公爵令嬢フォレスティーヌは婚約破棄をされ、新たな幸せの為に奮闘する。
「フォレスティーヌ・アルギヌス公爵令嬢。其方は愛しいアメリアを虐めているようだな。だから其方との婚約を破棄する。」
王宮の夜会で婚約破棄を叫んだのは、ゴレット王国のハロルド王太子だ。
そして、叫んだ。
「私は愛しいアメリアと新たに婚約を結ぶことにする。」
「いや、私が愛しいアメリアと婚約を結ぶのです。兄上。」
異議を唱えたのは第二王子コルドだ。
ハロルド王太子はコルド第二王子を睨みつけた。
「アメリアは私の物だ。何でお前が婚約を結ぶ事に?」
ハロルド王太子が叫べば、コルド第二王子も負けじと叫ぶ。
「何を言っておられるのです。私はアメリアと相思相愛なのです。」
「私だってアメリアと相思相愛だ。そうだな。アメリア。」
茶の髪を長く伸ばして大人っぽい雰囲気の、アメリア・チエーリ男爵令嬢はにこやかに微笑んで。
「嫌ですわ。ハロルド王太子殿下に決まっているじゃないですか。ちょっとコルド殿下とお茶しただけで、その気になってしまうなんて。もう…私が魅力的だからって、困りますわ。」
「そんなっ…」
がっくりと膝をつくコルド第二王子。
ハロルド王太子はアメリアの腰を抱き寄せて、
「そうだろう。やはりアメリアは私の事を愛しているのだな。」
「当然じゃないですか。愛しい王太子殿下…」
婚約破棄を言い渡された本人、フォレスティーヌ・アルギヌス公爵令嬢。
銀の髪にエメラルド色の瞳の美しい令嬢は怒りに震えていた。
許せない。許せないわ。
フォレスティーヌの怒りは爆発した。
両腕を組んで、銀のドレス姿でぎろりとハロルド王太子を睨んで、
「喜んで婚約破棄を承りますわ。しかし、わたくし、アメリアを虐めてなぞおりません。
象がアリを気にするでしょうか?わたくしにとってアメリアはアリですわ。アリを気にするなんて公爵家の娘として恥ですわ。」
周りの貴族達はヒソヒソと話をしている。
「お気持ちはわかりますわ。フォレスティーヌ様はハロルド王太子殿下がお好きでしたから。」
「それはもう、献身的に…」
フォレスティーヌは貴族達の言葉に更にイラついて、
「わたくしは婚約破棄を承ったと言いました。ハロルド王太子殿下の事なんてなんとも思っておりません。」
アメリアの前に行くと、ぎろりと睨みつけ、
「それにしても、アメリア。貴方はハロルド王太子殿下のお心を弄んで。
許せませんわ。ハロルド王太子殿下はそれはもう、心優しきお方で。わたくしはとても尊敬しておりました。それなのに…貴方って人は他にも色々な男と付き合っていると言うではありませんか。あまりにもハロルド様がお可哀想。ハロルド様は国王陛下になるお方。そんなお方を…下賤な男爵令嬢ともあろう女に騙されて…ああ、そんな胸の谷間を見せていいと思っているのですか?女性はもっと慎みやかでないといけませんわ。」
アメリアがにっこり笑って、
「だって、胸を見せた方が喜ぶんですの。ハロルド王太子殿下も、コルド様も。」
コルド第二王子がぼそりと、
「見せてくれるのは胸だけじゃないんだけどな。ドレスの下も。」
フォレスティーヌが怒り出す。
「なんですって?結婚前の女性がドレスの下もって。まさかハロルド様。ドレスの下を見たのではないでしょうね。アメリア。往復ビンタだけではすみませんわ。地の果てまで吹き飛ばして差し上げます。その前に、鞭で百叩きの上、拷問ですわね。」
ハロルド王太子が青い顔でアメリアに聞いている。
「本当なのか?ドレスの下を他の男に?」
「嫌ですわー。噂を本気にするだなんて。ちょっとお茶するだけの男友達がいるだけです。」
「まったく、コルドっ。適当な事を言うんじゃない。」
怒られて肩を竦めるコルド第二王子。
コルド第二王子にフォレスティーヌは、
「まぁ、コルド様はアメリア様のドレスの下を見たのですか?」
「噂だ噂。それでもアメリアの可愛さに結婚してもいいと思ったのだ。」
ハロルド王太子はフォレスティーヌに向かって、
「結局、アメリアを虐めていたのだな。」
フォレスティーヌは一言、
「象がアリを気にするでしょうか。とんだ濡れ衣ですわ。婚約破棄の件、了承致しました。国王陛下と我がアルギヌス公爵家に話を入れて下さいませ。では失礼致しますわ。」
優雅にカーテシーをするとその場を後にしたのであった。
フォレスティーヌはハロルド王太子の事が好きだった。
だから、今回の事はショックだったのだ。
確かにハロルド王太子に接近し、胸を見せつけていたアメリアに向かって、嫉妬のあまりキツイ物言いをした事もあったと思う。
取り巻き達に命じて、きつい言葉を更にアメリアに向かってあびせさせた。
アメリアと言う女は男に対して誰にでもよい顔をする。
色々な男とお茶を飲み、イチャイチャとしているのだ。
王宮のテラスで、廊下で、そのような姿を良く見かけた。
だから、見かけるたびに注意をしたのだ。
いかに男爵令嬢とは言え、はしたなくないのか?と。
もっと女性らしく品を持った行動が出来ないのかと?
