藍の部屋
早朝の白彦神社の駐車場に、一台のセダンが入ってきた。定位置には三台の乗用車が停まったままだ。朝靄の中ライトを点けて一台分空けて停める。
要は飲みかけのエナジードリンクを、飲み干してドリンクホルダーに入れ、助手席の上着とコンビニ袋を手にとり車から降りる。
叔母の朱里が昨日は一緒に来ると言っていたが、先に行くとメールして家を出てきた。警察車両を入れる場所には、余裕が有る別行動でもいいだろう。
非番であっても父 剛が手配した警察関係者が来るのだ。後で問題にならないようにしなくては、顔を潰すことになる。スーツ姿ではないが春先にあった軽めな服装で参道をゆっくり歩く。
瀧野家から帰って、家の防犯カメラのチェックを終えて叔母の朱里の話を叔父の誠と聞いた。
その後叔母と藍の部屋に行き手掛かりを探る。藍の部屋はきちんと整理せれている。大学時代のレポートゼミの資料が纏めて紐で括ってある。
クローゼットには、コートや厚手な物が畳んでブディック袋に入っているのは、クリーニングに出す予定なんだろう。半分位にしか入れてない袋が頼りなく依れている。
卒業式に着た振り袖と袴には、和紙の専用収納が脇にあり、謝恩会で着たドレスはいつものクリーニング店のカバーフィルムが掛かったままだ。
そういえば、勝手口のカメラには、出入りする馴染みのクリーニング店のおじさんが写っていた。
叔母さんは、机や小物類を入れている棚を見ているが、手が動かない。
見ているだけだ。
収納棚には、藍が作った小物が可愛く飾って有る。藍は最初に作ったものは、こうやって手元に置くが、次から作るものは、そちらの方が出来が良いのに人に上げていく。
フォトスタンドには、藍の笑顔がある。俺とのツーショットに加奈おばさんに抱っこされているのもある。
寝込むことが多かった藍は、ベットで部屋でと出来ることが限られるが、本棚にギッチリと本が詰まっている。俺と樹が被って上げた本も並んで入っている。
それからは被らないように、聞いてから購入するようになったんだ。
……きれいに入っているけど、どんな基準だ?……
「どうしたの? 何かあった?」
と、叔母が手が止まったオレに声をかけてきた。
「いや、どんな基準で藍が本を片付けていたのかと、思って考えたけど全然読めないんだ。ジャンル別でもないし、購入や手に入った順でもなさそうだからさ」
と、答えると
「あぁ、それね。私も気になって藍に聞いたことあるわ」
と、叔母が言う。
「答はね、これよ」
と、一段と高級な本棚を示す。
「これがどうしたのさ」
と、聞けば
「これはお義兄さんが、藍に送ってくれた本棚一式世界名作物語、全450冊よ」
と、言う。
……なんちゅう物を送っているんだ。オヤジは……
その中から一冊手に取ると、見覚えある表紙が目に入る。確かに藍が読んでいた。
「えーと、でもこれ450冊以上有るよね。背表紙違うのも有るし」
と、言えば、
「そうよ、藍は貰った人とかで分けているのよ。だから、この本棚の本はお義兄さんが藍に用意した本よ。圧倒的多いでしょう。私達親よりも」
と、叔母が言う。
「これ、スライド式でしょ。すごい量だよ」
と、オレが言えば、
「要も経験あるでしょ。本が被ること。私も有るから藍には聞けば、物語系は新旧揃っているわで、系統が違うものを購入してたわね」
と、言うから本棚を見直すと、俺と樹が送った本を境に前は俺の記憶にある本が並んでいる。その前が浅葱だろう。樹、湊、司と被っているのは湊と司だろう。
納得したうえで見ると、本の半分はオヤジが占めているが、それはそれでいいかと、気を取り直す。
「朱里叔母さん、そっちは何か気になるものはあったかい?」
と、聞けば、
「何もないけど、このまま見るのが正直辛いし、藍が自分から消えるつもりはなかったと分かっただけでもいいわ」
