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『エミイルダ、君はこの家の子供ではないよ?』
無邪気な精霊の言葉。
初めて聞いた精霊の声は、私、エミイルダ・フォリダーに大きな影響を与えた。
二つの大きな衝撃。
一つは今まで家族だと思い込んでいた人たちと、私が血の繋がりがなかったこと。
もう一つは、精霊の言葉と同時に前世の記憶とやらが思い起こされたこと。
その二つの衝撃で、私は思わず意識を失ってしまった。
精霊たちと、大好きなお兄様の焦ったような声を聞きながら、私は意識を手放した。
目が覚める。
私は自分の部屋のベッドに寝かされていた。ベッドの脇で四歳上のお兄様――ノンベルド・フォリダーが眠っている。
お兄様は、美しい銀色の髪の美しい人だ。優しい人だから倒れた私を心配してずっとついていてくれたのだろう。
……私は、本当の妹じゃないのに。
私の周りを心配そうに飛び回る精霊たち。彼らには一切の悪気がない。だけど彼らの情報により、私は本当のエミイルダ・フォリダーでないことを知った。
そして、前世の記憶まで思い出してしまった。
私の髪は、何処にでもいるような茶色。瞳の色はお父様と一緒だった。だけれど、私はお父様とお母様の本当の子供ではない。
胸がズキリと痛んだ。
そして思い出した前世の記憶の中で、私は自分がこれからどうなるのか何となく知っていた。
『精霊姫の恋』というのは、前世で流行っていた恋愛小説である。私は途中までしか読んでない。だから詳しく知っているわけでもない。
だけれど――物語の最初の方に、私はいた。
エミイルダ・フォリダーは、十歳の時に精霊視の能力を開眼する。
だけれども自分が本物のエミイルダじゃないと精霊に教えられるものの、葛藤し、悩み、エミイルダは自分が偽物であることを隠した。確か『精霊姫の恋』を好きだった友人が、エミイルダは自分が本物ではないことを知り、不安になったのか暴虐になっていったのだと言っていた。
そして両親が彼女を持て余していた十四歳の時に、本物が現れる。
――そしてエミイルダは、家から出ていくんだっけ。物語のエミイルダはお兄様ともそのころ、距離が離れていた。その中ではお兄様は確か騎士になって家に中々帰らなかったはずだ。
公爵家の血を実際にはついでいない私は、偽物。
そして本物の彼女は、光り輝く銀色の髪と、私と同じ精霊視の能力を持つ、本物。
『精霊姫の恋』は本物のエミイルダが、学園に入り、多くの人たちと交流を結び、恋をしていく物語。
偽物の私は、『精霊姫の恋』の中の脇役。
……物語のエミイルダが、本物の娘でないことを隠した気持ちも分かる。
だって私はお父様とお母様とお兄様が本物の家族だと思って居た。慕っていた。前世の記憶を思い出した私もこれだけショックなんだから、前世の記憶もないエミイルダがよっぽどショックを受けたのは当然で、そのせいで態度がおかしくなるのも仕方がないことだと思う。
物語のエミイルダは、怖れ、おかしな行動をし、距離をおかれ、本物が現れ、去っていった。
私はどうしたらいいのだろうか。
眠るお兄様をちらりと見る。優しいお兄様、私の自慢のお兄様。……お兄様のことが私は大好きだから、お兄様に嫌われるなんて考えたくなかった。
じわりと、目から涙があふれる。
精霊達が『どうしたの?』『大丈夫?』と飛び回っている。
仲良くしてくれる人たちにも嫌われてしまうのだろうか。そして家族でない私はそもそもエミイルダとしてここにいるのもおかしい。物語のエミイルダのように黙っている? 黙っていたら少なくとも私は本物が現れるまではエミイルダでいられる。
そして物語のエミイルダのように態度をおかしくさせなければ、少なくとも嫌われたりしないかもしれない。……いや、そんなの駄目だわ。精霊たちから私は教えられている。それなのに、厚かましくもこの家の娘として過ごすなんて無理。
私がこの家の娘じゃなくて、しかも私の実の母親らしき人が私と本物を入れ替えたなんて……そんな情報を告げたら十歳の身で私は追い出されるかもしれない。
信じていたものが、がらがらと崩れていく感覚。これからの不安。色んな事を考えて涙は溢れるし、身体は震えている。
物語のエミイルダも、そうだったのだろうか。だからこそ不安や怖さを隠すために暴虐に振る舞ってしまったのだろうか。
私も、この家の娘ではないなんて言いたくない。
でも……大好きな人たちに知ってしまった事を言わないのも、嫌だった。
そうしているうちにお兄様が目を覚ます。
お兄様は泣いていて、震えている私を見て「エミー、大丈夫? 倒れたんだよ? 怖い夢でもみた? どこかいたい?」と私の涙をぬぐう。
四歳上の優しいお兄様。私の大好きなお兄様。でも、私のお兄様じゃない。
「お兄様……、私、精霊が見えるようになったの」
「精霊視の能力? それは良いことだね。でもどうして泣いているんだい? 俺の可愛い妹、エミー。俺に教えて。俺がエミーを泣かせるものは全て排除するから」
私の知るお兄様は、こういう人だ。
私のことを可愛がってくれていて、私の事を守ってくれていて、優しくて強くて自慢のお兄様。でも『精霊姫の恋』ではそんなお兄様とエミイルダの距離も離れていて、私はこれからお兄様に嫌われるのだろう……。
「精霊たちが、教えてくれたの。私、お兄様の妹じゃなかったっ!」
言ってしまった。
お兄様は私が本物の妹じゃないと知ってどんな反応をするだろうか。
私はぽかんとしたお兄様に、一気に泣きながら次々と告げていく。だってこのまま止まったら自分が本当の公爵家の娘ではないことを言えなくなってしまいそうだったから。
精霊たちから娘じゃないって言われたこと。
そして私の実の母親が入れ替えたということ。
実の娘ではないのに公爵家にお世話になるわけにもいかないこと。
実の娘じゃないことが悲しいこと。お兄様に嫌われてしまうのが悲しいこと。
というか、後半に関してはただの自分の悲しい気持ちを泣きじゃくっていっているだけだった。
ぐすぐすっと泣く私。
お兄様に何を言われるんだろうとハラハラしていたけれど、頭に手を置かれて撫でられる。
驚いて顔をあげて、お兄様を見れば、何故だかお兄様は優しい笑みを浮かべていた。……どうして? 怒ってたり、嫌そうな顔をしていたりするのかなって思ったのに。何でにこにこしているんだろうか。
「エミー、話してくれてありがとう。エミーも衝撃だっただろう? 隠しておくことも出来たのに、エミーは優しい子だね」
「……お兄様、私のこと、嫌いになってない?」
「ならないよ。エミーはエミーだからね」
そんなことを優しい目で言われて、わんわんと泣いてしまった。
泣きわめく私が落ち着くまでお兄様は私を抱きしめてくれた。
泣き終えた私に、お兄様は「父上と母上の所に行こうか」といった。
そしてお兄様に抱きかかえられる。お兄様に抱っこされるのなんて久しぶりだ。
急に書きたくなって我慢できずに書き始めた溺愛ものです。
短めで終わる予定です。早ければ今月中に終わらせる予定の話です。