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いきなり魔王降臨

――世界の片隅にある限界集落・コルチゾ村



 暖かな春の日差し溶け込む風が、緑の香りを乗せて花びらを踊らす。

 白銀に埋め尽くされていた世界が命に溢れる色彩(しきさい)へ変わった頃、俺は村の期待と自分の夢を背負って旅立つことになった。


 村の期待――それはお嫁さんを探すこと。

 このコルチゾ村には若者がほとんどいない。俺が嫁を貰わないと村は世界から消えてそれこそ白銀に埋め尽くされてしまう。

 

 自分の夢――幼いころに親父やお袋から寝物語として聞かされていた勇者たちの英雄譚。

 その英雄譚の中で最強と名高い伝説の勇者レム=サヨナレスは俺の憧れ。俺は彼のような最強の勇者を夢見る。

 今の俺は自分で勇者を名乗ることしかできない駆け出しの勇者だけど、いずれは多くから勇者と呼ばれる存在になって見せる!




 自分の夢と多くの期待を背負い、決意を胸に秘め、旅の必需品を詰め込んだズダ袋を手にして村の門前に立つ。

「のうのう」


 もっとも、門と言っても簡素な木組みでできたもの。我が故郷とはいえ、お世辞にも立派とは言えない。いや、門があるだけでも上等と言える。

「のうのう」


 だが、再び俺が村に戻るころには、門も村の姿も大きく変貌を遂げることになるだろう。

「のうのう、のうのう」


 何故なら、美しい妻と共に勇者として故郷へ戻った俺が(にしき)を飾り――。

「のうのう、のうのうのう」



 なんか、さっきから妙な鳴き声が?


 俺は少し長めの茶色の前髪を揺らしながら振り返り、旅を終えるまで目にすることはないと思っていた村へ、春の色を秘めた若菜(わかな)色の瞳を振る。

 すると真後ろに、一人の愛らしい少女が立っていた。


 少女はクマさんのマークがついた茶色の肩掛けポシェットをぶら下げ、真っ白なワンピースに身を包んでいる。

 瞳は、人のものとは思えないほど(きら)びやかな黄金色(おうごんしょく)

 

 そして、とても長く艶やかな桃色の髪の上には……山羊のような角が二本? だけど、魔物にも魔族にも見えない。この地方だと珍しいけど、獣人の子どもだろうか?


 俺は少女へ話しかける。

「あのさ、ずっと妙な声を出してるの、君かな?」

「ほほ~、ようやく気づいたか。無視され続けて、ちょっぴり心が折れそうになったのじゃ」


 年は十二・三歳程度だろうか?

