お世話になります
「きみは どこからきたんだ」
と、目の前にいる緑髪のおじいさんで視界が塞がれて、誰が言ったのか分からないが、
……えっ!?
と、びっくりした反応を示した。
それを見た緑髪のおじいさんは、ゆっくり立ち上がり後ろを振り返った。
入れ替わる様に赤髪のおじいさんが、目の前に来て同じようにゆっくり片膝を付き、口を開いた。
「君は、何処から来たんだ?」
と、聞こえた藍は、赤髪のおじいさんが立てている膝に置いた手を、括られたままの両手で"ガッシッ"と、掴んだ。
一斉に四人の男たちが藍に詰め寄る。
「お手洗いに行きたいのです。場所と使い方を教えてくれる女の人を紹介して下さい!!」
と、一気に喚いた。
藍の目は、真剣だ。詰め寄った三人はそれぞれ
……誰かに追われて、逃げているのか?
……危険な事を知らせているのか?
……拐かされて逃げて来たのか?
危険を顧みず、命に係わる事を打ち明けていると思ったが、ルカだけはさっきまで一緒にいて様子を観察していたこともあり、藍の真剣な目力は、窓枠を嵌めさせたことで二度目だ。
「クッ…クックックッ……」
と、赤髪のおじいさんが肩を震わせて、笑っているが
わたしはそれ処じゃない!
一頻り笑って落ち着いた赤髪のおじいさんは、
「おてあらい――は、便所の事だったか?」
わたしは会話出来ていることを、後回しにして"ウンウン"と、頷いた。
「アートム、ルカ、□□□□□□□□」
何か指示しているのか、銀髪の男性と青年が動き出した。
……どちらかが、アートムさんで、ルカさんなんだろうね。
「ミカエル□□□□、アート□□□□□□□」
こげ茶髪の男性と、銀髪の男性が出入口の扉から出て行ってしまった。
……こげ茶髪の男性がミカエルさんで、銀髪の男性がアートムさんだね。
名前の分かったルカさんが、わたしに近付いて拘束を解いてくれようとした。
が、「やめて!」
と、思わず叫んだ。
赤髪のおじいさんと緑髪のおじいさんが、話をしていたがわたしの声に驚いて、こっちに視線を向ける。
ルカが、何もしていないと訴えるような、素振りをして見せたが、わたしが怖がっていると思ったのか、
赤髪のおじいさんが、
「縄を解くように、言っただけだが?」
何かあるのか?と、言いたげに近付いて、反応を見ようとする。
「お願いです!上から時間を掛けて、縄を解いて欲しいです」
会話が通じている赤髪のおじいさんを含めて、理解不能そうな表情を作った。
……宗一先生は、いつもわたしに――『時間を掛けてゆっくり行動するだよ。藍ちゃんの熱は、身体の中と身体の外と心が、驚いて出るんだ。出来るだけゆっくりね』――幼いわたしに、分かりやすく教えてくれた……
今なら専門的なことも、理解しているが。
……もう、遅い気もするが……身体も精神も驚き過ぎている……
赤髪のおじいさんは、ルカにそのまま伝えてくれたのだろう。
ルカが合点のいった、表情をした。
ルカが拘束したのだから、上からという指示に解く順番を考えて、冷たくなった両手の縄から解いてくれるようだ。
肌の色がゆっくり変わるように、縄を緩めてくれる。
拘束を解いたのに、動こうとしないわたしに。
「どうした?」
と、赤髪のおじいさんが、聞いてきた。
わたしは目を閉じて、身体と会話しているところだ。
意識を自分の身体に持っていくと、《ガーディアン》に報告義務である、体調表示には5段階ある。
善·良·並·不·悪 字の如くであるが、朝報告した
“良„から最低表示"悪„寄りの"不„であると、今は言える。
頭から足先まで不調を訴えているが、一つずつ対処するしかない。
今三人の男性がいるが、言葉が通じているのが赤髪のおじいさんだけだ。ルカと緑髪のおじいさんには、言葉が理解できない。
必然的に、赤髪のおじいさんにお願いするしかない。
「お手洗いをお借りしたいです」
名前も挨拶もしてないが、希望を先に伝えて優先順位を示した。
他の人がわたしの態度に後で怒るかもしれないが、
気にすることなく赤髪のおじいさんは、
「あぁ、案内させよう」
と、出入口の扉の方に目を向けた。
ゆっくり立ち上がり進みたいのだが、足が前に出ない。
内心では一秒、十分、一時間この場所に居れば、そのまま元の社務所の部屋に、戻れるかもしれない。
動いた瞬間に、1%でもある可能性を自分で閉じてしまうかもしれない。
ルカに拘束される前から、何回も頭に過った考えだ。
身体中が軋んで痛みを訴えているだけでは、体が動かない理由にならない。
「□□□□ □□□□□□」
「□□ □□□□」
「□□□□□□ □□□□□□□」
男たちが、側で話している。
「すみません。お時間をいただきました。案内をお願いします」
と、足を前にだした。
前に進む度に、進んだ分だけ帰れたかもしれない可能性に、後ろ髪を引かれた。
出入口の扉まで来ると、外は自然に囲まれた建物だと分かる。三階段降りると整備された道があるが、わたしは足袋だと思い出した。
……外の方がやはり、建物の中より暖かい。
……このまま足袋で外に出てもいいのだろうか?
