ルッツの証言 1
「クルナ、じゃ仕事に行ってくるよ」
と、ルッツが妻のクルナに言って、ドアを開けようとすると、ベットから出てこようとするクルナが見えた。
「ダメじゃないか、昨日の夜はあまり寝てないんだ。寝れるときに寝とかないと、それに昼には帰ってくる。仕事のことも相談するとこにしたんだ。大人しくしておくれ、ニックさんが忙しくしてるから、言うのが遅くなったが、何とかする」
と、ベットに駆け寄りクルナを横にさせる。
「ナリスに来て貰うか?」
と、聞けば、クルナは首を横にふる。
「そうか、昼には一旦帰ってくるからな。無理はしないでくれ」
と、念を押して出かける。
何時もより早い時間に館に付く、日がまだ出て切っていないが、周りは薄明かるい。作業場で仕事の段取りと前倒しですべき事に取り掛かる。
ルッツはこのダーニーズウッド邸の専属庭師だ。
実家は街にあり代々造園業を営んでいる。店には父親と従業員がいて街での仕事を担っている。
以前は、父のバルウが専属庭師をしていたが、母が亡くなり店と、従業員のために街での仕事は父が、ダーニーズウッド邸は俺がすることになった。
ダーニーズウッド邸の広い敷地と庭園を一人で管理するには大変では有るが、人手が要るときに店から従業員を呼び1日で終わらせる。
あまり他所の人を入れないにするのも、仕事のうちだ。
このダーニーズウッド邸には、カーディナル国王陛下が逗留される。陛下が幼い第5王子の時から、従兄弟の、前領主カール様との仲の良さでのことらしい。
国王陛下に即位されてからは、一年間の仕事をほぼ休みを取られずに、ダーニーズウッド領の滞在のみを休暇扱いにされていると伺った。四十数年されてきたことだ。
陛下が滞在中の、日課は早朝庭園と、林の中、礼拝堂を回っての散歩から始まるようで、大概はカール様とされるが、カール様の都合が付かない時などは、アートムが担っている。
何時もの年より、少し早めに陛下が来領された。次の日に大騒ぎになったことを知ったのは、また、次の日だ。
妻のクルナが臨月で、ノーマン医院で出産担当の産婆さんに診て貰うために、街に出ていた。
医院で昼一に診て貰うのに、昼少し前に着いたが、産婆さんはいつも早めに診てくれるから、丁度良い時間だ。ディービス先生が往診用のカバンを持って住まいの方に行きかけた時、俺と目があった。
「やぁ、ルッツ。クルナの受診かい?」
と、声をかけてくれた。隣に座るクルナも頭を下げる。
「やっと臨月に入ったので、今日は、俺が休みなんで付き添いです」
と、言えば、
「そうか、ルッツの手入れされた庭を見てくるよ」
と、ディービス先生が言う。
これは、ダーニーズウッド邸に今から行くよと、いう意味だ。ダーニーズウッド邸に関する事を外で話すことは殆どない、どこで誰が聞いてるか分からないからだ。それだけ危機管理がちゃんとされているし、している人間しか関われない。
次の日、クルナのお腹の子は順調で、いつ産まれてくるか分からないよと、言われたことをノアさんに報告する。侍女長のノアさんは、クルナの母親の叔母に当たる。
「順調かい、それは良かったねルッツ、ただ私は今忙しくしててね、カルマと手が離せないんだ。
手が空いて者がいれば、なるべくそちらに向かわせるから、クルナのことは頼んだよ」
と、ノアさんが言っていた。使用人枠の俺の管理は、執事のニックさんだ。
が、ニックさんも凄く忙しそうだ。
頻繁にディービス先生が、お館に往診にいらっしゃることで、アイの事を教えて貰ったのはその後だ。
「ルッツいるか?」
と、ルカが声をかけてきた。
「やぁルカ、おはよう。朝から大変だったみたいだな」
と、俺が言うと、
