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私とエミイルダは十三歳になった。
エミイルダは、『精霊姫の恋』とは違って、精霊視の能力を早く開眼させた。
多分それは、私の影響があるのだと思う。
二人で精霊たちの姿を見て、精霊たちと一緒に遊ぶのは楽しかった。
公表はしていないけれど私たちが精霊の姿を見て戯れているのを見られたのか、私たちが精霊視の能力を持つことはそれなりに知られている。
ついでにいうと、小説と同じように公爵家の血を引く正当な姫であるエミイルダを本物の『精霊姫』、公爵家の血も引かない私の事を偽物の『精霊姫』と影でこそこそ言われてたりする。
私に好意的な呼び名だと、エミイルダが『銀の精霊姫』で、私が『茶の精霊姫』っていう髪の色にちなんだ呼び方はされたりしている。
「エミー、またノン兄様からお手紙が来たの?」
「ええ。お兄様が学園の事を沢山書いてくれているの。私が学園のことを知りたいって言ったから沢山お手紙をくれるの。お兄様は本当に優しいわ」
「そうだね。……そんなに優しいのはエミーにだけだと思うけど」
「どうしたの? エミイルダ」
「なんでもないわ。それより今度のパーティー、緊張するけれど楽しみね」
エミイルダはすっかりフォリダー公爵家に馴染んでいた。
そういえばお兄様は偽物だった私に気を使ってか私にばかり手紙をくれていたから、前に「エミイルダにも書いて」って言ったらしばらくお兄様はエミイルダにも私に渡すのと同じぐらいの手紙を書いていた。でもエミイルダが「私はノン兄様からそんなに手紙はいらないわ」って言って、結局私ばかりがお兄様と文通している。
私とエミイルダはまだ十三歳だから社交界デビューもしていなくて、公の場に出ることはあまりない。特に私が公爵家の血を継いでないことが発覚してからはパーティーなんてほぼ参加していなかった。
だけど今度、私とエミイルダは子供たちも参加するパーティーに行くことになったのだ。お母様はお留守番で、エミイルダのことはお父様が、私のことはお兄様がエスコートしてくれるって言ってた。
昔から仲が良いお友達とは、個別に会ったりしている。私が公爵家の血を継いでないって知って離れた子もいたけど、仲よくしてくれる子もいて嬉しかった。
それ以外の人たちの視線にさらされると思うと、少しだけ緊張する。でも二年後には学園に入学するわけだし、そういうことから逃げているわけにもいかない。
「楽しみよね。私も緊張するわ。何か言われたりするかもしれないもの」
「大丈夫よ。ノン兄様がどうにかするわ。私は公爵令嬢になってまだ二年だからマナーとかが心配だわ」
二人でそんなことを言いあいながら、パーティーの話をする。
パーティー、楽しみだけど緊張するなとそういう思いで私はいっぱいだった。
そして久しぶりのパーティーに参加した。
やっぱり想像通りというか、私に対して嫌な視線を向けてくる同年代の子もいた。
私が偽物なのに、フォリダー公爵家で本物のように過ごしているからだろうか。
「エミー、大丈夫?」
「大丈夫よ。お兄様」
でもそういう視線を向けられていても、お兄様が隣にいると思うと私はほっとする。
正装しているお兄様は、とてもかっこよかった。お兄様はとても綺麗な顔をしているから、どんな服でも似合うの。
今回、私のドレスとお兄様は合わせてくれたのよ。同じ色で揃えるのは仲が良い証だったりするの。お兄様は私が久しぶりのパーティーに参加するから気を使ってくれているのだと思うの。
やっぱりお兄様はとっても優しいわ。
パーティーの間、なるべくお兄様の隣にいるようにしていたのだけど、お兄様が呼ばれてしまったの。
お兄様は私を一人でおいていけないって顔をしていたけれど、「大丈夫よ、お兄様」と言ってお兄様を送り出した。
でもそしたら案の定というか、話しかけられてしまった。
「あら、偽物の『精霊姫』ではなくて?」
「貴方、血の繋がりもないのに公爵家で過ごすなんて図々しいのでは?」
そういうことを言われるのは想像していたことなので、微笑みながら受け流す。
