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『遠回り』シリーズ

遠回りな護衛騎士

作者: TAKUTOJ

遠回りに思えてものサイドストーリーです。本編をご覧になった上でお読みいただくと、理解しやすい内容が多々あります。


本編より長くなってしまいましたが、どうぞご覧下さい。

 遠回りな護衛騎士


「いくらだ……」


 薄暗いジメジメした石の壁、鉄格子の向こうには松明に照らされた赤い髪の女がこちらを睨みすえている。鞭打たれた身体には痣や血の滲む痕が。擦り切れたボロい服を身に纏い、手は鎖で繋がれていた。


 鍛えられた体躯は女性らしさを残しているものの、放つオーラは常軌を逸する。


 決して屈しない強い精神で、彼女は地下牢の拷問に耐えた。


 だけど、俺との交渉には応じるらしい。


 俺の仕事は逃走幇助(とうそうほうじょ)。逃がすのが役目だ。珍しいだろ? バレたら死ぬからな、命懸けだ。


 目の前の鉄格子挟んで向かいにいるのが、女騎士様だ。名をクリスティー・フォン・スライアンという。なんで騎士様が牢に入れられてるかと言うと、お察し。罪人だからな。


 但し冤罪。


 なんでも、護衛対象を傷付けたとか何とかで。アリバイもきちんとあるのに護衛任務外の時間に起こった傷害事件の犯人にされたらしい。可哀想に。


 俺?


 自己紹介がまだだったか、失礼。仮にメイベルファと名乗っている。一応男爵家の三男坊らしい。牢番なんてやってる時点で、察して欲しいもんだが立場なんてあってないようなもんだな。一応人にはお城務めと言ってるぜ。間違ってないからな。で、仮にってのは保険だ。バレたら死ぬからな(二回目)。


 三交代勤務の当直が多いシフトだ。志願兵だな。給料がいいんだよ、夜中のお仕事は。だからといってやりたがるやつはそう居ない。夜中の城の地下牢なんてほんと怖ぇからなぁ。すすり泣く声が聞こえるだけでも縮み上がるぜ。それに、拷問を受けて、耐えられないやつなんかは大概夜中に亡くなるケースが多い。


 嫌な仕事なんだよ。


 なんでこんな仕事をしてるかってぇとアレだ。さるお方からの依頼だからだ。城に潜入して、無実の者を助けるのが俺に課せられた使命だったりする。つまりだ、メイベルファというやつに成り代わっている。本人は今は自宅だ。引きこもりだからなんも問題ない。


 だから悪いが本名は名乗らないぜ?


 俺は女の目の前で二本の指を立ててやった。金貨二枚の合図な。だいたい罪人に用意できんのかな。はったりの類だ。ふっかけておかないと信じてくれないからな。安い値段提示したら鼻で笑われるんだから。払えないくせにだぜ? 立場わかってんのかよ、って何度ツッコミかけたか。つまりな、逃がすの初めてじゃないんだわ。


「二日後の夜中に決行するからそのつもりで。人を何人か入れるけど、騒ぐなよ? ぜーーーーったいにな」


 何度も強調してしつこく理解させる。合言葉まで覚えさせないと信じないやつもいたしな。ほんとに何様のつもりなんだか。まぁ無罪の奴らだから別にいいんだけどよ。お前らは悪くねぇわな。


 さて、もうすぐ日の出の時間だ。交代要員が来るまで作業日誌を書かねぇと、『異常なし』と。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 凄く胡散臭いやつだと思っていた。彼は夜中の見回りと称して、必ずここへ来て足を止める。そして何事かを呟いては去っていったから。


 毎日受ける拷問のせいで耳鳴りから何を言っているのか理解出来なかった。だから無視していたことになる。だが、今日は聞こえた。


『クリスティー・フォン・スライアン、意識はあるか?』


 私はだるい身体を上げて、声の方へ顔を向けた。いつものやつだった。


『そのままで聞け』


 これ以上どんな体勢を取れと言うのだか、身動きなんて取れないんだが。


『ここから出る気はあるか? もちろんあんたは死罪が確定してるからな、出たとしてもそのまま名前は名乗れなくなるだろうが』


 最初は何を言っているのか理解するのに苦労した。ここから出る気だと? 気だけでそんな夢が叶うならとっくに出ている。怒りが沸いたし、なぜもっと早くそう言わないんだ、と思った。ブツブツ呟いていたのが初日からだったことに気がついて冷静になれたが。


