ルカの証言
ここはカーディナル王国の西側を領土とした、ダーニーズウッド辺境伯領地だ。
昨日から現カーディナル国王陛下が、前ダーニーズウッド辺境伯領主であるカール様の館に滞在されている。
国王陛下シアン様が前々国王陛下の第5王子の時から、従兄弟であるカール様との、恒例行事だとお聞きしている。
早朝、父であるアートムから礼拝堂の清掃を言い付けられた。
常日頃から掃除は、ルカの仕事の一環であるが、シアン陛下が滞在なさる時は念入りに行っていた。
が、今年は何時もより少し早く領内においでになり、後手になってしまったのだ。
館から林に入り直ぐ近くに礼拝堂はある。
普段から手入れをしている分、中の掃除を念入りにする程度だ。
窓枠を外し上から埃を払い床を磨いて、後は窓枠を嵌めたら、何時来ていただいても大丈夫だ。
掃除道具をまとめ窓枠を嵌めようと、振り向いたら女性が変な姿勢で立っていた。
……気が付かなった? えっ?
女性は姿勢を維持したまま、辺りを見回している。
が、ルカと目が合った瞬間出していた右足を後ろに引いた。
……賊か?
……戦いなれている?
と、思ったが、両手は小さい板を持ったまま目線を、その板に向けた?
戦い慣れていると思ったのに、目線を外しておまけに両手を塞ぐなら違うか?
「君は、何処からきたんだ?」
と、聞いてみたが反応がない。
隣国のジャスパード語で、再び目が合った時に、同じ意味で問うてみたが全く反応がない。
理解していないだろうが、ルカはカーディナル語とジャスパード語しか話せない。
怪しいが兎に角父アートムに、相談しょうと踏み台の木箱を持って女性に近付く。
無防備にも程があるだろう。
ベルトを外して、上衣の下防刃用と拘束用の縄をほどき、板を持ったままの女性の両手を拘束した。
ベルトも使って木箱に座らせ、下肢と木箱纏めて拘束して、直ぐには逃げられない程度にした。
無抵抗なため、難なく拘束出来たが父アートムを呼びに行って間、暴れられても困る。
意識を奪うかと後ろにまわり手刀を構えたが、拘束されても身じろぐこともない様子に、そのまま父を呼びに行く。
領主本館で侍従の仕事をしている父を見つけた。
礼拝堂に不信な女性が現れたこと、自国語と隣国語にも無反応であること、容姿が黒髪と赤髪で、黒目であること。
薄手だが、上等なドレスを着ていること。
今は、簡易的に拘束しているので、指示が欲しいと報告した。
父 アートムは執事のニックにルカの報告をして、様子を見に行くと伝える。
現領主のロビン様がお留守の為、次期領主ミカエル様に報告をお願いした。
林を抜けて父と礼拝堂に入ると、女性は身動きひとつせずに考え込んでいる。
父とルカを見比べて身内かと、思っていることが表情でまるわかりだ。
父が一通り女性を見て、ミカエル様に相談すると戻って行った。
ルカは出入口の扉を閉め、そのまま女性を観察することにした。
掃除道具はそのままだが、目を離すわけには行かない。
と、思っていたら女性の顔色が、悪いことに気がついた。
……鈍くないか?今頃恐怖を感じたのだろう。
……子供でも、知らない大人や男性と二人きりになったら、警戒するのが当たり前だ。
……まして、言葉も通じないのに、耳が聞こえないのか?
微かに、女性の歯が鳴る音がする。
時間と共に、女性の身体全体が震えだした。
……泣き出したか?
と、様子を見に行くと女性は、目を合わせてきて睨みながら
「サ、ム、イ」と、言ってきた!
……驚いた!喋れないわけではないんだ。
女性は、両側の壁に視線を交互に向け、ルカに戻す。
そして両足を動ける分だけ上にあげ、身体を丸めるような姿勢にした。
……あぁ! 寒いと訴えてるのか?……確かに礼拝堂の中は冷える。外の方が日が当たり暖かいが……
震えている女性が気の毒になり、途中にしていた窓枠を嵌めることにした。
……当分ロビン様は、領内を留守にされる。
ミカエル様がカール様に相談されるにしても、まだ時間はかかりそうだ。
益々、顔色が悪くなる女性を、ルカは心配し始めていた。
バーン!!
背後の扉が勢い良く開いた。 ゴトン!!
……あっ! ビックリしすぎだろ。
女性が木箱ごと跳び跳ねてあるが、
……カール様とシアン様まで来られた。
………そうか。一番外国語をご存知なのは、シアン様だ。
「シアン様、カール様、態々私の不手際にお力添え、申し訳ございません」
と、ルカが片膝を付いて挨拶をした。
「ルカ、僕もカーディナル語とジャスパード語しか話せない。それ以外となると、お祖父様にお願いしたら、一緒に居られた陛下も行くと仰ってな」
と、ミカエル様が言う。
「僕が確認するでいいですね。お祖父様」
と、カール様に問われた。
「そうだな。ミカエルで言葉が通じないなら、私が試そう」
と、カール様が言う。
「アートム、一緒に来てくれ」
と、父に促すので、ルカは
「ミカエル様、あの女性はこの状態でも、臆せず狼狽えもしない豪胆さがあります。
私の感なのですが、戦い慣れているような気がします。油断なさらないようお願いします」
と、言うと
「じゃぁ ルカも来て」
と、三人で女性に近付く。
ミカエル様が、女性の様子を確認されたのち、
「何て聞いたんだ? 同じ言葉で問うたほうがいいだろう」と、「君は、何処から来たんだ?」とジャスパード語で同じ言葉の二種類です。と、伝えると
うん。と、頷かれた。
そのまま女性に同じことを試されたが、全く反応がない。どちらの言葉も認識していないのだろう。
ミカエル様が後ろを振り返り
「お祖父様、やはり通じていません。お願い出来ますか?」
と、カール様に仰り、カール様とシアン様が、こちらに動かれた。
お二人が女性に近付くにつれ、女性は、瞠目している。
……何に、驚いているのだろう?
