最後の五騎士……
――シャーレ・レム・ララ
シャーレは遠く離れたフォルスを心配そうに見ていた。
「フォルス、今ので可能性が……」
「問題ない、と思われますよ。特に何もなく、こちらへ、戻ってきている、ようですし」
「話に聞いてたけど、マジでヤバい剣ね。古代龍を一撃って、あいつやるじゃん」
シャーレはララの軽口に眉を顰めたが、すぐに戻し、四騎士へ瞳を振る。
「勝敗は決した。だからといって見逃すつもりはない。フィナクルが何を企んでいるのか聞かせてもらう。ドキュノン、わかった?」
「へ、答えると思ってんのか?」
「そうね、あなたは意地っ張りだもの。答えないでしょう。だから、他の三人の脅しの材料に使わせてもらう」
シャーレは闇に染まる風の刃を生み、それをもってドキュノンの肉体を細切れせんと放った。
しかし――
――それは困る。彼らはこれでも有用ですからね――
突如、空から影が降りて、一筋の刃が煌めき、シャーレの魔法をかき消した。
シャーレは長剣を手にした影の名を呼ぶ。
「ルフォライグ」
シャーレが口にした男の名は、魔王軍五騎士・最後の一人、ルフォライグ。
彼は清風を纏う落ち着いた様子で佇み、黄金色に染まる麦畑のような美しい髪を持つ男性。
白銀の長剣を手にして、同じく白銀の軽装鎧に身を包み、白地のコートを纏う。
彼は空の色を映し込んだ碧眼をシャーレたちへ向ける。
ルフォライグから伝わる爽やかながらも重く緊張感溢れる気配にレムは言葉を落とす。
「魔王……」
その名を口にして、すぐさまシャーレへ瞳を振った。
シャーレはレムの視線を受け止めて答えを返す。
「あなたがそう感じても仕方がない。私がいなければ、彼が魔王だった。そして、それだけの器を有している」
「そう、なのですか?」
「実力は伯仲。だけど、私の方が家格が上なので魔王に選ばれただけだから」
そう言葉をレムに渡し、ルフォライグを睨みつける。
漆黒の瞳に貫かれた碧眼は目元を緩める。
「過大評価ですよ、シャーレ陛下。ご健勝そうで何よりです」
「ええ、ありがとう。あなたのせいで陛下ではなくなったけどね」
「そうでしたね」
「あの時は尋ねる時間がなかったけど、どうして私を裏切――」
「ルフォライグゥゥゥ!!」
一人の少女の声が轟く。
声の正体は――ララ!
「ようやく会えた! よくも、パパとママを!!」
「セルジェとカーラの娘か。どこぞで野垂れ死んだと思っていたが、シャーレ様と行動を共にしていたのか?」
「あんたを殺すまで死んでたまるか!! パパとママの仇! 殺してやる!」
「いけません!!」
ララはレムの止める声を無視して、ルフォライグに飛び掛かった。
彼女は二本の円月輪を飛ばし、十を超える爆装ナイフを投げた。
ルフォライグは一歩も動くことなく、白銀の長剣でチャクラムを叩き落とし、返し刃の風圧でナイフたちを吹き飛ばした。
仇に届くことなく落ちたナイフたちは嘆きにも似た爆音と土煙を上げる。
それにより失われた視界を利用して蝙蝠たちがルフォライグへ襲い掛かるが、彼は白銀の長剣に魔力を流して刃を振動させ、耳を劈く音を奏でた。
空気を伝わる音の振動は蝙蝠たちを惑わし、彼らは地面へぼたりぼたりと落ちてく。
立ち上る煙と、蝙蝠たちの影。
その合間を縫って、ナイフを手にしたララがルフォライグの懐に飛び込んだ!