と、言う。
「そうだな。不自然さはないな。アッ! なんだいその紙袋は?」
と、叔母が手に持っている物を指摘する。
「えっ! これ。これだけ畳んで机の上に有ったのよ」
と、俺に見せる。
「アッ! そうか。カメラに写ってた男が藍に渡してたやつだ」
と、道理で見覚えがあったはずだ、さっき見たばかりだ。
「何が入ってたのかしらね。ゴミ箱も空だったし、すぐに使う物だったのかしらね?」
と、叔母は言う。
「オレは、もう一回カメラを見直しするけど、朱里叔母さんは?」
と、聞けば、
「えっ! 要部屋に戻るの。私一人じゃ止めとくわ」
と、一緒に藍の部屋を出る。
「朱里叔母さん、本当は仕事のこと大丈夫じゃないでしょ。叔父さんが藍のことであっても外務の責を外れないなんて、朱里叔母さんもだよね」
と、廊下を歩きながら聞く。
「同じ職場だからね。明日、考えるわ」
と、リビングまで来て言う。
「姉さんとは話したけど、これが白彦神社のお力なら受け入れるしかないけど、違うとなれば動けるわ」
と、ドアを開けながら答える。
準夜日勤明けでいつもなら、昼まで寝ているはずだが、仮眠を少しとっただけだ。
寝付けないのを無理に目を閉じて身体だけでも休める。
お昼休みに手に取った携帯から一斉に送信された内容。腹の底から訳の解らない不安と、怒りがあったけど瀧野家と香山家を見ていると受け入れかけている自分がいる。
一番は、母親である朱里叔母さんが、泣いた後の目で落ち着いているからだ。
俺が白彦神社に着くまで時間があった。その間の経緯は知らないけれど、千種さんや宗一先生に順一先生のやりとり、頭の片隅では非現実的な話しに、それを体験していると人達がいること。
携帯に着信通知が来た。この時間ならと、アプリを開く。樹だ。
《頼んだ》
と、だけある。順一先生が言っていた、樹は大学院の研究室で難病新薬の治験中で連絡が取れない。
と、なると今の樹は、昼の一斉送信からの膨大なやりとりをまとめて読んだことになる。
個人的に、俺だけに送ってきたわけだな。
今日俺が気付いたこと、樹も実感しているよな。
「樹なら藍の変化に気付けたのか? 司も良く見てるが、樹は藍の無意識深層的なことに、敏感だ」
と、携帯のアプリに返事を打つ。
《お前も手伝え》
と、無理なことを伝えとく。態とだ。
《そうしたい》
と、珍しく正直な樹からの返事が来た。嘘だろ?
返信も期待してないし、いつもと違う答えにどう答えたらいいんだ。
携帯を持ったまま、少し寝る気になった。目を閉じるだけでもいい。朝から忙しくなるはずだ、パソコンと携帯の光が目蓋に残って、閉じたはずだが色が踊る。意識して気を奥に入れて段取りを考えろ、と少しレムに入った。
今はそれでいい。
レムから浮上すれば、目が冴える。リビングに行くと照明が点いているが、二人ともいない。
シャワーを浴びて着替えるが、朝ごはんを作ってもいいが、今日はコンビニに寄るか。
ガレージから車を出すと、早朝他の家でも早起きの人がいる家だけ明かりが点いている。
ゆっくり発進させた車だが、早すぎる自覚はあるから途中でコンビニに寄るつもりだ。
いつもの店に車を停めると二台しか駐車していない。それもお店の搬入業者だろう。カゴ車に専用ケースを重ねて店内に入れている。
まだ、陳列していないサンドイッチを取るべきじゃないが、陳列棚にはレタスサンドがない。急ぎでないから並ぶまで待つかと、飲み物を探しに行くと店内に別の客が入ってきたようだ。
ブラックコーヒーと、エナジードリンクと、豆乳をカゴに入れてサンドイッチコーナーに、戻ると後から入ってきた客が、サンドイッチを見ながら悩んでいる。
「えっ!」
……その顔にピーンと来たら……じゃない!!……




