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昔の話

3月の下旬 冬至から三ヶ月が過ぎ、日が延びたととしても午後五時を過ぎれば暗くなる。

西に日が傾き周りが、濃いオレンジになれば、あっと言うまに薄墨を垂らしたように光が届かなくなる。


漆黒になるはずが、地上から光が競り上がってくる。


そんな一歩手前の時間に、白彦神社脇の駐車場にライトを付けた軽自動車が入って来た。


この駐車場は、瀧野家と一般参拝者用で、普通車なら10台は駐車できる。

先に2台の乗用車が停まっているから、1台分を空けてた場所に車を止めた。そのスペースはいつも義兄さんが使用しているからだ。



朱里は助手席に置いたカバンを手に取り、車を降りて入って来た反対側の道を小走りに歩く。


瀧野家の母屋はまだ暗く、前を通り過ぎて社務所を見ると明るい。

母屋と社務所は渡り廊下で繋がっているが、社務所だけの出入り口がある。

そこから入り社務所のドアを開けると、母 千種、姉 翠、甥 浅葱と宗一先生が、作業机を挟んで座っていた。


「おかえり、朱里」

と、母 千種がいつも通り言う。いつも通り。


「おかえり、誠さんは何時ごろになりそう」

と、姉 翠が。


「香山家は、順一と湊が来るよ」

と、宗一先生が言う。唯一の甥 浅葱は、


「叔母さん、藍に何かが起きたんだけど、心当たりはある?」

と、私に聞いてきた。他の三人を見ながら。



「母さん、姉さん、この中じゃ浅葱だけ知らないのよね。順兄は湊と一緒に来るんでしょ?」

と、朱里が問う。


「ウチは、修次さんが帰って来るけど」

と、翠が答える。


「誠さんは、会議次第だけと直ぐに来るわよ……後は、要とお義兄さんだけど、要の勤務が日勤だから八時までには来るでしょ。お義兄さんは分からないけど」

と、携帯を見ながら朱里は答える。



「叔母さん!! 藍のことだよ。おばあ様も母さんも宗一先生も何故か、俺より落ち着いているし。俺が若いからこんなのか?

何で叔母さんの娘の事なのに、落ち着いて話してられるんだよ!

昼間は湊や司もいたし、明るい状態でななんとか冷静で居れたけど、段々暗くなってもうすぐ夜だよ。

昼から藍が何処にも何処にいるかも分からないだよ!!」

と、朱里を責めた。


「ほぉ~~ん。おちついているだと!

何処の世界に子供の心配しない親が居るのよ!