 私は頷いた。出たい。当然だ。濡れ衣をかけられたのに、それを晴らせない事も辛いことだが、残された家族が心配だった。もしかしたら家族にも……。考えたくなかった。最悪の事態になっていないことを祈るのみだ。


 スライアン家は騎士の家系だ。一家お取り潰しになっている可能性は低いが、私のせいで、立場を無くしているかもしれない。廃嫡になっていて私の事は既に無いものとして扱ってくれていたらまだマシだ。辛いが、家に累が及ぶのはもっと辛い。


 私の家はガンフォール公爵家を寄親に持つ子爵家だ。この国の第一位の公爵家の傘下にあるだけに、公爵様の足を引っ張ることになりはしないかと思った。しかし、考えても私では何一つ成し遂げることはできないだろう。処刑を待つのみだったのだから。


 ここを抜け出したとして、先の生き方さえ定まっていないのに。他者を思う余裕さえないのに、いったい私は何を考えようとしたんだ?


『いくらだ……』


 払う金さえないのに、成功報酬を聞こうとする自分に嫌気がさす。もう自分に残っているのは"生きたい"という思いだけだ。いや"死にたくない"か……。もうどっちでもいい……。


 彼は二つの指を立てた。金貨二枚か。


 名無しとなってどうやって稼げば良いのか見当もつかないが、なんとかしなければいけない。生きていればってやつか。途端に目標ができた気がした。


『おい……やる気出すんじゃねぇよ、いいか? お前はこれから体調悪くなってんだ。二日後に死ぬ手はずだ。拷問の末、体力の限界で夜を越えられない。いいな? そんなつもりで死にそうなフリしとけよ、わかったか?』


 怪訝な顔をしたように見えたが、今の私の視力では声の雰囲気でしか、その様子は測れなかった。きっと心配してくれているのだろう。


 しかし、拷問で夜を越えられないだと……、こんな温い拷問で? 騎士訓練の方が余程辛いんだが?


 彼は二日後に逃亡を助けてくれるらしい。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 くあーーーー。よく寝たぜ。もう昼か。当直明けはきちーな。


 さてさて、クリスティー・フォン・スライアンの調書確認しとくか。報告書もいるしな。


 学園卒業後、王城勤務。王女付近衛騎士と。おいおいすげぇな。知ってたが。

 アレ? 公爵の推薦状ではシェリーレイ公爵令嬢付になる予定だったよな? あの騒動でクリスティーは王城勤務を退くことになってたんじゃなかったか?


 マジか……。


 フェリキス王子……そりゃダメだろうよ。


 フェリキス王子付に任命したと。尚且つ、自分のお忍びデートにお相手の男爵令嬢の護衛させた挙句、目が合ったというだけで、嫉妬を買っただと……。なんじゃそりゃ。


 ひでぇな。まさかな……。


 おっと、もうこんな時間か。城の仮眠室に行かねぇと、先輩が起こせってうるさいからな。変な仕事押し付けんなっての。自分で起きろよ。


 シフトの時間はすぐにやってくる。時間ってのは待ってはくれないんだよなぁ。今日は一個上の先輩の牢番と当直だ。やる気ないのが先輩のいいところだな。やりやす過ぎる。


 「先輩、見回りどうすんの? 俺がやっときましょうか?」

 「悪ぃな、頼めるか?」

 「貸しだかんな?」

 「おうおう、奢ってやるよ。エールとバーガーな……いや、バーガーは無しだ。最近高いからな」

 「えー。じゃ報告書正確に書いとくぜ?」

 「うおぃ! わかったよ、バーガーもだ」


 他愛ない会話に聞こえるかもしれないが、王都やべぇな。もう小麦が手に入りにくくなってんのか? 舌打ちした先輩だが、少々の金の出費くらいはいいらしい。この地下牢の見回りは肝が冷えるからな。犯罪者に野次飛ばされるのもめんどくさいし。精神えぐられるんだよな。中には蹴り飛ばして黙らせる先輩もいるが。


