慮る
藍の手元には沢山の生地が置いてある。ナリスさんが取り入れてくれた生地にアイロンが施され、綺麗な目が揃った端切れ。
これだけするのも時間も体力もかかった筈だ、藍もやってきたらこそ分かる作業の手前だが、部屋の机に置いてあった。ルッツさんがくれると言った植物繊維もルカが置いてくれたのだろう。意外だったのは鈴がデカイ。思っていた物よりも、これも面白い。
丸布団は以前に作った事がある。しっかりした張りの有る生地で、半分に折り花弁型に切る、広げて赤紫の生地に乗せ針で止めたら、ハサミで切っていく。
丸カッターがあれば重ねていっぺんに切れるが、10枚斬ると、黄色の生地で花弁の一辺の長さの正方形を5枚。赤紫花弁を5枚で花形を作り、上下作る。
手縫いなんて久し振りだ。ミシンは早いが長さの調節をしたと時は手縫いの方がいい。
黄色の一辺が赤紫の花弁の長さと合うように菱形位置にして、縫い繋いでいく。1ヵ所開けているところから植物繊維を詰め形を整えて、封をする。
黄色の生地を丸く切ると、端を丸く縫っていく。糸を引ききる前に植物繊維を入れ丸ボタンが出来た。
赤紫花形の中心に黄色丸ボタンを突き刺し下から引っ張って長さが決まると、玉結びをすれば出来上がり。
これに近い作業で、肌触りの良い生地で鈴入りのボールを作る。アイル君のおもちゃが出来る。
ここまで夢中で作ってきた。ランプの灯りでも慣れれば細かい作業も出来る。深い青色の生地を広げたところで、部屋にノック音がした。
「ニックです」
と、静な声が聞こえた。メアリー様達が出てからは施錠はしていない。夕方前からカーテンも閉めた状態で集中すれば、時間は分からない。
ニックさんは悪くないのに無視も出来ず、
「何でしょうか?」
と、返事をすれば
「アイ、入りますよ」
と、ワゴンを押して入ってくる。廊下にルカが立っているのが見えたが、
「夕食を食べなかったと聞きました。身体の弱いアイが食事を取らない方が良いのか分からなかったので、ウースに相談しました。
スープならと作ってくれましたよ」
と、ソファーのところまでワゴンごと近づく。
「すみません、私は怒ると吐きそうになるのです。知り合いの人は、私と反対に無駄に食べたくなると言っていましたが、食事を無駄にすると判断をして、要らないと言いました」
と、藍は説明する。
「アイが怒ることが有ったのですか?」
と、ニックさんが聞いてくる。
「私だって怒ることは有りますよ。余り感情を激しく動かすと発熱するので、気を付けているだけです」
と、藍は机に向かったまま答える。
「アイの怒りは収まりましたか?」
と、分かってても聞いてくる。
「いいえ」
と、だけ返事をして生地の皺を伸ばす。
「そうですか。アイはお酒を嗜みますか?」
と、ニックさんがワゴンの下からワインを出してきた。
「えっ?」
「実は、私も腹立たしく思っているんです。アイ付き合ってください」
と、ニックさんが、 グラスを2つテーブルに置いてソファーに腰かける。
「あの、ニックさん私に付き合う必要はないですよ。今から飲めば明日に影響するのではないですか?」
と、聞くと、
「アイの国では、お酒を飲むのに決まりが有るのですか?」
と、聞いてきて、グラスにワインを注ぐ。
「私の国では、20歳になったらお酒は飲めます。こちらでは、どうなんですか?」
と、藍も聞く。
「こちらでは、15歳からですね」
と、ニックさんが教えてくれた。
「さぁ、アイもどうですか? 飲めなくはないのでしょう?」
と、ワインの入ったグラスを開いているソファー前に置く。
「ニックさんは、私に何か言いたいのでしょう?」
と、ソファーに腰を掛けながら聞く体制になる。
「アイ様、ありがとうございます。ようそこ、ダーニーズウッド家においでになられました」
と、急にソファーから床に膝を付いて礼を取る。
「えっ?、あの、ニックさん。今まで通りにお願いします。居たたまれないです」
と、藍が訴えた。
