カールの証言
妻メリアーナが体調を崩し始めて、気落ちすることも多くなってきた。
気丈に振る舞って要るが、不調を替わってやることも出来ぬ。
毎年この季節になると、カーディナル国王陛下が、我がダーニーズウッド辺境伯領土に逗留される。
いつもより早く、四大閣下定例会が王都で開催されることになった。
この定例会は国王シアン陛下が王国の運営や外交等沢山の議題と社交を担っている。
が、今年はシアン陛下は逃避するという。
ダニエル王太子が代理で定例会を開催すると告示された。堂々とさぼる口実で来領される。
現領主ロビン夫婦が領土を留守にする場合は、前領主の私が領土を預かるのだか、メリアーナの不調を理由に、こちらも次期領主ミカエルに領土統治をさせることとした。
昨日、次期領主ミカエルは、シアン陛下と王都から
同行帰領した。
今日は、旅の疲れもあるだろうとゆっくり孫のミカエルを気に掛けてやろうと計画していたが、それ処でなくなった。
ディービス医師が父親のグローを呼びに行かせている間に、本来の妻メリアーナの往診を依頼した。
メリアーナの診察を終え、ディービスとロッティナで領主邸に戻る途中で、ディービスが問うてきた。
「カール様、あの娘の説明は、先程要らし方々にするのですか?」
……聞く人選をしなくて良いのか?ダーニーズウッド家と言うより、シアン陛下が絡んでいることの配慮だな……
「ロビン夫婦が当分領土を留守にしているから、ミカエルは聞くべきだし、アートム親子は何かしら動いてもらうつもりだ。……そうだな、後はグローを要れての話しになるな」
と、返事をした。
了承の返答をもらい、玄関先からノーマン家の馬車が見えた。
馬車が玄関に着き永年ダーニーズウッド家の主治医を務めていた、ディービスの父親のグローがステップから降りてきた。
荷物を受け取ろうとグローに近付いたディービスが、父親が手ぶらなのを訝しく思っていると、後からロッティナと同じ服を着た少女が荷物を抱えて降りてきた。
「何故! 呼ばれていないお前が来た!」
と、強い口調でディービスが少女を責めた。
少女は小声で
「お祖父様の荷物が多かったのでお手伝いに……」
「お前は、馬車で待っていなさい。出歩くこともしてはならぬ」
と、ノーマン家御者に見張れと目を向けた。
グローは静かに親子の様子を見ていたが、
「ほら、言った通りだろう。終わるまで待っていなさい」
と、言って、私に挨拶をして館の中に入った。
2階の客室に向う途中で、グローに
「なかなか、厳しいじゃないか」
と、言ったら、
「ついで、ですから」
と、グローが返事する。
……好々爺な成りで、息子の教育と孫娘はついでか……永年、ダーニーズウッド家の内情や秘密時を守秘し、息子の教育に余念がない至誠に頼もしくもある。
私も含めてシアン陛下も、この老医師には頭が上がらない。
グローがシアン陛下に挨拶をして、ディービスと合流して、天蓋の中に入って行った。
暫く待っていると、グローとディービスが天蓋のカーテンを開けて戻って来た。
二人に向かいに座るよう指示し、ロッティナを探す素振りをすれば、
「あの娘の熱が高いので、処置と看護をさせています」
と、天蓋の方を見ながらディービスが報告する。
ロッティナは、そのまま付き添いに入るらしい。
このまま話す事になりそうなので、アートムにお茶を頼んだ。
アートムとルカがテーブルにお茶を置いていく。ルカは天蓋の方にお茶を、持って行くようだ。
各々、一口二口とカップに口を付けて、カップをソーサーに置いた時点で、ディービスが口を開く。
「あの娘の高熱と意識がない状態を父とも検見したとこら、虚弱故の熱で高熱ののせいで意識がないと、推察致します」
「「「はぁっ!?」」」
と、一斉に声に出た。が致し方ないと思う。代表して、シアン陛下が、
「どういうことだ?」
と、ディービスとグローに問うた。
「まず、あの娘のことで分かっていることを、纏めたので一緒にご確認して頂きますが、よろしいですか?」
と、ディービスが我々に向かって言う。
「色々な視点から確認するで、良いのではないか」
と、シアン陛下が答える。が、
……私は、意味がわからん……と、内心思った。
「では、彼女は外国人であること。年は20歳前後、身長158、体重は目測で45前後、検視的に外傷なし、内出血のみ。これは拘束時の圧迫痕です」
と、ディービスが言っていると
「私は、そこまできつく縛ったつもりはないのですが」
と、ルカが萎れて言う。
「これには、個人差があります。カール様が抱えた腕の圧迫痕もしっかり残っていたので、痕が付きやすいのでしょう」
と、ディービスが言う。
「あれだけでか!!」
と、思わず声を出す。
「それが、個人差です」
と、ディービスが言う。
「私が同じ条件でルカに縛られても、痕はさほど残らないでしょう。数日痕が残る人もいます。それから、ルカが、注視していた戦い慣れていると言う所ですが、その通りだと思われます」
「古傷でもあったのですか?」
と、ルカが、問う。
「いいえ。傷ひとつありません。ですが、体の線がとてもきれいなんです」
「見て分かることなのか?」
と、ミカエルが問う。
「いいえ。この場合は触診です。体には動かすための肉が付いています。腕を伸ばすのも曲げるのも、その肉があるから出来るのです」
「普通の女性よりその肉が、全身体均等に無駄なく付いている。日頃意識していないとこうは、ならないじゃろうな」
と、グローが補足する。
「では、見かけより体重はあるかもしれないですね」
と、ディービスが言うので、思い出した。
「そういえば、抱えた時に重いドレスを着ているのかと、意外だったな」
と、付け加える。
「それに、私が抱え安い様に、体の重心を変えていたように思うぞ。偶々かと思ったが」
……意識してか?
