教皇と騎士
「愛は魔王を恋する乙女へと変えた。やはり、愛が世界を救うのです。なんと素晴らしいことでしょう。皆さん、二人に祝福を!!」
ラプユスがパチパチと拍手をする。
それに促され、多くの人々が歓声を交え拍手を始めた。
雷のような歓声と拍手に叩きのめされて、俺は諦観という名の乾いた笑いしか出ない。
シャーレはそんな俺に寄り添い、頬をテカテカとしてご満悦の様子。
ラプユスは俺たちを見つめ、愛を語り、自分に酔う。
「ああ、なんという美しい光景。勇者フォルス様。貴方は魔王シャーレを愛によって導き、そして、そこな邪悪なる存在をもまた改心させようとしているのですね」
「誰が邪悪じゃ!」
俺の隣からアスカの声。
「おお!? びっくりした。戻ってたのかよ?」
「おう、なのじゃ。今回はフォルスがメインじゃからこっそりな」
「いつ?」
「おぬしが魚のように口をパクパクした時にはそばに居ったぞ。あまりの間抜けぶりに隣で爆笑しておったのじゃが……ぷくくくく、気づかんかったのか?」
「……この、邪悪なる存在め!」
こう唾を飛ばしてやったが、まだ笑いが残っているらしく、俺に構うことなくアスカは腹を押さえて体を揺らしている。
「こいつは、本当にいい性格してんな!」
「あの、フォルス様?」
「ん?」
名を呼ばれ、笑い転げるアスカからラプユスへ顔を向けた。
「えっと、何か?」
「まずは詫びを。美しき愛を前にして先ずを以って伝えるべき感謝の意を疎かにしたこと、申し訳ございません」
「そ、そうですね。ちょっと暴走気味だった気もするし」
「赤面の至りですが、遅ればせながらも聖都グラヌスの代表として町を救っていただき深謝申し上げます。フォルス様のご活躍で犠牲もなく、負傷者は混乱に巻き込まれた軽傷者のみで済みました」
「いえ、俺は勇者を目指す一人の人間として、やるべきことを行っただけだから」
「勇者を目指す? フォルス様は勇者ではございませんか?」
「いや、たしか、正式に勇者を名乗ろうとすると国の公認が必要なんだろ? 俺はそれを貰ってないから」
「なるほど。ですが、フォルス様は我々にとってまさしく勇者です。あの巨なる悪魔ナグライダを単騎で滅ぼし、町を救ってくださったのですから」
ラプユスは深々と頭を下げた。
彼女に続き、十数名のお付きも深く頭を下げる。
正直、偉そうな人たちにこうも頭を下げられたら田舎者の俺としては落ち着かない。
「あの、頭を上げて。感謝の思いは十分に伝わってますんで」
「ふふ、お優しい方です。その優しさで魔王シャーレへ愛を伝えたのですね」
「いや、それは――」
「うん!」
シャーレが俺の腕に絡み、身体を寄り添ってくる。
それをラプユスが微笑ましく見つめ、俺はがくりと頭を下げる。
「魔王でありながら、心が愛に満たされている。やはり愛は偉大です」
彼女はシャーレと、俺の隣で笑いに飽きて大あくびをしているアスカへ視線を動かす。
「少々、フォルス様にお尋ねしたいことが?」
「ああ、どうぞ」
「貴方の旅の目的は? 勇者を目指し、先程の公認という話から、まずは王都へ?」
「うん、そのつもりだけど」
「歴代の勇者は魔王討伐を胸に勇者を目指していました。ですが、フォルス様には討伐する魔王が存在しないのでは?」
「それがそうでもないっぽいんだよ。シャーレの話だと、魔王の座を奪った偽魔王と言う奴がいるらしい。だろ、シャーレ?」
「ええ、レペアトの巫女フィナクルが反旗を翻した」
彼女の言葉にラプユスが首を傾げる。
「レペアトの巫女が? 私と対をなす存在ですね。一体なぜ、そのようなことを?」
「何を企んでいるかはわからない。でも、絶対に許せない!」
「そうですか。何やら世界に不穏な動きがあるみたいですね。そこな邪悪なる存在も含め」