ミカエル様と父とで、お二人に場を譲ると、カール様が、
「何と聞いた?」
と、問われ同じ説明をした。
「では、私は違う言葉を試してみよう」
と、ミカエル様より女性に近付き、片膝を付いて女性と目を合わせられた。
ゆっくりな口調で
「◇◇◇ ◇◇◇◇◇◇◇」
「☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆☆」
違う言語だと、分かっているだろうが意味が、理解出来ていない表情だ。
女性が凄く落ち込んだ顔に変わった。
「キミハドコカラキタンダ」
と、シアン様が口にした。
女性は、項垂れていた顔を上げて驚いている。
カール様は、それを見てシアン様に場所を開けられた。
シアン様が、カール様と同じように片膝を付けて
「キミハ、ドコカラキタンダ?」
と、同じ言葉を言った瞬間、一瞬でシアン様の膝に置いた手を掴んだ。
油断していたわけではないが、ルカ、父、ミカエル様、カール様が、シアン様を守る為に女性に詰め寄るが
「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆」
と、一気に喚いた。
父、ミカエル様、カール様は、女性が言葉が通じた陛下に、急することを訴えていると思っているだろうが、ルカは、女性を観察していたことも有り、女性の真剣な目力は、窓枠を嵌めさせたことで、二度目だ。
「クッ…クックックッ……」
と、シアン様が肩を震わせて笑ってらっしゃるが、一頻り笑い終えられて女性に、
「オテアライトハ ベンジョノコトダッタカ?」
と、言ったら女性が頭ごと上下している。
「アートム、ルカ、状況は理解したから、縄を解いてくれ」
「ミカエル、アートム悪いがこの娘を館で保護してくれ」
カール様とは、こちらに来るまでに予想を立てられていたのだろう、説明されない。
指示された通り縄を解こうと、屈みかけたら、
「ヤメテ!!」
と、女性が叫ぶ。
シアン様とカール様が、話されている途中でも、驚いてこっちを見た。
何も不埒なこともしていない言い掛かりなことに、手を振って否定した。
シアン様が女性に安心させるように、話しかけ答えを聞いて、不思議そうに教えてもらたっが、
「縄を上から時間をかけて、解いて欲しいそうだ」
と、
……なるほど、拘束した手足が痛いからゆっくりして欲しいか。確かに肌の色が冷えて変わっている。
肌の色が戻るようゆっくり縄を解いて、終わりをシアン様に告げた。
その間、女性は目を閉じて動こうとしない。
「ドウシタ?」
と、シアン様が問うと、ゆっくり目を開けて
「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆」
シアン様に話しかけ立ち上がったが、動かない。
「手洗いに行きたいそうだか、間に合わなかったか?」
「拘束した手足が冷えていました、痛いのでは」
「動けないほど切羽詰まっているなのか?」
思い思い、感想を言っていたら、女性が歩きだした。
頭を下げ謝っているいるのだろう。
ゆっくりだが、出入口までシアン様に連れられて歩く。
外に出ると眩しそうに驚いている。
……何に驚いているんだ?掃除中に外から入ってきたはずなのに、明るいから? 何時から礼拝堂にいた?
女性が何気に足元を見る。
……あっ縄をかける時、解く時に視界に入ったが、白い靴下か? 布製で靴ではなかったな。
外を歩いた形跡は無かったが。
ルカが、シアン様に女性の履き物が靴でないと、報告すれば、横に立っている女性のドレスの裾を躊躇なく捲り上げた。
女性の手と足が一瞬動きかけたが、踏みとどまったように見えた。
シアン様が女性に何か話しかけ後ろに回り、ひざ裏と腰の位置に手を置こうとなさるので、カール様とでお止めした。
「陛下何をなさるのです?」
と、カール様が問うと
「いや、靴でないから抱いて館に行こうかと」
「いえいえ、それなら私がいたします」
と、カール様が代わると仰るので、
「お二人が為さることでは無いと存じます。私がお連れしますので」
「護衛のルカの手が塞がるではないか」
と、カール様が通じない言葉をかけて、女性を小脇に荷物のようにして歩き出された。
……靴下裏は全く汚れていない? 本当に何処からきたんだ?
館に着いて父が、用事がある時は呼ぶので休めと伝えてきた。
後は、ミカエル様たちが判断されるだろうと、館の奥、使用人の食堂に向かっていると、侍女長のノアが悲壮な顔で走ってきた。