ディービス医師の証言 2
ロッティナが着替えが終えたと伝えて来た。
「すみませんが、少しお時間をいただきます」
と、ロッティナと天蓋の中に入って行く。
手洗い盥で手を洗い消毒してから、娘の首を触る。シコリや腫れが無いか。閉じている目蓋を開いて白目の色や、目蓋の状態を診る。ゆっくり口を開けさせて、口腔内を診る舌の色におい、頭を触り傷や出物が無いかを診て、掌、指、腕を診て心の臓の音を聴く、呼吸音を聴く。お腹を少し押し気味にかたさや音が鳴る鳴らない。下肢を診て初見を終える。
「お待たせ致しました。流行り病ということではないようです。あれだけ高熱を出しているのに、湿疹、発疹が無い状況は、流行り病でないと今のところ言えるでしょう。後は質問がございますので、お答え頂きたいと思います。お薬などな処方が出来ませんので宜しくお願いします」
と、ディービスは説明する。
流行り病でないことに、ノアとカルマは部屋を出た。
「何故? あの娘の出身国をご存知無いのですか?」
と、聞くと、妻ロッティナは驚いた表情をした。
「髪の色、目の色は黒ということは、極稀にですがカーディナル王国でもお見掛け致しますが、外国の方と考えられますが?」
「ディービス、あの娘のことを説明出来るのは、私だけだと思うが、今、高熱を出している過程が分からんのだ。順に説明するで良いか?」
と、シアン陛下が仰る。
「ディービス先生。あの女性にはじめに出会ったのは私です」
と、ルカが言う。
「いつ会ったんですか?」
「本日のお昼前です」
「今日ですか!!……場所は何処ですか? 出会った時から不調でしたか?」
「礼拝堂を掃除をしていた時に、突然私の背後に居たんです。その時は普通でしたが、時間と共に顔色が悪くなっていったといいますか。私が声を掛けるまで変な格好で立っていました」
「声を掛けたんですね?」
「普通に迷子か不信者か判断出来なかったので、「何処から来たのか?」と聞いてもジェスパード語で問うたのですが、全く反応がなかったのです」
と、ルカが言う。
「拘束はいつしたのですか? 抵抗しませんでしたか?」
「言葉が通じないとわかった時点で、拘束しました。でも、女性の身成がきれいで戦闘には、不向きだったので締め上げるのではなく、逃げられない程度に留めました。それに全く抵抗がなかったので、私の方が驚きましたが、父を呼びに行っている間だけ、女性から目を離しています」
と、ルカが詳細に話す。
「それでですか……意識が無い時に拘束したかと思いました。実は、あの娘の手首、足に拘束の痕はあるのですが、圧迫痕のみで無意識に逃れようとした痕がないのが不思議でした」
と、ディービスが思案顔である。
「ルカが私を呼びに来て、ニックとミカエル様にお伝えして後、私も確認に礼拝堂に見に行きましたが、身動きひとつしていないことに、ルカが驚いていましたし」
と、アートムが教えてくれた。
「私がミカエル様に報告と判断を伺いに戻っている間は、ルカに見張らせておりました」
「では、その間に何かありませんでしたか? 何か口に含んだとか? 恐怖心を与える行動をしたとか?」
と、ディービスがルカを見る。
「女性が目が合ったりとか、周りを見回す行動から見えてことは分かりました。喋れることも分かりました」
と、ルカがいうと、
「会話したのか?」
と、カール様がきいた。
「何かを訴えて来たのです」
と、ルカが答える。
「どのような状況で?」
と、ディービスが聞く。
「顔色が悪くなって、震え出したので怖くなって泣いているのかと思い近付いたら、《サ.ム.イ》と、睨んで来ました」
と、ルカが言う。
「「「はぁっ!?」」」
一斉に口に出た。
「あ――。ルカあの娘が言ったのは「寒い」だ」
と、シアン陛下が言う。
「掃除の途中でしたので、窓枠を外してました。確かに、礼拝堂の中は冷えていたと思います」
「ルカを睨むって」
と、ミカエル様が呟く。
「それ以外はシアン陛下たちが、おいでになるまで不自然なことはありませんでした」
「陛下とは始めから会話なさったのですか?」
と、ディービス。
「いえ。僕が確認にしてからお祖父様が……ルカ、そう言えばあの娘は戦い慣れていそうだと言っていたが?」
と、ミカエルが言うと、一斉にルカを見る。
ルカが少し前に出て、右足を半歩出し腰を少し落として、両手を揃えて前に出した格好をした後
「この姿勢から目だけて周りを見て、私と目が合った時に腰と左足を後ろに体重移動して、右足を引きました」
と、ルカが体を使って説明する。
「なるほどな、ルカが戦い慣れていると思うはずだ」
と、カール様が言う。
「私は今でもその勘は拭えません」
と、ルカ言うと、アートムが、
「それに男性が五人で囲っても、動じない怯えないなんてあり得ない反応です」
と、言う。
「後は陛下が、あの娘と会話出来ることが分かったので、指示通り部屋と侍女の用意をするために、アートムと館に戻りました」
と、ミカエルが言う。
「では、礼拝堂から館に着くまでに何かあったのですか?」
と、ディービスが問うとシアン陛下が、
「意味は分からないが、拘束を解くようにルカに言ったら縄の解き方に注文を付けてきたぞ」
