祠と精霊水
「ただいまー!」
「あー、つかれた。あたしお風呂入りたいー。」
「メリル殿イザ殿、森でワイルドボアを見かけたので捕ってきましたぞ。」
ラインハルト達が帰ってきた。
人化したガルドは大きな猪を担いでいた。
「ヴィユノークの回復魔法助かったわ。」
「いえ、私の魔法なんてまだまだで…魔力も少ないのですぐ切れてしまいますし。」
「謙遜することないわよ。回復魔法なんてそんなに使える人も居ないんだし。」
「うんうん、美人に癒してもらうと魔力以上に回復するしな!」
「またあんたはそうやって!こんなバカにはポーションでもかけとけば十分よ。」
ラインハルトはいつものようにエルザに叩かれている。
「ヴィユノークさん、また怪我をしたから癒してー。」
メリルは呆れながら言った。
「バカやってないでみんなご飯の前に風呂にでも入っといで。」
みんな笑っている。
ヴィユノークも里にいるときよりも楽しそうだ。
――そして夕飯の支度も済み、みな椅子に付いた。
夕飯を食べながらメリルがヴィユノークに質問する。
「あんた、なにか自分に制約でもかけているのかい?魔法の威力のわりに魔力が少ないのはなにか理由があるんじゃないのかい?」
「そんなことは…。私はハーフエルフなので生まれたときから魔力が少なくって…」
「ふむ…そうか、それは済まないことを聞いたのぅ。」
メリルは何かを見定めるような目でヴィユノークを見つめている。
(メリルさんはヴィユノークがハーフエルフと聞いても驚いたようには見えなかった。元から知っていたんじゃ?確かにあれだけ強力な回復魔法が使えるのに魔力が少ないってのは気になるけど。)
「ちょっとお主らにも頼みたいことがあるんじゃがいいかの?」
「なんでも任せてくれよ!」
ラインハルトは腕をまくった。
メリルはイザの方を指さし言った。
「ちょっとこやつの武器を鍛えるのに必要な精霊水が不足しそうなのでの。悪いが明日取りに行ってくれないか。」
「へー、イザさんの武器を。精霊水ってあの魔物よけにつかうあれか?」
「それは聖水でしょ?精霊水って初めて聞いたけど。」
エルザが突っ込んだ。
「人工的に信仰魔術を注いで作り出せる聖水とは違って精霊の力を受けた水でな。武具を叩く際にただの水ではなくて、それを使って安定させると魔力の漏出を押さえ、より強固な物が出来るんじゃよ。まぁ精霊水とはこの地のドワーフの間でそう呼んでいるだけで天然の聖水と行ったところじゃな。」
「いいぜ!俺に任せてくれよ。どこにあるんだ?」
ラインハルトはやる気満々だ。
「ふむ、でも精霊の力が弱まった今、そんな泉がこの地に残っているんですか?」
ガルドは不思議そうな顔をしている。
「なんじゃお主らこの辺に住んでいて精霊がどこで森を守っているのかも知らんのか?エルフの里から東に向かったところの崖に精霊を祭る祠があるじゃろ?そこは聖域の側に位置する場所らしく、この地で一番精霊の加護を強く受けているといわれる泉がある。まぁ今ではごく一部のエルフ以外は祠を参りに行くものもほとんどおらんようじゃがの。」
(エルフの里の東って、俺が最初にヴィユノークさんに会った辺りか。)
「エルフの里の東って禁域の側じゃねぇか。そんなとこ行ったことねぇな~。エルザ知ってたか?」
ラインハルトが尋ねる。
「私もあの辺りには行ったことないわね…。」
エルザがそれに返す。
「あの…その祠なら私場所を知っているので。案内します。」
ヴィユノークが手を挙げた。
メリルは少し微笑んだ。
「うむ。では明日はみな、よろしく頼む。イザも明日はわしの手伝いはいいからみなについていってあげな。」
「え、でも魔力の扱い方を教えてくれるって話じゃ…」
「そんなもん1日もあれば十分じゃよ。ではみんなよろしく頼むのー。」