 俺たち牢番の詰所は簡単な作りだ。地下へ降りる階段を降り切ったすぐにある。一応部屋にはなっているが、簡易なドアがあるだけで、誰でも侵入可能だな。まぁわざわざ地下牢まで足を運ぶ物好きはほとんどいないが。


 だが、今日は特別な日だ。なんと件の男爵令嬢が面会に来るんだと。何しに来るんだ?


 だがこんなチャンスはまたと無い。少し細工させていただいたぜ。俺って冴えてるよなぁ。


 一回目の見回りを無事に終えて、当直室に帰ってくる。やっぱりな、寝てやがんの。いいけどよ。


 「先輩、そろそろ起きないとやべぇよ。お客が来る時間だ」

 「むにゃむにゃ、バーガー高ぇ……」


 寝ぼけとんな。帯剣の柄を脇腹に五連突してやった。起きろや。


 カツンカツンと音が響く。お出ましだな。


 「これはこれは王子殿下。ようこそ地下牢へ」


 先輩……なんちゅう挨拶だそれは。王子様も苦笑してるな、さすがに。


 「お勤めご苦労、今日はクリスティーに会いに来た。予約は取っているはずだが」

 「はい、賜っています。こちらへ」


 仕方ない、俺がやってやろう引率。王子一行は五人だ。取り巻き三人と男爵令嬢。なんつーか、王子中心じゃないのな……。


 「あの……王子ぃ。ここからは私一人でいいですぅ」


 ずっこけそうになったな……何言ってんだこのお嬢さんは。お一人でいいわけないだろうが。しかし、一行はそれを認めやがった。なんでよ!?


 「あなたも……ね?」


 俺も!? ありえないでしょ。俺は首を振った。


 「いないものとしてお考え下さい。ですが、お一人にはできません。ご容赦を」


 王子から見えないことをいいことに有無を言わせない目力を発揮出来たらいいんだが。とりあえず俺は令嬢の後ろへ付いた。毒殺なんかされたらたまったものでは無いからな。


 幾分ため息を吐いた令嬢は俺が後ろに付くことを諦めたようだ。


 「お久しぶりですぅ、クリスティーさん」


 なんとも甘ったるいというか甘っちょろい喋り方をするやつだな。俺の嫌いなタイプだ。庇護欲を掻き立てると言うやつか? 全くそんな気は起きないが。


 クリスティーは俺が言った死にかけの演技ができるだろうか?


 「何しにこられた……私を笑いにか?」


 あー、ダメだコイツ演技無理なタイプか? 喧嘩腰やめとけよー。


 案の定令嬢は怯える様相を呈したが、まぁ演技だろうなぁ。こっちのが役者だぜ。俺はこっちのが怖いんだが。


 「そんな怖い声出さないでくださぃぃ」


 なんだろうな……語尾にハートが着いたような声は。空恐ろしいんだが。


 「でもでも、安心しました。クリスティーさん、復讐とかやめてくださいねぇ、こんな所にいたら無理でしょうけれどぉ」


 キャピって聞こえそうな声音がもうほんとホラーなんだが。あの、お客さん今外真っ暗なのでやめてくれないか、怖ぇよ。


 不毛な会話はこの後もしばらく続いてようやく王子、いや、男爵令嬢御一行は帰って行く。


 俺は当直室の先輩に睡眠薬を入れた水を飲ませて、地下にある王家の脱出用の通路と、排水用通路の扉の鍵を開けた。


 「やあ」


 外から入ってきた黒のローブに身を包む相手に声を掛ける。実際この黒い装いの方が怖いのは怖いんだが、さっきのホラーのあとじゃぁな、衝撃は幾分緩和されるってもんだ。


 「首尾は?」

 「抜かりなく」


 この後の訪問は誰も予定していない。俺たちだけの時間だ。黒ローブと共に一路クリスティーの牢へ向かう。彼女は俺の姿と黒ローブを見て怪訝な顔を向けた。まぁ仕方ねぇな。


 「コイツは協力者だ、お前は明日コイツとここを出るんだからな。顔合わせというやつ」

 「今からではないのか?」

 「馬鹿言え、今からお前が消えたら俺らが疑われて捕まって死ぬだろうが、アホなのか? 二日後って言ったろ。演技もしねぇし、死にかけてろって言ったのに、助かる気あるのか?」

 「くっ……そうだった」


 大丈夫か……?

