全フラグ回収
――甲板
一連の騒動は終わりを迎え、アスカが大あくびをしながら背を伸ばす。
「ふぁ~あ、しょうもない茶番じゃったの~」
「俺に全部押しつけて気楽だよな、アスカは?」
俺に不満をぶつけられても、平然とけらけら笑うアスカ。
彼女から視線を外しララへと向ける。
「で、ララだったよな。どうする?」
「どうするって……」
すでに兵士がどうのこうの、眷属がどうのこうのという雰囲気は皆無。
彼女は両腕を組んで眉を顰め、ぐぬぬぬという声を上げる。
そこから、両手で両頬をパチンパチンと叩き、はい! と一度気合を入れた。
そして――
「我が名はララ=リア=デュセイア! 吸血鬼の始祖にして、王女!! 恐れを抱く者は跪け! 敬う者は頭を垂れよ! この宵闇の支配者たるララ=リア=デュセイアが今宵! 貴様たちを眷属とする!!」
全てをやり直そうと片目に手のひらを添えて、指の隙間からブラッドムーンの瞳を見せるポーズを決める。
それにはさすがにツッコみを入れずにはいられない。
「いやいやいや、やり直しは無理があるよ!」
「うるさい! とにかく私は兵を集めなきゃならないの! 国を取り返さないといけないの! 故郷を取り戻さないといけないの! そうじゃないとパパとママに顔向け――キャッ!?」
「――なっ!?」
激しく感情をぶちまけるララの声。
その途中に船が激しく揺れた。
揺れのせいで海水が甲板に流れ込む。
甲板にいる水夫やアスカたちが、乗客が海へ零れ落ちてしまわないように支える。
俺もまた、バランスを崩したララを支えようとした。
だが、俺の手は空を切り、ララの悲鳴が頭上から降り注ぐ。
「きゃぁあぁぁあっぁぁぁ!」
「ララ! な、あれは!?」
ララの胴に何かが巻き付いている。
それは白くてうねうねと蠢く巨大な手。いや、足だ!
巨大な足先から視線を海へ向けていく。
そこには、船をすっぽり覆ってしまう影。
影の頭は鋭く尖っており、三角。
人の頭よりも大きなオレンジ色の瞳が俺たちをギラリと睨み、十本の足が船体に巻き付く。
誰かが、影の正体を叫んだ。
「ク、クラーケンだ! 海の怪物・クラーケンが出たぞぉぉぉ!」
そう、影の正体は巨大なイカの怪物クラーケン。
この名前を耳にして、乗船直前に聞いたアスカの言葉が過ぎる。
『船旅と言えば巨大なイカの魔物クラーケンが付き物。ラプユスの話によると五十年前くらいになんか怪物がおったらしい。クラーケンかもしれんの』
「アスカ、お前がクラーケンが出るなんて余計なことを言うから!」
「偶然じゃろ! 冤罪じゃ! な、皆もそう思うじゃろ?」
「私はいつだってフォルスの味方だから。アスカが悪い」
「アスカさんは邪悪ですから邪悪なる存在を惹きつけてしまうのでは?」
「口は、災いの元、と言います。余計なことを、言わなければ、良かったのでは?」
「ぐぬぬ、味方不在とは! ぬ?」
――ふははは、愚かな人間どもへ。我は復讐のために戻ってきたぞ!――
海の怪物クラーケンの声が響き渡る。
それはこちらの腹に響くような声。
――五十年前、同胞たちが討たれ、我だけが生き延びた。だが、力を蓄え、復讐の機会を待っていた。そう、同胞を討った勇者への復讐! この船から勇者の気配がする。その数は一つ! 復讐の好機ぞ!!――
クラーケンの声を受けて、みんなの瞳がレムに集まる。
彼女は大変申し訳なさそうに声を漏らした。
「……すみません、どうやら、私に惹きつけられた、みたいですね」
「いや、それは不可抗力だから仕方ないよ」
「その通りね。こんな事態、読めるわけがない」
「ええ、まさか、逃げた怪物が生き残っていて復讐に訪れるなんて」
俺たちはレムへ優しく声を掛けていく。
そんな中でアスカだけは不満顔。
「なんで、レムには優しいんじゃ? ワシには冷たいのに……」
アスカの不満はさておき、俺は剣の柄に手を置いて、みんなへ声を掛ける。
すると、アスカがすかさず釘を刺してきた
「ともかく、こいつを何とかしないと!」
「フォルス、剣の使用は……」
「わかってる、使わない。ふふ、ここにはみんながいるからね」
俺が微笑むと、みんなも同じく微笑みを返してくれた。
「さて!」
時滅剣ナストハをただの剣として鞘から抜き去り、剣先をクラーケンへ向けて、その巨体を見上げる。
見上げた先にはクラーケンの触手に囚われたララの姿が……。
「いや~、気持ち悪い、ヌルヌルするし、イカくさ~い! それにぎゅっぎゅっと締め付けられて……ぐぇ、内臓出ちゃうかもっ」
「戦いの前に彼女を救わないと」
俺は甲板を蹴り上げて空を舞う。
そして、ララを巻き上げていた丸太のように太い脚を切断する。
「はっ!」
時滅剣ナストハの剣としての切れ味か?
はたまた、仲間たちの修行のおかげで腕を上げた俺の力か?
ケーキを切るよりも容易く足の一本を切り落とした。
すぐさま剣を鞘へ戻し、甲板へ叩きつけられぬようララをお姫様のように両腕で抱きかかえる。
そして、衝撃を殺しつつ甲板へ降り立ち、彼女へ顔を向ける。
「大丈夫か?」
「え、あ、うん。ありが……」
彼女はぽかんとした表情を見せてたどたどしく言葉を漏らそうとしたが、急に顔を赤く染めて、次にはぷりぷりと怒り始めた。
「ちょ、ちょっと、気安く触れないでよ! 私は吸血鬼の始祖にして王女のララ=リア=デュセイア! 庶民が気軽に触れられる存在じゃないの!」
「え? ああ、悪い悪い。すぐに降ろすから」
どうやら、王女様は気位が高いようだ。
俺は彼女を優しく甲板へ降ろす。
「足元に気をつけてね」
「え、ありが……って、気安いっての! もう、ちょっとカッコよく助けたからって調子に乗らないでよね」
「そんなつもりは……」
「もう、なんなのよ! もう!」
彼女の怒りは収まらず、顔を真っ赤にしたまま、ずっと愚痴をこぼしている。
だが、次の瞬間にはその赤色の顔が青く染まる。
「なによ、こいつ? ちょっといい感じの――ひっ!? な、何、なんなのあの子!?」
ララの視線の先を追う。先にいたのはシャーレだ。
彼女は闇に包まれ、漆黒の刃の嵐を産み出している。
「なに、この女? 私のフォルスにあんなに優しくしてもらって。それもお姫様抱っこって、私もまだ私もまだ……されたことないのに!!」
「なになに。なんかちょ~すっごい殺意を感じてるんですけど……?」
「久しぶりのシャーレの暴走……とりあえずシャーレ、落ち着いて。ただの人助けだから」
「人助け? どうして人助けでこの女を抱きしめるの! おかしい。そんなのおかしい。抱きしめる必要なんて!!」
漆黒の刃の数が増える。
このままだと、周りに甚大な被害が出て、俺も死ぬ。
「何とか落ち着かせないと。アスカッ」
アスカに協力を求めようと彼女へ視線を送る。




