ルカと司
『アイ、すこしやすめ、そなたには、まだつらかろう』
……確かに、辛いというより、身体が横に成りたがっている。
「わかりました」
……でも、これは朝、怒られる体調だね。
セイが言った通り、こちらでは息がしやすい。不調からの治りが早い。
知りたいことは、まだあるけど教えて貰えるのかな……
翌朝、すこし眠ったせいか? 心配した程の体調は、悪くなかった。
が、良くもないが睡眠時間が少ない怠さや、浮腫はある。でも、発熱まで行かない程度。
《ガーディアン》に報告するなら´並´の不寄りというところか。
ふっと、枕の横には、昨晩から握りしめていた携帯がある。夢とは思わないが、恐る恐る持ち上げて画面を見ると、
『アイ、めがさめたのか?』
と、セイ様が聞く。
「おはようございます。セイ様はおやすみにならないのですか?」
『われに、じかんのしばりはないが、アイにあわすのなら、おはようか』
と、セイ様が答える。
「まだ、お話をお聞きしたいのですが、直ぐに帰れないと云うのなら、私は此方で学ばねばなりません」
『それは、そうだな。
アイ、われは、よりしろにをかんたんに、ころころと、かえられぬ』
と、セイ様が言うから、
「では、このままで宜しいですか? 私は、馴染んでいるので嬉しいのです」
と、藍も言う。
「他の方には、セイ様が見えないのですね」
『アイしか、みえぬ』
「と、言うことは、私は、他の方から小さい板を持ち歩いてる姿に成るのですね」
……どの様に見えるのだろう。シュールだわ……
「セイ様は、私と他の方との会話は、理解せれてます?」
『われは、きをもってすれば、すべてわかるが、ほぼむだなこと、ゆえに、たいしてきにしておらぬ』
と、セイ様が答える。
「では、私から、お声がけしないと返事をして貰えないと、いうことですか?」
と、藍が言うと、
『なぬ、きにかけてほしいのかえ』
と、からかい気味に言ってくる。
「今日は、別館にカール様の奥様に会わせて頂くの。前からお約束していたけど、私の体調と奥様の体調が合わなくて」
と、藍は楽しみだと思った。
……あのカール様の奥様はどんな方だろうか?
カール様は気さくな方だけど、若いときはやんちゃそうだしな……
藍は、ベットから出て着替える。ルカが迎えにくるのを待つ。勝手に動いて散々叱られたのだ。
ベットを整えているところに、カルマが部屋を覗きに来た。
「アイ、体調はどう?」
別に珍しくもない、わたしが借りている客室は、色んな人が覗きに来る。覗き放題だ。
「おはようございます。カルマさん。
ちょっと寝付けなくて、正直良いとはいえませんが」
と、藍は、素直に答える。
「そうなのね、ルカが部屋に送った時、変だったから見てきて欲しいと言うから」
と、カルマが言いながら、わたしに向かって含みのある笑顔で、言ってくる。
侍女長のノアと同じで若い頃から、この館に仕えている。ニック、ノアの次に館の使用人達を纏めて、気のいい働き者だ。
「あのルカが、アイの体調ばかり気にするんだよ」
と、カルマは言うが、
「ノアさんと一緒で、始めに私が倒れた時を知ってるから、心配してくれてるのでしょ。申し訳ないですが」
と、藍が言う。
「心配ね。そうだね、心配ということにしておきましょうか」
と、言いながら、ベットを整える手伝いをしてくれた。
……カルマさんの顔を見て、思い出した。小物入れを貰うつもりだったが、生地を貰って自分で作ろう。
衣装を入れる物と、小物を入れる物。
カルマは、藍の様子を見に来ただけだと、帰ろうとしたところを、藍が呼び止めた。
「あの、カルマさん。生地布を貰うには、どうすればいいですか?」
「どうしたの? この部屋に必要な物かい?」
「いえ、小物入れを作ろうかと。
と、言っても私は何一つ持ち合わせていないので、生地を頂くには、どうすればいいか、わからなくて」
「自分で作るのかい?」
「えっ、生地と裁縫道具があれば出来ますよね?」
「わかったよ。ノアさんに頼んであげるよ」
「ありがとうございます。お願い事は、ノアさんに聞けばいいですか?」
「私でも、判断出来ることも有るだろうから、先に相談してくれると、嬉しいね」
と、カルマが言いながら、部屋を出ていく。
直ぐにルカが、迎えに来てくれる。館の移動だけだが、当初の見張り役という護衛らしい。でも、藍にはルカを見ていると、昔の司を思い出す。
「アイ、おはよう体調は良くないのか?」
と、ルカが聞いてくる。
「ちょっとね。眠れなくて、少し怠い感じよ。休憩を多めにして貰えると助かるわ」
と、正直に答える。
「そうか、わかった。留意しとくよ」
と、ルカが答えてくれる。
……やっぱり、ルカと司が被る。何だろう雰囲気? わたしへの対応が似てる?
