わたしの鼻唄
「では話を聞こうか?」
と、ミカエル様が三異母妹弟達を促す。
「あのーミカエル様、この時間に馬車を飛ばして帰領されたのであれば、朝食を召しがっていらっしゃるのですか?」
と、藍が聞く。
ミカエル様が三異母妹弟に向けば、三人とも顔を横にふる。ニックさんが、
「では朝食を召し上がって頂いて、お部屋を整えてからお話をすればよろしいのではないですか?」
と、庇う振りをして、
「どのみち予定は全部ひっくり返しされたのです。使用人達にも指示しなくてはなりませんし」
と、三人に向かって笑顔で言う。
……ニックさんのこの笑顔って、怖いんだ……
「アイ、ノアに確認しましたよ。アイ専用の裁縫道具を用意しているそうです。後で誰かに届けさせますね。それでも足らないものがあれば、ノアかカルマに言って洗濯室の物を使って下さい」
と、今朝の事をもう報告してくれる。
「ありがとうございます。助かります」
と、お礼を藍が言えば、
「大したことではありませんよ」
と、ニックさんが先に部屋を出る。
領主の子供が三人纏めて予定より早く帰って来たのだ、執事として忙しいはずなのに、何かと煩わしくさせて申し訳ないです。
「アイ、驚いただろう体調は大丈夫なのか?」
と、シアン国王陛下が聞けば、
始めて、シアン国王陛下の存在に気付いた三姉弟達が、慌てて礼を取る。
「おはようございます。シアン国王陛下。ご挨拶が後になり申し訳ございません。お見苦しいところをおみせいたしました」
と、メアリーが三人を代表して謝罪する。弟二人も姉に習い沿って礼を取る。
「あぁ おはよう三人とも。先にミカエルの指示に従え。そなたら異母兄のミカエルを蔑ろにしていること分かっておるのか?」
と、ミカエル様を見て言う。
「アイ、悪かったな、これからの予定を狂わせてしまったようだ」
と、カール様も仰る。
「すまないな。アイ、昨日に引き続き話を聞けそうにない。後の事は知らせるから」
と、ミカエル様が仰るので、
「それより、体は大丈夫なんですか?」
と、藍が聞けば、
「それもすまなかったな。昼食後から大変だったよ、全身軋むんだ。ニックに薬を頼んでも「ございません」って言われて躱されるし」
と、言って笑うが、顔がひきつる。
「ほら、まだ顔が強ばるよ。もう、笑わせないでおくれよ」
と、ミカエル様が項垂れる。それを見て藍が、
「シアン国王陛下、カール様、ミカエル様、この通り今のところ私は、大丈夫です」
と、そう今のところを良く理解されているのだ。
「アイ、この孫達の話を聞かねばならぬ。その後体調が良ければこやつらを紹介するが、今はせぬぞ」
と、カール様が言って、三姉弟を部屋から追い出す。
シアン国王陛下とミカエル様もカール様に次いで、部屋を出ていかれた。
「ルカ、今日の予定は立たぬようだ。その都度知らせるが、メアリー様達の話を聞くか?」
と、アートムさんが聞く。
「いや、父さんに任せるよ。後で教えてくればいいし、アイに付いておくよ。
予定がないなら、尚更何をするか分からないから」
と、ルカに言われ、
「何も致しませんよ。私は、周りから大人しくて有名でしたし」
と、藍が言えば、
「おとなしい?」
と、同じ方向に首を傾げる親子。
最後にアートムさんが、部屋から出ていく。
「朝から大変だったね。アイ」
と、ルカに労われるが、
「カール様のお孫さんが、帰領されるから、使用人の人たちが忙しそうにしてたんですね」
と、聞けば、
「私も後から聞いたんだ。アイを部屋に迎えに行ったときはまだ知らなくて、その後にニックが第五団隊員が領土境をダーニーズウッド家の馬車が通過したと、予定より早い帰領で何かありましたかと、言う問い合わせが有ったらしく、夕刻予定が早朝なら何かあったのではと、数人で館まで駆けつけてくれたそうでだ」
