ガーディアン
浅葱に提案されたように、湊は携帯のアプリから録音を作動させた。
浅葱が千種へ目を向けて
「おばあさま」
と、神社のことでは"宮司さま"呼びする浅葱が、これは瀧野家、辰巳家プライベートの件だと言っている。
「俺たちは、今日藍にまだ会っていません」
《ガーディアン》義務で藍の体調報告は、その日最初に会った人から一斉送信される。
藍の小さい時は、まだ《ガーディアン》はなかった。藍が小学校に上がる前に浅葱が、周りを巻き込んで作った組織だ。
年が五つ違うと、ずっと一緒には居られない。
年の近い香山家を巻き込んで、藍の保護者を募ったのが始まりだ。
初めは、身内だけだった。香山家を入れて《ガーディアン》連絡網を作ったが、 それでも不備があり今では《スペア隊》なる親しい地域の人たちも存在する。
「時系列にしていきますから、おばあさまの行動と藍との会話を出来るだけ出してください。
後で思い出したことがあっても、差し込みますから」
と、千種に促す。
千種は一口湯呑みのお茶を飲む。
「いつものように、八時までに本堂の掃除を終えて社務所に顔を出したのよ。
藍は巫女衣装に着替えていたから……ウチに来たのは七時半位だと思うわ」
「藍は何してた? 何処に居た?」浅葱はペンを持って時間と行動を書き込む。
部屋の見取り図を、簡単に書いていく。
「入口で見ただけだけど、ドアは開いていたし窓もい開いていたわね。
ストーブは付いてなかったから、部屋に入って間もないかも。だったら八時は過ぎてないわ」
千種がいう内容を箇条書きにしていく。
「いつものように体調を聞いたのに、藍が返事をしないから不調なのかと、もう一回聞いたのよ。
一斉送信した『本日の藍の体調は、良です』だったけど、会話は「寝覚めは良く浮腫喉の痛みなし、お小水便異常なし、熱は36.8度。春先にしては調子がいいと思う」だった」
宗一が、
「そうだね、それだと並より良になるな」
と、頷いた。
「その後ね、藍が恥ずかしいからこの報告を止めたいと、言うから「報告しないとお家から出られないわよ」と、言ったら渋々「その通りです」と、納得してたけど」
司が、
「まぁ…仕方ないね。藍ちゃんの今までのこと考えたらさ、連絡がないほうが心配で……」
と、苦笑して言うと。
一斉に全員が頷く。
「で、藍のほうから午前中に何をするかと聞かれたから、この部屋の片付けやお守りの仕分けを頼んだの。
アッ! 翠と浅葱が午前中いないとも伝えたわ」
「急に決まったことだし、藍は知らなかったから母さんに伝言頼んだの」
と、翠が言う。
「意外に時間取ったから昼食に帰れないと、藍とおばあさまにメールした」
と、浅葱が答える。
「それが、何時何分?」
と、翠に聞く。
「わたしの方は、11時33分。浅葱は?」
「俺も11時33分で、既読が付いているが返信がなかった。返信 要としたのに」
と、言った直ぐに湊が、
「えっ!11時33分!!」
全員、湊に目線を向けた。
湊の携帯は今録音中の画面になっている。
「俺も藍にメールしたんだ。お昼からの予定が知りたくて。
でも、戻ってきたんだ。それが11時34分だった。何で戻ってきたんだと思って見直したから間違いないよ」
「34分」
全員、なんと答えを出せばいいか、分からないが浅葱は、[藍メール、翠、浅葱、既読有り 湊1分後既読無し]と、書いていく。
「今、34分に何かあったらしいと分かったが、俺たちは藍が返信をくれないことで、おばあさまと藍に母さんがメールを追加したんだ。
お昼前だし二人で手が離せないこともあるから」
と、浅葱が言う
「私は、翠と浅葱がお昼に間に合わないと、メールが来たから直ぐに社務所に行ったのよ。2~3分後かしら。ドアは閉まっていたから開けて声をかけようとしたけど、藍はいなかった。
……何の違和感もなかったし。ストーブが付いてたから、トイレだと思ってストーブを消して台所に戻ったわ」
浅葱が、[11時34~35分社務所 藍不在 千種確認 ストーブ 着 → 千種 消 ] などを書いていく。
「お昼の用意をしていたら翠からメールで、内容が藍が側にいるか? と、言うから念のためもう一度呼びに行ったけど、何も変化なくてトイレも見たけど、居ないし。
携帯の位置情報を見ても印はウチだし。家中探していないから、翠に藍がいないと、返信したのよね」
「それが11時53分ね」
と、翠は携帯画面を見ながら言う。
「私も母さんと通話で話をして、一時間位かかると、言って位置情報で確認したもん。間違いなくウチに印が付いていた」
「でも……あのメールの内容は…………」
と、司が言う。と、宗一と湊も
「「あぁぁ…………」」
「あれでも30分待ったのよぉ 母さんから無事に藍が居たと連絡有るかもしれないし。
