修次の仕事
「でも、藍となると」
「そう、藍ちゃんとなると、あり得ないよね」
と、宗一も言う。
「当事者を知っているか。知らないかで、感じ方は違うと思う」
と、宗一は言う。
「宗一先生が、44年前に神隠しだと思われる人が、ここに居たんですね」
「そうだよ。今なら神隠しだと信じられる。
浅葱君のお祖父さん。千種ちゃんの旦那さんだよ。
そして、翠ちゃんと朱里ちゃんのお父さん’碧’だ」
「俺のお祖父さま?」
「そう、君のお祖父さん」
「えー……」
「浅葱君のお祖父さんは、44年前に朝本堂の掃除中にいなくなった」
と、宗一が重ねるように続けて言う。
「考えてみてくれ、浅葱君は碧を知らないだろうが、千種ちゃんも僕も順一もよく知っている。だから、失踪なんてあり得ない。愛人が出来たなどと馬鹿らしいことを言うやからもいたが、千種ちゃんとは、仲が良かった可愛い二人の娘がいて、何処か行く訳が無い。
姑さんの芙巳さんとも上手くいっていた。
僕には、下世話な話もう一人欲しいと言っていた。朱里ちゃんから四年経っていたからな」
と、宗一が言う。
「では、事故とか事件は?」
と、浅葱が聞く。
「絶対とは言えないが、可能性はほぼ無いと思う。でも、突然消えたんだ。
この白彦神社は、今は氏神神社を兼ねているが当時は、祟敬神社として参拝者は居なかった。
目撃者も居ない。心当たりを探したが居ない。事故かと色々探して回ったが見つからない」
と、宗一が昔を思い出して言う。
と、ドアが開いて修次が、
「白彦神社の神隠しの話ですか?」
と、言いながら入って来た。
「そうか、修次君は知っているだね」
と、宗一は問う。
「私は、この神社に調査に入った文化庁の人間ですよ」
と、修次が答える。
「神隠しの調査を?」
と、浅葱が聞くと、
「違うよ。ここに調査というか、歴史的価値の建造物や書物に調度品などを、全国の神社仏閣を調べるのが私の仕事だよ。
その一つが白彦神社が担当だっただけだよ」
と、修次は浅葱に説明した。
「余りにも古い書物で歴史的価値があるが、調査には時間がかかる。脚繁く通ったよ、ここには」
と、修次が続けて言う。
「まぁ、そのお陰で君がいるんだよ。浅葱」
そういえば、おばあ様から聞いたことがある。父は母と結婚するために、伯父の賢一と蛇塚本家と揉めたと。
元々、蛇塚は、分家ではあるが旧家だ。
父の兄 賢一は、宮内庁勤めに成った時に弟の修次が家を継ぐと本家と蛇塚家では、決まっていたことだ。
父 修次も旧家育ちで家を継ぐことに対して、覚悟の上で引き受けた筈だった。
が、翠と出会って考えを変えてしまった。
仕事で白彦神社に来ているのか、翠に会いに来ているのか、端から見ていても面白かったと、千種が言っていた。
が、本人は、蛇塚家の次男としか言わなかったらしく、翠も婿に成ってくれるならと、気持ちが動いたときに後取りだと打ち明けられた。
母 翠は打ち明けられて直ぐに、仕方ないですね、ご縁が無かったと言うことでと、言い切ったらしい。
父 修次にしたら、翠には妹の朱里がまだ高校生で進学先次第では、神職を取り後があると考えていた。
でも、翠にすっぱり切られ自分の仕事に精を出して早く終わらせろと言われたそうだ。
諦めきれない父が、高校から帰ってきた朱里に、翠に求婚したが断られた旨を言ったらしい。
姉 翠の気持ちが修次にあるのなら、瀧野家を継ぐと言ったけど、翠が縁がなかったことに気にする必要はないから、朱里は好きな勉強を続けるべきだと諭された。
姉 翠が本心でそう考えるなら、朱里もその考えに従って行くと、修次に告げたそうだ。