婚約者のいる男性にみだりに近づいては、相手の女性に失礼に当たるのではないかと。
それを虐めたと言うのかしら…ただ注意をしただけなのに。
公爵令嬢としてのプライドが、アメリアを虐めたと言う事を認めたくなかった。
涙がこぼれる。
わたくしは頑張って信頼関係を結んできた。
お茶の席で、先々王妃として役に立ちたいと、国の未来の話を共にしてきた。
信頼関係を築いて来た。心を繋いで来た。そう思っていたのは自分だけだったのか?
なんであっけなくハロルド様はわたくしを裏切ってしまったのだろう。
あんな女に…あんなはしたない女にハロルド様はなんで…
翌日、公爵夫人である母が部屋にいるフォレスティーヌに声をかけてきた。
「大変だったわね。フォレスティーヌ。しばらく隣国へ旅行に出かけては?良い気晴らしになるでしょう。」
「ええ、それもいいかもしれませんね。お母様。」
フォレスティーヌの父であるアルギヌス公爵が今回の騒動を聞いて一番怒り狂っていた。
「私の大事な娘を男爵令嬢ごときに浮気をし婚約破棄だと?王家へ乗り込んで苦情を言わねばなるまい。王家が我が娘を王妃にしたいと強引に婚約話を持ってきたのだぞ。」
フォレスティーヌは怒りまくる父を宥めるように。
「わたくし、隣国へ旅行へ行ってこようと思いますわ。婚約破棄をされた令嬢として、社交界で笑いものになるのは嫌でございます。」
「王太子がお前に一方的に宣言しただけなのだろう?」
「ハロルド様のお言葉は王家のお言葉…時期に国王陛下からもお話があるでしょう。わたくしは婚約破棄を受け入れようと思いますわ。ただし、向こうが有責で。」
使用人が客が来たと報告してきた。
王家から使いがきたのか。客間へ通してみれば、銀の淵の眼鏡をして、鋭い眼光。黒髪の背の高いいかにもやり手と言う雰囲気を醸し出している彼は若き宰相レオルだった。
アルギヌス公爵とフォレスティーヌの姿を見ると、床に手を付き土下座した。
レオル宰相は土下座し、頭を下げたままフォレスティーヌに向かって、
「どうか、ハロルド王太子殿下の言葉を本気で受け取らないようお願い致します。
この国の王妃にふさわしいのはフォレスティーヌ様しかおりませぬ。あんな低俗な男爵令嬢なんぞ王妃になったら国が終わります。」
アルギヌス公爵は不機嫌に、
「我が娘はありもしない罪を着せられ、ハロルド王太子殿下に婚約破棄を申し渡されたのだ。」
フォレスティーヌはどきりとする。
お馬鹿なアメリアにかなりキツイ物言いもしたし、取り巻きを使って、生意気よ貴方っ。ハロルド様から手を引きなさいよーーとかも言わせたりしたわ。
フォレスティーヌはレオル宰相に向かって、
「ともかく顔をお上げになって。象がアリを気にするでしょうか。と言いたい所ですけれども、キツイ物言いをしたり、取り巻き達に文句を言わせたり致しましたわ。でも…それでわたくしの事を婚約破棄をするだなんて。アメリアと浮気をするだなんて…なんてハロルド様は酷いお方なのでしょう。わたくしはこの国の為にハロルド様と並び立つ為に努力をして参りました。辛い王妃教育にも耐えて来たのです。それなのに…ハロルド様は。昔のハロルド様はとても優しかった…わたくしは…愛しているからこそ、許せないのです。隣国へ参りますわ。傷心を癒す時間が欲しいのです。」
レオル宰相は立ち上がり、真剣な眼差しでフォレスティーヌの顔を見つめながら、
「貴方が隣国へ行っている間にあの、男爵令嬢がハロルド王太子殿下と正式に婚約してしまったらどうするのです?あんなお馬鹿を王太子の婚約者だと、諸外国に、臣下達に紹介できますか?外国からはゴレット王国自体も馬鹿にされ、国内では王家も馬鹿にされて国は乱れます。
