動の魔力と静の魔力
メリルの小屋についたころには日が高く上っていた。
「んじゃ俺らは今夜の食料取りに行ってくるぜー。ガルドとヴィユノークさんも一緒にいこうぜ。」
「うむ。」
「私はちょっと鍛冶仕事を見てみたいので、今日はお留守番しときます。」
ヴィユノークは頭を下げた。
「んじゃ二人とも工房へいくよ。ついといで。ヴィユノーク。残るからにはしっかり手伝ってもらうよ。」
メリルはそういうと中に入っていった。
「ラインハルトー。うまいもんしっかり頼むぞー!」
「おう!まかせとけ!」
「そういってあんた昨日迷子になったでしょ。ガルドさん居なきゃどうなってたか。」
「そういうおまえだって!――」
「では行ってきます。日が落ちるころには戻ります。」
そう言うと人化したガルドは、じゃれあう二人を押しながら行ってしまった。
「ガルドの奴だんだんあの二人の扱いに慣れてきてるなー。」
「あはは…」
ヴィユノークとイザは笑った。
三人を見送って二人はメリルのいる工房へ。
「して…、どうじゃった。」
「どうというと?」
「なんじゃ?精霊の声は聞けんかったのか。」
(なんでそのことをこの人が…?)
「精霊が現れて聖域で…私を待つ…と。そう言っていました。」
ヴィユノークが真剣な目をしている。
「やはりそなたじゃったか…。手を貸してみよ。」
ヴィユノークは疑問に思いながらもメリルに右手を差し出した。
メリルは精霊水になにやら魔力を注ぎ込みそれをヴィユノークの手に垂らした。
するとヴィユノークの手で光が発せられ精霊水ははじけた。
「きゃっ!」
ヴィユノークは手を引っ込めた。
「ふむ、やはりな。呪いが掛けられておるな。」
二人は驚いた。
「呪いって…命にも関わるものなのか…?」
イザは真剣な顔をして聞いた。
「いや、これはそんな大それたもんじゃなさそうじゃな。おそらく対象者から少しずつ魔力を奪うもの、もしくは魔力を一定量まで封じるものじゃろうて。最初に山でお主の魔法を見たときに使える魔法のわりに体に滞在する魔力が極端に少ないから不思議に思っておったんじゃ。お主はハーフエルフじゃから魔力が少ないと言っておったの?」
「はい。混血はエルフの血が薄まるので…。生まれながらにして持つ魔力は純血のエルフの半分にも満たない。と里では言い伝えられております。他の種族でも混血は種族の特徴を薄くしか反映しないと聞いていますし、小さなころにウィルヘイムからもそう聞かされました。」
「ふむ。では何故ルーシア様は英雄になれたのかのう?」
「メリルさんは精霊水を取りにあの祠へ行っていたから知っていたんですね。でも、ルーシア様は…竜族との混血、私とは違います。」
「確かに竜族はエルフよりも強大な魔力を持つ。じゃがヒュムも数が少ないだけで、強い魔力を持つものもおるわい。ミズガルズの英雄もその一人じゃな。お主は魔力が少ないわけではない。むしろこの呪いがなければエルフの誰よりも強いくらいじゃろう。」
「…」
ヴィユノークは辛い顔をしている。
「いったい誰が何のためにそんなことを…?呪いを解く方法はないんですか?」
イザは憤りを感じている。
「低位の呪いは契約した術者がある程度近くに居る必要がある。術者はこの森に住むもの…まぁエルフの里の者で間違いないじゃろうな。おそらく混血のお前が精霊の力を引き継ぐのを良く思ってない者の仕業じゃろうな。身に覚えはないか?呪いを解くには術者を殺すか、呪いの媒介になっている物を破壊するしかなかろう。まぁそれも霊廟へ行ってみればわかるかもしれんな。」
「殺すだなんて…」
ヴィユノークは困惑しながらも少し悲しそうな顔をしている。
「媒介になってる物さえ壊せば何も殺す必要はないんだ。俺が見つけ出してちゃちゃっと解決してやるよ。それに何かあったら俺が守ってやる、大丈夫。」
イザはヴィユノークの肩をポンとたたいた。
「イザさん…ありがとうございます。」
ヴィユノークの顔に笑顔が戻った。
