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12/13 二話目
お兄様が告げた言葉に私は驚いて、涙も止まった。
お兄様は何ていったの? 婚約? こんやくって、あの婚約??
驚いたままの私は、何とか返事をする。
「お、お兄様、婚約って」
「俺の婚約者になったら、他人なんかじゃないだろう」
お兄様はそんなことをなんでもないように言う。
「で、でもお兄様。それは駄目よ!」
「どうして?」
「だって、お兄様は優しいからそんなことを言ってくれてるんでしょ。お兄様が優しい事は私が一番知っているけれど、駄目よ! 義務みたいに、私のためにって自分を犠牲にするなんて駄目なの!」
お兄様は優しい。
優しいことを私が一番知っている。
だから優しいお兄様が私が屋敷にいるのに罪悪感を感じないように理由を作ってくれようとしているのだと思う。お兄様の婚約者という立場ならば、確かに他人ではないから。でもそれは駄目。
だって私が婚約者なんて立場になったらお兄様は、好きな人と結婚出来ないじゃない。義務みたいに、私のためにって優しいからってお兄様が自分を犠牲にするような婚約を結ぶなんて嫌だ。
大好きなお兄様が、私のためを思ってそう言ってくれることは嬉しいけれど、でも駄目だと思った。
でもそれと同時に、お兄様の申し出が嬉しいって思っている自分もいて……。いや、駄目だよ! って自分に言い聞かせる。
でも必死に言ったのに、お兄様はくすくすと笑っていた。
「お兄様! 聞いているの?」
「聞いているよ。エミー」
「なら、駄目なの分かるよね? お兄様は優しすぎるのよ」
「エミーの方が優しいよ。それに別にエミーが公爵家にいるための理由付けのためだけにこんなことを言っているわけじゃないよ?」
お兄様はそんなことを言う。どうしてそんなに楽しそうなのだろうか。
それに義務でそんなことを言っていないってどういうことなのだろうか。
「ねぇ、エミー。俺はエミーが俺の申し出を自分が嫌だからって言わなかったことが嬉しいんだよ? エミーは俺のことを思って駄目って言ってるんだもんね」
「そ、それは、どうでもいいの! 優しいからって自分を犠牲にしちゃ駄目なの!」
「優しいからじゃないよ? それに俺はエミーのこと、好きだし」
真っ直ぐに私の目を見て言われた言葉に、私は固まった。
けどすぐにはっとする。
「そ、それは妹としてでしょ! それで婚約なんて駄目に決まっているの。かっこよくて優しいお兄様は幸せにならなきゃダメなの」
「妹として何て言ってないでしょ、俺のエミー」
お兄様はよく「俺のエミー」とか「可愛いエミー」なんて私のことを言うけれど、何だかちょっといつもと雰囲気が違うのだけど。その綺麗な黄色い瞳に見つめられるとドキドキするわ。
「エミー、俺はエミーのこと、女の子として好きだよ? 一人の可愛い女の子として」
「へ!?」
「だからエミーが屋敷から出ていくなんて嫌だし、エミー以外エスコートする気もなかったし、エミーが俺と婚約してくれたら俺は嬉しいよ」
……言われた言葉が、瞬時に理解出来なかった。
そして理解したと同時にぼっと私の顔は赤く染まった。
その気持ちが嫌じゃなかった。寧ろその言葉を理解したらドキドキして、嬉しかった。
私がお兄様の事をただの兄として見ていたらきっとこんなに嬉しいとか、そういう気持ちにならないと思う。
そもそも私は自分が公爵家の娘じゃないって知った時も、お兄様に嫌われたくないって思ってた。
エミイルダが現れた時も本物のエミイルダにお兄様が取られるのは嫌だって思ってた。
先ほど同じ年ごろの令嬢たちに色々言われた時もお兄様と離れたくないとかお兄様が誰かをエスコートするの嫌だとか思ってた。
……私、お兄様のこと、大好きじゃないの。
って気づいたら何だか恥ずかしくなってしまった。
「エミー、顔真っ赤。嫌がってないって認識で良いよね?」
「……い、嫌なんかじゃないわ。だ、だって私、お兄様のこと、大好きだもん」
お兄様がにこにこと笑っている。
お兄様の言葉に思わず大好きなんて言ってしまったわ!!
恥ずかしくなって顔を両手で隠す。お兄様のくすくすとした声が聞こえて、指の間からお兄様を覗く。お兄様と目が合った。
「本当に可愛いね。エミーは」
……な、なんだか滅茶苦茶お兄様の顔が甘いのよ。
「エミー。俺の可愛い『精霊姫』。俺と婚約してくれますか?」
「……はい」
改めて告げられた申し出に、頷いたのは私もお兄様とずっと一緒に居たいと思ったから。それにお兄様の事が好きだなって実感したから。
私が頷いたら、お兄様はそれはもう嬉しそうな顔で笑った。
「……お兄様、でも勝手に婚約なんてお父様とお母様は許してくれるの?」
お兄様に婚約しようって言われて、私もお兄様のことが好きだなって思って、その申し出に頷いてしまったけれど。
でも貴族間の婚約は、家のつながりを深めるものでもある。勝手に婚約なんて話をして大丈夫なのだろうかとお父様たちの元へ向かいながら不安になった。
お兄様とは手を繋いでいる。
「大丈夫だよ。両親ならとっくに俺の気持ち知っているし」
「え? そうなの?」
「うん。そもそもエミーが妹じゃないって知った時に俺が喜んでいたの、二人とも知っているし」
その言い方だと、その時にはお兄様は私の事、何かしら思ってたのだろうか。
あの時、にこにこしていたのはそういう理由だったのだろうか。
「でも断られなくて良かった。フラれたら俺も落ち込んでた」
そんなことをいうお兄様に、私は思わず笑ってしまった。
その後、お父様やお母様やエミイルダたちにお兄様とのことを報告したけれどまったく驚いていなかった。
エミイルダには「ノン兄様の気持ちを知らなかったのなんてエミーぐらいよ」なんて言われてしまった。
そして私は、お兄様と婚約した。