……こちらの人は、白い外履きだと思っていそうだが、これ以上時間を掛けたくないけど……
戸惑っていると、ルカが赤髪のおじいさんに、何か話かけている。
赤髪のおじいさんが、"ヒョイ"と、わたしの袴の裾を捲り上げた。
……『ひぇー』悲鳴らしいものを、心の中で上げたが、口には出さなかったよ。攻撃していいものなのか、逃げればいいのか、分からないまま、
「あの、何をなさっているのですか?」
と、冷静に聞けたわたしはえらい!!
「それは、靴じゃないな。草履はないから、私が抱いていくか」
と、横抱きにされかかると、慌てたのが二人だ。
ワイのワイの騒いだ後、何故か? 緑髪のおじいさんが、わたしを小脇に抱えて歩き出した。
小走り並に速い。人間一人小脇に抱えて速く歩けるもんだ。
お腹に全体重がかかり、少し痛いけれど身体が発熱しだしたのがわかる。
この先のことを考えるだけで、頭が尚更痛い。
運ばれながら、外を観察する。草木は知っている感じだ。空気じたいは、こちらの方がおいしいと感じる。
男性達の服装を見ても、防寒でもないし、薄手でもない同じような気候なのか?
両脇の林が切れたと思ったら、大きな館が二棟見えてきた。
資料や映像で見るような、中世貴族のようなお館だ。
正面に見えた大きな扉の前に、アートムさんが待っていてくれた。
小脇に抱えられているわたしを見て、何か言いたそうだが、扉を開けて入れてくれそうだ。
中は広いホールに、ミカエルさんと年配の男女一人づつ立っていた。
男性は細身のきりっとした風貌で家令さんだろうか? 女性は峯子おばぁちゃまに雰囲気が似ている。メイドさんかな?
ミカエルさんが事情を、説明してくれたんだろう。
緑髪のおじいさんに、わたしを降ろすように言ってくれたのか、メイドさんが支えるように手を貸してくれる。
ぐったりしているわたしに、手を添えて起こし小柄なメイドさんが、握った手に力を入れて連れて行こうとしているのが、お手洗いなんだろう。
ホールから奥まった所まで、気力で歩いているが節々が痛い。
握った手から発熱がわかるのか、気遣う表情で見てくる。
着いた扉を開けて入った部屋は、個室ではないが3ヵ所仕切りが付いた座式だ。
蓋付きの壺が奥に沢山置いてあり、外に出し入れするための小さい扉がある。
3ヵ所あるうちの一つに誘導されて、袴をスカートと思ったのだろう、慣れたように託し上げる手伝いをしてくれる。
羞恥よりも介助され慣れているわたしは、そのまま用を足すまでお世話になった。
用を足せて気が緩んだか、目の前が暗くなりかけた。
それでも気力で、メイドさんにお辞儀をして壁側の手洗い用の盥に、手を入れた。
ところまでは覚えているが、それ以降記憶にない。