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氷下輪舞(1)

十五歳の冬、エマは祖母と共に、祖母の故郷フィンランドを訪れた。そこにいた変わった少女に導かれるように、エマは不思議な体験をする。

17300字、36分


 秋も深まり、公園の木の葉もほとんど枯れて、アメリカ東部のこの町でも寒さが急激に身に凍みるようになってきた、或る日の夕方。グラント家の中には賑やかな声が飛び交っていた。外は早々と夕暮れて、冬を告げる雲が浮かぶ空が、緋色に染まっている。

 今日はグラント夫妻の結婚記念日である。夫婦で外出をするというので、グラント夫人は先程からその準備に大わらわだった。階下からは、既に準備を済ませたグラント氏が電話で仕事の話をしているのが聞こえてくる。

 その騒ぎを聞きながら、八歳になる一人娘のエイミはつまらなさそうに、二階の子供部屋の窓から外を見ていた。郊外の閑静な住宅街は、子供達や仕事帰りの大人達が行き来して、一日で一番人通りの多い時間帯を迎えていた。路上に整然と植えられた街路樹はみな一様に枯色になり、葉を落として隙間だらけになった枝を寒々と暮れていく空に突き出している。少し曇ったガラス窓には、肩より少し長い茶色の髪を垂らした焦げ茶色の瞳の少女の姿が映っていて、外が暗くなる毎にそのむくれた表情を鮮明にしていた。

 ようやく夫人の支度が一段落ついた頃、玄関の呼び鈴を鳴らす音がした。誰が来たのかエイミは知っていたが、喜んで迎える気にもなれなかったので、そのまま窓際でぼんやりしていた。階下からは玄関の開く音と、訪ねて来た人が両親と挨拶を交わしている声が聞こえてくる。母親が大声で呼ぶので、エイミは仕方なく下へ降りていった。

 玄関ホールでは、薄い黄色の髪をショートカットにして地味な出で立ちをした若い女の人が、夫妻とにこやかに談笑していた。その人はエイミに気付くと、ブルーグレイの瞳を向けていっそう顔を綻ばせた。

「こんばんは、エイミ。」

「こんばんは、エマ。」

 穏やかな笑顔で呼びかけたその人に対して、エイミは明らかにそれと分かる作り笑いをして挨拶を返した。

 エマは近所に住む大学生で、ベビーシッターとしてやって来たのだった。仕事を持っていて留守がちのグラント夫妻は、よく彼女に留守を頼んだ。エイミは、いつも穏やかで優しいエマを決して嫌いではなかったが、何となく今日は気分が晴れなかったのだ。

 エイミがそんな態度をとっても、やはりエマは笑顔を崩さない。エマには嫌なことなんて何もないに違いない、とエイミは思っていた。


 エマとエイミに様々な注意事項を言い聞かせると、グラント夫妻は賑やかに出て行った。

 エマと二人の夕飯を済ませると、エイミはリビングでいつもと同じ時間を過ごした。エマは、エイミの知らないハイスクールやカレッジの話をしてくれる。そしてエイミの学校での話も聞いてくれる。いつもはエマの話を興味津々に聞いているエイミだったが、今日はそれくらいでは気分が晴れなかった。

 エイミの宿題を手伝いながらもおしゃべりをしていたエマが、ふと黙り込んだ。エイミが顔を上げると、思った通り、窓の外を眺めてぼんやりしている。エマは時々こうやって外を眺める癖があった。そんな時は、とても遠い目をしている。呼びかけてみても、一度や二度では振り向かないのだ。

(きっと外を見るのが好きなんだわ、真っ暗なのに。)


 エイミの寝る時間になった。まだ両親は帰ってこない。パジャマに着替えてベッドに入ったエイミは、無意識のうちに軽い溜息をついていた。ベッドの傍に座っていたエマが、エイミの顔を覗き込む。

「寂しいの?」

 エイミはピクッとした。

「寂しくなんか、ないよ。」

 エイミはそう言ったが、顔を赤くしてエマと目を合わせようとせずにそっぽを向いているので、それが強がりだということは容易に分かった。

 エマは微笑んだ。

「ママとパパが一緒にいてくれなくて、寂しいのね。」

 エイミは何も言わずに、軽く口を尖らせた。

「わかるな・・・私もそうだったから。」

 エイミはエマを見上げた。そんな話は始めて聞いた。エマはチラッとエイミを見て笑った。

「私のパパとママも忙しい人でね、昼間はほとんど家にいなかったわ。夜まで帰ってこないことも時々あった。代わりにおばあちゃんが私といてくれたけどね、やっぱり寂しかった。」