と、ルカが朝のゴタゴタのあらましを教えてくれた。
……何事もなくて良かったが、ちゃんと連携が取れているんだね。それだけの人が動いたんだ。半日で済むのかな?……
「それでカルマさんや使用人の人たちが、忙しかったんだね。納得したわ」
と、藍が言ったけど、
……う~ん? 何でわたしは詰められたのだろう?……
「今日は、昨日の街の商人の話や、アイのこれからの話をする予定だったんだけど、ミカエル様から指示があるまでは、それこそ大人しくしてくれると助かる」
と、ルカに言われたが、とんでもなく大人しいでしょうと言いたいのを我慢した。ただ館の周りを見て回ったり。山岳地から来る河川を見に行ったりしかしてない。
ただの散歩も咎められるのは、まだわたしが監視対象だからなのか? 毎回怒られる。
テーブルの生地山に目が行って、下に落ちている布が視界に入った。
……予定がないのなら、生地の水通しでもしとくか
わたしの世界では、生地性能が良いから水通ししなくてもいいが、こっちの生地はした方が良いよね。
染料の抜けや生地の歪みも分かるし……
「ねぇ、ルカ。洗濯室と干場に行ってきてもいい?」
と、聞けば、
「何を洗うんだい?」
と、聞いてきた。
……これから洗うものが、生地だからいいが、下着とかも報告しないと行けないのかしら?……
「この生地を水通しをして、軽く干すの」
と、数枚の布を見せる。
「水通し?」
「そう、生地を切ったり縫う前に、水に浸けて糸の目を整えるの。
そうすれば、仕上がった時に依れや歪みが少なくなるから」
と、セイ様用の紫色の生地と、思わぬ使い方をした黄色の生地、するなら他の生地もと数枚纏める。
「分かった、案内するよ」
と、ルカが言うが、
「私、知ってるわよ。カルマさんに教えてもらったし、前にも使わせてもらったよ」
と、報告すれば、
「前は、カルマが側にいたんだろ」
と、聞く。
「えぇそうね、説明をしてもらうのに側にいてもらったけど」
と、言えば、
「干場の近くは、ルッツの作業場がある。ルッツにも聞きたいことが有るから、次いでだ」
と、言い含められたようだ。
……ルッツさんに会えるなら、香り袋や詰めのも用を相談しよう。小さいものなら邪魔にならないだろう……
先に洗濯室で、盥に水を入れて生地を浸けるが、始めは色の薄い物から、押し洗いする。ルカが絞ってくれようとしたのを慌てて止める。
有りがたいが、捻り絞りをすれば意味がない。軽く絞り籠に入れ、干すときに形を整える。
それを順番にしていくと、色の濃い生地はやはり色落ちが有った。水を変えて色落ちがなくなるまでする。
黙ってわたしがすることを、手伝いながらルカが側にいる。そんなに付きっ切りでもなくていいのに、助かるからいいか。
生地の水通しが済めば、干場で軽く水分が抜けるまで、今日ならお昼過ぎでいいだろう。
ルカが籠を持ってくれて、干場にくれば、ルッツさんに用事が有ると、ルカが作業場に向かった。
「私も、ルッツに聞きたいこと有るから、後で行ってもいい?」
と、聞けばルカが了承してくれた。
干場で、籠から生地を出し干すが、気持ちのいい日だ。思わず鼻唄も出るが、わたしの声じゃない音が聞こえる。
「ぬぅ!あれ?」
……何の音? 音? 声? 動物?
干場の向こうは林になっているが、何か聞こえるが、木々で反響してるのか、定かでない。ルカを呼ぶ?……どうしょうか……ままよ……
林の中でも作業場寄りに、人が倒れている。
「えっ?女の人が!」
お腹を抱えて苦しんでいる。思わず精一杯大きな声で、喚いた!
「ルカ!!」「ルカ!!」
「ルッツさん!!」「ルッツさん!!」
林の向こうに、ルッツさんの作業場が何とか見える。
……気付いて!……
「お願い。早く来て!」