「本当なら、此方でなく王宮で過ごして頂くべきお方ですのに、御一人で我慢を強いられているのが、申し訳なく私共の無礼をお許し下さい」
と、ニックさんが礼のままで、言ってくる。
「ニックさんお願いですから、今まで通りでお願いします」
と、藍も冷静に言う。
「シアン陛下からお聞きしました。陛下の孫娘だと」
と、ニックさんが言う。わたしは内密にとお願いしたのに、わたしのお願いは通らないだろうか。
「そうですか。私は内密にとお願いしたのですが」
と、藍も言えば、
「お許し下さい。執事の私が知らなければ隠せることも、隠せなくなるとの判断です」
と、ニックも事情を言ってくる。
「わかっています。ニックさんに責は有りません。
ニックさん折角です、私はスープを少し頂きます。給仕していただけますか?」
と、藍も折れる。
「はい、喜んで致しましょう」
と、ニックさんが立ち上がって、ウースさんが作ってくれたスープをお皿に入れてくれる。
「アイ様に食事の代わりにと、具沢山にしたそうです」
と、ニックさん説明してくれるが、
「あの、料理長にも知れたのですか?」
と、藍が聞けば、
「いいえ、知らしておりません。アイ様に持って行きたいと言ったらウースが作ってくれました」
と、ニックさんが言う。
テーブルにおかれたスープは、ポトフのようなやさしい具沢山で、温かい。 野菜の甘味が出ていて美味しい。
「アイ様、お代わりもございますよ」
と、ニックさんはわたしの側に立つ。
「ニックさん、その位置に居られると仕事みたいで嫌です。ソファーに掛けてください。スープの量は十分ですので」
と、藍がお願いをすると、黙ってソファーに腰をおろした。
「アイ様」
と、ニックさんか言い出したので、
「あの、ニックさん。そのアイ様はやめて下さい」
と、再度ニックさんにお願いする。
「事情を知らぬ他の者が、居る場では申しません」
と、譲ってくれない。
「アイ様にもご事情がございますでしょうが、シアン陛下にもございます。お怒りを沈めてお会いなさいませんか?」
と、言ってくる。
「シアン国王陛下の事情を聞いたら、私の怒りが収まるのが嫌なのです。
ニックさんは私が聞けば収めると思っているでしょう。国王をなさっているのです、色々な事情が有って当たり前で無い方が可笑しいでしょう。
でも、私はこの世界に居る祖父を探して怒りをぶつけて帰るつもりでした。
どんな事情が有ってもです。事情を理解したいとも思いません」
と、藍は思ったことを告げる。
「では、このままダーニーズウッド邸に留まって頂けるのですか?」
と、ニックが聞いてきた。
「あの、ニックさんどこまでお聞きか分かりませんが、私はいずれ元の場所に帰りたいと思っています。此方での生活に重点を置くつもりは無いのです。祖父が見付かれば、後は帰れる策を考えて行動するつもりでした。
だから、館を出て自活するために、言葉を覚え習慣を習いお世話になったダーニーズウッド家の皆さんにお返しが出来れば、お暇する予定です。
カール様には、危険だと言われた意味は理解しましたが、この黒髪が物珍しいのなら全部剃ってしまってもいいですし、髪に未練も体裁も私には有りません」
と、藍は本心からニックに伝えた。
下手に曖昧にすると、丸め込まれる気がする。
「いゃ~、これはシアン陛下とカール様が手にあぐねる筈ですね。
すみませんアイ様、私が甘く見ていたようです。
そのようにご自分を追い込まないで下さい。
それにアイ様の怒りは、アイ様の怒りではないですよね。前から気になっていたのですが、ご自分のことは粗末な扱いをされるのに、周りの者に対しては凄く丁寧でお優しい。
そのご気性であるなれば、アイ様の怒りも自ずと分かりそうなものです」
と、ニックさんは言い出す。
「………………」
なんとなく、そうだとも言いたくない。
置いてあるワイングラスを持って一気に飲めば、気が付いたら、周りが明るくなっていた。
……あれ?




