来るなって?
「ルカ!!」「ルカ!!」
「ルッツさん!!」「ルッツさん!!」
林の向こうに、ルッツさんの作業場が何とか見える。
……気付いて!……
「お願い。早く来て!」
藍が女性に近付くと、声なのか? 音なのか?低音の響きで伝わってくる。側に寄れば妊婦だと分かった。
「大丈夫でないですよね」
と、女性の肩に手を添えて顔を覗き込む。顔面蒼白で歯を食いしばって、身体全体に力が入っている。
「ルカ!!」 「ルッツさん!!」
と、声を大にして喚いてみるが、作業場の外なら聞こえるかも知れないが、中にいたら聞こえないかも。
ただ事でない女性をどうするか悩む。女性の足元の土が抉れていて、滑った後がある。
スカートから見える足首が赤くなっているのは、転んだ時に捻った? 折れてないといいけど、
「ルカ!!」「ルッツさん!!」
考えながら大声で喚いてみる。
女性が唸っていて、わたしの腕に指が食い込む。力が入っているだ。
「お腹、触りますよ」
と、女性が抱えているお腹に手を当てる。子宮が固くなってる? それに下がってきてる? 陣痛だけじゃないかも知れない。
産み月はいつだろうか?
どうする私が運ぶのは無理だけど、呼びに行く、で説明して案内のためここに戻る?
藍は、左人差し指を鍵状にして口に入れる。
……お願い、届いて…………
目一杯肺に空気を入れて、いっぺんに出すのでなく高い音が出るように、調節しながら唇に力を入れる。
ピーーーーピッピッピッピーーーーピッピッピッ
ピーーーーピッピッピッピーーーーピッピッピッ
と、鳥の鳴き声を違うようにリズムを一定に
ピーーーーピッピッピッピーーーーピッピッピッ
もう、息が続かない。肺に空気が戻る、一瞬目眩がしたが、今度は女性を抱き抱える。
朝の林は露で草木は濡れている。昼になれば太陽が上から光を入れて、気持ちのいい場所になるが、今はまだ、土も湿っている。
このままでは女性の身体が冷えてしまう。藍は自分が下になるように抱えて直す。土で湿っているだけじゃない? 破水してる?
「ルカ!!」「ルカ!!」「ルッツさん!!」
……誰か来て!!
女性の身体がまた硬直する。まだ力んじゃダメだ。
「深呼吸して、今、力を入れちゃだめだよ」
と、女性の呼吸が浅く激しい。
確かそれでいいんだっけ? 陣痛の痛みを逃すために
浅い呼吸をするって、峯子おばあさん言ってたよね。
今のタイミングでもいいのかな? わたしは妊婦さんの手を握っている係だったから、助産師でもないけど
妊婦さんに頼まれて、よく手を握る役を仰せつかった。
「ルカ!!」「ルッツさん!!」
女性の手をしっかり握って喚く。
……赤ちゃん、頑張って。まだだよ。まだだよ。お母さんが安心してきれいな場所に行ってからね。もうちょっと待っててね……
「ルカ!!」「ルッツさん!!」
……誰が来て!!
「アイ!!」
「アイ! 何かあったのか!?」
と、声が聞こえた!