ですからどうかどうか…隣国へ行くのはおやめください。ハロルド王太子殿下との婚約を継続して下さい。」
フォレスティーヌはレオル宰相に再び訴える。
「わたくしの心はどうなるのです?」
「国はどうなるのですか?この国はっ。私はゴレット王国を愛しているのです。馬鹿な男爵令嬢の為に国を滅ぼしたくはありません。」
アルギヌス公爵はレオル宰相に向かって、
「肝心の国王陛下は今回の事。どう言っておられるのか?貴殿は国王陛下の使いで参ったのか?」
レオル宰相は頷いて、
「私は国王陛下の使いで参りました。しかし、ゴレット王国を愛する気持ちは嘘偽りはありません。フォレスティーヌ様。貴方はこの国を愛していないのですか?」
「わたくしは…ハロルド様と共にこの国を良くしたい…そう思っておりましたわ。でも…」
黙ってその会話を聞いていたアルギヌス公爵夫人はにっこり微笑んで、
「レオル宰相。貴方は王位継承権第5位でしたわね。」
レオル宰相は頷いて、
「確かに私は第五位だが…国王陛下は叔父上に当たるからな。」
「でしたら、貴方が王位につけばよろしくて?あの人達はいらないわ。そう思いません事?」
フォレスティーヌは思った。
コルド第二王子は、ハロルド王太子殿下に輪をかけてお馬鹿である。とてもじゃないが、国王になれる器ではない。なんて恐ろしい事をさらりと言う母であろう。それにしても…
わたくしはハロルド様に愛想をつかす事が出来るかしら…
一度は愛した王太子殿下…わたくしは…
公爵夫人はフォレスティーヌの手を両手で包み込んで、
「フォレスティーヌ。しっかりと夢から覚めなさい。レオル宰相はいまだ独身。レオル様。フォレスティーヌを娶るのは如何です?」
「わ、私は結婚等、忙しくて考えた事もなく…」
アルギヌス公爵は頷いて、
「大きな声ではいえないが…そなたが王位につくと言う気概があるのなら、くれてやってもいい。我が娘を…我がアルギヌス公爵家はこの度、ハロルド王太子殿下が我が娘に突き付けた婚約破棄を受け入れる。いかに国王陛下の頼みだとはいえ、今回だけは譲れない。新たな婚約者は其方にしよう。どうだ?考えてみてはくれまいか。もし、我が娘を娶ると言うのなら、全面的に我が公爵家は其方の後ろ盾になろう。」
レオル宰相は眼鏡に手をかけて、鋭い眼光で、
「ハロルド王太子殿下、コルド第二王子、ミルフィーナ王女を追い落とせば、我が父へ王位は回って来よう。我が父は私に王位を譲ってくれると思う。田舎でのんびりと暮らしたい性分だからな。解りました。レオル・マルグリブルク大公として、フォレスティーヌ嬢に婚約を申し込みたい。」
レオル・マルグリブルク大公。歳は27歳。フォレスティーヌとは歳が9歳離れている。
熱い眼差しで見つめられてフォレスティーヌは胸がどきりとした。
公爵夫人が嬉しそうに手をパチパチと叩いて、
「まずは、いかに男爵令嬢アメリアが無能か皆に知らしめないといけませんわね。レオル様。今度の夜会、フォレスティーヌをエスコートして頂きたいわ?出来まして?」
レオル宰相に手を差し伸べられる。
「勿論、フォレスティーヌ嬢。今度の夜会で私との婚約を発表しよう。アルギヌス公爵家との婚約は、そなた程の優秀な令嬢をこのゴレット王国に留める事が出来るのだ。そう国王陛下には報告をする。」
「解りましたわ。」
アルギヌス公爵も頷いて、