ましてや、一人娘なのよ。虚弱な娘よ。

要には言えないけど、何回信号無視になりかけたか、事故らずに着けて」

と、喚いた。


「浅葱が悪い。黙ってなさい」

と、翠が言うと、


「浅葱君、落ち着けと言わないが他の皆が来る前に、ちょっとだけ昔話に付き合ってくれないか?」

と、急に宗一先生が言い出した。


「いいよね。どんな事に成っても浅葱君が中心に動いて貰うことだし、覚悟もいる。その時間かせぎに話をするよ」

と、千種に向けて聞く。


「そうね、浅葱は知ってて貰った方が良いわね。宗ちゃんお願いできる?翠と朱里は母屋に来て、どうするかは集まって話する時に、浅葱が決めることだわ」

と、千種か言う。

娘二人を促し千種は、立ち上がり足をドア側に向けた。

それに供うように翠と朱里は、立ち上がりついて行く。


三人が社務所から出ていくと、宗一は浅葱に向かって


「浅葱君だけが藍ちゃんを心配しているとは、思ってないよね」

と、言うと浅葱は、


「はい」

と、だけ答えた。


「僕はね、翠ちゃんからの一斉送信されたメールを見て、遠い昔を思い出しながら車を運転して来たんだよ。

司もその間心配してどういう事なんだろう?と、オロオロしてな。

でも、司の心配と僕の心配は違うんだ。

ここに来た時から、ずっと違う心配をしているんだ」

と、宗一は言う。


「瀧野家と辰巳家のことだからですか?」


「違うよ。藍ちゃんは僕にとっても、可愛い孫みたいもんだよ。

香山家も男ばっかりだからね。僕には姉と弟がいたけど戦争中、戦争後と若くして亡くなっている。

僕には、峯ちゃんが居るけど順一は、最愛を事故で亡くしている。それは浅葱君も知ってるよね」


「はい。俺が中学一年生の時でした。要と樹、司がその後大変でしたから。樹と司は、母親を目の前で事故で亡くしましたよね」


「そう、大変だったよ。孫三人ともだか、最愛の妻を亡くした順一も。

子供の前で泣くことは無かったが、病気で亡くなるのとは違うからね。

たとえ、死を見ることが多いい医師だとしても」

と、宗一は言う。


「僕が落ち着いて見えるのは、この状況を過去に一回経験しているからだよ」


「えっ!どうことですか?」


「浅葱君が、知らなくて当然だよ。なんせ、44年前のことだからね。

僕が心配していたことは、千種ちゃんが出してくれたお茶漬けで明確に思い出してしまったこと。

44年前も千種ちゃんは、どんぶり茶碗にご飯と焼いた鮭の崩し身に海苔を添えた、お茶漬けを出してくれた。その時は、お昼でなくて夜だったけどね」


「ここでの話ですか?」


「そう、此処だよ。

翠ちゃんと朱里ちゃんは当時の宮司 芙巳おばさんが母屋で、見ていたと思う。母屋でお茶漬けを食べたかどうかは聞いてないけど。

あのお茶漬けを食べたのは、今と成っては僕と順一と千種ちゃんだけだね。

後の人、もう鬼籍の人となっているし」


「44年前ということは、母さんは?」


「ちょうど、今回と同じ3月だった。4月から小学校に上がる前だね。順一が小学校を卒業式を終えたばかりだったからね。

今回のように浅葱君みたいに、仕切ってくれる人も居なかった。

こんな便利な物も無かったよ」

と、携帯を見せて言う。


「44年前には、携帯は無いですね。どうやって連絡を取り合っていたんですか?」


「そら、昔懐かしい黒電話と人の脚だよ。

各家庭に1台の黒電話。香山家は自宅と医院に1台づつ在ったから、それの方が珍しいと思うけど。

後は、本当に人の脚を使うしかなかったな」


「人の脚ですか?」


「そう、人の脚と伝言ゲームみたいなものだね。

今こそ信じられないだろうけど、順一は朝から晩まで町中を走り回っていたよ。4月の頭までだがね」



「浅葱君は、この白彦神社の禰宜だよね。

将来宮司になる予定なら、本堂奥の資料には、目を通したの?」

と、宗一が話を変えて言ってきた。


「ある程度の年代までは、近代の分は何とか読み解けますが、草書に漢文もあれば大和言葉になるともう、おれではお手上げです」

と、浅葱は途中までと言った。


「それと藍の件が繋がっているのですか?」


「白彦神社に、神隠しの伝承があるのは聞いて無いの?」


「いえ、聞いていますよ。おばあ様が藍を寝かしつける時に、百物語の1つとして何回か聞いた話はあります」


「それが、本当だったら」


「えっ! 本当に神隠しが在ったというのですか?」


「今だから、僕も神隠しの伝承を信じて居るけど、44年前の当時は信じて居なかったよ。

非現実的だし、僕はだよ。西洋医学を収得した医師が、神隠しを信じると思うかい?」


「いえ、宗一先生が、信じていると聞いて驚いています。

じゃぁ、この白彦神社の古文書には、神隠しが在ったと書いてあるんですか?」


「千種ちゃんは、そう言ってたよ。

僕は読めないし、読めても疑って掛かっただろうね」


「人が消えるということが、あり得るんでしょうか?」


「あり得ないから、神隠しなんだよ。

人に拐われたのか、自分で消えたか、普通はどちらかだとおもうだろ」


「そうですね。俺も藍でなければ、只の知り合いが神隠しに在ったと聞いても、そう思いますね」



「そうなんだよ。神隠しに在った人が帰って来てくれたら話を聞けるけど、実際に世間で神隠しだと報道されても、誘拐だったり事故だったりね。

自作自演だったり、神隠しを装った保険金目当てだったりで、当時も在ったんだ」

と、宗一は思い出しながら言う。


「子供の場合はね、やっぱり事故が多かった。

何日か探したら、山や川でみつかったりね。生死関係なく、誘拐も同じだね」


「あぁ……なる程ね。子供の場合は死亡率が高かったんだ」


「そうなんだ、自作自演でないとね。

大人の場合は、誘拐も在ったけど自殺が多かった。突然消えたように見せて、保険金をもらう犯罪もあったしね。要君なら犯罪の方は、詳しいだろうけど違うか」


「でも、藍となると」


「そう、藍ちゃんとなるとだね。あり得ないよね」

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