 黒ローブはフードを取った。


 「……!?」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 私の目の前にはかつての友が立っている。目を潤ませ、私の状態に涙してくれていた。


 「クリスティー、なんて酷い……」


 だが、感傷に浸っている暇は無いと言いたげに牢番は私の友人に声を掛けた。私たちの感動の再会を遮って。いや、それには文句は言えないんだが。


 「おい、ちゃんとできるんだろうな?」


 ハッとした友人は一度周囲を見渡してから顔をキリッとさせた。そして私をしばらく観察したと思ったら、ポケットから紙を取り出して何かを書き出す。


 「クリスティー、動かないでね、すぐに終わるから……よし」


 紙をポケットに戻した友人は牢番に向き直った。


 「明日のこの時間にさっきの場所で待機してるから」

 「ああ、ぬかるなよ」


 すぐに二人はこの場所から消えていった。希望が湧いてきているだけに、一人にされるのは心細かった。騎士として強くあるよう鍛えられてきた精神も、ここまで追い込まれたことは無かったから。


 犯してもない罪をでっち上げられ、処刑されそうになって絶望を味わった。訓練ほど辛くはなかったが、拷問を受けたことも屈辱だった。人としての、騎士としてのプライドはズタズタにされた。守るべき対象から訴えられるのも辛い事だったし。


 友人の顔を見て、救いがあることをやっと意識できたのに、ここへきて一人にされるのは堪らない……。


 堪えてきた涙が傷口に注がれて痛みに耐えられなくなった。


 「……許さないっ!!」


 やってきた激情とは裏腹に、声は掠れてすぐに消えていく。よく響くはずの地下牢は私の声さえ拒絶しているかのように静かだった。


 涙はまだ止まってはくれない。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 後ろ髪を引かれながらも黒ローブの女の足取りは早かった。そんだけ女騎士を案じてんだろうな。コイツは芸術家の家に生まれた子爵令嬢で、デザイナーをやっているそうだ。詳しくは知らないが、こんな所へわざわざ危険を冒してまで足を踏み入れるんだから、大したやつだぜ。


 地下牢の道を奥へ奥へ進み、排水用通路の格子扉にまで辿り着いた。外は真っ暗だ。


 「……」


 女は俺をじっと見据えている。


 「俺たちの仕事もあと二回か」

 「……そうね」


 この女と組んでから、逃亡幇助の数はもう数しれない。どんだけザルな地下牢かと侮るなかれ。危険はしょっちゅうあったと言っておくぜ。俺たちの名誉のためにな。


 「貴方は終わったらどうするの……?」

 「さぁな……とっとと行け。時間無いんだろうが」


 コイツの仕事はこれからが本番だからな。俺と喋ってる暇はねぇ。また後ろ髪引かれてんのか? お人好しも過ぎると嫌われるってなもんだろ。早く行きやがれ。ダチ助けたいんだろうが……全く。


 感動の再開の場面なんて見せんじゃねぇよ。ウルっときちまって、仕事し損じちまうじゃねぇかよ。俺の涙腺弱いんだからな!