そこまで言われても、諦めきれなかった修次が、蛇塚本家と兄 賢一に頭を下げ後取りを返上して、瀧野家に婿に入った経緯があったのだ。
後々、修次の子供に後をと成っていたが、瀧野家にも浅葱一人しか居ないので、本家から賢一に養子縁組して継いで貰うと落ち着いた現在である。
父 修次が諦めていたら、浅葱はこの世に居なかったわけで、父の執念に感謝である。
「そんなんで、仕事として私は神社奥の書物も読みましたよ」
と、修次が説明した。
「祟敬神社には、多にしてあることなんですが、一番古い書物に1000年以上前からあると、記されてて「いつなんだ!」と、自分で突っ込んだこともあるわ。浅葱よりは古い文字や書に慣れているけど、難解で専門的になるし、禰宜職の浅葱も勉強しているだろうから省くけど、確かに神隠しとした事象が残されている文献は在ったよ」
と、修次が言い切った。
「本当に在ったんだ」
と、浅葱が言うが、
「それが、さっき耳に入って来たことだが、自分で失踪か、事故だった可能性が無い訳じゃない。
今みたいに科学捜査や組織的に捜索したことは、無いからね。現在でも、その犯罪や後に見つかったり、体が出てきたりしてる位だし」
と、修次が言うと、
「でも、永く言い伝えられることが、在ったんだろうね」
と、宗一が言う。
「私自身、翠やお義母さんから、お義父さんについて聞いてません。翠からは、小学校に上がる前に居なくなったと」
「でも、調べたんでしょう?」
と、浅葱が父に聞く。
「そらね、愛する奥さんのお父さんがちゃんとお墓に入っているなら、調べないよ。
でも、行方不明の死亡届じゃぁ、調べるでしょう」
浅葱も、自分ならそうしていると思った。
「それが、なかなか行方不明と言うのは、調べるのが難しいだよ。
警察は、犯罪歴、事故歴は残すし整理されているが、かもは残さない。
犯罪かも、事故かもは事例を残す方が珍しいだ。
当時のことも限られていて、噂話は、色々聞けるけど、記憶も曖昧で自分の解釈が入って定かでないことが多くなる」
と、修次は、宗一を見ながら言う。
「まさか、当事者がお義母さんたち以外に、こんなに近くにいらっしゃるとは?」
と、修次が言って、
「どこから聞いていたんだ?」
と、宗一が問う。
「在る程度は、皆に話す予定でしょう。闇雲に探すにしても警察に届けるにしても」
と、修次が言って、
「それに私も調べていて、分かったことが、あるんです」
浅葱も宗一も修次を見る。
「あり得ないほどに、碧お義父さんの事報が無いことに」
浅葱は困惑顔に、宗一は納得顔で、
「突然、戸籍上に現れて、15年で鬼籍扱い。書類上はそうでした。
8年足らずしか、此処に居なかったことになる」
「家系図は、日本や外国にもありますが、戸籍は日本を入れてアジア圏の一部です。
誤魔化すのは、昔だったら出来たでしょう。人の作業ですしね」
「何! 父さんはその碧お祖父さまが、関係しているというのか?」
と、浅葱が問う。
「藍ちゃんの行方不明と、前回碧お義父さんの行方不明が、全く関係ないと私は思わない」
と、修次が言って、
「その為にも、碧お義父さんを知らないといけない。他の人にどう説明してもいいです、宗一先生が話せることを教えて下さい」
と、修次が宗一に喰い下がる。
「修次君は、いつから碧を調べていたんだ?」
と、宗一が修次に聞く。
「浅葱が産まれてからです」
と、修次が答える。
「ほぉー」
と、宗一が思案顔になると、
「古い神社や古代史にも、俄に信じられないことが、伝承としてあります。
それは、私にとっては記憶や知識として、残るだけです。
が、この白彦神社は、男子が産まれないのです」