《ガーディアン》を浅葱によって、作られた時に香山家は、直ぐに名乗りを上げてくれた。一家総出だ。
親戚でもないが、身内みたいなものだと、宗一先生が仰る。
その時は、まだ、加奈おばちゃまも居て、司はくっついてな。
わたしは、生まれてずっと宗一先生と峯子おばあさん先生にお世話になり、順一先生と加奈おばちゃまに引き継がれ、二歳年下の司は共に加奈おばちゃまの側に居た。
樹兄と湊が、常にわたしの体調を聞いて付き添うなかで、司は黙って側に居た。
ある時小学校行事で、全校生徒参加の遠足があったのだが、各学年ごとに向かう距離が違い樹兄も湊とも別行動。わたしは、凄く楽しみにしていたのだが、前日から、喉に違和感があったのを隠し、朝起きた時には、痛く腫れてるみたいだった。
体調を聞かれても「今日は平気だよ」と誤魔化し参加しようと集合場所に行ったら、加奈おばちゃまの後ろから、司か怒って出てきた。「大丈夫じゃないでしょ。樹兄さんと湊兄ちゃんが、心配しているのに嘘付いちゃ駄目だよ藍ちゃん!」
と、泣かれた。
わたしは、自分が誤魔化した手前、オロオロしていると、加奈おばちゃまが、
「藍ちゃんが、遠足に行きたいのは良くわかるけど、今無理をして何日ベットに入っているのかしらね」
と、折りたたみの携帯電話を出して、何処かに掛けている。
わたしは、遠足に用意して貰ったリックを背にしたまま、抱かれ香山医院に連れていかれた。
司は、その間も泣いて加奈おばちゃまが、慰めても泣き止まず、まぶたも腫らして泣き続ける司が、忘れられない。
その一年後に、香山家に暗い悲しい日が続くことになるけれど、司がわたしから離れることはなかった。
毎朝、まぶたが赤く腫れていても、わたしの嘘に騙されてはくれない。幼い時の司。
そんな司の静な目と、ルカの目が色こそ違うが、同じに感じてしまう。
ルカは、初日こそ、この虚弱なわたしに戸惑ったらしいが、起きれるようになったわたしの不調を、騙されてはくれない。凄い。
ディービス医師が、ロッティナさんが、渋々出してくれる行動許可を、告げ口追加して半日駄目になる。
それが、わたしでも気付くか、気のせいかの小さなことなのだが。
一緒に部屋から出て、廊下を歩いているとルカが、
「眠れなかったのか?」
と、聞いてくる。
「う~ん、眠くならなかったの。でも、寝たわよ時間はみじかいけど」
と、答えた。
「昨日の庭に出る前から、少しおかしかった。それと、関係があるのか?」
……えっ、鋭い、凄すぎますよ。ルカさん。
「今日は、カール様に、メリアーナ様を会わせて頂けるのよ」
と、話を変えてみた。
「あぁ、聞いている」
と、ルカが深く追及してこない。
「カルマさんにも、お願いごとしたんだ」
と、報告すれば、
「わかった」
と、ルカが返事をして、横を歩く。