浅葱がスピード違反で捕まらないかと、心配しながら隣にいたのに」
「でも……」
と、司は言う。
「藍 行方不明 捜索中」って
「一斉送信したから、母さんや浅葱にも同じメールが行ってるわ」
と、翠は
「宛先、選んでメールしてない」
宗一が止めるまで電話やメールが鳴り続くわけだ。
「僕とおじいちゃんは、昼ご飯をおばあちゃんと食べかけで、ここに着いたの……40分位?」
と、宗一を見る。
「そんなもんだったんじゃないか?」
「俺たちが着くのと同じ位に、宗一先生が車を止めてたから、それ位でしょ」
と、浅葱が言って
「私は、境内のほうを探してたら、四人が一緒に来てくれたのよ。
そのまま五人で外周りを探して……浅葱が社務所を確認したいと言うから、全員で移動して、位置情報をみんなで見てたら、全員同じだった」
「で、湊が駆け込んで来て今に至る」
と、浅葱が言うと
「俺は、電車の中で一斉送信を受けたんだ。待つより直接確認した方がいいと思って」
と、湊が言う。
「そうか。湊、録音もういいよ、保存しといてくれる、後で転送してくれこれに」
と、浅葱の携帯を持ち上げる。
そのまま纏めたカレンダーの紙を撮影し文章を打ち込んでいる。
「みんなの予定を今聞いといていい?ウチは、後父さんが帰ってくるけど香山家は?」
と、浅葱が聞いてくる。
「俺は残る!」
と、湊が言うと宗一が、
「私が残るから、湊は司を連れて一旦帰れ」
と、車の鍵を渡す。
「なんで!!」
と、湊が食って掛かると
「藍ちゃんが、見つかって異常がないか診るのは、私が最適だろ。なんせ産まれた時から診ているだから」
「俺だって医師免許取った!!」
と、食い下がるが、
「フン! 経験値が違うわ。それに順一や峯ちゃん、樹にも説明しないと、あいつらも心配してるだろう」
と、宗一は司を見る。
「兄ちゃん、悪いけど僕を一緒に連れて帰って、おじいちゃんのいう通りだと思うし、僕、眼鏡持ってきてないよ」
と、司は困り顔だ。
「ウチも辰巳家が、どう動くか分からないけど自由に動けるのは、このメンバーになると思う。
みんなお役所関係だからさ。ちゃんと連絡するし、心配してるのはお前だけじゃないのは、分かるよな」
と、浅葱が凄んで見せた。
湊と司が帰った後、浅葱は写メとある程度纏めを文章にして《ガーディアン》連絡網に一斉送信した。
各々の予定の返信 要を添えて。
次々に返信が届くなか、(泣)のマークだけ寄越したメールがあった。父方の伯父 賢一だ。
宮内庁皇太子付きが、簡単に予定を替えられるわけもなく、個別返信する。
『後で知るよりは良いかと思い知らせたが、逐一報告するから、仕事に専念して欲しい』『頼む』
が、返ってきた。
後は辰巳家だが、浅葱は宗一と準備室としてある隣の和室にいた。
藍が着てきたと思われる衣類、鞄はいつもの場所にきちんと置いてある。靴は下駄箱に入ったままだった。
社務所に置いてあったトートバッグの中は、封の開いてないキャンディ袋と半分位になったキャンディ袋、休憩中に読もうとしただろう小説、朱色の和柄な巾着には、スキンケア用のクリーム、リップスティック、生理用品と少しの常備薬。
常備薬の一部を宗一に見せると
「処方箋で出してる薬じゃないね。軽い痛み止めだね。
藍ちゃんは、基本ウチの処方箋の薬しか服用しないけど、予備に持っていたのか? 1.2回服用しても、藍ちゃんでも支障ないものだよ。
順一は知ってたかもしれないけど」
と、宗一は錠剤を元に戻した。
翠は、夜に人が増える予想の上、買い物に出ている。
千種は、今日すべきことをやってしまうと、本堂。
浅葱と宗一は、見落としはないかと、二人で藍の痕跡を探している。
浅葱には、父方の従兄弟はいない。母方の藍だけが唯一の従兄妹だか、感情的には父よりの兄だ。
可愛くて仕方ないが、どんなに守りを固めても藍は、何かしら巻き込まれて傷つく。
本人は気が付いてないが。
浅葱の携帯に次々返信が届く。
湊からは、『夜、順一と一緒に来る。樹はまだ連絡が取れないから後で』
司からは、『おばあちゃんと留守番。何かあったら時間関係なく連絡 要』
藍の母親 朱里は、こちらに向かっている。
藍の父親 誠は、会議が抜けられず遅れる。
藍の父方従兄 要は、勤務明けに来る。
藍の父方伯父 剛は、連絡取れず。
と、浅葱が《ガーディアン》の予定を宗一と確認ていると、父の修次が駆け込んできた。
「藍ちゃんは?」
最初のメールだけで出張していた他県から慌てて帰ってきた。
夜、《ガーディアン》が集まることを告げ、一旦職場の文化庁に帰らせた。
仕事放棄されては困る。
宗一は、ひとり考えに耽っていた。
多分、千種も。
お昼に千種が出してくれたお茶漬けをかけ込みながら、既視感があった。
44年前にも、社務所で食べたお茶漬けの記憶が、偶然か?






