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陽は煌めいて(2)



「アンヌ。あのお嬢さんとずいぶん仲良くなったのね。アランさんのことまで話すなんて。」

 アランは早くに亡くなってしまったので、クロエも面識はない。アンヌが彼のことを話すのは、クロエの両親など、古い友人に限られていた。出会ったばかりの旅行者に話をしたと聞いて、少し驚いたのだ。

「どことなく、アランに似ていたからね。」

「彼女が?」

「温かい感じのするところがね。」

 クロエにはよく分からないが、アンヌは時々こういう表現をする。それは大抵、性格のいい人を差していた。そして実際、アンヌの感覚は当たるのである。

「アンヌはそういうとこ、よく分かるわよね。」

「この年になるとね、何となく分かるようになるのよ。」

 そう言って微笑みながら、アンヌは通りを眺めた。街路樹は少し高くなったけれど、通りの風景はあの頃とあまり変わらない。今は青々と茂る木の葉も、秋になればまたあの時のように色づくだろう。


『彼はいい人だよ』


 まだ彼のことをよく知らなかった頃、そう教えてくれたのは、他の人には見えない友人たちだった。子供の頃は、暖炉の前で、祖母や妹と一緒に、眠くなるまでおしゃべりをしたものだ。祖母も両親も亡くなって一人になってからも、夕飯の後は電気を消してロウソクの火で過ごすのがアンヌの日課だった。ロウソクや暖炉に火が点っていれば、彼らは遊びに来てくれる。

 人が温かく見えたり冷たく見えたりすることは子供の頃からあったけれど、それが人間性を示しているのだということは、しばらく経ってから気づいた。

 アランが温もりのある光を纏っていることは分かっていたけれど、戦争のときも終わった直後も色々あったから、自分の感覚だけでは心もとなかった。

『アンヌは彼が好き?彼はいい人だよ。』

『彼はアンヌのこと、大好きだね。』

 彼らははっきりそう言った。妖精は人間の嘘が分かる。誤魔化しも建前も通用しない。だから、自分が彼に対して抱いた印象は、間違いない。アランのプロポーズを迷わず受けたのは、そうした理由もあった。


 車窓を流れていく景色は、日常のものから、懐かしいものへと変わりつつある。この街には長く住んで思い出も多いけれど、古い知り合いはだんだん少なくなってきた。以前住んでいたアパルトマンには、もう知り合いはいない。同じアパルトマンにいた友人夫婦は、結婚前からの知り合いで、家族のように親しくしていたけれど、数年前に二人とも亡くなってしまった。アランとも暮らした思い出深い場所ではあるけれど、階段を上り下りするのが厳しくなってきていたというのもあり、夫妻の娘のクロエの勧めで、彼女の家に居候するようになった。新しい街にも慣れて知り合いもできたけれど、あの日々はますます遠くなった。








 やがて夏が終わり、木々が色づく季節になった。バカンスの時期を過ぎたホテルは静かで、アンヌも時々は手伝いをしながら、落ち着いた日々を送っている。

「冷え込んできたわね。」

「本当ね。暖炉があってありがたいわ。」

 夕飯が終わり、クロエの家族もホテルの従業員も、ほっと一息つく時間だ。

「アンヌ。最近食欲落ちたんじゃないか?」

「もう年だもの。今日も美味しかったわよ。」

「もうすぐリンゴの収穫だねえ。」

「今年もタルトタタンをたくさん作らないと。」

「楽しみね。」


 いつも通りの穏やかな団らんを終えると、それぞれ片付けや明日の仕込みに散っていく。アンヌは部屋に戻って、いつものようにロウソクに火をつけた。

 ここの生活はそれなりに楽しい。大勢で囲む食卓は賑やかで、子供の頃を思い出す。クロエの夫も子どもたちも親切で、なんの不満もないが、最近、昔のことをよく思い出す。夏に、旅行者の若い女性に、話をしたせいだろうか。