『私は、此処よ。ルカ! ルッツさん! 早く来て!』
林の光側から人影が近付く。作業場の方から走って近付く。
「ルカ!!」「ルッツさん!!」
『早く来て! 赤ちゃんが!!』
「アイ!!」「アイ!!」
『早く来てよ!! 赤ちゃんが!!』
と、藍が一生懸命に喚いているのに、
「クルナ!?」「クルナ!?」
『早く来て!! 来るなじゃない!! 早く来てってば!!』
「クルナどうしたんだ?」
と、ルッツさんが驚いているが、
『そんなことどうでもいいでしょ!! 早く安全な場所に移動したいのよ!!』
と、言いながら日本語だと気が付いた。
「早くしないと、危ないのよ」
と、考えながら言うと、危機感が伝わらない。
「破水してる。赤ちゃん生まれる。安全な場所。移動したい。危険なの」
単語を繋げて話す。内心日本語で色々喚きたいが、これで精一杯だ。
これで何とか伝わってと、ルカを見ると、
「分かった。館に戻って応援を連れてくる」
と、行こうとするから、首を振って、
「沢山のお湯、きれいな布、お医者さん直ぐ」
と、単語で話す。
「分かった。知らせて用意する」
と、言って館に猛スピードで駆けていく。
「ルッツさんの奥さん? 産み月は?」
と、簡単に短く聞いていく。
「そうだ、クルナと言うんだ。一巡り後位に予定だったんだけど」
と、私からクルナさんを受けとる。
「ゆっくり、急いで、左足怪我してる」
と、言えばクルナさんが呻く。足首が赤から青になりつつある。
……捻っただけではないかも………
「昨日は、大丈夫でしたか?」
と、言いながら自分のスカートの汚れていな所を探す。前も後ろも汚れて使えない。脇の部分を歯で切り裂いていく。ルッツさんがギョッとした顔をしたが、周りの落ちてる枝に長さを決め、2本折る。
「夜に足の付け根が痛いと。腰も痛いと言うから、ずっと擦っていたけど」
「それは朝まで、ずっと痛がってました?」
と、クルナさんの足元に屈む。足首は腫れてるが、内側か外側か分からないから。
「ごめんね。ちょっと引っ張る」
と、言って直ぐ足首を真っ直ぐ引く。クルナさんが
呻くがそのまま枝を内側と外側に添えて、裂いたスカートとで固定する。
「多分、朝露で草が濡れていたんでしょうね。お腹が大きいから、足元が見えないんです。お腹を庇って転んだから、足を痛めたと思いますがこの怪我は、少し酷いですよ」
と、クルナに聞こえるように言えば、
「アイ、クルナは話せないんだ。耳は聞こえているし、普段は筆談だったり、ゆっくり話して口元を読むんだけど、アイが見つけてくれなければ、どうなっていたか」
と、ルッツさんが言う。
「ルッツさん、クルナさんを館に連れていったら、後は、先生や女性の経験者に任すしか有りません」
お腹の大きい女性の抱えるの体勢が難しいが、ルッツさんに頑張ってもらう。
「ルッツさん、ゆっくり早く行きますよ」
と、ルッツさんを促す。
その間もクルナさんは呻き苦しんでいるが、その都度、手を握って
「もう少しだよ、息を短く浅く痛みを逃そうね」
と、ルッツさんと歩く。
「お家に赤ちゃん用の物を置いてあるなら、持ってきた方がいいですよ。クルナさんの分も」
と、言いながら、ゆっくり早く歩く。
「用意はしてあるけど、細かいものが分からない」
と、ルッツさん言うので、
「誰が仲良くしてる方で、一緒に探して貰えば」
と、提案する。
「わかった、そうするよ。ありがとうアイ」
と、ルッツさんが言ってると、林を抜けるまでに、使用人の人達が来てくれた。
後は任した方が良いだろう。わたしは、泥だらけになっている。不衛生な私が側に要るよりは、他の人の方が良いだろう。
使用人達の家族や親戚用の部屋が有るらしい。その部屋から人が出入りして、わたしは邪魔にならないように部屋に戻ることにした。
と、言うのも身体がおかしい。こっち来る前にも有ったが、身体が軋む。このままでは動けなくなる予感しかない。
2階の借りている部屋に入り、そのまま続き部屋に行く。盥に水を入れてタオルを堀込む。
汚れたドレスは裂いてしまったが、洗って直そう。脱いで下着になっても、下着まで湿気が来ている。全部着替えることになった。腕には数ヶ所血が滲んでいる。
クルナさんが力を込めて掴んでいたんだ、仕方ない。何とか下着までは着れたけど、タオルで顔や腕を脱ぐって、ヤバイ! このまま倒れそうだ。
着替えに巫女衣装の横に置いた携帯を探りながら持ち、意識が保てなくなった。
私は、2日間意識が無かったらしが、気が付いたときはちゃんとベットで寝ていたから、見つけて貰えたんだ。
わたしの枕元には、携帯が置いてありセイ様が画面の中でクルクル回っているのが見えた。




