさんの違う意見も聞けてわたしも纏まりつつある。
お暇しょうかと腰をあげると、部屋にディービス先生とロッティナさんが入ってきた。ローマさんがお茶の用意をして一緒に入ってくる。
……あれ、出び逸れたみたい……
アートムさんがメリアーナ様の側からわたしの側に移動する。
「今日は、カール様とシアン国王陛下はどうされているのですか?」
と、聞くと、
「カール様は、ダニー様とケビン様の再教育にシアン陛下はメアリー様の指導に時間を使っていますよ」
と、教えてくれた。
「ミカエル様はどちらに付いて居られるのですか?」
と、問えば、
「ミカエル様はお出掛けです。それにルカが付いています」
と、ルカが離れると言っていたのは、その事だったのだ。
「こんにちは、ディービス先生、ロッティナさん」
と、挨拶をすれば、二人で頷いて返事してくれる。
「メリアーナ様、顔色がよろしいですね。カール様は心配されていましたが」
と、ディービス先生が言う。座ったままメリアーナ様が、
「あら、そうね。朝は今ほど良くなったと思うけど、アイと話すうちに体調を気にしていなかったわ」
と、仰る。
「楽しい時間を過ごされたのでしょう。体調を崩される前の様に話されていますよ」
と、笑顔のロッティナさんが言う。側のローマさんが頷きながらお茶を用意をしている。
「アイと居ると楽しいわ。困ったことも大変だと思うことを考えるが嫌だったのに、今はそれも楽しく感じているのよ」
と、さっきまで頭が痛いと言っていたことも楽しいと報告している。
「それは、良い傾向ですね。気力が出てくるようになりますと、身体の方もゆっくり良くなると思います」
と、ディービス先生が言う。
「ディービス、クルナの方はどうなのですか? 問題はありませんか?」
と、メリアーナ様が聞く。
「クルナもアイルも問題ないですよ。良く泣き良く飲み良く出しています。産後の体調も回復しています。問題は捻挫した足ぐらいです」
と、ディービス先生が答える。
「その事で少しお願いがございます」
と、ディービスがメリアーナ様に言う。
「何かしら、カール様でなくて私ですか?」
「二巡り程、私は留守にします。ロッティナはこちらに居りますが、何か有りましたら父グローが対応すると言っております。その事をお知らせしたく 参りました。
今日の様な顔色で居られるのでしたら、大丈夫だと思いますが」
と、ディービスが答える。
「ごめんなさいね、何時もなら王都に行っている頃ね、私が体調を崩したから遅くなってしまったわね」
と、メリアーナ様が仰る。
「すみません。それで言うのなら、私も倒れてばかりで、申し訳ないです」
と、藍が言う。
「メリアーナ様もアイも悪くございません私共の都合もございます」
と、ロッティナが答える。
「実は、ロッティナの兄がこの前王都に薬草を卸しに行った時に医院に寄ってくれたのです。ですが私もロッティナも往診に出ていて話す時間が無くて、そのまま帰国をしたのですが、先日手紙が来まして甥が此方のアカデミーに編入したいと相談されました」
と、ディービスが説明をする。
「ジャスパードには、無い課目ですか?」
と、アートムさんが聞いてくる。
「はい、看護の専科になります。甥は17歳で今からですと卒業に間に合わないと返事をしましたら、ジャスパードで薬知識は学習済みらしく後は、看護の知識の取得になるそうで、看護学校とアカデミーの許可などを問い合わせに王都に向かいたいと思っているのです」
と、ディービスが説明する。
「ロッティナの甥なら、跡継ぎのお兄様の所でしょう?看護師になっても良いのかしら?」
と、メリアーナ様が首を傾げる。
「兄の所の甥は跡継ぎでおります。看護を勉強したいと言ってきたのは、弟の息子です」
と、ロッティナが説明する。
「私は構いませんよ。グローが往診に来てくれるのなら、アイは大丈夫かしら?」
と、メリアーナ様がわたしにふる。
