幼馴染み
「宗一先生の話で、お祖父さまが神隠しに有ったかも知れないという展開は、分かりました。
でも、藍がそうだとは、断定できませんよ」
と、浅葱が言う。
「勿論、結論はまだ早いと思うよ。皆と話をしてからで」
と、宗一は言う。
「千種ちゃんと翠ちゃん、修次君と浅葱君は、知った上で話を纏めてくれればいい。
うちの順一は、当事者だ。
要らないことは言わないだろうが、問題はまだこの事を知らない辰巳家と、うちの湊だな」
「そうですね。問題ですね、湊君以外は権力持ちですからね」
と、修次が言う。
「俺は、話を聞けて良かったです。そうじゃなかったら確実に問題メンバーに入っていたでしょう」
と、浅葱が言う。
「先生、色々分からないことだらけですが、今じゃないともう聞けないと思うので、聞きますね」
と、修次が宗一に尋ねる。
「なんだい?」
「どうやって戸籍を弄ったんですか?
お義母さんと結婚となると外国籍なら、なおさら難しいでしょう」
と、修次が聞く。
浅葱には、あまり縁の無い話で分からない様子だ。
「あぁ、それね。僕も不思議でね、芙巳おばさんに聞いたんだ。
法律に詳しくないから今出来るとは思わないけど、芙巳おばさんには、千種ちゃんが居るように旦那さんが、いたんだけど知ってるかい?」
と、宗一が修次に聞く。
「あっ、はい。離婚されてますね。直ぐに」
と、修次が答える。
「そう。普通の離婚じゃないんだ。
それこそ、相手も瀧野家と同じ様な家柄でね、そこの三男さんだ。修次君と同じ入婿さんだね。
芙巳おばさんとは、政略結婚だったと聞いているが、僕の父の話では凄く仲良く穏やかな人だったらしいよ。
芙巳おばさんが千種ちゃんを身籠って出産を楽しみしてると、話していた矢先に旦那さんの実家を継いだ長兄さんが亡くなって、次兄さんも入婿さん先で相次いで亡くなったんだ。
どちらもまだ、後取りがなくて縁者を辿っても駄目だったらしいよ。
そこら辺の子供を貰うわけにもいかず、芙巳おばさんの旦那さんに戻るよう説得されたんだ」
「そんなこと、断ればいいじゃないですか?
養子縁組は、昔からもよくあることでしょう?」
と、父 修次を見て浅葱が問う。
「まぁ。よく有ることなんだけどね。なかなか大変なんだ、これがね」
と、修次が苦笑する。
「勿論、断ったよ。芙巳おばさんの旦那さんは、でも、向こうも祟敬神社を祀っている家柄で本庁に泣きついた。
どう圧力を掛けたか知らないけれど、その旦那さんはその家に戻らないといけなくなったんだ。
子供が産まれてからでは、情が湧くと産まれる前に除籍されたけど、芙巳おばさんは、条件をその家に対して出したそうだよ」
と、そこまで話した宗一が修次を見て言う。
「それが戸籍のからくりに繋がるのですか?」
と、修次は問う。
「芙巳おばさんが、その家に対して出した条件は、芙巳おばさんの頼みを一度だけ、どの様なことであっても助けて欲しいと、それは、芙巳おばさんが生きている時間枠で有効期限付きで良い」
と、宗一が説明した。
「と言うことは、その家がお義父さんの戸籍を用意したと」
と、修次が問う。
「そうなんだろうね。どうやったかは知らないけどね。
芙巳おばさんは、離婚条件の執行を頼んだだけだと、言っていたから。
でも、条件を使うつもりは無かったらしいよ。
戻ることになった元旦那さんと、千種ちゃんの繋がりを持たせたかったと、言ってたし。
条件を出しといて良かったとも、言って笑ってた」
と、宗一は思い出して言う。
「凄いですね。曾おばあ様は」
と、浅葱が感心しているが、
「多分、外国籍の人を帰化させて日本人にした」
