ナリスの協力
アートムさんの注意を受けて、気を付けながらナリスと自宅の中に入る。
赤ん坊の産着や替え、おしめにおくるみとナリスは、クルナと買い物をしてくれていたから分かるようだ。
「ナリスありがとう、俺一人なら何を持っていけば分からなかったよ」
と、言えば、
「私も分からないわよ、経験ないし。カルマさんや別館のアミルさんにマルチさんが色々教えてくれたのよ。クルナはノアさんの身内だから、表立って手を出すことはないだろうからって」
と、ナリスが教えてくれた。話しながらでもクルナの日用品から着替えや下着を詰めていく。流石侍女手際がいい。
「そうか、知らなかったよ」
と、ルッツが言えば、
「多分ね、ローマさんの指示だと思う。ノアさんとローマさんは、ずっとダーニーズウッド家で働いてきた人だからね」
と、ナリスは憶測だか自信を持って言ってくる。
「今はメリアーナ様が体調を崩しておられるからな」
と、ルッツが最近庭の散策をされないメリアーナ様を気遣う。ローマさんは別館の侍女でメリアーナ付きの一人だ。
「ねぇ、ルッツ。良く赤ちゃんの産着やおしめの事思い出したわね。私はクルナの苦しんでるとこを見てるだけで思い付かなかった。
折角クルナが用意した物を、赤ちゃんが産まれてから慌てるとこだったわ」
と、感心してくれるが、
「いや、俺が思い付いたわけじゃないんだ。
アイが赤ん坊の物をクルナが用意してるなら、持って行ったほうがいいと、出来ればクルナの分もと言われたんだ。
だけど細かい物が分からないと打ち明けたら、仲良くして協力してくれる人を連れて行けばいいと、言われてね」
と、指摘されたこと告げる。
「そうなんだ、ルッツはアイと話すの?」
と、聞いてくる。
「たまたま、シアン陛下がアイに庭を見せてやりたいと仰って、少し話した位だよ。花が好きみたいだし、良い子だよ」
と、ルッツは言う。
「良い子って、ルッツは目はいいと思ってたけど、私あんなに綺麗な人見たことないわよ。使用人の若い男の子なんか仕事に成らなくなると、ニックさんが嘆いてたもの」
と、ナリスが興奮気味に言ってくる。
「そうなのかい? 確かに綺麗な子だよね。あの黒髪に赤色が際立って、……言われてみれば確かに綺麗だな」
と、ルッツが言い出した。
「こっちは詰め終わったわよ。そっちは詰めれたの?」
と、ナリスが聞いてくる。
「あぁ、多分これくらいあればいいと、思う」
と、包みを見せる。オレはナリスから荷物を預かり一緒に外に出る。
館に向かいながら、ナリスが聞いてくる。
「クルナを助けてくれたのは、アイなんでしょ」
「あぁ、林の中で足を滑らせたらしいんだ。足首を怪我してて、歩けなくなっていた」
「良く見つけてもらえたわね。
クルナの足の怪我か酷いのよ。ディービス先生が当分歩けないと、仰ってたわ」
と、ナリスも言う。
「悪くすれば、昼まで気が付かなかったも知れない」
と、ルッツが言えば、
「ルッツは、お父さんになるんでしょ。これからは、クルナだけじゃなく赤ちゃんのためにも、頑張らないとクヨクヨしないの」
と、両脇に荷物を抱えたままの背中をバシバシと叩かれる。
「痛いよ、俺はナリスにも幸せになって欲しいと思ってるよ」
と、言えば、
「私は、一回失敗してるからね」
と、ナリスが昔の話をしてくる。
「失敗じゃないだろう。相手が騙してたんだ、ナリスは悪くないじゃないか」
「違うよ。ニックさんもノアさんも皆に注意されてたのに、簡単に騙された私が悪いんだよ。だから私の下に付いた子達は、守ってあげないと。私は守ってもらったから」
と、ナリスは言う。それでクルナも気にかけてくれていたんだ。
館にクルナの荷物を以前クルナが使用していた部屋に置きに行く。ミカエル様がクルナが足を怪我しているなら自宅より館の方が良いだろうと、使用許可を下さった。
赤ん坊の荷物はナリスが客室に持ってそのままクルナに付いてくれるらしい。