 エマはふと、遠い目をした。

「そうだな・・・・今日はエイミに、とっておきの話をしてあげる。」

「とっておきの話・・・?」

「そ。私が十五歳のとき、フィンランドに行ったときのこと。」

 エイミはじっとエマを見上げ、静かに続きを待った。

「私のおばあちゃんはフィンランドの出身でね、向こうには親戚がいるの。私が十五の冬だった・・・」




 エマ十五歳の冬。エマは祖母と共に真冬のフィンランドに降り立った。

 クリスマス休暇にフィンランドに行かないかい、と言い出したのは祖母だった。祖母のヨルマはフィンランドの出身だ。しかし、もう随分昔、両親と共にアメリカに渡って来てからは、一度もフィンランドに帰ったことはない。なのになぜ急に帰ろうと思ったのか、祖母は詳しいことは何も言わなかった。ただ笑顔で、綺麗なところだよ、森と湖の国って言うだろ、と言うだけだった。


 首都のヘルシンキから国内線に乗り換えて北へ一時間ほど、地方空港で飛行機を降りると、ひんやりどころではない冷気がエマを包んだ。ここはもう北極圏だ。オーロラが見えるというくらいだから、かなり寒いのだろう、と覚悟して充分に厚着をして来たつもりだったが、それでもまだ足りなかったようだ。あまりの寒さにぶるっと身体を震わせると、肩にかかる薄い黄色の髪が微かに揺れた。何も、一番寒いときにこんな寒いところに来なくてもいいのに。心の中で文句を言いながら軽く溜息をつく。ほんとに、何で来たんだろう。

 荷物を取ってゲートを出たところに、祖母の従妹の息子夫婦、ハミニネン夫妻が迎えに来てくれていた。空港からは、車でさらに一時間程かかるのだという。クリスマスの直前に突然やって来た初対面の親戚を迎える為に、わざわざ遠くから来たというのに、夫妻は嫌な顔一つせず、温かい笑顔で歓迎してくれた。親戚というのが優しそうな人達だったので、エマは少し安心した。

 懐かしそうに目を細めている祖母とハミニネン夫妻にくっついて、エマは震えながら空港の建物を出て車へと向かった。

 結構体格の良い、グレーの髪のセヴェリおじさんが運転する車に乗り込んだエマ達は、一路ハミニネン家へと向かった。外は当然のことながら白銀の世界だ。これで氷点下十度くらいだという。この辺りは、ラップランドと言われる地域だった。


 スカンジナビアの北部一帯を、ラップランドと呼ぶ。スカンジナビアの人口は、大部分が南部に集中しているが、北部にも僅かに人は住んでいて、ハミニネン家の人々もそこの住人だった。エマの祖母ヨルマも、ラップランドの生まれだ。

 太陽は驚くほど地平線に近いところにいて、まだ夕方まで間があるというのに、今にも沈みそうだった。夏は白夜で有名なところだから、冬はその逆に昼が短いのだ。

 ハミニネン夫妻と祖母のヨルマは、初対面とは思えないくらい打ち解けていて、賑やかに話をしていた。ヨルマが昔の思い出話やアメリカの話をすれば、夫妻は家のこと、家族のこと、おじさんの仕事のこと、クリスマスの予定の話などをしてくれた。ハミニネン夫妻には、八歳になる娘が一人いるという。少し変わった子だけど、仲良くしてやってね、とイェンニおばさんがエマに言った。OKと答えながらも、エマは、変わってるってどういう子だろう、八歳で英語分かるのかしら、などということをぼんやり考えていた。


 集落をいくつか通り過ぎ、小さな町を抜けてすぐのところにハミニネン家はあった。随分長い距離を走ったようだが、あまり周囲の景色は変わったようには思えない。車の中は終始賑やかだったから、実際にかかった時間よりは早く着いたように思えた。ハミニネン家は思ったより小さかった。周りに何も無いのでそう見えただけかもしれない。周りは一面の雪野原で、近くには林がある。さっき抜けてきたばかりの町は、林の陰になってここからは見えない。他の家は、あるにはあったが、一つ一つが遠く離れてポツンポツンと見えているだけだった。