「だから、誰が邪悪なる存在じゃ!!」
邪悪なる存在は大声を上げてご立腹。
しかし、ラプユスの指摘は間違っていない。少なくとも、性格はろくでもないし。
ラプユスは緑の虹彩に包まれた黄金の瞳をアスカの黄金の瞳に重ねる。
「あなたは何者ですか? 不可思議な力を感じます」
「ほ~、聖女を名乗るだけあって只者ではないのぅ。ワシは――」
アスカは自分のことをラプユスへ伝える。
逃亡中に世界レントへ訪れた神の名を冠する異界の龍であり、俺に憑りついてこの世界の力を自分の力へ還元し、別の世界へ渡ろうとしていることを。
説明を受けたラプユスは血塗られた錫杖を小さく揺らす。
「ふむ、俄かには信じがたい話ですが、勇者に寄生する奇妙な存在であることはたしか。危険な存在である可能性も否定できませんね」
「寄生とはなんじゃ!? フォルスの面倒を見てやっとる母のような存在じゃぞ!」
これにすかさずシャーレの声が飛ぶ。
「アスかあさま」
「だからそれは止めるのじゃ! ともかく、ラプユスよ。ワシは見ての通り、危険なんぞま~ったくない、かわゆくていい子じゃぞ」
にんまりとした笑みを見せるアスカ。この上なく胡散臭い。
ラプユスはそんなアスカへ意識を向けることなく思考を数巡し、次に瞳を開くと、錫杖を地面に刺して俺の前に跪いた。
「勇者フォルス様! どうか、この聖女ラプユスを旅の末席へ加えていただきたい!」
「へ?」
「勇者に寄生する存在の曲直正邪は不明。聖女として監視しなければなりません」
「いや、だけど――」
「そしてそれ以上に! 魔王を愛で包んだ偉大な貴方から愛の教えを乞いたい!!」
「教えるも何も別に……というか、聖女が聖都から離れちゃ駄目なんじゃ……?」
視線をラプユスのお付きの人たちへ向ける。
彼らは……。
「フォルス様のご指摘通り、聖女が聖都を離れるなど……」
「ですが室長、ラプユス様が旅にお立ちになれば過激な取り締まりもなくなりますよ」
「そうそう、愛の名の下に誰彼構わず救うこともなくなり、予算を湯水のごとく使われなくて済みますし」
「聖都の運営が捗りますね」
「ムムム、確かに……」
お付きの人たちの声に、室長と呼ばれた男の意思が揺らぐ。って、ラプユスって聖都の負担になってるの!? 聖女なのに!?
彼らの意思が、聖女ラプユスの旅立ちに傾こうとしたその時、年老いた男の声が響き渡った。
――下らぬことを申すな、馬鹿者が!!――
皆が声へ瞳を向ける。
そこに居たのは、ラプユスと同じ先端に楕円の刃を持つ錫杖を手にした老人。
上下が繋がった黒色の立襟の祭服を着用し、その上に真っ白な外套を纏っている。
外套には煌びやかな金の紡ぎ。
白髪頭の上にはズケットという名の円形の帽子。
神官の姿をしているが、彼から感じ取れるのは知恵と力――賢者と戦士が合わさる威圧感。
深い皺が表す賢智と老人とは思えぬ逞しき肉体が、しかと瞳に威圧感を感じさせる。
そして、老人の後ろには、目と鼻を覆い隠す灰色の仮面をつけた、茶色の長髪の男と騎士の一団。
皆、腰に剣を差しているところから、彼らは教会に所属する教会騎士だろう。
仮面の男はその中のまとめ役と見える。
彼の服装は銀の鎧を纏う騎士団とは違い、黒色の丈長のチュニックの上に白のコートを着用している。
仮面からははみ出た右頬から首元にかけて、焼け爛れた皮膚が……。
おそらくだが、仮面の下にも同様の傷があり、それを隠しているのではないだろうか。
歳は……仮面と火傷の痕でわかりにくいが、40は超えていると見える。
彼からは氷のような鋭利な気配を感じ、只者ではないと肌が痛みをもって訴える。
ラプユスは二人へ顔を向けて、彼らの名を呼ぶ。
「グラシエル教皇に騎士アルフェン……戻っていたのですか?」