昔話
昨晩の報告でアイの素性が判明したが、シアン陛下のご様子が限りなく落ち込まれている。
アイがご自分の縁有る者と分かって喜ばれると思っていたが、アイがシアン陛下に怒りを向ける所が想像できない。シアン陛下に教えを乞っている時の熱心さは、自分を含めて周りにも影響ある態度で、好感の持てる姿勢であった。
お祖父様やメアリーが言っていた、アイの怒りは何処から来たものだろうか?
アイ自身が申告している通り、身体の虚弱さは差し引きても何処に出しても、側に居るだけで優越感に浸れる存在感と物腰と配慮。
祖父と孫の関係が分かったシアン陛下であれば、憂慮されて当然だ。
孫でなくても側におきたいと熱望されて、お祖父様の危惧されていることも理解しつつ、愛顧されていたのに、アイの心情が分からない。
「ミカエル様、少し宜しいですか?」
と、珍しくニックが執務以外で問うてきた。
「ニック、どうした?」
「実は、私はアイ様の所にあれから伺ったのです」
「えっ?アイと話せたのか?」
「ルカには無理だと言われたのですが、夕食を召し上がれなかっては、身体に障ると思いましてウースに頼んでスープを作らせました。
アイ様は、私には今まで通りの対応を望まれましたが、事情を知らぬ者が側に居る時は今まで通りの対応で済ませますと、説き伏せました。
納得はされておりませんが、二人だけの時はアイ様呼びを呑んでもらいました」
と、ニックが言ってくる。
……確かに現カーディナル国王であるシアン陛下の孫娘なら、本当なら次の女王若しくは、ダニエル王太子のお相手で間違いない。
シアン陛下とアイが望む望ま無いとしても、周りがそう判断するな……
「アイはニックと話をしたのか?」
「はい、今まで通りにと希望されて私とは普通に話されました。
現時点でアイ様の意思は固いと思います。アイ様の怒りの元は、ご自分からでなくてご家族の心情を慮っていらっしゃるのでしょう」
と、ニックが言ってくる。
「確かにアイは、シアン陛下のことを知らなかったしな。教えられなくても弁えた態度で過ごしていたな。謙虚で礼儀正しいが、自分の意思は主張する強さを持っている。しかし周りに対しての気遣いはメアリー達にも見習って欲しいが」
と、思わず愚痴ってしまう。
「そのミカエル様は、アイ様をどう思っておられますか?」
と、突飛なことをニックが言ってくる。
「えっ? どうと?……ふむ。何と言うか、守らなくてはいけない身内が出来た?」
「身内と分かったのは、昨晩ですよ。その前はどうなのですか?」
「少なからず、助力する対象者。メアリーとは違う庇護力を向けさせる女性?」
と、ミカエルは答えた。
「恋慕ではないと?」
と、ニックが聞いてきた。
「多分違うと思うぞ。僕はアイに尊敬の念は持っても愛情ではないと思う。シアン陛下じゃないが側で見守りたい親愛はあると最近自覚したが」
と、答えた。
「成る程、ミカエル様もその様に感じるのですね。
しかし、ケビン様はアイ様を自分の物だと言ったらしいのです」
と、ニックが言い出した。
「なに!いつの事だ?」
「今朝、カルマが部屋を整えていた時に、急にケビン様がアイ様と話したいと言って来たらしく、アイ様はケビン様を相手にされずにいたら、いずれ婚約者に成るからと」
「はぁ! ケビンは何を考えて言ってるんだ!」
「この前から、ケビン様のアイ様の恋着が気にはなっていたのですが、アイ様が全く眼中にないので様子見をしておりました。
まさか口にするとは思いませんでしたが、何しろメアリー様とケビン様はカリーナ様のご気性に似ておられますから」
と、ニックが言えば、
「それは、不味い…………報告しな……いと」
ここ最近は、異母妹弟の教育不足が露見し、不祥事紛いばかり起こしているのに、またしてもとなるとミカエルだけの責に収まらない。
「人を物扱いして、ケビン様は!」
と、藍はご立腹している。
が、内心そんなことで発熱して体調を崩すのも業腹なのだ。
だから馬鹿馬鹿しと落ち着くように自身に言い聞かせる。
自分でお茶を入れて机に向かう。セイ様の丸布団には携帯が収まり良く置かれていて、窪みの丸ボタンが角度をつけて画面が、手に持たなくても藍とセイ様は話せる。
今取り掛かっているのは、巫女衣装を収納する袋と小物を入れる巾着だ。藍の私物一式を分かるように纏めておきたい。