 車を降りたエマは、思わずバッグのポケットを探って、耳付きの帽子を引っ張り出して被っていた。祖母に言われて用意していたものだったが、耳付きの帽子なんてかっこ悪い、と中々被ろうとしなかったのだ。しかし、ここではそんなことは言っていられない。このまま凍り付いてしまうのではないかと思う寒さだった。暖かい車から降りたばかりだったから、尚更だったのかもしれない。

 もう夕方になろうとしていた。実際はまだ早い時間なのだが、辺りの明るさは夕方を通り越して夜に近い。青の薄い灰色の空と透明に張りつめた空気に、緋に染まらない薄明るい光が満ちていて、なんとも不思議な光景だった。こういうのを幻想的とか神秘的というのだろうか、と考えながら寒さに首を竦めていたエマは、家の中から窓ガラス越しに覗いている少女に気付いた。肩まである明るい色の髪の少女が、薄暗い部屋の中から、顔を窓にくっつけんばかりにしてエマの方を見ている。

 少女は笑っているように見えた。でもそれは、幼い少女の無邪気な笑みとはどこか違う、奇妙な印象をエマに与えた。もしかしたら、笑っているのとも違っていたのかもしれない。エマは思わずその少女をじっと見つめていたが、祖母に呼ばれて我に帰り、慌てて祖母の後について家の中に入っていった。


 玄関をくぐると、比較的小柄なおばあさんがドアの前で待ち構えていて、満面の笑みを浮かべてエマと祖母を迎えてくれた。見覚えのある顔だった。もちろん写真の中でだ。きっと、この人が祖母の従妹のラーヤという人だろう。まだ祖母のヨルマがラップランドにいた頃、祖母とラーヤは姉妹のように仲良くしていたのだという。その後、祖母は両親と共にアメリカに渡ったので、実際に一緒にいた時間はそう多くはないのだが、手紙の遣り取りは時々していたのだ、と祖母には繰り返し聞かされていた。

 祖母とラーヤが再会を喜び合っていると、奥からおじいさんが出てきた。ラーヤの旦那さんで、名前は確かウルホだった。少しばかりぷっくりした顔に、真っ白いふわふわの長い髭がついていて、小さい目と優しそうな笑顔が、まるでサンタクロースのようだ。さすがサンタクロースの故郷、とエマは妙に感心していた。

 ウルホが祖母と挨拶をしていると、ラーヤがエマの顔を覗き込んできた。

「エマだね。」

「はい、ラーヤさん、始めまして。」

 少し緊張した顔で挨拶をしたエマを見て、ラーヤはにっこりと笑った。

「そのブルーグレイの目、ヨルマにそっくりだよ・・・よく来たね、エマ。」

 そう言うと、ラーヤは体を起こして横を向いた。

「オルガ、ここへ来て挨拶しなさい。」

 それでエマは、戸の陰からこちらを覗き込んでいる少女に気付いた。さっき窓ガラス越しに見えた、あの少女だ。そういえば、ラーヤの孫娘はオルガと名付けられた、と祖母から聞いたことがあったような気がする。

 近くで見ても、やはり奇妙な感じのする子だった。二言三言交わした限りでは普通の子のような気がするのだが、時々フッと雰囲気が変わるのだ。特に、微かな微笑みを浮かべて、じっと目を見つめてきたような時には。

 しばらくして、それは彼女の目のせいではないかと気付いた。エマと同じブルーグレイの瞳だが、灰色が強く、少し紫も入っているような微妙な色合いをしていた。それが、全体的に色素の薄い顔の中で、印象的に見えているのだ。オルガの目を見ていると、そのまま吸い込まれていきそうな感覚を覚えた。

 オルガは確かに不思議な印象を与える子だったが、イェンニおばさんが言うような、“変わった子”ではないように思えた。見た目も仕草も特に変わったところはない。英語は片言だったが、まだ八歳なのだから仕方がない。エマがそう思っていた時だった。オルガがエマの手を掴んで、唐突にこんなことを言い出したのだ。

