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12/11 四話目
――本物のエミイルダが見つかった。
その知らせを受けたのは、私がこの家の娘ではないとお兄様たちに告白してから一年ほど経った日のことだった。
『精霊姫の恋』の中の偽物のエミイルダは、自分が偽物であることを告げていなかったし、気まぐれな精霊から情報を集めて本物のエミイルダを探そうとしていなかった。だから本物が現れたのは十四歳の時だった。
丁度、学園に入学する少し前に本物は現れた。
それよりも三年も早い。
お兄様は学園に入学したので、いつも屋敷にいるわけじゃない。
お兄様は約束通り、沢山お手紙をくれる。学園生活について事細かに書いてくれていて、私もお兄様の学園生活が知れて嬉しかった。私も屋敷でどんなふうに過ごしているのか沢山お兄様にお手紙を書いている。
正直お兄様が学園に入って、あまり会えないのが寂しい。
特にあの日、自分が本当の娘ではないと告げた日からお兄様は私に沢山構ってくれた。お兄様が傍に居てくれて、笑ってくれるから、本物のエミイルダが現れたとしてもきっと大丈夫だって安心出来たのだ。
……本物のエミイルダは、私の存在に不快にならないだろうか。
お父様やお母様やお兄様は私に此処に居ていいよって言ってくれたけれど、本物のエミイルダに嫌われてしまったらどうしようってドキドキしている。
お兄様は、学園から帰って来てくれるらしい。わざわざ学園の休みを取って。
やっぱりお兄様も、本物の、本当の妹であるエミイルダが気になるのだろうか。私は血の繋がりもないのに、お兄様が取られてしまうんじゃないかって何だか悲しくなった。
そもそも取られるも何も、元から本物のエミイルダのものなのに。自分の性格の悪さを自覚して、ちょっと落ち込んだ。
「ただいま、エミー」
「おかえりなさい、お兄様!」
お兄様は、本物のエミイルダが屋敷に到着する前に帰ってきた。
お兄様は日に日にかっこよくなっている。『精霊姫の恋』の中で、卒業後に騎士として活躍していたお兄様は中々登場シーンはなかったはず。『精霊姫の恋』を読み込んでいた友人が残念がっていたっけ。
お兄様は私を見下ろしてにこにこと笑っていて、その笑みを見るとちょっとドキドキしたりもする。だってお兄様、綺麗で、かっこいいのだもの。
きっと本物のエミイルダもお兄様のことが大好きになるはずだわ。
だってこんなに優しくて、かっこいいから。
本物のエミイルダはお兄様と同じ美しい銀髪の美少女なのよね。明らかにお兄様と血縁関係にあるって分かるぐらいの。……やっぱりそういう妹の方が可愛く思えるのかしら。お兄様からの手紙が減ったりしたら、ちょっと寂しいなぁ。
「エミー、心配?」
「……お兄様は、全部お見通しだよね。大丈夫だよ。ちょっとだけ、不安になってただけ。でも私楽しみの方が大きいの。新しい家族が増えるのだもの」
ほんのすこしの不安。
だけれど楽しみもあるのも事実。
『精霊姫の恋』のヒロイン、本物のエミイルダは優しくて一生懸命な子だって友人が力説していたわ。だからこそ応援したくなって誰とくっつくのかハラハラするんだって。確かに途中までしか読んでない私も本物のエミイルダのことを好きになってたもの。
そういう女の子と家族になれることが楽しみなのも事実なの。
「エミー」
お兄様が両手で私の頬に触れる。
「一年前もいったけれど、エミーが心配するようなことは何もないんだよ。何かあったら俺がどうにかするから」
真っ直ぐに私の目を見てそう告げるお兄様。お兄様の綺麗な黄色の瞳が真っ直ぐ私を見てる。なんだかそういう風に見つめられると落ち着いてきた。
「ありがとう、お兄様!! お兄様にそんな風にいってもらえると、凄く安心する」
「良かった」
お兄様はそう言って私の頭を撫でてくれた。
やっぱりお兄様は私にとっても甘くて、優しい。そしてお兄様が心配しなくていいっていってくれるだけで、ほっとする。
「お兄様の言葉は魔法みたいね」
思ったままの言葉を口にしたら、お兄様はまた笑った。
そしてそれから数時間後に、本物のエミイルダを乗せた馬車が到着した。お母様たちが気を利かせて、この場にいる使用人たちは私が本物ではないと知っている親しい使用人たちだけだ。
お父様に手を引かれて、屋敷に入ってきた本物のエミイルダは息をのむぐらい綺麗な子だった。
キラキラと輝く銀色の髪に、私と同じ……お父様の瞳の色である赤い瞳。お母様そっくりの美人さん。まるで童話の中のお姫様か何かみたいだった。少しだけ不安そうな顔をしているのは、突然自分が公爵家の娘だと言われたからなのだろうか。
お父様とお母様と、本物のエミイルダ。見るからに家族にしか見えない三人。血縁関係があることが分かる三人。そこにお兄様が加わるときっと、完璧で美しい家族。……本物のエミイルダを見かけたからって、不安になってしまった。思わず考えを振り払うように首を振った。
「エミー、行くよ」
だけどお兄様が手を伸ばして私に行こうって言ってくれた。それを見て私は不安が消し飛び、お兄様の手に自分の手を重ねた。
これから公爵邸の一室で、話をすることになっている。
エミイルダは、偽物の私のことをどう思っているのだろうか。嫌われたら悲しいな。