 肌は雪のように白いが、病弱な雰囲気は皆無。むしろ、生気に満ち溢れて元気な笑顔がよく似合う少女。

 でも、その容姿には見合わない年寄りのような言葉遣いをしている。

 それに、こんな可愛らしい女の子なんて村にはいない。


「君は旅の子かな? お父さんとお母さんは?」

「そんなもんおらんのじゃ」

「そ、そっか、悪いことを聞いたね」



 おそらく、少女は親に捨てられたのだろう。

 村の外では魔族との戦火が広がり、こういった子が増えていると聞き及んでいる。でも、だからといって何も、こんな辺境の村に捨てなくても……。

 このまま捨てられた子を放っておくには忍びない。

 俺は優しく語りかける。


「俺はフォルス=ヴェル。村の東側に俺の家がある。そこに親父とお袋が住んでるから、俺の名前を出して面倒を見てもらうといいよ。一人くらいなら養う余裕はあるから」

「はぁ? 何の話じゃ? ワシはおぬしと契約を結んでほしくて声を掛けたんじゃが」

「契約?」


「まぁ、誰でも良かったんじゃが。若い方がワシも良いからな。おぬしの顔はなかなか精悍じゃし、筋肉の付きも程良くワシ好みじゃ」

「あはは、ありがとう」

「少々童顔じゃが……」

「うっ」



 そう、俺は十八歳という年の割には少し幼い顔立ちをしている。

 その反面、背は高く、肉体はしっかりと剣を扱うに必要な体つきをしており、また体力にも自信があった。

 だけど、その自信も、自分より年下の少女に童顔と言われてちょっぴり砕かれる。

 意気消沈している俺の周りを少女はぐるぐると回って何やら観察している様子。


「ふむふむ……ほほ~、こいつは驚いた!? 今まだまだじゃが、可能性が底知れん!」

「はぁ?」 

「それに、何故か親しみ深く、好感の持てる男じゃ。これはおぬしの徳という名の才能じゃろうな」



 少女は黄金の瞳の中に俺の姿を映す。

 俺もまた少女を見つめ返す。

 視線が合うと少女はにっこりと笑い、奇妙なことを口にする。


「ふふふ、というわけで、身体に()りつかせてくれ」

「とりつく?」


「おぬしの体にワシの魂を注入して、力を共有してほしいのじゃ。こちらの世界の魔力はワシの力と馬が合わんでな。媒介役が欲しかったところにちょうどおぬしがいたというわけじゃ」

「何を言ってるの?」


「鈍いの~。つまり、おぬしがこの世界に漂う魔力の媒介となり、ワシの体に力を充填(じゅうてん)させろと言っておるのじゃ」

「はい?」

「ふふ~ん、ワシに()りつかれると今なら様々な特典がついてお得じゃぞ」



 山羊角(さんようかく)を生やした桃色の長い髪の少女はふんぞり返って鼻息を荒く飛ばす。

 俺は思った。

(そうか、両親に捨てられたショックで心を病んでしまったのか。可哀想に)


 俺はもう一度優しく言葉をかける。

「俺はフォルス=ヴェル。村の東側に俺の家がある。そこに親父とお袋が住んでるから、俺の名前を出して面倒を見てもらうといいよ。一人くらいなら養う余裕はあるから」

「それはさっき聞いたのじゃ! まったく、話の通じん奴め。もう知らん! 他の者に頼むとするわっ」


 そう言葉を残して、近くを通りかかった木こりのおじさんに話しかけている。

 おじさんも俺と同じで怪訝な様子で少女の言葉を受け止めていた。



「これも魔族が産んだ悲劇か。だけど、彼女は大丈夫。村は貧しいけど、少女に冷たく当たる人はいない。だが、これ以上、あのような悲しい子どもを産み出すわけにはいかない!」


 俺が魔王を倒して勇者となり、世界を嘆きから救って見せる!

 そう、胸に秘めて、門から一歩出たところで――――っ!?



 空から眩い光が落ちてきた。

 光は俺の瞳を白に染めて、世界をも光に飲み込む。そして時を置く()もなく、万の雷鳴を束ねた激しい爆音と衝撃が全身を貫く。


 俺は体を丸め、空気の()ぜる圧と痛みに耐える。

「クッ、一体何が!?」


 目を細め、濛々(もうもう)とした土煙が立ち込める正面を見つめる。

 するとそこには、手折(たお)れる間際の百合(ゆり)(はかな)さを纏う真っ黒なドレスを着た十六歳前後の少女がいた。

 (かす)かに潤む寂しげな黒の瞳からは、心を針に刺す痛みが伝わる。だが同時に、心の芯を酔わす色香もあった。

 

 俺の瞳は見知らぬ一人の少女に囚われ、じっと魅入ってしまう。

 彼女はすっと息を吸い込むと、次には(はかな)げな印象とは真逆の雄叫びを上げた。

 



「うわぁぁぁぁあ! 死ねばいい! みんな消えればいい! あんなに面倒を見てあげたのに、あげたのに、あげたのにぃぃぃぃ!」


 彼女は長い真っ黒髪を掻き毟りながら、闇夜よりも深い漆黒の瞳を揺らめかせ、どこともない場所を見つめつつ、ひたすら咆哮を上げている。


 その異様な光景を前にして色香に溺れた瞳は言い知れぬ恐怖に(まど)い、四肢は怯えに硬直して指先一つ動かせない。

 しかし、疑問の思いが恐怖よりも前に出て、震える唇を動かした。



「だ、だれ……?」


 それは本当に小さな呟きだった。

 爆音が耳に残り、少女の雄叫びが上がる中では絶対に聞こえないもの。

 そのはずなのに、少女は揺らめかせていた瞳をピタリと止めて、光沢のある黒水晶の瞳で俺を捉えた。

 そして、名を口にする。



「シャーレ=ロール=グラフィー」



「え、その名前……俺でも知ってる! こんな辺境の村にも聞き伝わっている! それは魔王の名!? 魔王シャーレ=ロール=グラフィー!!」

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