過去の事情
「アギル一人じゃ、知り合いに会った時困るでしょ。でも、ウチの旦那が居ればアギルはちゃんとした商会の一員で身元を証明出来るでしょ。
そしてウチの旦那は、私が頼んだことを出来るとは思えない。だからね一緒にダーニーズウッド領に行って、調べて来て」
「「はぁー?」」
と、ラルトさんと聞き返した。
「調べるって、嫌な予感しかしないですよ」
と、答える。
「なんで? 僕が?」
と、ラルトさんも自分の奥さんに聞く。
「この忙しい時に私が動けるわけないでしょう。
本当なら人を頼らず自分でしたいけど、仕方ないじゃない。動かすのはラルトしかいないし、下手に余所者を使うわけにもいかないからね。
サイガール商会のヨハンさんからの依頼なのよ」
と、ヤーナさんが説明する。
「サイガール商会のヨハンさんなら、自分のとこで何とかなるんじゃないか?。ウチより大きいし繋がりも多岐にわたってるのに」
と、ラルトさんが不思議がる。
「その多岐の1つがウチなんですね」
と、アギルが答える。
「そうよ、サイガール商会も忙しいと思うわ。悪いと思って態々前倒しで注文書を持って来てたもの」
と、ヨハンの思惑を悟ってヤーナさんが言うが、
「それでも、俺は無理です」
と、アギルが答える。
「何よ、その騙した女の子、もう、女の子じゃないか。その騙した女性に会いに行けとは言ってないけど」
と、ヤーナさんが問う。
「嫌、何となく既視感があるもんで嫌です」
と、アギルは断る。
「ヤバい話じゃ無いわよ。唯、抜け駆けしたいだけだから」
と、ヤーナさんが言うが、
「抜け駆けってのがヤバイでしょ」
と、ラルトさんが言ってくる。
「そうかしら? ダーニーズウッド領の次期領主様の結婚相手が、どこの令嬢か調べるだけよ」
と、ヤーナさんが言ったら、
「絶対に無理だ。絶対に不可能だ! 俺は無理です」
と、しっかり断った。
「アギル? 私にそんなこと言ってもいいの? 先代に雇って貰えるように、口添えしてあげたのは、私よ」
と、ヤーナさんが言って来た。
「…………俺がダーニーズウッドに居れなくなったのも、ヤーナさんが言ったような依頼が元だ」
と、打ち明けた。
「どういうことよ。アギルは地元の女の子を騙して、騙したのがばれたから、ダーニーズウッド領から出て来たんでしょう」
と、ヤーナさんは事情を説明した通りを言ってくる。
「そうですよ。嘘は言ってませんが、騙したのがダーニーズウッド領主邸の侍女をしていた子なんですよ」
と、内容を打ち明けた。
「あら! それはヤバイわね。でも、アギルがウチに来て10年よ。その女性が領主邸に居るか分からないじゃないの?」
と、ヤーナさんはまだ諦めない。仕方ない。
「その子の問題じゃないんです。前も王都の商会でお貴族様から依頼されてと言って、手伝いを頼まれました。
この時期になるとシアン国王陛下が、ダーニーズウッド領に逗留されるのが、直訴したいことが有るから、陛下の行動を調べてくれと。
他の貴族に知られると、領主カール様も巻き込まれるから秘密にお知らせすべき事なんだと、言われて手伝いをしました。
でも、本当に館の警備や警戒は凄くて陛下の行動も調べようがなかったんだ。でもその商会の人が館で働いてる人を取り込もうとしたけど、失敗したらしく焦った商人達が侍女を拐おうとして、俺が巻き込まれた」
と、説明すれば、
「巻き込まれただけなら、アギルは気にしなくてもいいじゃない?」
と、ラルトさんが聞いてくる。
「嫌、俺も迂闊だったんだ。巻き込まれてその侍女と親しくなったと言ったら、利用されたんだ。
その商会も依頼されて、シアン国王陛下の命を狙っていたと、後から知らされた」
と、真実を言えば、
「それは…………駄目だわ」
と、ヤーナさんが言葉にした。
「だから、無理だと言っている」
と、項垂れながら言った。
「でも、今回はシアン国王陛下の事を調べるんじゃないわよ。