 肘掛け椅子に深々と座り、横のテーブルに目をやると、一番目立つところに、あの写真がある。

 あの秋の日、柔らかい光の中、しっとりとした落ち葉の上を歩いて、眩しそうな彼の表情にドキドキして、その言葉に浮き立つような気持ちになった日に、撮ってくれたものだ。雑誌で見るモデルのようにポーズを取って、澄ました顔をしようとしたけれど失敗して、口元は少し綻んでいる。

 今になってみれば、彼の撮ったアンヌは、どれも自然な表情をしていて、いい写真ばかりだ。彼の腕は確かだった、というのは、贔屓目(ひいきめ)だろうか。


「それ、本当にお気に入りだね。」

 ロウソクの炎が伸び上がり、その中に小さな少年が浮かび上がっている。

「あら、いらっしゃい。」

 少年はしゃがんで頬杖をついているような格好になった。

「それ、アンヌだけど、アンヌが見てるのは彼だよね。」

「ふふ、そうかもね。」


 アランには妖精の姿は見えなかったから、最初は不思議そうな顔をしていたけれど、暗くなった窓に目を向けると、驚いたようにロウソクと窓を見比べていた。

『どうしたの?』

『窓に写った灯が大きく揺れているんだ。こっちのは静かなのに。』

『そうなの?』

 アンヌには、目の前にも窓の中にも、同じ光景しか見えないから、むしろアランの驚きが新鮮だった。

『まるで、おしゃべりしてるみたいだ。そうか、これが妖精なんだね。僕は、君こそが妖精なんじゃないかと思ってたよ。』

 どうやら、その声に答えるように、窓の灯が反応したらしい。アランは笑顔になって、それからはアンヌと一緒に、食後のおしゃべりを楽しむようになった。


「彼はいい人だったね。直に話せないのが残念だったよ。」

「ええ。彼もそう言っていたわ。姿が見えたら、話ができたら、きっと楽しいだろうにって。」


 夕方から降り出した雨が窓にあたり、時々伝うように流れていく。外はきっと冷え込んでいることだろう。

「そろそろだね。」

「ええ、そうね。」

 秋が深まるとともに、冷え込む日も増えてくる。秋は、柔らかい空気と色づく木の葉が美しい、好きな季節だった。でも、秋は悲しい季節でもある。アランが亡くなったのは、こんな冷たい雨の降る晩秋だった。

「アンヌ。彼に会いたいの?」

「・・・会いたいわねえ。」

 写真を指でなぞりながら、そう答える。彼は撮ってばかりで、自分が写ることは殆どなかったから、写真があまり残っていない。けれどこうして、彼が撮った写真を見ていると、その時の様子が今でも浮かんでくる。亡くなった直後の、どうしようもない喪失感は、時が経つにつれて薄らいだけれど、会いたい気持ちが消えることはない。


「アンヌ。今も彼が好き?」

「ええ、好きよ。今でも、ずっと。」

 迷うことなく、そう言える。それだけで、胸の奥が暖かくなるような、締め付けられるような、複雑な感覚がある。

「なら、会えるよ。アンヌは、また彼に会える。」

「あら、妖精は予言もするのだったかしら?」

 少し茶化すようにそう聞いたのは、今まで予言めいた言葉を妖精から聞いたことがなかったからだ。でも、妖精が嘘をつかないことも、表面的な慰めを言わないことも、アンヌは知っている。妖精は案外真面目な顔で、