「私からも、国王陛下に報告しよう。新たにマルグリブルク大公と我が娘フォレスティーヌが婚約を結ぶとな。国王陛下は嫌な顔をするだろうが…」
こうして、新たなる婚約者レオル宰相と共に、次の王宮の夜会に出席する事になったフォレスティーヌであった。
★★★
ハロルド王太子は機嫌が良かった。
アメリアが色々な男と付き合っていた事も知っている。
アメリアは大人の色気を持つ女性だ。フォレスティーヌのように、きつくはきはきした物言いはせず、ほんわかした言葉で、自分に話しかけてくれる。
何とも言えぬ色気があって、ハロルド王太子はアメリアに夢中だった。
アメリアはハロルド王太子の手を取って、
「私、王妃様になってうんと贅沢をしたいわ。他の男性よりハロルド様は私の事、幸せにしてくれるんでしょう?」
ハロルド王太子は頷く。
「勿論。私は王太子だ。お金だって自由になる身だ。何でも買ってやろう。」
「嬉しい。さすがハロルド様。」
アメリアがしなだれかかる。
コルド第二王子はその様子をじいいいっと見つめていた。
アメリアに何をしでかすか解らない弟…
何とかしなければならない…ハロルド王太子は心配だった。
父に訴えてみようか。コルド第二王子は馬鹿である。隣国へ留学させたらどうかと。
ともかくアメリアから離さないと。
美しく可愛らしいアメリア。彼女と結婚出来ればこれからの人生は薔薇色だ。
そう思ったのだけれども。
夜になってハロルド王太子が王宮の自室でくつろいでいると妹のミルフィーナ王女が突如やって来て、ハロルド王太子に向かってまくしたてた。
「お兄様達は馬鹿ではないの?何でこんな脳みその足りない色気だけの女と結婚したいと思ったのかしら。余程、フォレスティーヌの方が美しくて賢いじゃない?」
ハロルド王太子は不機嫌になる。
「フォレスティーヌとお茶を飲めば、国の話ばかりだ。それに比べて、アメリアは美味い食べ物の話とか、今、王都で流行っている事とか、話をするのが楽しくて仕方がない。私の癒しなのだ。」
ミルフィーナ王女は目を見開いて、
「お兄様は将来国王になりたいのよね?」
「そうだ。アメリアが隣にいれば、私の心は癒されて、政務も進むと言う物。フォレスティーヌが隣にいては心が休まらないのだ。」
「お馬鹿じゃない?だったらアメリアとか言う女は愛妾とかにすればいいじゃない。あの女を王妃にするなんて。いいわ。私がお兄様達を蹴落として女王になる。それには…王命であの人を私の王配にするしかないわね。レオル従兄様を。」
「お前こそ馬鹿じゃないのか?あんなお堅い男を王配にして。疲れるだけじゃないのか?」
「お兄様…まぁいいわ。これ以上、話しても疲れるだけね。」
ミルフィーナ王女は背を向けて行ってしまった。
ハロルド王太子は思う。
我が妹ながら、解っていないと…
癒しを求めて何が悪い…アメリアは最高に癒される女性だ。
「ハロルド様。今度の夜会。ドレスをプレゼントして下さらない?私を正式な婚約者として紹介してくれるんでしょう。」
アメリアの腰を抱き寄せて、ハロルド王太子は囁く。
「勿論だ。君に似合うドレスをプレゼントしよう。勿論、婚約者として紹介もする。愛しのアメリア。」
ハロルド王太子はとても幸せだった。
★★★
数日後。
フォレスティーヌは美しいグリーンのドレスを着て、髪に艶やかな大輪の桃色の花を飾って、宰相レオルにエスコートされて王宮の夜会に出席した。
そして、驚いた。
沢山の男性達に囲まれて、アメリアがにこやかに話しをしているのだ。
「この虹色のドレスは王太子殿下に頂いたのよ。どう、似合うでしょう。」