客室前の廊下をウロウロしていたら、ノアさんに叱られた。
「お産は始まったばかりだよ。ここでルッツが歩いていても仕方ないから仕事でもしといでよ。産まれたら知らせてあげるから」
と、言われ一旦作業場に行き、ルカが来るまで仕掛けていた前倒しの仕事をするが、前倒しの仕事は今しなくても良くなった。
作業の手を止め、前の林に目をやる。林の中を通れば自宅から作業場の近道だ。整備された館回りの道でなく、土がむき出しの林道。徐にクルナとアイが居た場所に行ってみる。
アイがクルナを抱えてた場所は、俺の作業場と館の洗濯干場の中間位の場所だった。
……良くここを見つけてくれたものだ。作業場の方は俺が自宅までの近道に使うから、まだ開けていて建物も何とか見える。
でも、洗濯干場はここからは見えないし、普段人が通らないから林道らしい道もない。
クルナが声を出せないのは、館の人なら誰でも知っていることだが、アイは初対面なのに適切に対応してくれた。自分が泥だらけになっても抱えて側を離れず俺達を呼んで知らせたくれたが…………俺なら、見知らぬ者なら人を呼びに行く方を選ぶ……
本当にアイが見つけてくれなかったら、どうなってた? 足を怪我して歩けないまま声も出せないクルナが、俺が昼に帰ると言ったが、メアリー様達の事で帰れなくなってたかもしれない。
この近道は、毎日通っているわけじゃない。
アイの笛の音? あれ? あれ指笛か? ルカが先に気付いてくれたが、作業中なら気が付かない可能性の方が高い。
指笛は、厩舎のキニルや他の厩務員が馬を呼ぶ時に使うから気に止めないかも知れない。館の中には届かないが、厩舎と作業場は近くにあるから聞き慣れている。
でも気になったのは笛の音がいつもより高い音だったからだ……
ルカが不審者が潜んでいるかも知れないと言ってた。俺もこの辺りを探ってみるか。
林を抜けて街に出るための街道に出る。この先はダーニーズウッド家の敷地の境だ。街に出る道と館に行く道。もう1本林に沿って山岳地に入る道が有る。
道なりに行けばそのまま山側で道なき道を進むと、隣国ジャスパード国の国境地になるが、馬も通れない山道で猟師が狩に使う小屋が数戸あるだけだ。
隣国ジャスパード国の行き来は、大河川シーガネ川沿いの街から続く街道だけだ。
そこには第2団隊が、街道と河川の警護を担っている。
館の奥に山岳地と館の周囲の警備警護を第1団隊が担っているが、館のことはアートムさんとルカが、使用人の中にも警護団隊員所属の者もいる。
ルカが言っていた馬車で付けていた者達は、山岳地の方に行ったみたいだ。
これはこの地に詳しい者が、協力しているかも知れないな。アートムさんに報告するべきだな。
そろそろ館の近くにいないと、呼んでもらっても聞こえないし探してもらうことになる。
館に向かう道を歩いて行くと、ルカが周りを見ながら歩いているのに出会った。
「ルッツ、クルナの側にいなくていいのか?」
「産まれたら呼んでくれるそうだ。仕事でもしときなさいとノアさんに言われたんだ」
「仕事?」
と、ルカが聞く。
「仕事をしに作業場に行ったけど、落ち着かないからルカの手伝いでもと探ってた。馬車の車輪の跡は山の方の道に在った」
と、言えば、
「馬車を隠しているか」
と、ルカが言ってくる。
「そうだと思う。俺はそらそろ館に戻るな」
と、ルカと別れた。
ルカと別れた道から少し入ったとこに礼拝堂がある。シアン陛下は散歩の途中でいつも寄られるが、俺も寄っていこう。
「どうか無事に産まれて来てくれ!
母となるクルナがみたい。お爺さんになる父がみたい。早く会いたい」
と、祈ってみた。
……そう言えば、この礼拝堂でアイが見つかったんだよな。そうだ、赤ん坊が産まれたら、アイにお礼を言わないと……
「あれ?」
俺以外の足跡があるが、さっきルカと会ったからルカが、覗いたのか?
礼拝堂の中が陰ってきた。もう客室の前に居ても怒られないよな。