「しねぇぇえぇ!」
「ふむ、君の戦い方は中距離を得意と見受けられる。それを捨て懐へ飛び込むなど愚の骨頂」
「あがっ!?」
ルフォライグの剣柄がララのみぞおちを打ち抜いた。
彼女は痛みと息苦しさに大量の唾液を口から吐き出す。
「がはっ、がはぁ、ああ」
「すぐに、助けます。ララ!」
レムが剣を手にルフォライグへ向かおうとするが、彼はララの襟を掴み、彼女へ投げ渡した。
「返すぞ」
「え? おっと」
ララを受け取ったレムはルフォライグへ驚いた表情を見せた。
「な、ぜ?」
「約定で、彼女の命を奪うことはできないからな」
「それは――っ!?」
「放してレム! 私はあいつを、あいつを!」
「お、おちついて、ください。ララ」
打ち抜かれた腹部を押さえながらも、ララはルフォライグへ牙を剥き出しにして襲い掛からんとする。
それをレムが必死に押さえ込み、冷静さを取り戻そうと躍起になっている。
獰猛な獣のように暴れまわるララへ、ルフォライグが顔を向ける。
「ご両親については残念だった。説得が通じなくてね」
「残念!? ふざけたことを! よくもよくもよくも!」
「だが、ご祖父母やご親戚、側近たちは説得に応じてくれたよ」
「……へ?」
「私たちの目的に共感し、協力を約束してくれた。現在はご祖父母がセルジュの国を統治してる」
「う、うそよ。そんなはずがない! おじいちゃんとおばあちゃんが協力だなんて! みんなだって協力するはずがない!! だって、あんたはパパとママを!!」
「嘘か本当かは故郷へ戻ればわかる。それにだ、現に私に刃を向けた君の命を奪っていないだろ。そう、嘆願されてあったからね」
「嘘よっ、嘘! あんたはパパとママを――殺したじゃない! 私の目の前で!!」
「ああ、それについては本当に残念だ。意見に相違はなかったが、歩む道を違えたために……」
「わけのわかんないことを言わないで! もういい! そんな御託聞きたくない! あんたがパパのママの仇だってことは変わらない! 絶対に、絶対に許さない!!」
ララはレムに羽交い絞めにされてもなお、その頸木を解き、ルフォライグへ復讐の刃を突き立てんと暴れている。
しかし、レムの頸木はとても強く、ララでは解くことができない。
ララは涙を流し、ただただ吠えるだけしかできなかった。
母と父の仇を前に憎しみを発露し、愛らしい顔を涙と唾液に塗れさせて暴れのたうち回るララの姿。シャーレは彼女の姿に心疼くものがあった。
だが、それを鎮め、ルフォライグに問う。
「質問が途中だった。ルフォライグ、何故私を裏切った? そして、何を企んでいる? デュセイアの地を奪い、彼らにどのような協力を求めた?」
ルフォライグは一呼吸を挟み、淀みなく答える。
「陛下は現状維持を求めた。これは戦力的に仕方のないものがあるが、我らは力を信奉する魔族である以上、歪みが生まれる。その歪みへの対処の甘さが裏切りの理由です」
「そうね、理解など求めず、魔族らしく抑えつけておけばよかった」
「ふふ、どうやら以前の陛下とは少し違うようで」
「あなたの評価などどうでもいい。で、フィナクルなら魔族が求めるものが可能だと?」
「ええ、あの方ならば魔族と人間の均衡を破り、数千年間争いながらも誰も成し遂げなかった種族統一が可能だと思っています」
彼の言葉を受けて、シャーレは空に浮かぶ転送魔法陣を睨みつけながら怒気を声に込める
「そのための一歩があの魔法陣というわけ? あれを生成するためにどれだけの同胞を犠牲にした!」
「三万ほど」
「なんて真似をっ。私の知るあなたならこんなことを許さないはず。どうして、フィナクルを諫めなかった?」
「私もまた、必要なことだと思ったからです。人間族の旗頭であるセルロス王国を落とせるならば、数万の犠牲は安い」
「安い……そう、どうやら、あなたは私の知るルフォライグではなさそうね」
シャーレは寂しげに言葉を漏らし、もう一度魔法陣を見つめる。
「あの魔法陣を生成するためにデュセイアを?」
「ええ、彼らの魔導技術は魔族一。いえ、世界一と言っても過言ではない」
二人の会話にララが言葉を失う。
「そ、そんな、おじいちゃんとおばあちゃんが……そんな、そんな、そんな……」
「ララ! しっかりしてください!」
復讐の色に染まっていたララの瞳から光が失われ、がくりと頭を下げた。
レムは生気を失った彼女へ呼びかけを続け、シャーレはララの心に触れて痛みに苛まれながらも、今は言葉を前へと進める。
「それで、統一して何を目指す? 魔族以外の種族を奴隷にでもする?」
「まさか、そんな野蛮な真似はしませんよ。統一の後には、全ての種族にとって公平にして平等な世界が誕生します」
「フフ、クク、ククク、本気でそんな夢物語を考えているの? 私たちのいがみ合い、憎しみは幾星霜の時を刻む。それを力尽くで抑え込み、公平で平等な世界なんて――」
「できるんですよ、シャーレ様。私やあなたでは不可能だった世界が」
「ふん、フィナクルが王となれば、そんな世界が生まれ平和が訪れるとでもいうの?」
「いいえ、世界を統べるのはフィナクル様ではありません」
「え?」
ルフォライグは空を見上げ、魔法陣を碧眼へ取り込む。
「デュセイアの一族の手を借りたかったのは、何もあの魔法陣を生成するためだけじゃありません。フィナクル様は彼らの技術と知恵を借り、誰もが納得する支配者の降臨を望んでいます」
「降臨? ――まさかっ!?」
「はい……レペアト様の降臨です」