男性達は口々に褒め称える。
「似合う似合う。アメリア。そのドレスを脱がす栄誉を私に…」
「いやいや私に…」
ハロルド王太子がいそいそとやってきて、アメリアを男達から引き離し、
「アメリアは私の婚約者だ。」
アメリアは文句を言う。
「ちょっとぐらい、お友達とお話したっていいでしょう?王太子殿下。」
「しかしだな。」
フォレスティーヌは気にしない事にした。
もう、自分とは関係ない。そう思っていたのだけれども…アメリアがこちらへやって来て、
「まぁフォレスティーヌ様。恥ずかしくて夜会になんて出られないと思っていましたわ。」
「どういうことですの?」
アメリアはにっこり笑って、
「だって婚約破棄をされた恥ずかしい女。それがフォレスティーヌ様の評判ですから。私を虐めた悪女として名が知れ渡っておりますのよ。」
その時、レオルがフォレスティーヌの手を握ってくれた。
そして、
「私が新たにフォレスティーヌと婚約を結ぶ事になったレオル・マルグリブルクだ。私の婚約者を貶めるとは、大公家に失礼に当たるのではないのか?」
アメリアはレオルの言葉に頬を染めながら、
「なんて素敵なお方。私、アメリアと申します。今度、お茶でも如何ですか?」
ハロルド王太子が慌てて、アメリアの手を引き、
「アメリアは私の婚約者だと言っただろう。これから正式に発表すると言うのに。」
「だって…お茶ぐらい。いいじゃない?」
「アメリアっ。」
その時、天井から突如として、水がざばっと振って来て、アメリアを頭からびしょぬれにした。
「きゃあっーーー。何で、上から水が降って来たわ。びしょびしょじゃない。」
「何故にアメリアの所だけ。天井から水漏れが…」
せっかくの虹色のドレスがびしょびしょになってしまった。
アメリアは怒り狂って。
「どう言う事よ。ハロルド様っ。どうして私の所だけ雨が降って来るのかしら?せっかくのドレスがっ。」
凄い形相で怒り狂う。
ハロルド王太子が宥めるように、
「着替えに行こう。な?アメリア。」
「仕方ないわね。着いて来なくていいわっ。着替えてくるから。」
ブリブリと怒って行ってしまった。
その後ろ姿を見るフォレスティーヌ。
ああ…うっかり力を使ってしまったわ。
実はフォレスティーヌは豊穣の力を持っていた。植物を生やす力、水を操る力…
この力は内緒にしていたのだけれども…あまりにも酷い言い草だったからつい、力を使ってしまったのだ。
真っ赤なドレスを着たミルフィーナ王女がやって来て、フォレスティーヌを睨みつける。
「兄に婚約破棄をされたと思ったら、レオル従兄様と。レオル従兄様はわたくしと結婚するのよ。その婚約無かった事にしてもらうわ。」
また、邪魔が入った…わたくしが何をしたと言うの???
「確か、ミルフィーナ王女様は隣国の第二王子へ嫁がれるはずでしたわね。」
「そうよ。でも、向こうから断って来たの。自国の公爵家の娘と結婚するって。だからわたくしはレオル従兄様と結婚して、彼に王配になって貰うわ。」
レオルはチラリとミルフィーナを見やり、
「兄達を押しのけて王位を取ると言う訳か。」
「そうよ。あんなお馬鹿な兄達が国王になれる訳ないじゃない。」
「だったら…私が王配で満足すると思っているのか?ミルフィーナ。いや、ミルフィーナ王女様。」
「それなら、私は王妃でもいいわ。レオル従兄様と結婚出来るのなら。」
フォレスティーヌはイラついた。
ハロルド王太子に婚約破棄をされた事でも傷ついたのに…
何でまた、自分の婚約者に迫る女を見なければならない?
どうして?