「来て。精霊に会いに行こう。」

「・・・せ・・・せいれい?」

 オルガの言っている意味がよく分からなくて、エマは面食らった。次の言葉も見つからずに目をぱちくりさせていると、おばさんが助け舟を出してくれた。

「後にしなさい。着いたばかりで、疲れているだろうから。」

「・・・・うん、わかった。」

 オルガはちょっと考えて、あっさり引き下がった。けっこう素直な子だ。オルガが奥に引っ込むと、おじさんとおばさんは苦笑した。

「びっくりしたでしょう。あの子、ちょっと変わっているの。でも、悪い子じゃないから。」

 変わっているというのはそういうことか、とエマは思った。あの子は、精霊とか妖精とかいうものの存在を信じているのだ。夢想家なのだ。自分にもそういう頃はあったし、こんな寒い土地で、家の中で遊ぶしかない一人っ子が、自分にしか分からない“友達”をつくってもおかしいことではない、とエマが納得していると、ラーヤが隣から異議を唱えた。

「オルガは変わっているんじゃないよ。あの子は見ることができるのさ。あの子は、オルガだからね。」

 おじさんとおばさんはそれを聞いてまた苦笑した。エマは、ラーヤの言葉の意味がよく分からず、首を傾げていた。




 その夜はヨルマとエマの歓迎会だった。テーブルにはフィンランドの家庭料理が並び、部屋の中は、古風に蝋燭の淡い光で満たされている。セヴェリおじさんが上機嫌でこう言った。

「スオミへ、サーミの地へようこそ!いや、お帰りと言ったほうがいいのかな。ともかく、歓迎するよ。」

 フィンランドの本当の国名がスオミだということは、祖母から聞いて知っていた。でも、サーミの地というのは始めて聞いた言葉だ。不思議そうな顔をしているエマに、ウルホさんが笑いながら教えてくれた。

「英語で言うところのラップランドというのはな、ラップ人の土地、という意味なんだよ。だが、ラップというのは“追われる者”という意味でな、彼らはそう呼ばれることを嫌って、自分達の事をサーミと呼んどるんだ。だから、ここはサーミの地なんだよ。私らはサーミ人ではないけれど、サーミ人の友人は沢山おるからの。」

 サーミ人というのはスカンジナビアの先住民のことだ、とウルホさんは付け加えた。元々スカンジナビア全体に住んでいた遊牧民サーミは、外からゲルマン系やアジア系の人々が入ってくるにつれ、北へ北へと追いやられ、生きていくには厳しい場所に生活の場を置くようになったという。それが、追われた者、ラップ人の名の由来だ。

(色々あるんだ、フィンランドにも。)

 トナカイのステーキを頬張りながら、エマはハミニネン一家とヨルマの話に耳を傾けていた。ヨルマとラーヤの思い出から話が盛り上がり、二人がよく遊んだ場所や学校のこと、友人達のこと、そのうち、エマが聞いたこともない親戚の話やその子供達の話まで飛び出した。といっても、半分以上が現地の言葉だったから、聞いていてもあまり意味は分からなかったのだが。

 食事が終わると、部屋の灯りが蝋燭から電灯に切り替わったが、薄暗いことには変わりなかった。


 冬の北欧の夜は長い。外は凍てつくような寒さだから、ほとんど家の中で過ごすことになるのだろう。娯楽らしい娯楽もなさそうだし、祖母達の昔話にもそのうち飽きるだろうし、この休みは少し退屈かもしれない。エマがぼんやりとそんなことを考えていると、窓の近くにいたオルガがエマのところにやって来た。それに気付いたエマは、オルガの方に顔を向けた。エマの視線はそのまま吸いつけられるようにオルガのブルーグレイの瞳に向かう。本当に不思議な目をした子だ。北欧特有の、蝋より白い肌よりも、白に近いくらい薄い黄色の髪よりも、ほんのりピンク色に染まった頬よりも、まず、紫がかった青灰色の瞳に目がいってしまうのだ。

 オルガはエマの手の上に自分の手を重ねて、にっこり笑った。

「いいもの見せてあげる。」

 オルガはエマを連れて窓辺に来た。オルガについてカーテンの向こう側に入りこむと、途端にひんやりした空気がエマを包む。心なしか、部屋の中の物音も遠のいたように思える。オルガは、部屋の暖気で白く曇った窓を軽く指で拭って外を見た。エマも同じようにして窓の曇りを拭った。指先が僅かに痺れ、冷たい露が手を伝う。それからエマは、白い枠の中に出来た黒い窓を覗き込んだ。

