郷愁
藍が部屋に戻ると、朝カルマさんが言っていた裁縫道具が置いてある。木枠の細工箱で一番上の段は、両開きにスライドで、二段目が開く形だ。三段目は引き出しで、大きめな道具が入っている。ハサミも定規もほぼ同じ形状だから使えると思う。
日本人の細かさは無いがきれいに丁寧に磨かれている。隣の籠には何メーター巻きと言いたくなる糸の束があるが、手芸用の小ロットの糸しか使ったことが無いわたしでは、絡まったら終わりのような気がするが、ほどく時には気を付けよう。
こちらでも紙は見かけたが、型紙にするようなものは無いだろうな。チャコも無いしヘラで代用だね。
一通り道具の種類を見て、嬉しくなる。
セイ様の丸布団を、巫女衣装一式を入れる袋と巾着
後はお世話に成っている人たちに小物を作ろう…………
……わぁ~! ヤバイ、フラッシュバックした。
わたしが作った小物でも皆喜んでくれた顔が、一気に記憶が流れた。
昨日の夢のせいかな?以前した作業の記憶が連動させたのかな?
こっちに来る前の体調に戻ってしまった身体のサイン?
覚悟したつもりだったのにな……
こっちにカレンダーって無いけど、五月の初め頃だよね。凄いなぁ。深層心理かぁ。元の世界で言うなら五月病だね。ピッタリすぎて泣けてくる。
わたしの場合は、ブラコンでなくてホームシックに成っているんだ。
司がいれば、カウンセリングの対象になってあげれたのに……
力が抜けて座り込んでいた。
自分で自覚するより夢に出たんだ。お母さんじゃぁ無いとこがリアルだわ。
心が嬉しい時は父と母が浮かぶが、心が助けを呼ぶ時に兄達が浮かんだ。司、自分の体験で実証出来たよ。夢の解析を
『アイ、そなたのカゴはこちらではきれぬ、きれぬが、アイがかなしむのなら、ムリにせずともよいぞ』
「セイ様、セイ様の昔の日本語でも、聞いていて嬉しいです。少しホーム? えっと、郷愁? 里心? というか、知らず知らずに我慢してたようです」
『われが、はなしてやれることは、すくないが、アイのそばにおるでな』
「時間がお薬になるんですけどね。慣れるしかないですね」
『アイが、こちらのじかんに、あわすひつようはないぞ。わるいがすぐにはかえしてやれぬ。それは、わかるな、むりをするなアイのじかんでおるがよいぞ』
「セイ様、私は、元気な時は動きたいですけどね」
『なかなかムズいのそなたは、しずと同じことをいう』
「静様なんて、比べて良い方でないですよ。恐れ多いです」
『どのようなはなしが、のこっておるかしらぬが、かたちちだして、はしっておったぞ』
「……それは、どんな状況かによりますが、聞かなかったことにします」
『そうかの、いろいろあるのじゃが、ききたければはなすぞ』
「有り難うございます。セイ様。落ち着きました。大丈夫です」
『そうか』
「はい」
……かたちちって? 授乳? だよね。多分。
「アイ、迎えに来たけど、どうかしたか?」
と、相変わらず鋭いルカが聞いてくる。
「うーん、なんて言えば伝わるか分からないけど、ひとりで落ち込んでいた?」
「大丈夫か?」
……今? 大丈夫? じゃないけど、落ち着かないし
「大丈夫じゃないと思うけど、何かしてる方がいいと思う」
と、正直に答えたらルカに笑われた。
「フッ、大丈夫じゃないんだ。アイは素直だね」
「どうせ、分かって聞いて来たんでしょ!よ!」
「で、シアン陛下が談話室でお待ちになってる」
「シアン陛下だけ?」
「いや、違うと思うけど、行けるか?」
「お待ちなのでしょう。お話したいこともあるので、行きますよ」
執務室の隣の部屋が、談話室。カール様の館と同じでサンルームと一緒になっている
配置と家具の色味は違うが、落ち着ける雰囲気のお部屋だ。
私は執務室の利用が多いし、勉強を教えてもらった部屋なので執務室の方が落ち着く。
部屋の中は、シアン陛下とカール様だけ、ソファーに掛けておられらが、キョロキョロと周りを見回す。
「アイ、どうした?」
「いえ、シアン陛下とカール様だけですか?」
「ミカエルは、隣に執務中だ。呼んで欲しいのか?」
と、カール様が仰り。
「いえ、シアン陛下とカール様の三人でお話しすることがなかったので」
と、藍は答えた。
「アイ、少し話があるのだが、その前にクルナのこと話は聞いた。アイの機転で助かったと報告があった。ディービスが凄く褒めておったぞ」
と、カール様が言ってくれる。
「偶々です。私でもお役に立てたのなら、嬉しいです。こちらでは良くしていただいているので」
と、返せば、
「それとな、うちの孫の事なんだが」
と、シアン陛下に視線を向ける。
「陛下との話の前に、先に話しておきたい」
と、カール様が言ってくる。
「何のお話なのかはわかりませんが、私が聞くべき事なのですね」
と、お二人に確認すれば、
「そうだな、聞いてくれ。体調が悪くなったら言うのだぞ。後で私が怒られからな」
と、カール様が仰った。
……誰に? 怒られるのだろう?