 はぁ、詰所に戻るのにあの牢を通過しないとだからな。憂鬱だぜ。泣き止んでいるといいが。


 どうやら眠っているようだな。ほっとしながらクリスティーの牢を通り過ぎる。ついでに詰所の先輩も眠ってたな。朝まで寝てんだろう、どうせ。


 脱出の機会が一番危険だからな。入念に準備してきたとはいえ、イレギュラーなんてものは常に存在する。どんだけやっても失敗する時は失敗してしまう。俺の場合は失敗は死を意味するからな。ゾクゾクするぜ。


 救助対象と親しくなる事はしない。情が移るとイレギュラーが起こりやすいからな。変な気を回すとルーティンに支障をきたす。例えば対象が笑ったのを見てホッとするだろ? そりゃ俺だってホッとするんだよ。んでそれが気の緩みを生んじまう。気の緩みが今度は態度に出たり、日常業務に違和感を与えてしまう。周りから怪しまれたり、しょうもないミスを誘発することもある。


 だから俺は救助対象には情を抱かないように心を鬼にして極力冷たくあたる。俺のためだ。ひとつのミスで命が無くなっちまうからな。


 だから感動の再開とかはやめて欲しいんだよ。涙腺弱いんだからな!



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 今日の晩が脱獄予定日だ。脱獄と言っても自分で画策している訳では無い。鎖にかけられた状態で、温い拷問(※温くない)とはいえ体力は随分削られている。自分では無理だ。


 なぜか牢番が逃がしてくれるという。疑ったところで自分の命はあとわずかしか残されていない。動かなければどうせ死んでしまう。なら足掻いてやるまでだ。


 陽の光が入らないから、時間が分からないが、朝食がまだだから恐らく一の鐘はまだ鳴っていないだろう。鐘さえ聞こえないことに、最初は不安になったものだ。夜が待ち遠しい。


 交代した初老の牢番がやがて朝食を置きにやってきた。いつもの朝で、いつもの乾いたパンと少しの水。筋力がだいぶ衰えているに違いない。外に出たらもう一度鍛え直そう。


 処刑を待つ私が先を考える事ができるようになるとは。


 「可哀想な奴よな」

 「全くです」


 牢番達の会話が聞こえてくる。彼らも私が冤罪でこんな目に遭っているのを知っていた。職務故に何もできないことは騎士として働いていた時に経験したから同じ気持ちはわかるつもりだ。だけど、被害者の気持ちになって考えたことはなかった。所詮同情を向けることしか出来なかったわけだ。私も彼らと同じ穴のムジナ。


 ここを出ることが叶うなら、被害者の気持ちに寄り添える人間になりたい。


 そう思った。


 昨日来てくれた牢番の協力者は私の学園時代の友だった。卒業後それぞれの目指す道に順調に進んでいたと思う。彼女は服飾の仕事を、私は騎士を。


 なぜ彼女は脱獄の手伝いなどしているのだろう? さっぱり分からない。


 私もシェリーレイ・フォン・ガンフォール公爵令嬢にお仕えする近衛になるはずだったのに、王子にお仕えすることになった。同じように何か不具合が生じたのだろうか?


 私が、王子と寄り添う男爵令嬢のガードをするためだけに抜擢されたと知ったのは、王子付になって初任務の時だ。近衛騎士隊長がなんとも申し訳ない顔をなさって命令書を手渡してこられて、愕然としたのを覚えている。


 王族へお仕えするハズのロイヤルガードたる私のプライドはこの時から傷つけられていた。ロイヤルガードは大きな権威を与えられた役職だ。任務中はどんな権威にも屈することなく立ち向かえる最強のカード。護衛対象を守る為ならば王にさえ刃を向けても罪に問われることは無い。


 なんの権限もない男爵令嬢を守るためだけに王子付にされ、あまつさえその者から訴えられるのことになろうとは。


 私は空気を読んだだけだった。


 わがままを言う男爵令嬢を王子が苦笑で応えた時、一瞬だけ目が合ったのだ。私は口端を少し上げて苦笑しただけだった。やれやれという感じの。


 それがいけなかった。


 何を勘違いしたのか、私と王子が通じ合っていると思ったらしく、その頃から令嬢は私に冷たく当たりだした。この任務は本当に辛かったな。相手にしないように心がけていたが、余裕に見えたらしく、陰湿な嫌味、私にしかわからないように向けられた憎悪の目、これみよがしに王子にくっついて見せてきた。どうでもよかったが。


