指笛
ルカは執事ニックと侍女長ノアに、アイの伝言指示をしてから館の裏通路を抜けて、厩舎の方に走る。
厩舎はルッツの作業場の近くにあり、馬の運動用の柵で囲まれた場所は、新芽を出した草が緑の絨毯の様にツヤツヤ光っている。
厩舎には、元警護団隊員が厩務員として働く場合が多くある。各警護団隊にも引退した隊員達の仕事場となるが、馬の扱いや金物の扱いに長けた者が、館で働くことが出来る。
今厩舎前で、五頭の馬と二人の男性が話しているのが見えた。五頭の内の三頭はまだ鞍をつけたまま繋がれている。後の二頭を見ながら厩務員のキニルと、鍛冶士のノベルが話している。
どうやら、王都からメアリー様達を連れてきた馬車の馬らしい。後の三頭は、第五団隊の早馬なのだろう。
「忙しいところすまない。キニル。馬車を用意してくれないか」
と、キニルとノベルが話しているとこに割り込む。
「やぁ、ルカ。何事だい? 何人乗りだい? 距離は?」
と、キニルが話を止めて必要なことを聞いてくる。
「街まで、御者は僕がするから三人だと思う。ノーマン医院に向かう」
と、言うとキニルは、馬の用意をノベルは馬車の用意をしてくれる。
「後でいいから、事情を教えろよ」
と、ノベルがキニルと一緒に馬を繋ぎながら言ってくる。
「あぁ、悪い話じゃない。クルナが産気ついたんだ」
と、馬車の御者台に上がりながら言う。
館から街に馬車を走らせれば、アイの事が気にかかる。
林の中で見つけたアイは、自分の体を下にしてクルナを抱えていた。クルナとは初対面のはず、ルッツの妻でダーニーズウッド家の使用人だが、今はお休みしている。
アイからすれば見知らぬ女性であれ、苦しんでいる困っていると分かると、見境なしに献身的になるのはどうすればいい?
今回は、クルナだから良かったが、それこそ侵入者だとかだとアイはどうするんだろうか?
アイの自国語で話されても全く理解出来なかったが、焦って伝えたかったのだろう、分かる言葉にした時のアイのイライラが伝わった。
あの切り返しの早さは何だ? 此方の言葉を覚えるのも早いし、基本文字を覚えたら勝手に組み合わせて文章らしくしてくる。
シアン陛下じゃなくてもそばに置いて成長や成すことを見てみたいと思わせる。
アイの指示はニックと、ノアが納得の指示なのだろう。クルナが産気ついたと言えば他に聞いてこなかった。
街中に着いた、整備された街道を人や荷馬車とすれ違う様になり、手綱を少し引く。川沿いの道1本筋を入ればノーマン医院が見えてきた。
「ディービス先生はいらっしゃいますか? 産婆さんのタウさんは?」
と、最近よく来る窓口に声をかけると、医局からディービス先生が顔を出す。
此方に近づくまでに、ディービス先生に分かるよう
「ルッツの所のクルナが転んで怪我をしています。アイの話では、破水したのではないかと。タウさんも来ていただきたいのですが」
と、大方の説明をする。
「タウは昼から来る予定なので、今は家に居るでしょう」
と、ディービス先生が答えて、奥にいるロッティナさんに視線を向ける。
「では、私は用意致します」
と、ロッティナが返事をして部屋に戻った。
少し待つとディービス医師とロッティナさんが医院から出てきた。一緒に看護婦見習いの娘も出口まで付いてきた。
「ルナー、急患や手に負えない場合は、父グローに頼れ。私が行き帰りするよりは早い。留守を頼む」
と、言ってダーニーズウッド家の馬車に乗り込む。
あらかたタウさんの家の道筋を聞いて向かっていると、医院から見慣れない馬車が付いてくる。
このまま産婆さんの自宅に行くのは不味い、どうするかと悩んでいると、人しか通れない路地からお婆さんが出てきた。
「タウ!」
と、ディービス先生の声が聞こえた。お婆さんはそのままノーマン医院の方に歩いていく。通りすぎたところで馬車を止めた。御者台から中に話しかける。