「予言じゃないけど、そうだね、偶にはそういうこともある。」

と、曖昧なことを言った。


 他愛もないおしゃべりを少しして、ホッと息をつくと、大して時間は経っていないのに、なんだか疲れた感じがした。最近は疲れやすいし、体が重く感じる。

「ごめんなさい。ちょっと、疲れちゃったわ。」

「うん、そうみたいだね。じゃあ、僕は行くよ。」

 ロウソクの火が、ふっと静かに揺らぐ。

「ええ、おやすみなさい。また明日。」

「さようなら、アンヌ。」

 アンヌは目を瞬いて、妖精を見つめながら首を傾げた。

「そうなの?」

 妖精は、Adieuと言ったのだ。 À la prochaine(またね) ではなく。

 妖精は何も答えず、ただ静かにアンヌを見つめていた。

「そう。」

 アンヌは穏やかに笑った。

「それじゃあ、さようなら。ありがとう。」

 そうして妖精は、ともし火の揺らぎとともに、姿を消した。


 アンヌは大きく息を吐いて椅子に身を沈めながら、部屋の中を見渡した。仄かに揺らぐ陰影はテーブルにも落ちかかり、並べられた写真をも浮かび上がらせる。たった一枚だけ残った家族写真、数少ない彼との写真、同僚や友人たちとの写真。ここに写る人たちの多くは、すでにいない。妹も、何年か前になくなってしまったと妖精から聞いた。

 妹の行方が分からなくなった時、落ち込む両親に、『あの子は大丈夫だよ。』と伝えたけれど、妖精が見えない両親は、アンヌが慰めているだけだと思ったようだ。せめて妹を励ましたくて、妖精に頼んだ。

『お願い。あの子に伝えて。私たちがあの子をとても愛していると。』

 直接会えなくても、抱きしめてあげられなくても、寂しくないように。離れていても、いつも思っていると伝えたくて。『私もよ。』と返事が来たときは嬉しかったけれど、妖精も気まぐれだから、なんとなくのやり取りしかできない。結局会えずじまいではあったが、穏やかな生活を送っていたようだというのが救いだ。


 ふと窓を見ると、部屋のドアが映っている。廊下には電気がついているのか、ドアを縁取るように光の筋が見える。その光が徐々に強くなっていくように見えた。

 振り返ったアンヌは、あちらがわから開かれていくドアを眺め、そして微笑んだ。








『オテル・バラントンにいらっしゃい。』


 その約束を果たせたのは、何年も経ってからだった。手紙のやり取りは何度かしたが、なかなかここに来ることはできなかった。

「こんにちわ。お世話になります。」

「いらっしゃい。お待ちしてましたよ。」

 笑顔で迎えてくれたクロエさんは、少しだけアンヌさんに雰囲気が似ていた。

「アンヌさんのことは、残念でした。またお会いしたかったんですが。」

「ええ、そうね。アンヌがいたら、喜んだでしょう。あとで、彼女の部屋を見てみる?なんとなく変えづらくて、まだそのままにしているの。彼女が見せたがっていたものもあるし。」



 夕飯の後案内してくれたその部屋は、こじんまりしていて、でも、温かみがあった。ベッドとチェストの他には、小さなテーブルと背の高い肘掛け椅子があって、テーブルとチェストの上には、いくつも写真が飾られていた。その中で一番目を引いたのは、ウエストを絞った長袖のワンピースを着て、若いアンヌさんが微笑んでいる写真だ。

「きれい。モデルみたい。」

 ファッション雑誌にありそうなポーズを取って、ちょっとはにかんだ笑みを浮かべているアンヌさんは、とてもチャーミングだった。

「それ、アンヌのお気に入りだったの。多分、貴女に見せようとしていたのは、それだと思うわ。」

「アランさんが撮ったものですね。」

「ええ。その中でも特別な一枚なのですって。」

「分かる気がします。」

 ポーズを取ってはいるけれど、この表情はおそらく一瞬のもので、それを捉えたアランさんもきっと嬉しそうに笑っていたのだろうと、そんなことが想像できる写真だった。


「これがアランよ。」

 そう言ってクロエさんが見せてくれたのは、結婚式の写真のようだった。参列者が写したのか、斜めのアングルで、二人の視線はカメラから逸れている。腕を組んだふたりは微笑んでいて、でも男性はちょっと緊張した様子だ。