ミルフィーナに向かって、
「レオル様はわたくしと婚約を結びました。いかに王女様とは言え、お渡しするわけには参りませんわ。我がアルギヌス公爵家は二度も王家にないがしろにされて黙っているとお思いですか?父が黙ってはいないでしょう。」
ミルフィーナは悔し気に顔を歪めて、
「覚えてらっしゃい。諦めはしないわ。レオル従兄様。」
国王陛下と王妃が広間に入場した。
ユリーナ王妃がまっさきにフォレスティーヌの方にやって来る。
レオルと共に頭を下げ、挨拶をする。
ユリーナ王妃はフォレスティーヌに向かって、
「申し訳なかったわ。我が愚息が。国王陛下も不甲斐なくて。婚約破棄の慰謝料はアルギヌス公爵と話し合って、たっぷりと支払いますから…わたくしは貴方に嫁いできて貰いたかったのよ。フォレスティーヌ。」
そう言って、ユリーナ王妃はフォレスティーヌを抱き締めてくれた。
いらついていたフォレスティーヌの心が癒される。
胸に熱い物がこみ上げる。涙が流れた。
この方はとても優しく、辛い王妃教育の時もいつも励ましてくださったのだ。
アメリアを待っている様子のハロルド王太子に向かって、ツカツカとユリーナ王妃は近づくと、一言。
「今、王家の陰から報告があったわ。ハロルド。一緒に来て頂戴。フォレスティーヌも来るといいわ。陛下。参りましょう。」
フォレスティーヌはレオルに断って、ユリーナ王妃とハロルド王太子と、国王陛下の後を付いて行く。騎士が二人、部屋の前で待っていた。その部屋を開けさせれば、ベッドの上でコルド王子とアメリアがイチャイチャしていたのだ。二人とも素っ裸で。
ハロルド王太子はあんぐり口を開けて。
「君は私の婚約者だろう?」
アメリアはきゃぁーーーと叫んで、ハロルド王太子に抱き着いて、
「コルド様にむりやり。わたくし、お茶したかっただけなのにっ。」
コルド王子は真っ青な顔で、
「同意の上だったじゃないか。アメリア。」
フォレスティーヌは呆れ果ててしまった。
こんなバカな女にハロルド王太子は惚れて、自分を婚約破棄しただなんて。
ハロルド王太子なんてこちらからまっぴらごめんだわ。
息子達にはいつも大甘な国王陛下が怒り狂って雷を落とす。
「コルド。お前は謹慎だ。ハロルド。お前も謹慎。その女は牢獄へ。」
アメリアは涙を流して。
「無理やり襲われたのです、コルド様に。私は被害者ですわ。」
国王陛下は女の涙に弱いようで、
「ならば、其方も屋敷で謹慎を命じる。真相は両者聞き取りの上、改めて処分を決めよう。」
ユリーナ王妃は扇を口元にあてて、
「本当に女に弱いんだから。国王陛下も、息子達も…」
フォレスティーヌは王宮の広間へ戻れば、レオルが待っていてくれた。
「何があった?フォレスティーヌ。」
「レオル様。アメリア様とコルド様が控室で男女の営みを…」
「まったく。呆れた物だな。」
「どちらが誘ったのか…同意の上なのか…真実はこれから取り調べるそうですわ。」
聞き耳を立てていた貴族達が二人を取り囲んで、
「大きな声じゃ言えないが、あの王子達では国の先行きが心配ですな。」
「本当にそうですわね。」
そして口々にレオルとフォレスティーヌに向かって祝いの言葉を述べる。
「フォレスティーヌ様はレオル様と婚約を?」
「おめでとうございます。」
「優秀なフォレスティーヌ様がレオル宰相様と結婚だなんて、なんて心強い事でしょう。」
皆、口々に祝ってくれた。
王位継承権5位である。もしかしたらレオルに王位が回って来るかもしれない。
回って来なくてもレオルは宰相で権力がある。機嫌を取っておきたいのであろう。
フォレスティーヌはにこやかに、
「皆様。有難うございます。」
レオルもフォレスティーヌを優しくエスコートし、
「この歳になってやっと妻を得る決意を致しました。皆様、よろしくお願い致します。」
騒ぎはあったが、無事、婚約の発表出来て、この夜は華やかに終わったのだけれども…
数日後、レオルが再び、アルギヌス公爵家に訪ねて来て、
「困った事が起きた。ミルフィーナ王女が我が屋敷に押しかけて、客間に居座って動かない。王家の命だと言えば、中に入れない訳にもいかず…」
「まぁ…強引に屋敷に居座る気なのですね。もしかしてレオル様も満更でもないのでは?」
「彼女は妹みたいなものだ。従妹で、小さい頃から見知った仲だからな。」
「それならば、わたくし…レオル様のお屋敷で暮らしますわ。」