「それに貴方がいるからノンベルド様が、偽物のエスコートなんてしなければならなかったんですよ」
「ノンベルド様も、貴方がいなければ他の方をエスコート出来たでしょうに」
「もう貴方も十三歳なのでしょう? ノンベルド様を解放したらどうなの?? 貴方がいなければノンベルド様にエスコートをしていただけたのかもしれないのに」
ああ、と思った。
この子たちは、お兄様のことが好きなのだと思う。
お兄様は私の事をエスコートしてくれた。でも偽物の私がいなければ、お兄様は目の前の人たちのことをエスコートしたのかもしれない。……そう考えると何だか胸が痛んだ。
私はお兄様の優しさに甘えていて、お兄様が私に優しくしてくれているからってそれを享受している。
お兄様にエスコートしてもらうっていう周りの子たちが憧れる場を取ってしまっている。私はお兄様の邪魔をしてしまっているのだろうか。……でもお兄様が、誰かをエスコートするのって嫌だななんて考えて首を振る。
エミイルダが現れた時もそうだったけれど、お兄様が誰かに取られてしまうようで何だか嫌だった。
何と返事しようかと悩んでいるとお兄様が戻ってきて、私に色々言っていた子たちは去っていった。
「エミー、何か言われた? ごめんね。俺がエミーの側から離れていたから……」
「ううん、大丈夫よ。お兄様」
彼女たちの言っていたことも理解出来る。私が同じような立場だったら確かに同じように思ったかもしれない。
私も十三歳。
……お父様とお母様とお兄様と、エミイルダと、そして屋敷の人たちが当たり前みたいに許してくれているから、私はそのままフォリダー公爵家にいるファエミラとして学園に入学しようとしていたけれど……、それも本当はしない方がいいのだろうか。
でも……お父様やお母様やエミイルダ……それに何よりお兄様と距離があくのは嫌だなぁなんて思う。血も繋がってないのに。
「エミー、やっぱり大丈夫じゃないでしょ。何を言われたの? そして何を心配してるの?」
パーティーが終わった後、お兄様にそんなことを聞かれた。
お兄様にはごまかしなどきかないのだ。お兄様は私の事をよく見ていて、私のことなんてすぐにばれてしまう。私も貴族としての教育を受けているから取り繕うことは上手になってきたのに、お兄様は流石だなと思う。
「……お兄様も、私がいなければ他の意中の相手の子ととか、エスコート出来たのかなって」
そう口にして何だかちょっとズキズキした。
「どうしてそんなことを考えたの。エミー。俺はエミーだからエスコートしたいんだよ?」
「お兄様は本当に優しいわ。私、お兄様に凄く甘えてしまっているの。ううん、お兄様だけじゃなくてお母様やお父様やエミイルダや皆に」
甘えてしまっているのだ。
離れたくないという気持ちや、皆と過ごしたいって気持ちで。
でも私は、所詮偽物で、血の繋がりもなくて――。
「やっぱり……私、家を出た方がいいのかなって。良いって言われても私は皆と血の繋がりもなくて他人だから。……もう十三歳で、平民だと働いている子もいる年だしって。でも私、そう思ってもやっぱりお兄様や皆と、離れたくない。今のままがいいなって……そう思っちゃって」
自然と涙が出てきた。私はお兄様の前だと、泣いてばかりかもしれない。
我儘なことを思っている。
前世の記憶も持ってて、血の繋がりもない家族に甘えすぎても駄目だって思うのに。それでも離れたくないのだと、このままがいいって、そう思っている。
「エミーは、何も考えずに俺たちに甘えてていいんだよ」
「でも……」
そんなこと、本当にいいのだろうか。
不安に思って、涙を拭ってくれるお兄様を見る。
「大丈夫だよ。エミーは何も心配しなくていいんだから。エミーに何かする人がいたら俺がどうにかするし、それにエミーが他人だからなんていうなら――」
お兄様はそう言って一瞬押し黙る。
どうしたのだろうか? お兄様が言いよどむなんて珍しい。
不思議に思ってお兄様を見つめれば、お兄様がいった。
「――俺と婚約しようよ、エミー」
私はその言葉に驚いた。