「どのようにですか?」
「ゆっくり上から縄を解いて欲しいと」
と、ルカを見る。
「多分ですが、縄の圧迫と寒さで肌の色が変わっていました。痛いからゆっくり解いて欲しいと言う意味かと思い、その通りに致しました」
と、ルカが答える。
ディービスは娘の行動にある考えが浮かんだか……
「そのまま陛下たちと、館まで歩いて来たのですか?」
と、問うと、
「いや、私が抱えて館に戻った」
と、カール様が言う。
「歩けない程もう不調を起こしていたと?」
「いえ、顔色は確かに悪かったですが、歩けない程ではなく、履いていたのが靴下で靴でないからと、カール様が小脇に抱えてお館に戻られました。」
「小脇に?」
「はい。この様に」
と、ルカがカール様がしたようにして見せた。
妻ロッティナと私は、合点がいった。拘束後にしたら腹部の痕がおかしかったのだ。カール様の腕の痕だ。
「後は、館に着いてノアに世話を任せた」
と、カール様が言う。
「この部屋で倒れたのですか?」
と、ディービスが問うと、
「いや、礼拝堂で娘が手洗いに行きたいから、場所と使い方を教えてくれる女性を頼んで来たからだ」
と、シアン陛下は言う。
「娘と会話出来るのが私だけだから、用を足したら昼食と話を聞くつもりで応接室にいたら、ニックが娘が倒れて意識がないと駆け込んできたんだ」
と、シアン陛下は仰てカール様を見る。
「でな、メリアーナを診てもらう予定だったのを思い出して、ディービスに来て貰ったわけだ」
と、カール様が補足する。
「そうですねー……提案なのですが、このままあの娘を処置したまま放置することは出来ません。看護するものが必要です」
誰か付ける必要性を訴えた。
「悪いがロッティナが付いてて貰えぬか?」
と、シアン陛下が問う。
ディービスが妻ロッティナを見ると、頷いて返事をする。
「その為にも、一旦御者を帰します。父グローとその他の用意を指示したものを持って来て貰いたいと思います」
「そんなに深刻なのか?」
と、シアン陛下が問う。
「そうではないです。父の意見を聞きたいのと、医院での指示もございますので」
御者に伝言を渡し医院に帰らす。その間に、メリアーナ様の診察にカール様と別館に訪問した。
診察を終えてカール様と領主邸に戻る際に、
「カール様、あの娘の説明は先程要らした方々にするのですか?」
と、問うと、
「ロビン夫婦が当分領土を留守にしているから、ミカエルは聞くべきだし、アートム親子は何かしら動いてもらうつもりだ。……そうだな、後はグローを要れての話しになるな」
と、答えた。
「承知致しました」
と、返事をし玄関から中に入ろうとしたら、ノーマン家の馬車が見えた。
ロッティナを先に行かせ、カール様と一緒に馬車が着くのを待ち、馬車から父グローが手ぶらで降りてきた。
頼んだ物が無いことに、訝しく思っていると後から娘のルナーが降りてきた。
「何故! 呼ばれていないお前が来た!」
と、強めにルナーに問う。
たじろぎながら、
「お祖父様の荷物が多かったのでお手伝いに……」
「お前は、馬車で待っていなさい。出歩くこともしてはならぬ」
と、言って御者に目を向ける。
父グローが、
「ほら、言った通りだろ。終わるまで待っていなさい」
と、カール様に挨拶をして館の名かに入った。
2階の客室にカール様と父グローが並んで歩き、後ろから荷物を持った私は、ため息が出た。
……父は、孫に甘い振りをしてルナーを戒めたのだ。
私が父にした伝言は、急患の為看護にロッティナを残すこと、意見を聞きたいこと、薬を三種類持参して欲しいこと。
後、往診で三人が居ないことを、ルナーに伝言を頼んだだけだ。
父がルナーに自分も留守にするからと伝え、荷物を纏め待たせてる御者まで、運ぶのを頼んだか?で、本心から手伝うつもりで言ったかどうかは、知れないが付いて行くと言ったのだろう。
私がルナーを連れて来てもいい内容なら、一言付けている。
父は、伝言の内容だけで理解し、孫と息子を試したのだ……
孫には、指示が守れるか、自分が役に立つと慢心していないか、興味本位で付いて来る意味を分かっているのか……
そして私には、娘可愛さで仕事に厳しく出来るか、父グローからダーニーズウッド家の主治医を引き継いだ重さを理解しているか。
前領主カール様、現領主ロビン様と高貴な方でありながら、領民にも優しく気安く接っされる反面、カーディナル王国を守る辺境伯にして、西の守護神だ。
お役目も重く、シアン陛下の信頼は厚い。守秘すべきことが多いなか、その秘すべきことに対応出来るかと、
父は、今日試したのだろう……
偉大すぎる父の、後ろ姿に悄然しつつも客室に着いた。
父グローがシアン陛下に挨拶をしている間に、妻ロッティナに荷物を預け、娘ルナーの行動を報告した。
ロッティナは、顔色を変えて詫びてきた。
「申し訳ございません。私の教育が至らないせいです」
「ルナーだけじゃないよ。私も父に試されている感があるからね。ルナーの指導は、この件が終わったら頼めるかい」
と、妻に問う。
「はい。お任せください。厳しく指導いたします」
二人で気持ちを切り替えて、父グローと合流した。