ルッツの証言 2
「ルッツさんの奥さん? 産み月は?」
と、アイが簡単に短く聞いてくる。
「そうだ、クルナと言うんだ。一巡り後位に予定だったんだけど」
と、アイが抱えたクルナを受けとる。
「ゆっくり、急いで、左足怪我してる」
と、クルナの足首が明らかに腫れている。
「昨日は、大丈夫でしたか?」
と、言いながらアイはスカートの汚れてない脇の部分を歯で切り裂いていく。高級なドレスを躊躇うことなく紐状にして、周りの落ちてる枝に長さを決め、2本折る。
「夜に足の付け根が痛いと。腰も痛いと言うから、ずっと擦っていたけど」
「それは朝まで、ずっと痛がってました?」
と、クルナの足元に屈む。
「ごめんね。ちょっと引っ張る」
と、言って直ぐ足首を真っ直ぐ引く。クルナが呻くがそのまま枝を内側と外側に添えて、裂いたスカートとで固定した。
「多分、朝露で草が濡れていたんでしょうね。お腹が大きいから、足元が見えないんです。お腹を庇って転んだから、足を痛めたと思いますがこの怪我は、少し酷いですよ」
と、クルナに聞こえるようにアイが言ってくれるが、
「アイ、クルナは話せないんだ。耳は聞こえているし、普段は筆談だったり、ゆっくり話して口元を読むんだけど、アイが見つけてくれなければ、どうなっていたか」
と、どう感謝すればいいのか言葉にならない。
「ルッツさん、クルナさんを館に連れていったら、後は、先生や女性の経験者に任すしか有りません」
と、アイが言ってくる。
「ルッツさん、ゆっくり早く行きますよ」
と、アイが促す。
その間も抱えたクルナは呻き苦しんでいるが、その都度、アイが手を握って
「もう少しだよ、息を短く浅く痛みを逃そうね」
と、俺に付いて歩く。
「お家に赤ちゃん用の物を置いてあるなら、持ってきた方がいいですよ。クルナさんの分も」
と、言いながら、ゆっくり早く歩く。
「用意はしてあるけど、細かいものが分からない」
と、正直に言うと、
「誰が仲良くしてる方で、一緒に探して貰えば」
と、アイが提案してくれた。
「わかった、そうするよ。ありがとうアイ」
と、アイにお礼を言ってると、林を抜けるまでに、使用人の人達が来てくれた。
館には、使用人達の家族や親戚達の客室が有るが、そこにクルナを入れてくれるようだ。
客室のベットには、きれいなシーツが何枚を重ね敷され、クルナを横にするだけになっている。
ルカがアイの言っていたことを伝えてくれたんだ。
「ルッツどうなっているんだい?」
と、侍女長のノアが部屋に入って来た。
「分からないんだけど、林の中で倒れていたのをアイが見つけて知らせてくれたんだ」
と、言えば、
「今、ルカがディービス医師と産婆さんを呼びに行ってるよ。沢山のお湯と、きれいな布って私には、喚いて出ていたし、ニックには、この部屋を用意してノーマン医院に行くと、最低限しか言ってないらしいよ」
と、ルカの即効の行動が読み取れる。
「実は、俺に用事が有ったのか、林の中は朝露で草が濡れていたのを、お腹の大きいクルナは分からず足を滑らせたらしいんだ。お腹を庇って転けたから足も怪我してるし、転んだ衝撃で産気付いたんだろうとアイは言ってた」
と、ルッツは分かることを話した。
「なるほどね、産婆さんが来れば、お産を始めると思うけど、ルッツはどうするね?」
と、ノアが聞いてくる。
「出来ればナリスを借りたい」
と、ルッツは言うと、
「ナリスを?」
と、ノアが不思議がる。
「ナリスはクルナの買い物や妊娠してからは、ノーマン医院に付き添ってくれたり、良くしてくれているんだ。
アイが赤ん坊用の物が用意してるなら、持ってきた方が良いと言ってくれて、出来ればクルナの分もと言われたが、赤ん坊の物は纏めてあるけど、クルナの分となると俺では細かいものが分からないんだ」
と、アイに言われたことをノアに言う。
「本当にあの娘は、どうなっているんだろうね」
と、ノアがため息混じりに言うが、
……ノアさんにとって、あの子とはどの子? アイ? ナリス? ルカ?……クルナのことか?