ヨハンさんは、どこかでその情報を仕入れてしたのよ。多分噂になっているオリゾーラル公爵令嬢辺りでしょ。ミカエル様にお熱だと聞いたこと有るわ。お相手がどこのご令嬢か、容姿はどうかが分かれば良いって言ってたし、街で情報を聞く位ウチの旦那でも出来るでしょう。容姿はご令嬢と会ったことある人に聞けばいい
けど……でもそうね、容姿は人其々表現も感じ方も違うからちゃんと見るべきね。遠くからでも見てきたら依頼は終わりよ」
と、ヤーナさんは言う。
「嫌です。俺も騙されたことだとわかって貰えたけど、あの館には、恐ろしい人が居るんです」
と、訴える。
「アギルがこれだけ言ってるんだから、無理だよ」
と、ラルトさんも言うが、
「分かったわ、もう一人付けましょう。ラルトは街で情報を聞き出して、アギルは土地勘が有るんだからもう一人つけるその子の段取りをしてあげて、それならアギルも大丈夫でしょう? 誰がいい? アギルの言うことをちゃんと聞く子がいいわね」
と、ヤーナさんは引かない。
「どうしてもですか?」
と、聞けば
「どうしてもよ」
と、ヤーナさんは言ってくる。
「本当にヤバくないなら、サイガール商会の名前を出してもいいですよね」
と、聞いたら、
「いいんじゃない、口止めされてないわよ。秘密だと言われたのは、次期領主様の結婚に付いてだし、お相手を探るのにお相手と聞かなければいいのよ。館にいらっしゃるのは、どこのご令嬢かしらってね」
と、ヤーナさんはいうが、秘密になってない。
「ヤーナ、僕にそんな交渉術が有るわけないだろう!」
と、ラルトさんが尤もな事を訴えた。
「アギル、ウチの子で誰を連れていく?」
「……、…………、………………オークにしときます」
と、答えた。
「あの子は地頭が悪くないわ、機転もきくし、いい判断だわ」
と、ヤーナさんは言ってくれるが、かわいい弟分を巻き込みたくないが、ラルトさんの守りもしないといけないし、頼れるのがオークしかいない。
「ここがダーニーズウッド領の街ですか?」
と、8歳年下のオークが聞いてくる。
「あぁ、そうだ。10年ぶりだが、何一つ変わってない」
と、馬車から見える風景と街道筋の建物が懐かしい。
「僕は二度目だ。隣国ジャスパードに行く時に寄ったことがあるが、行きは馬車だったが帰りは荷物と一緒に川を下ったからな、王都までどこにも寄らなかったし」
と、ラルトが言ってくる。
「このまま宿に入りますよ。昼間は悪いが俺は出歩かない。オークがラルトさんと街で情報を集めるんだ」
と、オークに指示する。
「分かりました。折角なんでラルトの旦那が興味あるところに、連れていきます」
と、オークに考えがあるようだ。
「それでいい。ラルトさんには自然でいてもらう方が、オークも動きやすいだろう」
と、答えた。ラルトさんは良くも悪くも研究熱心だ。興味が出ると相手を質問責めにする。その間にオークが周りで聞き込むつもりなんだ
「昼間は頼むな、日が暮れたら食事をしながら、噂を拾うぞ、朝は早くに馬で領主邸近くまで案内するが、俺は近付かないからオークに頼むな。ラルトさんは俺達がいない時に、好きに街を見てるといいよ、それの方が仕事で来てると思われやすい」
と、段取りを言う。
「僕は容姿を見ればいいんですね」
と、聞いてくる。
「そうだ、それ以上近付くな。怖い人がいるんだ。あそこには」
と、答えたが分かってないだろうな。経験者しか知るようがない。
その日宿に入った所は、川沿いの宿でなく筋を1本入った宿だ。筋が見える窓側を頼みラルトの旦那を一人部屋にして、オークと相部屋で借りる。
予定の一巡り分前払いだが、ヤーナさんが気前良くお金は出してくれた。この依頼に金銭報酬はないと言っていたのに。
ヤーナさんは知らないんだ。興味本位でダーニーズウッド家を調べる恐ろしさを、一応ヤーナさんの言う通り動いてみるが、最終手段は腹を括るか。