メリルは微笑んだ。そして徐に剣を取り出し叩き始めた。
「では、装備の修理をはじめるかの。二人とも手伝え。まずはわしのやってることをよーく見ておれ。」
そういうとメリルは剣を叩き始めた。
振り下ろす金槌に魔力をまとって剣を叩いているのがわかる。
金床の上で叩いている剣にも左手から魔力を注いでいるようだ。
目を凝らしてみると左右の魔力の大きさ自体はほぼ同じだが魔力の雰囲気はどこか違う。
それに打つ瞬間だけ金槌の魔力は強く大きくなっているように見える。
二種の魔力は一方は力強く波打つようで、もう一方は常に一定でとても静かな感じを受ける。
二人はじっとメリルの両手を見つめていた。
「二人とも気が付いたかの?これは叩く側の鎚には動の魔力を、金床の上の剣には静の魔力を注ぎながら打っておる。動の魔力は主に物体を操作したり、攻撃魔法や回復魔法のように、対象に必要な時に必要な分の魔力を流したいときに使う魔力じゃな。力が必要な瞬間に一気に力を高め放出することができれば、無駄な魔力の放出を抑えることもできる。魔力の素早いコントロールが重要になる。」
「そして静の魔力は常に一定量の魔力を流し続け、物体強化をしたり耐性を高めたりといった。対象の状態に直接干渉する魔力じゃ。戦闘に応用するとなると使用中は常に一定量の魔力を流し維持する精密な魔力コントロールと集中力が必要になるし、使い続けるとそれだけ魔力の消費も大きくなる。」
「これらの性質を理解し、魔力操作の技術を身に着ければ飛躍的に魔法の威力は上昇し、魔力切れにもなりにくくなるというわけじゃ。」
(動…静…?言ってることはなんとなくわかったけど…。魔力の初歩すら知らない俺はどうやったら動と静の魔力になるのかわかんないんですけどー!?)
「ふむ、ピンと来ておらんようじゃな。お主竜族じゃろう?では竜の体から今のその姿にどうやって変化させたんじゃ?」
「魔力で体全体を覆って、人型をイメージしてその魔力で自分の体と魔力をぐっと抑え込む感じ…?」
「まぁそんな感じじゃろうな。自分で言ってて何か気が付かんか…?」
「…あっ!そういうことか!」
イザは閃いた。
「理解したようじゃな。体を一定量の魔力で覆ったのは静の魔力。体を変化するのに掛けた強い魔力が動の魔力じゃな。魔力の操作を覚えれば一瞬で人と竜の姿を切り替えることも容易になるじゃろう。竜族の主なら更にその先も…な。」
(更にその先…?)
「ヴィユノークよ。お主は回復魔法を使っておったな。回復魔法には2種類あることを知っておるか?」
「はい。自己治癒力を高めて回復を促す治癒魔法と、術者の魔力を注ぎ込み即座に肉体を回復させる治療魔法です。」
「うむ、お主はこの小僧よりは物事を知っておるようじゃな。」
イザは不貞腐れた顔をしてメリルを見た。
「どうせ俺は何も知りませんよーだ。」
「では、先ほどわしが剣を打つのを見てお主はどこまで理解できた?」
ヴィユノークは真剣な目をしている。
「メリルさんは剣には魔力をその場に留めつつ魔晶石から魔力を吸収できるような魔法を掛けつつ、金槌には魔力を剣に封じ込めるような魔法をかけ、打つ瞬間にその力を一気に高めていたように見えました。」
「お主!やはりセンスがいいのう。その通りじゃ。魔力を使って何かをするとき、必ずこの動と静の魔力が重要になる。先日イザがゴーレムを一掃したのはほとんど動の魔力じゃな。しかしあれはただバカでかい魔力をスキルに乗せて垂れ流したに過ぎん。ゴーレムどころか辺り一面吹き飛ばしおって…。あんな考えなしの攻撃じゃとすぐ魔力切れにもなるし、味方へも被害を出しかねんぞ?」
「すみません…。反省しています。」
イザは正座して縮こまった。
「もしイザが動と静の魔力のコントロールを出来ていたなら、無駄な破壊をせず最小の範囲でゴーレムの核だけを破壊し周囲への被害も最小で済んだんじゃがのう~。魔力を無駄にほとばしらせたせいでわしが集めておいた魔鉱石や周囲の魔晶石まで全部消滅してパーじゃ。」