「メアリー様がアイに言い掛かりをつけて、みんな思わぬ事でな、ニックなんか今日の予定が全部狂ったって怖い笑顔を向けてて、凄かったよ」
と、今朝あった事を教えてくれる。
「ヘェー、ニックさんがね」
と、いつも冷静な執事の意外な事を聞く。
「まぁ、朝から第五団隊の隊員が何事かと心配して駆け付けてくれたのはいいが、それがメアリー様の暴走なら、周りも巻き込まれて大変だったと思うよ」
と、言って本題に入ってくる。
「そう言えば、ルッツから相談が有るって珍しいな」
と、ルカが言ってくる、
「それなんだが、一巡り後位に、クルナが出産予定なんだ」
と、頭を掻きながら言う。
「そうだったな。順調そうで良かったな」
と、ルカが知っていたらしく、
「前は、早い段階で流れてしまったから、今回は出来るだけ側に居てやりたくて、ミカエル様にお願いしようかと思っているんだが」
と、本題を言う。
「それは、庭師の仕事を休みたいと言うこと?」
と、ルカが聞いてくる。
「当分手入れをしなくても、良いようにはするが、今回のようなことがあれば、どうしようか悩んでいるんだ。いまは、シアン陛下も逗留されているし、今回の偵察みたいなのもあったが、産婆からはいつ産まれてもおかしくないよって言われてな」
と、打ち明けた。
「たしか…………に……」
と、急にルカが話をやめた。
「どうした?」
と、ルカに言ったが、何か聞こえた?
ピーーーーピッピッピッピーーーーピッピッピッ
ピーーーーピッピッピッピーーーーピッピッピッ
と、鳥の鳴声でないが、
ピーーーーピッピッピッピーーーーピッピッピッ
と、高い笛の様な音がする。どこから?
「ルカ!!」「ルカ!!」「ルッツさん!!」
「アイだ!」
と、ルカが外に出た。
「今の声は、アイか?」
と、ルカに聞く。
「林の中から聞こえたと思ったが」
と、聞こえた方を言う、
「行ってみる、何か有ったのかも知れない」
と、ルカが林の方に走る。
「ルカ!!」「ルッツさん!!」
と、林の中からアイが喚いている。
「アイ!!」
「アイ!何かあったのか!?」
と、二人で声を掛ける、
『◌◌、◌◌◌。ルカ! ルッツさん!◌◌◌◌!』
と、訳のわからない声でアイが喚いている。
林の入口から二人で走って近付く。
「ルカ!!」「ルッツさん!!」
『◌◌◌◌!◌◌◌◌◌!!』
と、凄く焦っているのがわかる。言葉は分からないが
「アイ!!」「アイ!!」
と、声を掛ける。
『◌◌◌◌◌!!◌◌◌◌◌!!』
と、アイが一生懸命に喚いているのに、わからん!
アイが誰かを抱えているのが、見えた。えっ?
「クルナ!?」「クルナ!?」
……何で?
『◌◌◌◌!!来るな◌◌◌◌!!◌◌◌◌◌◌!!』
「クルナどうしたんだ?」
と、無意識にアイに聞くが、
『◌◌◌◌◌◌◌◌◌◌◌◌◌◌!◌◌◌◌◌◌◌◌◌◌◌◌◌◌◌!!』
と、わからん!何でクルナがいるのか、
「早くしないと、危ないのよ」
と、急にアイが通じる言葉で話すが、単語だけで伝えようとしてる。
「破水してる。赤ちゃん生まれる。安全な場所。移動したい。危険なの」
と、アイは単語を繋げて話す。重要なことを短く言ってくる。
「分かった。館に戻って応援を連れてくる」
と、ルカが行こうとすると、アイが首を振って、
「沢山のお湯、きれいな布、お医者さん直ぐ」
と、単語で話す。
「分かった。知らせて用意する」
と、言って館に猛スピードで駆けていく。
「ルッツさんの奥さん? 産み月は?」
と、アイが簡単に短く聞いてくる。
「そうだ、クルナと言うんだ。一巡り後位に予定だったんだけど」
と、アイが抱えたクルナを受けとる。
「ゆっくり、急いで、左足怪我してる」
と、クルナの足首が明らかに腫れている。