「うわ・・・」

 外は完全な闇だった。当然のことながら何も見えない。そのはずなのだが、エマの視界の端に、何か光るものが映った。よくよく見てみると、闇の中に、消え入りそうなほど微かな光が無数に煌めいている。

(・・・・ダイヤモンドダストだ。)

 話には聞いたことがあるが、実際に見るのは初めてだった。すぐに曇ってしまう窓ガラスを拭いながら、食い入るように外を見つめていたエマは、その淡い光をもっとよく見たくなって、外へ出てみることにした。エマはオルガと一緒に、完全防備をして外へ出た。


 外は静かな闇だった。そしてとても寒かった。天頂から投げかけられる、月の光すらも凍えつくかと思われるほどだ。しかし、部屋の中から見るよりも格段に美しい煌めきを見ることが出来た。

 雪が、闇が、そして凍りついた冷気が、全ての音を吸収してしまったかのような無音の世界で、微かな煌めきが現れては消え、また現れては消えていく。天に瞬く星の光よりも儚く、だが手の届かない天の星と違って、エマを包んで降り注ぐ、それは地上の星だった。

(・・・なんて・・・きれい・・・)

 エマは体の奥から震えが沸き起こってくるのを感じた。暖かいものが静かに心の中を満たし、溢れ出て、一粒の涙となって頬を流れる。

(・・・・なんて、綺麗なんだろう・・・)

 エマは、この静かな空気を乱さないように、静かに、ほおっと息を吐いた。暖かい呼気は冷たい外気に晒されて真っ白になり、次いでそこから無数の光の粒が生まれて、光の乱舞に加わる。

「光だよ。」

 エマはゆっくりと、隣に立つオルガに顔を向けた。オルガの声は、この静寂を掻き乱すことなく、ごく自然に流れて溶け込んでいく。オルガはエマを見上げてにっこり笑っていた。そして無数の光の粒を指し示して、

「みんな、光の精霊だよ。」

と言った。

「ここは寒いから、寒くて静かだから、人間が少ないの。だから、光の子供たちも安心して出て来られるの。みんな、まだ小さいでしょ?子供の精霊たちなの。まだ小さくて、力が強くないから、人間が沢山いるところには、こわがって出て来ないの。」

 当たり前のことのようにしゃべるオルガを、エマは奇妙な感覚を持って見ていた。それから降り注ぐ儚い光に目を戻す。何となく、オルガの気持ちが分かるような気がした。こんな光景を見ていたら、そんなことを言いたくなるのも、無理はないかもしれない。

 時間の経つのも忘れて見入っていたエマ達を、戸を開けて2人を呼びに来たイェンニおばさんの声が現実に引き戻した。気がついてみると、頬が凍りついたようにビシビシしていて、足が凍えて動かなくなっている。

 エマはぎこちない足取りで家の中に戻ろうとした。しかし、オルガがついてくる気配がないので振り返ってみると、オルガは何もない暗闇に向かって元気良く手を振っていた。一瞬、誰に手を振っているのかと闇の中に目を凝らしてみたのだが、すぐに気付いた。オルガはダイヤモンドダストの光に、“光の精霊”に手を振っていたのだ。またね、とお別れの挨拶まで言っている。

 その途端、光が浮き上がった気がした。一つ一つの煌めきが淡く広がり、ベールの様な薄い光の帯がさっと流れる。それがエマの周りで渦を巻いたと思ったほんの一瞬、本当にほんの一瞬だけ、さざめくような声が聞こえたような気がした。

(え・・・?)

 エマは目をぱちくりさせて目の前の光景を見直した。そこには相変わらず静かな闇と、微かな光の乱舞があった。

(・・・・気の・・・せい、かな・・・)

 エマは手袋をはずして目をごしごし擦ると、もう一度目を凝らしてみた。そこにはやはり、シンと静まり返る暗闇があるだけ。

(気のせい、よね。)

 多少引っかかるものを感じながらも、無理やり自分を納得させて、エマは暖かい家の中へと戻ったのだった。



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