――そして翌日。
ヴィユノークの案内で禁域のそばを通り崖を下る道を行き精霊の祠を目指した。
道中幾度か魔獣と戦いながら祠へ到着。
「さすがに禁域の近くは敵も強いし多くて参るぜ…」
ラインハルトがぼやいた。
「ぼやいてないでさっさといくぞー」
イザ達はラインハルトを置いて先に降りていく。
「ちょっとくらい休んでもいいじゃねぇかよ!みんな待ってくれよー!」
――崖の道を歩いていくと祠の入り口に到着した。
「ずっと森で暮らしているがこんなところに祠があるなんて…知らなかった。」
ガルドが驚いている。
ヴィユノークはガルドの方を見て言った。
「この祠は大陸が分かれる以前からあるようなので、狼牙族の方が知らないのは仕方ないかもしれませんね。それにここは禁域のすぐそば。普段は誰も近寄ることはありませんしね。」
(たしかにこんな場所元から知っていないと見つからないだろうし、例え知っていたとしても余程の物好き《水を汲みに来るメリルの顔が浮かんだ》か精霊に信仰厚い人以外は訪れる人は居ないだろうな。)
「こんな遺跡がこの森にあったなんて…」
「遺跡じゃなくて精霊を祭ってる祠でしょ?」
「どっちでもいいじゃねぇか、古いものには代わりないだろう!」
エルザとラインハルトはいつも通りいがみ合ってる。
「二人は本当に仲がいいな。」
とイザが言うとみんな笑った。
イザは続けて言った。
「さぁ、メリルさんのお使いを済ませて早く帰ろう。」
「はい。」
ヴィユノークが返事する。
中に入りしばらく進むと周囲を水で囲まれた囲んだ祭壇のようなものが現れた。
その中央に綺麗な女性の像が置かれている。
しかしその容姿はエルフというには明らかにかけ離れた見た目をしていた。
像を見てみな衝撃を受けた。
「これって…精霊を祭っている祭壇でしょ?なんでイザさんみたいな見た目をしているの?」
「でも、耳はエルフの耳だぜ?どういうことなんだ?」
ラインハルトとエルザは驚いている。
その像はイザのように頭に角、長い尻尾、背には翼を携え、耳はエルフのようにとがった耳をしてた。
竜族とエルフの見た目を合わせた容姿をしていたのである。
「ここは精霊を祭る祠って話だったよな?この石像の見た目は明らかに…どういうことなんだ?」
イザは聞いた。
ヴィユノークが静かに口を開いた。
「代々エルフの中で魔力の強い物がその身を地竜の宝玉に捧げ、精霊になる話はウィルヘイムから聞きましたよね。これはエルフの里に伝わる昔話なのですが…エルフ族とドワーフ族とホビット族はティアマトの子孫である英雄ルーシア様と協力しその身を賭してこの地の戦乱をおさめ。そして平和になった後、エルフの長はその身を精霊に変えてこの地に安寧をもたらしたと。」
「それじゃこの像は…伝説の十英雄の一人ルーシア様の像を称えたもの…?」
「はい。この像はルーシア様を模していると聞いています。しかし私の一族で生まれもって強い魔力をもつものだけに伝承されてきたもう一つのお話があります。ルーシア様はエルフと竜族のハーフで、当時のエルフの長であり初代精霊はルーシア様だというお話です。」
「!?…全く話が違うじゃないか!それじゃまるで…」
ラインハルトは驚いた。
「エルフ族は高い魔力に恵まれたその血に強い誇りを持っています。英雄とは言え、純粋なエルフ族ではなく混血のルーシア様がエルフの代表として初代精霊になった。という事実に遺憾を覚えるものも多かったようで…。長い年月語り継がれるうちに、森の長としてのエルフのプライドを保ために伝承が捻じ曲げられたのでしょう。英雄に協力し大戦を収めたエルフがその身を捧げてこの地を守っている。とする方が森の長としても、純血のエルフが他種族よりも優れている…という誇りが保てると考えたのでしょう。」