「優しそうな人ですね。」

「そうだったらしいわ。私も会ったことはないんだけれど、父がよく言っていたの。彼は本当にいいやつだったって。」

 その向こうに、古そうな白黒の写真があった。何人かの大人と子どもたちが写っている。他の写真に比べると粗くて、服装も少し古い時代のようだ。女性たちの中には、頭にコワフをつけている人もいる。ブルターニュ伝統の頭飾りだが、日常的につけていたのは、もう随分前のことだ。

「それは家族の写真だそうよ。戦争のときに多くをなくしてしまって、もうそれしか残っていないと言っていたわ。」

 それではきっと、二人並んで写っている少女が、アンヌさんと妹さんなのだろう。

「アンヌさんの妹さんは?」

「ああ、アンヌはその話もしたのね。彼女はその話をあまりしなかったし、私もよくは知らないの。ただ、結局見つからなかったみたいね。気の毒な話だわ。」

 妖精は、最後まで彼女たちを繋いでくれたのだろうか。もし本当にいるのなら、もしそうならば、寂しさも少しは紛れるに違いないのだ。


「この子は?」

 アンヌさんが女の子の傍らにしゃがんで写っている写真がある。

「ああ、これは私よ。」

「クロエさん?」

「ここに、私の両親も写ってるわ。私の母が、アンヌと友達でね、父はアランさんの同僚だったらしいの。同じアパルトマンに住んでいて、小さい頃からずいぶん可愛がってもらったわ。私にとってアンヌは二人目の母のようなものよ。母と喧嘩をしたときなんかは、間に入ってくれたりしたのよ。父と母が体調を崩したときは、色々面倒を見てくれたりしてね。」

「もしかしたら、アンヌさんも、それで慰められていたんじゃないでしょうか。ご両親も、クロエさんみたいに、いい人だったんでしょうね。アンヌさん、言ってました。アランさんが亡くなって寂しかったけれど、いい友達がたくさんいたって。」

 穏やかなアンヌさんの周りには、きっと、苦しい時を支えてくれて、助け合えるような人たちが自然と集まるのだろう。そう思っていたのだけれど、クロエさんは微妙な顔をした。

「いい人ばかりではなかったわ・・・。それでも、愚痴一つ言わなかった。いい人だったのは、アンヌよ。母もよく言っていたわ。」


 日の長い時期だけれど、気がつくと外は日が陰り、急速に薄暗くなってきていた。クロエさんは、電気はつけず、テーブルにあったロウソクに火をともした。

「アンヌは、こうして過ごすのが好きだったのよ。子供の頃、遊びに行くと、こうして妖精の話を良くしてくれたわ。彼女のおとぎ話はワクワクして、私は好きだった。」

「おとぎ、ばなし・・・」

「まるで見てきたように話すのよ。ここでもね、子どもたちは彼女の話を、目を輝かせて聞いていたわ。」

「・・・ええ。そうでしょうね。」

 彼女の話は、果たしておとぎ話だったのだろうか、本当の話だったのだろうか。少なくとも彼女にとっては、作り話ではなかったように、思うのだけれど。


 クロエさんが、テーブルの横の肘掛け椅子に触れた。

「あの日も、ここに座って、夕飯後の時間を過ごしていたのよ。そのまま、眠るように逝ってしまった。」

「そうなんですね。」

「いい夢を見ていたのかしらね。笑っているようだったわ。」

「きっと、幸せな夢を見たのでしょう。」

「ええ、そうね。そうあるべきだわ。」

 最後はつぶやくようにそう言って、クロエさんは顔を上げた。

「私は向こうの方を見てこないと。ゆっくり見ていってちょうだい。部屋を出るときは、火を消してね。・・・そういえば、あのときは自然に消えたみたいだったわね。」


 クロエさんが出ていった部屋の中で、私は飾られた写真や小物を一つ一つゆっくり眺めていた。一本のロウソクの灯りは暗かったけれど、目が慣れてくると、なんとなく心地よくも感じる。写真の中のアンヌさんは、たいてい笑っているけれど、アランさんが撮ったと思われるものと他の写真では、やはり違うように感じる。輝きがこぼれるような笑みと、熾火のような穏やかな笑み。アランさんとの日々は、時間は短くても密度が濃くて、アンヌさんの中でその比重はとても大きかったのだと思う。そして、その思い出があったからこそ、アンヌさんはずっと微笑んでいられたんじゃないかと、そんな気がした。