と、一人納得の修次に携帯が鳴った。
「あっ。翠からのメールが来たよ」
と、修次が目尻を下げて言う。
「何時ごろ帰れるかって」
「黙ってこっちに来たのか?」
と、浅葱が父 修次に言う。
「うん。ちゃんと一旦文化庁には、戻ってから帰ってきたよ」
と、修次が言うが、浅葱にもメールが届く。
「宗一先生、母屋で晩ごはんをどうぞって。
ここは、そのままの方がいいでしょ」
と、浅葱が二人を促す。
「私の中に永く疑問だったものが、繋がり覚悟が必要ですね」
と、修次言うと、
「まだ、確定じゃないよ」
と、宗一が言う。
「分かっています。色んな角度から検討すべきですから」
と、修次が答えるていると、
「俺は、覚悟なんか出来ません」
と、浅葱が呟いた。
「僕だって、44年間かかって打ち明けれた内容だよ。簡単に飲み込めるものでないよ」
と、宗一が
「秘密なら44年間は、重たく嫌なことなんだか、共通の思い出だから抱えていても、辛くはなかったよ」
と、宗一言って、三人で社務所をでた。
その日の夜、七時半頃に香山家の順一と湊が社務所に顔を出す。
明かりが付いていたから、母屋の前を通り過ぎてそのまま来たが、中には誰もいない。
「俺、浅葱さんに電話するよ」
と、湊が携帯を取り掛けている。
「そうか、ここで待っているよ」
と、順一が言って携帯を操作する。順一に宗一からメールが届いたからだ。
《お前も心配だろうが、修次君と浅葱君には話した。経過を見ていてくれ》と、
《わかった》と、返事をした。
「父さんは、こっちに来るそうだよ」
と、湊が知らせに来た。
翠と朱里が母屋から来た。
「「順兄!!」」
二人からそう呼ばれて振りかえる。湊が唖然と見ている。
父 順一に翠と朱里が、抱きついて泣いている。
声を出して泣いている。
「藍がいないの!順兄!」
「藍もいないの!順兄!」
「「探してもいないの!順兄!」」
「そうか、心配だね」
と、順一が言う。
「どうしょう!」
「どうなるの!」
「そうだね、心配だね」
と、順一が二人の背中をトントンと軽く撫でる。
後から来た、修次も浅葱も唖然としてしまった。
さっきまで、気丈に振る舞っていた姉妹が、声を出して泣いているのだ。
自分の妻が、母がそんな声を出して泣いている姿など、初めて目にして固まった。
背は高いが、峯子おばあさん似寄りのふくよかな体型に成りつつある、順一の胸板に姉妹がすがっているのだ。
宗一先生から、話を聞いた二人だから分かるが、大人たちが奔走している中、幼い姉妹に寄り添って居たのが、順一だったのだろう。
抱き合っている三人を見れば、44年前もこの姿が何処かで、大人たちの裏であった事だと分かる。
「妬けますね。話を聞いて無かったら。私も幼馴染みになりたいな」
と、修次が言う。浅葱は思う。
この三人は、今どんな気持ちで寄り添っているのだろう?
「順ちゃん悪いわね。上着が汚れてしまったね」
と、後から祖母の千種と宗一先生が来た。
「順兄悪い。顔を洗って来るから中に入ってて」
と、姉妹は揃って奥に行く。
修次と浅葱は、今ここに義弟、叔父 誠が居なくて良かった。と、心底思った。
藍のことだけでなくショックなことが、起きて心情的に申し訳ない複雑な気持ちなのだ。
浅葱は、みんなを社務所に入るよう促していると、浅葱の携帯が鳴った。
携帯の画面を見ると、知らない登録されていない番号から、掛かってきた。
浅葱が息を飲んで、緊張したことが周りにも伝わった。
どうしたと?と隣にいた修次が、浅葱の携帯を覗き込む。
「知らない番号だ」
と、浅葱は報告して、
「はい」
と、通話に出た。