「ミカエルの下に三人の異母妹弟がおるのだか、普段は王都のアカデミーに通ってミカエルと一緒に別邸で暮らしていてな、長女メアリー次男ダニー三男ケビンが、3日前に騒動を起こした。アイに迷惑を掛けた孫達だ」
と、カール様が説明された。
「メアリー様が何かの事情でされたことですよね」
と、お聞きすれば、
「ミカエルが、アイを館で保護した報告の手紙を王都に出したのだがな、運悪くミカエルに思いを寄せているご令嬢とメアリーがお茶会をしていたらしいのだ。
手紙に驚いた父親のロビンを見て、ケビンがメリアーナに何かあったかと盗み見て、内容をその場で言ってしまったのが」
と、カール様が話を止める。
「何か間違って伝わったのですか?」
と、ある程度の予測は付く。メアリー様が食って掛かって来たのだから、
「そうなのだ、ケビンはミカエルが結婚するかもと、態と言ったらしい」
と、カール様が申し訳なさそうに言ってくる。
「今一意味がわかりませんが、ミカエル様の手紙の内容がそうだったのですか?」
「いや、ミカエルの報告は、シアン陛下の指示の元、領主邸にて女性を客室で保護いたしますと、一報したのだ。追加で報告はロビン宛に王都に届いておる」
と、カール様が説明される。
「その内容で、私がミカエル様の結婚相手に変換せれて伝わります?
知らないで聞くと私ならシアン陛下の愛人が追いかけて来たから館で匿います、ですよって解釈しますよ」
と、言えばそれまで黙っていたシアン陛下が吹き出す。
「何てことを言うんだ! アイ!」
と、カール様が言ってくる。
「手紙に驚かれたのはロビン様でしょう? 私と同じ解釈を為さったのでは」
と、言ったら、カール様が頷いた。
「それをケビン様は敢えて、ミカエル様の事としたなら意図的となりますね」
と、聞けば、
「アイの言う通りだと、聞いた時に思った。姉のメアリーとそのご令嬢にケビンは業と聞かせた」
と、カール様が言う。
「カール様はその訳をお聞きになったのですか?」
と、藍が聞けば、
「それについては、追及しておらぬ。それよりも大事な事が疎かにされていると、陛下から言われてな」
と、カール様が項垂れる。
「アイ。それは、この世界の貴族の勉強をしていないアイでは分からぬ。三人ともカールを失望させた事に気が付いたが、アートムまで呆れておったわ」
と、シアン陛下が仰る。
「それと私と何か関係が有るのですか? メアリー様の誤解は解けたのでしょう?」
と、意味が分からないままの藍が聞く。
「それなんじゃが、ケビンの間違った話を鵜呑みにして、そのご令嬢が人を使ってダーニーズウッド家を探りに来ておる」
「はぁ? 間違いだよって教えてあげないのですか? ケビン様の悪戯みたいなものでしょう?」
と、藍は当たり前の事を言ったと思う。
「アイならそう思うよな」
た、シアン陛下が仰る。
「この前から偵察が不審者がいたと、アートムさんやルカが警戒したり、動いたりしてましたよね。
ミカエル様か、ロビン様が誤解されてるご令嬢にお知らせすればいいのでは」
「それは、いずれするつもりなんだが、問題はアイだ」
と、カール様が言う。
「えーと、私は被害者だと思うのですが、巻き込まれただけですよね」
と、カール様とシアン陛下に訴えた。