メリルはため息をついてイザをにらんだ。
イザはさらに縮こまった。
「ま、まぁまぁ。イザさんが居なければあのとき全滅していたかも知れませんし。」
ヴィユノークがフォローに入る。
イザは泣きながら感動している。
(ヴィユノークさんやさしー。美人だし優しいしいい子だなー。)
「魔力操作の基礎的な部分はわかりましたが、それをうまく扱えるようにするにはどうしたらいいんですか?」
「ここに狼牙族やホビット、北の街から修理の依頼で預かってる武具や農具がざっと300ほどある。」
(うわーなんか嫌な予感がするー。無茶ぶりなヨカン…)
ふたりはそう思いながら目を細くした。
「明日の夕方までに二人でこれを全部叩いてみろ。」
(ひいいいい。やっぱりきたー…)
ふたりは内心泣いていた。
「でも俺ら鍛冶仕事は初めてだし、預かり物の修理なんてまともに出来るとは思えないけど…?もし壊しちゃったら…どうすんのさ?」
「壊したら当然弁償してもらう。その方がスリルがあって魔力操作の練習に身が入ろう?」
二人の顔は青ざめた。
「不安ならこれで試してみぃ。」
そういうとメリルラインハルトの剣と盾を持ってきた。
「まぁこれなら気にせず試し打ちできるか。」
「そんな、ラインハルトさん泣いちゃいますよ~。」
ヴィユノークはおろおろしている。
メリルに言われたとおりに見よう見まねで二人は叩くことにした。
魔晶石を打ち混ぜながら叩いてみると意外とすんなり叩けて二人とも驚いた。
「な?意外とできるもんじゃろ?まぁわしの鎚と金床があれば素人でもある程度はうまくいく。それに芯に魔鋼を使っている物は多少強い魔力を流してもそうそう壊れるもんじゃない。」
(なんだ、案外簡単だな。これなら何とかなるかもしれないな!これを二人で300ならちょろそうだな。)
など考え気を抜いて叩いていると。
『パキンッ』
音を立ててラインハルトの剣が真っ二つになった。
「あちゃー。調子乗って叩いたら強く叩き過ぎちゃったみたい。ハハハ。」
「素人が気を散らしおって!魔力を込めすぎじゃ、集中せんか!この剣はわしが直すから主は別のを叩いておれ。」
「あはは…(ラインハルトさんほんとに可愛そう…)」
ヴィユノークも笑っている。
――その頃森にて
「へーっくしょん!どこかの美女が俺の噂をしてるな?」
「はいはい。さっさとこいつを狩って次行くわよ~。」
「お二人とも戦闘中ですぞ、雑魚とはいえ最後まで気を抜かずにいきましょう。」
「りょーかい!」
――数時間後 工房
『カーン!カーン!カーン!』
メリルの工房で武具を叩く音が響いている。
(最初は簡単かと思ったけど、集中力を切らさず一定の強さで魔力を流し続けるのがこんなにきついなんて…)
「ふぅ…」
ヴィユノークは汗を拭った。
「…んー。いい感じです。」
ヴィユノークは工房ではなく厨房にいた。
作ったスープを味見しているらしい。
数回やっただけで魔力の操作は完璧だとメリルに太鼓判をもらい夕飯を作っていた。
「疲れたー。なんで俺だけー。」
イザはぼやいている。
「お主は魔力の量が多すぎるせいで全く加減が出来ておらん。真面目にやらんか。いくら竜族といっても魔力は無限じゃない。そんな魔力の使い方をしていたらすぐガス欠になるぞ。ほれほれ、休んでないで次じゃ次。さっさとせんとみなが帰ってきてしまうぞ。夕飯が食えなくてもええんか?」
そういいながらメリルはあくどい顔をしている。
(こやつに修行ついでに全部やらせたらわしも楽出来て一石二鳥じゃ♪)
「仕立てに出てりゃ、このロリババアめ……」
イザは小声でつぶやいた。
「何か言ったか…のう…?」
メリルからすごい殺気を感じた。
「何も言ってません!」
「ふふふっ」
ヴィユノークはそれを見て微笑んでいる。
(それにしても…なんという底知れぬ魔力を持っておるんじゃ。人化した状態で数時間ぶっ通しで続けて魔力切れにならぬとは…こやつは一体…)
その調子で翌日もひたすらイザは叩き続けた。