ランプの光で見た布色と、外光からの布色が違がった。思い通りの布色の生地を広げて裁断する。ロックミシンがないから袋縫いで端の始末をしていけば、落ち着いて集中して楽しくなる。
『アイ、おちついたかの?』
と、セイ様が聞いてきた。
「そうですね。物扱いされたのは初めてで少し気が動きましたが、落ち着いたと思います」
と、藍は答えた。
『あおいのことだが、アイはきくきがあるか?』
「セイ様は事情をご存知なのですか?」
『あおいのこちらのことはしらぬ。たまたまというひつぜんがあって、あおいをアイのせかいにつれていったのは、われだ』
「偶々なのに必然なのですね」
『そうじゃ、あおいのじじょうはしらぬが、げんじつとうひの、せいがんにちかいおもいで、われについてやしろに、ついてしまったのだ』
「現実逃避? せいがん……誓願。消えて無くなりたい気持ちの神頼み?」
……無気力、慨嘆みたいな心境だった?……
『まれにあるな、われについてきてアイのせかいにいついたものが。だが、ことばしこうがちがうのであれば、あばれて、うとまれて、よいはなしでおわらぬ』
……ぬぅ?……あれ? 暴れて、疎まれて? 赤、緑、金、銀、青の髪なら、あやかし? 鬼?……昔話って……
民俗学好きだったのに勉強すれば、後悔先にだよ。
「祖父の碧は、運良く祖母の千種に会ってグレずにすんだのですね」
と、藍は言う。
『まえにいったが、こちらのものはアイのせかいのかごがない、やまいになったりきがふれたり、あばれて、ながくはおれぬ』
「なぜ? 祖父の碧を助けたのですか? 昔の話から見ると、態々助けたりしてませんよね」
と、藍が言えば、
『いや、おだやかにしておるものや、かえることのせいがんをしておるものは、かこにかえしたことがあるぞ。はなしにのこっておる、にょにんがいたの』
……昔の話、にょにん? 女人! かぐや!…………
古文もちゃんと勉強しとけば、むぅ~……!
「その話でいくと、祖父碧は帰りたいと誓願したと言うことですね」
……やはり、祖母、伯母、母を捨てて帰ったんだ。
『あおいは、アイのくににとどまることを、せいがんしておったぞ』
「えっ?、おかしくないですか? 帰りたくないと願っていたのに帰したと聞こえましたが」
『あおいだけがせいがんするのか? みこもみこのこも、あおいのからだをしんぱいしてせいがんすれば、どちらがつよいおもいになる?』
と、セイ様が言う。
『アイのこともそうじゃ。アイはじぶんのことよりまわりのこうをねがっておったじゃろ。
アイのまわりのものは、アイのからだをすこしでもじょうぶにと、せいがんするものがおおいい。
われのせきもあるが、そのおもいのほうがわれはこたえるのに、ここちよいからな』
「祖母や伯母、母は、祖父の碧を思って誓願したと言うことですか?」
と、藍が聞く。
『そうだ。あおいは、とどまってこちらのせかいとけつべつし、せいをまっとうするよていだったのだが、われによりこちらにもどされたのだ』
と、セイ様は言う。
「……祖父碧の事情は分かりました」
『われのせきでもあると、もうしたであろう。
アイのことはそなたのははが、おのれのちからやおもいをしらずにしたこと、やしろのみこは、それこそせきをかんじておったぞ』
「社の巫女? お祖母ちゃま? 伯母ちゃま?」
『おのおのこころあたりがあるのでな、アイがはかなくならなかった。
アイはけんきのさいはないよな』
「そうですね。霊感はないですし、何かを感じることもないですね」
『それなんだがな、かごはせいをうけたときから、ひとのこはかごをじしんがもつものと、おやからもらうものがあってな、すこしはいどうすることはあるが、アイのようにでたり、はいったりはせぬ』
「それは虚弱体質以外に、特異体質もあったりします?」
『おそらくアイのちからはそれだな。ははからさずかるはずのきょうじんなたいをもらいそこねた、ゆえのきょじゃくさよの』
「成る程、それはそれで良いのです。沢山の愛を貰えましたから」
『きをつけるがよいぞ、アイ。そなたのそばはひとのカンミとなる』
……虫みたいに、蜜に寄ってくる感じかな? 1匹2匹なら大丈夫だけど、集団は怖いかな……
「セイ様! ちゃんと教えて下さいよ。初めから!」
と、愚痴も出る。
『アイのいしきがなければ、はなせんのだが……』