(種族としてのプライドか。向こうの世界でもよくあった話だな。見栄のために真実を捻じ曲げるのはどこでも一緒ってことか…)
イザはヴィユノークに質問をした。
「この話ウィルヘイムさんは知っているのか?」
「彼は恐らく知らないと思います。おばあさまが亡くなられる前に、真実を伝え紡ぐ者がいなくなるのだけは避けなければならないと、私にだけこの話を伝えてくれました。」
ヴィユノークは少し悲しい顔をした。
「ウィルヘイムは…他のエルフ族の方と同様にエルフの血に強い誇りを持っています。だから伝えるのが怖くて…。でも!小さなころから里の中でも混血だからという理由で孤立していた私をかばい実の娘のように可愛がってくれました。きっと他種族を蔑んだり混血を差別したりはしていないと思います。」
「俺らも普通に里に招いてくれたしな?」
「そうね、エルロッドさんがそうだったように。エルフは普段から取引をしているヒュム以外は里に入れることを嫌うって聞いてたけど。あたしらやガルドも招き入れてくれたし、ウィルヘイムさんは違うみたいね。」
ラインハルトとエルザは納得したように言った。
(たしかに俺たちを招き入れてはくれたけど、エルロッドの反応を見るとこれまではそんなことなかったように思えるな。姪っ子は流石に血がつながっているから可愛いってことだろうけども。でも…ヴィユノークのことを想っているなら里に縛らないでヒュムの父親と会わせてくれそうな気もするけどな。)
「はいはい!この話はそこまで!」
エルザがさえぎって話し出した。
「あたしらはこの泉に精霊水を取りに来たんでしょ?さっさとお使い済ませて帰りましょ。」
「そうだな。今色々考えても仕方ないしな。ヴィユノークさん悪かったね。」
「いえ、イザさんが謝ることなんてなにも!」
そしてメリルから渡されたビンに泉の水を汲もうとしたとき。
泉の水と石像が光り出した。
「えっ?」
イザは驚いた。
『森を思う者たちよ。精霊の力はそろそろ終わりを迎えます。霊廟へ向かい地竜の宝玉を…我の血を引きし…よ。聖域にてそなたを待つ。』
『…シアよ。』
突如現れたが最後にヴィユノークの方を向きそう言うとまた消えてしまった。
不思議な声が祠に響き渡った。そして声が聞こえなくなるとまた泉は光を失った。
「なんだったんだいまのは?」
「今のはまさか精霊様の声…?」
エルザとガルドは身を構えながら言った。
ヴィユノークかなり戸惑っているように見える。
「最後の方はよく聞き取れなかったけどルーシアって言ってたのかな…?」
エルザが聞いた。
(最後の言葉を聞いてからヴィユノークさんの顔色が変わった気がしたな。)
「さっきの血を引きしものってエルフのヴィユノークさんの事だよな?どっちにしても霊廟に行くつもりなんだし。行けばわかるんじゃないか?わからないことは考えても仕方ない。今はメリルさんのお使いを済ませて帰ろうか。」
「イ、イザの言う通りだよ。さっさと水を汲んでこんなとこおさらばしようぜ!」
ラインハルトは怯えている。
「そんなこと言って~、あんたひょっとしてビビってるんじゃないの~?」
エルザがにやにやしている。
「ビ、ビビってなんかねーよ!さっさとお使い済ませて霊廟へ行く準備をだな!」
「やっぱあんた怖いんでしょ。」
「みんなが怖がってるだろうと思って早く帰ろうとだなぁ!」
「はいはい。」
エルザとラインハルトがいつも通りじゃれあってる。
「おふたりはホントに仲がいいんですね。フフフッ」
引きつっていたヴィユノークの顔に笑顔が戻った。
そんな二人をみてイザとガルドも笑った。二人は照れている。
「さぁて、水も汲んだしそろそろメリルさんの元へ帰ろうか。」
イザはそういうと入り口のへ戻り始める。
(何か視線を感じる…つけられている?誰に…?)