「いつも大丈夫だと言いたいのですが、グローお祖父様先生がいらっしゃるなら私も構いません」
と、返事をした。
「アイの顔色も悪くは無いね。ニックが心配していたから、遅くまで起きていたんだろう?」
と、ディービス先生が聞いてくる。
「あの、間違いではないですが、ちゃんと寝ていますよ」
と、藍も答える。
「アイ。程ほどにしてくださいね」
と、ロッティナさんに注意された。看護はいつもロッティナさんだから尤もな注意で従うしかない。
「はい。気を付けます」
ディービス先生とロッティナさんが退室する時に、私もお暇をする。アートムさんと一緒に本館に移動する時に、アートムさんが言ってくる。
「アイ様と二人だけでお話をすることはなかったですね。脅かしたい訳ではないですが、アイ様の情報が漏れているかも知れません」
「えっと? それはメアリー様やケビン様からのことが原因ですか? それもと違う原因ですか?」
と、藍が聞く。
「私の憶測での話ですが、ケビン様の浅はかな言動で王都の商人が動いた事は確かです。
しかし、違う所から動いている気配が致します。私やルカが、側にいても気を付けて下さい」
と、アートムさんが言って、ルカと同じ距離で側に居てくれる。
「分かりました。アートムさんがそう言うのなら従います。分かったら教えてくださいね」
と、藍が歩きながら返事をした。
「ところで、アイ様のお祖母さまの事を聞いても宜しいですか?」
「私の祖母の事ですか? 何が聞きたいですか?」
「その、陛下の奥様は陛下と別々に暮らしてどうされていたのでしょうか?」
「私の祖母 千種は強い人です。経緯は知りませんがシアン国王陛下と結婚したのなら祖母は、自分の意志で結婚に至ったのでしょう。流されてとか押し付けられたとかはないと思います。
私の母と2つ年上の伯母 翠を抱えて大変だったはずです、それに負けるような人ではないです。
祖母から祖父の話を聞いたことはありませんが、母からは少しだけ聞いたぐらいです。私の朱髪を撫でながら、母にとってもどこまで覚えているのでしょうか?
祖母が強いと言っても精神であったり、武術のことであって人としては優しい人ですよ。孫の贔屓目であるでしょうが」
と、言ったなら、
「陛下が仰っていました。言葉も身元も分からぬ外国人を、周りは扱いに戸惑っていた中、千種が面倒を見るから大丈夫だと、私の方が強いから任せなさいと」
と、アートムさんが言う。
「そうですね。武術でいったらこことは違うでしょう。祖母は師範代という教える先生をしていましたし、私も教えてもらいました。体力がないので時間は他の方の着替え分ぐらいですが、私の師匠でもあります」
と、答えた。
「アイ様は、陛下の事がお嫌いですか?」
「嫌いなわけないじゃないですか。皆さんのことも好きですよ。私への愛情は感じますし伝わっています。だからですよ、里心があるのにこちらの生活が辛くないのは、私が薄情なんでしょうか?
23年間慈しんで育ててもらって守ってくれてたのに、こちらに思いを置きたくはないと思っているんです」
と、藍は答えた。
「それは、陛下が複雑ですね」
「私も1ついいですか?
アートムさんの忠誠はカール様ですか?シアン国王陛下ではないですよね」
と、藍が前から思っていた事を聞いてみた。
「私の忠誠は、先代のセガール様です。勿論カール様、ミカエル様にも」
「アートムさんは、ダーニーズウッド家に忠誠を立てておられるのですね。それは、ルカが引き継ぐものですか?」
と、藍が問う。
「……考えたことが無かったですね。しかしルカがここで生きていられるのは、ダーニーズウッド家に依るもので変わりません」
と、アートムさんが答えた。
「私には分かりませんが、アートムさんが忠誠をダーニーズウッド家に持って、シアン国王陛下に信愛を持っているのは、ルカが理解していることなんですね」
「えっ?」