「フォレスティーヌっ。」
「婚約したのですから…よろしいでしょう?」
ミルフィーナ王女なんかに負けたくない。
レオルの事が好きかどうかは関係ない。政略で婚約したのだ。
レオルは有能である。先々、王位を狙えるかもしれない。
だから、負けたくない。自分は象だ。だが、ミルフィーナ王女はその上を行くマンモスかもしれない。
例え、相手がマンモスであろうと、象は戦うのみだ。
レオルと共に、マルグリブルク大公家に馬車で行き、ミルフィーナ王女が居座っていると言う客間にノックをして入った。
「これは、ミルフィーナ王女様。何故、大公家に居座っておられるのでしょう。」
「フォレスティーヌ。わたくしが結婚するのよ。レオル従兄様と。出て行って。」
「わたくしがレオル様と結婚が決まっております。これだけは譲れませんわ。」
「わたくしは王女なのよ。」
レオルが後から入って来て、
「ミルフィーナ様。どうか、王宮へお帰りになって下さいませんか。私は貴方様の事は幼い頃から存じております。上の王子様達と違いとても努力家で、いつも感心しておりました。」
「だったら。レオル従兄様。わたくしと結婚してっ。」
「私はフォレスティーヌ嬢と結婚致します。貴方様の事は、従妹として、どうか…貴方様にふさわしいお方と結婚して下さいませ。これは身内として、そしてこの国の宰相としてお願い致します。」
ミルフィーナは涙を流して。
「解ったわ。レオル従兄様。我儘を言ってごめんなさい。それから、フォレスティーヌ。迷惑をかけてごめんなさい。」
そして、泣きながら、
「でも、わたくし、王位は譲らなくてよ。わたくしが必ず女王になります。覚悟してらっしゃい。」
フォレスティーヌはカーテシーをして、
「かしこまりました。その時は夫共々、女王陛下のお役に立ちたいと思いますわ。」
ミルフィーナは帰っていった。
フォレスティーヌはレオルに向かって、
「レオル様はお優しいのですね。」
「一応、従妹だからな…蹴落として王位をと君のご両親の前では言ったが、ミルフィーナの不幸せを願っている訳ではない。」
「わたくしは…そんな貴方の事が…」
レオルの手を優しく握る。
レオルは真っ赤になって、
「いやその…」
「わたくしは貴方様の事を何も知らない…どうか教えて下さいませんか?」
「喜んで。」
レオルの事を知れば知る程、政略なんて関係なく、フォレスティーヌは好きになった。
冷たく見える凄腕の宰相だが、実はとても優しい人…
ほどなくフォレスティーヌはレオルと結婚し、宰相夫人として、レオルを陰から支えた。
ハロルド王太子とコルド第二王子は、あまりの出来の悪さに平民落ちになり、とある修道院で畑仕事をしながら、細々と暮らしているそうな。
男爵令嬢アメリアはどうなったかと言うと…
女に甘い国王陛下のせいで、罪は不問になったのだが、
ハロルド王太子との結婚は許されず、色々な男性とお茶と言う名の派手な男関係を楽しみ続けて。
婚約者を奪われた令嬢達が、フォレスティーヌに泣きついて来たので、
「象がアリを踏みつぶす時がきたようね。」
隠していた聖女の力を使い、男爵家の敷地内の水と言う水を奪い取ったのであった。
今、男爵家は砂漠と化している…
男爵の髪の毛も水分を失い、頭髪も砂漠と化しているようだ。
そして、アメリアも…
「何よっ…私の肌…しわしわっ…水、何でうちの屋敷、水が出ないのっ??これじゃ…男の人と遊べないじゃないっ…」
フォレスティーヌは思う。
虐めた訳では無くて、これは天罰…
何人もの令嬢達がアメリアのせいで泣いたのですもの。
わたくしもそのうちの一人…
アメリアの肌は元には戻らない。
象がアリを踏みつぶしたのだわ。
ああ…色々とあったけれども、わたくしはとても幸せですわ。
レオル様に愛されて…来年には家族も一人増えます。
もっともっと沢山、家族を増やして…
聖女の力を使って、お庭に沢山のお花を咲かせるの…
この幸せを…心を広げて、国全体に豊穣を…実りを…
どうか、皆が幸せになりますように…
レオルは王位にはつけなかった。ミルフィーナが女王になって、有能な王配を迎えたからだ。
だが、宰相として凄腕を振るい、ゴレット王国は大いに栄えた。
フォレスティーヌは聖女の力をこっそりと使いゴレット王国に豊穣を与え、妻としても夫レオルを支え続けた。愛するレオルと可愛い子供達に恵まれ幸せに暮らしたと言う。