 薄明るさが残っていた空も、徐々に暗さを増した頃、そろそろ自分の部屋に戻ろうかと燭台をテーブルに置き、ふと窓を見た。


「え?」


 一瞬、目がおかしくなったかと思った。窓に映る灯が、大きく伸び縮みしたのだ。テーブルの上の灯は、静かに灯り続けているというのに。

 伸びあがった窓の灯は、火の粉が飛び散るように光の粒となり、部屋の中に散らばっていく。繰り返すうちに、窓の中の部屋は徐々に明るくなっていった。実際の部屋は相変わらず静かで暗いのに、窓の光景は変化を続けていて、まるでなにかの映像を見ているかのようだ。

 光の粒は、やがて、扉を縁取るように集まって、その姿を浮き上がらせていく。思わず振り返ってみたけれど、実際の扉はむしろ暗い影に沈んだままだ。

 もう一度窓を見ると、扉を縁取る光の筋は次第に強く、はっきりしたものになっていった。

 そして、筋のようだった扉の光が、不意に溢れ出した。扉は徐々に開いて、その向こうには、見通せないほどの光が満ちている。

 その中から、人影が出てきた。光を背にしたその人はゆっくり近づいてきて、椅子の前に立った。


『アンヌ。』

 穏やかな笑顔で、優しい眼差しで、そう呼びかける。いつの間にか椅子にはアンヌさんが腰掛けていて、呼びかけた男性を嬉しそうに見上げていた。

『来てくれたのね、アラン。私はこんなお婆ちゃんになっちゃったけど。』

『何を言ってるの?君は今でも、いつでも、きれいだよ。』


 そう言って差し出された手に、アンヌはゆっくり手を重ねた。その手は艷やかで皺もなく、引き起こされた体は重石が取れたように軽い。

『ほらね。君はちっとも、変わってない。』

 秋の陽だまりのような、温かい笑顔。会いたくて、ずっと思い続けた人がそこにいる。乾きかけた泉に再び水が満ちるように、胸の奥が満たされていく。

『行こう。』

 その腕をとり、懐かしい温もりを感じながら、光の中へ、その先へ。


『アンヌ。』『アンヌ!こっち!』『待っていたよ、アンヌ。』

 聞き覚えのある声が、口々に呼んでいる。

 向こうに、子供の頃に遊んだ小川が見えて、畔には、少女のままの妹や、父や、母や、懐かしい人々が待っている。思いは涙のように溢れ出て、朧気だった世界に、彩りが戻る。

 アンヌは立ち止まり、アランを見上げた。そして微笑みあい、再び歩みだす。陽は煌めいて、風が優しく歌う、その場所へ。


光は大きく広がって二人を包み、そして、静かに収まっていった。






 気がつくと、部屋の中も窓の中も、すっかり闇が広がり、小さなロウソクの灯火だけがかすかに揺らいでいた。今見たものが夢だったのか、感じたものが幻だったのか、戸惑いながら静かな火影を見つめている。


「妖精…」

 アンヌさんなら、これを、妖精が教えてくれた、というかもしれない。なんといっても、このホテルの名前は、妖精の泉に由来するバラントンなのだ。そんな奇跡があっても、いいではないか。だから私は信じることにした。妖精が知らせてくれたのだと。彼女の最期が、安らぎに満ちたものであったのだと。


「ありがとう、妖精さん。」


 目の前の灯は変わらないけれど、窓の中では、光の粒が伸びあがるようにロウソクから離れて、くるりと円を描いて部屋の中に散り、そして、音もなく消えた。

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