「うん、分かったよ。ナリスをルッツに付けるから、産婆さんが来たら荷物をナリスを連れて取りに帰りな。今はクルナの側にいれば良いが、お産が始まると用無しだからね」
と、ノアさんは、言って使用人達を使って部屋を整えてくれる。
クルナは、侍女長ノアの親族になる。ノアさんの実の姉が王都の別邸で侍女長をしていたが、病気で亡くなりクルナの母親メグが侍女長を、引き継いで別邸で、侍女達を取り纏めている立場だ。
ノアさんにすれば姪の子になるクルナが、何故王都の別邸でなく、大叔母になるノアの側に居るかは、遡ること15年前になる。
当時は、ダーニーズウッド邸の庭師は父のバルウなんだが、夏に伸びきった庭木を剪定するのに、店の従業員と俺もかり出され、朝から一斉に作業に取り掛かった。昼前までは何の問題もなく剪定から仕上げ刈りをみんなでしているところ、王都の別邸で侍女をしているノアさんの姪のメグさんが、幼いクルナを連れてノアさんに会いに来ていた。
幼いクルナは大叔母と、母親の話に退屈したのか庭に出てきて、俺たちの仕事を見ていた。その時クルナは10歳で、まだ小柄だったのも有るが、俺たちよりも目線が低かった。
仕上げ刈りがまだの庭木に蜂の巣が有るのを見つけ思わず刺激し攻撃されたのだが、逃げる途中で転び俺が仕上げ刈りをする予定の庭木に顔を突っ込んでしまって大怪我を負ってしまったのだ。
目はクルナの自分の腕で庇い大丈夫だったが、喉を突いたのは剪定仕立ての枝で、太くはないが声を出す器官を損傷してしまった。蜂にも刺され重傷となったクルナを馬を飛ばしてノーマン医院に連れていったのは、父のバルウだった。
仕事上、監督管理するのは自分であって責任は、自分だと、メグさんに謝り医療費はこちらで持つと言い張っていた。
が、 グロー先生がメグさんに説明した内容は、喉と同じように枝が目に刺されば両目とも失明していたと、喉だけで良かったと言って、何故子供から目を離したと、ダーニーズウッド邸に着いた時には、庭師達は仕事をしていただろう。
刃物を持って仕事をしている人の近くは、危険だと教えなかったのかと、メグさんに問うたのだ。
蜂には猛毒を持つ種類もあり、刺されれば大人でも死ぬことも知らなかったのかと、一方的に非を認めている父に対して、メグさんの非を認めさせたのだ。
ノアさんも実の姉が、身体の調子が悪くても医者にかかろうとしない、母親を説得してほしいと言う姪の話しに、気を取られクルナが部屋から脱け出した事に気がつかなった。
クルナは、ノーマン医院で一巡り入院をして、王都の医院で後は診てもらうとこになったが、声を出す器官は、治らず。王都のダーニーズウッド別邸で、侍女として働いていた。
侍女の仕事は話せなくても出来るが、接客や問われた時などに、やや支障が有る。
母親のメグさんに頼まれて、王都のお客様が多い別邸より裏方の仕事で良いので、領内の館で使って欲しいとなったのが、五年前だ。
10年ぶりに会ったクルナは、暗く20歳にしては、垢抜けないそんな子になっていた。
ずっとあの時のことが記憶にあり、責任をそれなりに感じていた俺は、何かとクルナを構うようになって、気がつけば好きになっていた。
三年前に結婚をして、直ぐにクルナが身籠ったが、早い段階で流れてしまい。落ち込むクルナがやっと立ち直って、もうすぐ母親になる。
「どうか無事に産まれて来てくれ!
母となるクルナがみたい。お爺さんになる父がみたい。早く会いたい」
と、荷物を届けて林の中にある、礼拝堂で祈る。
そう言えば、この礼拝堂でアイが見つかったんだよな。そうだ、赤ん坊が産まれたら、アイにお礼を言わないと。