「戦い慣れてる表現でなく、日頃意識して体を動かしている、作っているが正解かも知れません」
「殺気こそ有りませんでしたが、あの豪胆さは場に慣れていると思ったのですが」
と、ルカが、納得出来ずに問うてきた。
……ルカが、そのように感じたのなら、訓練位はしているのだろうと思った……
「私達医師は、色々な人を診ます。男性も女性も大人も子供も、そして色々な職業に携わる人も。
仕事の内容を全て把握しているわけでは無いです
が、水仕事、道具を使う仕事など。
医院の隣の第三団隊の人たちは、剣を握る手のひら、馬に乗る下肢などの特徴があるのですが、彼女には無かったのです。それ以外の戦い方があるのなら私は、わからないでしょうが」
と、ディービスは、否定せずに知らない内容があることは認めた。
「そういうことか!」
と、ミカエルが言う。
「では、どんな職業もしくは、近いことをしていると思う?」
と、続けて問う。
「強いて言うのなら、文官でしょうか。右手中指にペンだこらしきものがありました」
「本人が話が出来なくても、色々分かることがあるのだな」
と、感嘆していると、
「いやいや、今度は話す内容に嘘や誤魔化しが入る。
患者が酒を飲むのを止めたと言って、隠れて飲んでたり、話の内容と身体が出している信号相違を探るのが、医師の仕事の一つだな」
と、グローが言う。
ディービスが苦笑をしているが、そう言うことが多いのだろう。
「それで、グローとディービスが虚弱と推察した内容は?」
「これといった病気の罹患や症状がないのです」
と、ディービスが言う。続けて、
「彼女の熱が、短時間で現れたことを聞いて先ず、毒や速効性のきつい薬を思い浮かべました。
その場合、口、鼻、目、陰部、皮膚と痕跡が残ります。
軽いものでは、時間やそれ以外に症状が出てきます。
今回は、短時間なことを重視して、自ら摂取を疑いましたが、全く痕跡が見つかりませんでした」
……毒にも色々あるのだな……それに
「自ら命を絶つ気があれば、手洗いに行きたいと言わんな、それに機会は、いくらでもあったことだし」
と、言えば、一斉に頷いた。
「では、熱が問題になります。
熱は、流行り病や病気による発熱、子供が覚えることが多く気持ちが制御出来ずに出す知恵熱、精神からくる発熱、体力の使いすぎや疲労困憊で出る発熱ですね」
と、ディービスが説明した。
「で、彼女の熱はどの熱なんだ?」
と、ミカエルが問う。
「まず、流行り病と持病を省きました」
と、ディービスが答える。
「なんでだ? 流行り病の症状はないと聞いたが、持病はわからんだろう?」
と、シアン陛下が問う。
「流行り病の症状は、くしゃみ、咳、身体の一部のシコリ、発疹、体液を出す発疹が全く無いことで、省きましたが、持病は長く患っている病気です。
時間がかかって身体に何かしら症状が残ります。
が、彼女の肌はきれいで荒れひとつ有りません。髪も艶が有り抜け毛もない。爪も色がきれいで変形がない。
白目の色、歯茎舌の色や匂いどれも健康的です。
細くもなく、太くもなく、こんな病気持ちは、私は知りません」
と、ディービスは言う。そしてグローを見る。
「そうじゃな、私も心当たりが無いですな。
しかし、それでも持病持ちだというのなら、医学的知識の持ち主、或いは自分の身体を全て理解している人間、持病を完治しているか、完治しているなら、発熱はしないが」
と、グローは、可能性は低いと言う。
「それで、健康的な身体で発熱することは、精神と疲労が故と考えました」
と、ディービスが締め括る。
「虚弱でもここまで短時間はあり得ないから、疲労がたまっていたところ、精神疲労も合わさって、今発熱したんじゃろな。
一日寝れば大丈夫じゃろうが、三、四日も寝込む虚弱な者が居れば見てみたいのう」
と、グローは言った。
……後々、会うことになるのだが……