「さっきのお婆さんが、タウさんですか?」
「そうです。いつも早めに医院にくるのですが、今日はそれよりも早いですね」
と、ディービス先生が言う。
「ロッティナさん、悪いですが馬車から降りて、タウさんとその角で待っててもらえませんか。馬車を回して来ます」
と、説明すれば、
「わかりました」
と、馬車から降りて、道の反対側に斜めにかけていく。馬車を走らせ中央で馬車を回して迎えに行く。
後ろから付いてきた馬車はそのまま真っ直ぐ進んだが、明らかにノーマン医院から付いてきた。
ディービス先生とロッティナさん以外に注意すべきかも知れない。
ロッティナさんとタウさんが言ったとおりの角で、待っていた。二人を馬車に乗せダーニーズウッド家に急ぐ。
館が見えてきた頃、後ろから先程の馬車がついて来るのが見えた。ディービス達を降りしてから父に報告するしかない。
使用人用の出入り口に馬車を止めると、ルッツが待っていた。
「ディービス先生、タウさん、ロッティナさんお願いします」
と、ルッツが慌てて案内する。
そのまま馬車を厩舎に返しに行き、厩舎に声をかけるとノベルが出てきた。
「ルカもういいのか?」
「いや、迎えに行ったから後で送るよ。でも、お産ってどれくらい時間がかかる?」
と、ノベルに聞けば、
「俺んちは早かったよ。半日ぐらいか。でも息子の嫁はかかったな、産婆さんが来てから丸1日半はかかったからな、わからんよ」
と、ノベルが教えてくれた。
「ノベル、キニルは?」
と、聞けば、
「ルカ、呼んだか?」
と、キニルが奥から出てきた。
「今日忙しいのは分かっているんだけど、医院から馬車で付けられた。多分敷地の近くにか、付近に潜んでいると思う。馬車だから何人かは分からないけど」
と、言えば、
「分かった、ほかの奴にも言っとくよ」
と、キニルが請け合ってくれた。
「最近彷徨いてる奴か?」
「多分ね、シアン様がいらっしゃるし用心してくれ。父さんに報告してくる」
と、言えば、
「あっ! ルカ。さっきの指笛はお前か?」
と、キニルが聞いてきた。
「いや、アイだ。気付かせるために吹いてたみたいだが」
と、答えると、
「そうか、見事な指笛だと思ったが、警護団でも使うが、すまん緊急だと思わなくてな。アイに謝ってくれ」
と、キニルが聞こえていたけど、緊急だと思わなかったらしい。
「今後のために教えてくれ、アイが吹いた音は警護団ではどんな意味なんだ?」
と、聞けばキニルとノベルが、
「「腹が減った!」」
と、二人で声を揃えて答える。
厩舎から館の裏通路を通って、使用人の部屋が見えてきた。客室から父とルッツが出てくる。
「父さん!」
と、声をかけると、
「今ルッツから、話を聞いたところだ」
と、アートムが言えば、
「ノーマン医院から、馬車でつけられました。車内に何人居るかはわかりませんが、街の中で一回巻いても館の近くで追いついて潜んでいると思います。
キニルとノベルには、言っておいたので気にはしてくれるでしょうが。今から捜索してきます」
と、外に出ようとすると、ルッツとナリスが部屋から出てきた。
「ルッツ、クルナに付いてなくていいのか?」
と、聞けば、
「タウさんが、まだまだお産はこれからだと言われて、アイに言われたことをナリスに頼んで来てもらうんだ」
と、言う。
「アイが何を言ったんだ?」
と、父が聞く。
「赤ん坊の着替えやおしめを纏めて置いてあるんだけど、クルナの着替えや産後に必要なものは、分からないからナリスに見てもらうつもりなんだ。
アイがそうした方がいいと教えてくれたんだ」
と、ルッツが言うと、
「ルッツ、不審者が彷徨いている。ナリスだけで行動させるな」
と、父がルッツに注意した。
「わかった。気を付ける」