 私の休暇の日に事は起きた。


 怪我をしたらしく、それを私がやった事にされていた。朝自宅に入ってきた騎士達に取り押さえられて連行されたのだが、怪我をしたのはその日だという。しかも怪我をしたのは昼前だと。呆れてものが言えなかった。すぐに釈放されるだろうと思っていたのに、私は拷問を受け、処刑されるという。


 今考えてもおかしい。


 でも覆らない。


 私の絶望はこうして始まった。


 解放まであと少しの辛抱だ。牢番に言われたように、今日は完璧に死にそうな感じを演出しなければならない。


 脱獄より難しいのではないだろうか……。


 希望を持った今、私は誰にも屈するつもりはないのだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 いよいよこの日が来たな。


 準備は出来ている。今日もものぐさな先輩との当直だ。助かるぜ。


 「お疲れ様でした」


 二人の牢番との交代を果たして、詰所の鍵を確認する。輪っかの束には全ての牢屋の鍵がぎっしりだ。一の鍵だけ印が付けられていて、後は順番通りに並んでいる。だからどの鍵がどの牢の鍵かは牢番ならすぐにわかる仕様だ。当然ここ鍵を持ったらじゃらりとうるさく響くから、脱獄には使えない。


 スペアキーを作っているに決まってるだろう? 簡単なお仕事だな。


 粘土に型を取って、地下牢の扉の奥に置いておくだけだ。次の日には鍵になって戻ってくるからな。


 しっかし、王都の鍛冶師はどうなってやがんだ? 女騎士が持ってた剣の贋作を依頼したが、こんなナマクラ寄越しやがって。鋳造しか作れなくなったって噂は本当だったのかよ。見た目はまぁ、そっくりに出来てるからいいが、見る人によっちゃ、すぐバレるぞ。


 幸いにも、あの女の剣は趣向がシンプルだったからな。意匠が無いのも助かる。かなり良い剣持ってやがる。これも価値の分からない宝物庫の番人が鑑定ミスで"ただの剣"って事になったらしいが。おかげで俺が管理している。まぁ買い取った訳だが。ちょっと小銭を握らせただけでいい買い物だったぜ。


 後はそうだな、バックパックに路銀でも入れとくか。王都からなるべく早く出ないとな。


 一回目の見回りで奥の扉の外にこの荷物は置いておこう。あいつらが察するだろう。


 見回りの際に女騎士とは目が合ったが、無視して進む。勘づかれる訳には行かないからな、牢の中の誰にも。


 刻一刻と時は刻まれていく。緊張しないなんてことは無い。


 カツンカツンと響く自分の足音さえこの時ばかりは五月蝿く感じる。神経が研ぎ澄まされている感覚だ。


 先輩を睡眠薬で眠らせて、俺は奥へ奥へ進んだ。


 扉を開ける。


 今回は黒ローブが三人いた。一人は大きな荷物を背負い、一人は道具箱を抱えている。そしてもう一人はデザイナーの彼女だ。彼女は荷物一つと持ってはいなかった。


 俺と目が合うと全員が静かに首肯した。


 さあ、脱獄開始だ。


 俺の足音だけが響いているが、三人はちゃんと着いて来ている。防音措置を施しているからな、周到なこった。


 まずは牢の鍵を開けた。


 「待たせたな」


 小声で声をかける。女騎士は静かに頷いた。鎖を外してやり、立たせる。大荷物を抱えた黒ローブが、彼女がいた場所に荷物を置いた。俺はすぐに踵を返す。牢の前に立って、彼女たちから背を向けた。衣擦れの音が直ぐに止む。大荷物の中からガチャガチと音が響いたが、恐らく牢番の軽装備を彼女にさせているのだろう。大手を振って牢屋を歩くためだ。


 そのうち大荷物を抱えていた黒ローブは直ぐに出ていく。手筈通りだ。全員で移動すると目立つからな。俺は尚も警戒をしている。イレギュラーはいつ起こるか分からないからイレギュラーって言うんだろう。この時間が永遠に感じるから嫌な時間だ。しかし、焦りは禁物。心では早くしろ、って思っているが、作業は最速で行われている。


 道具箱を抱えていた黒ローブが出てきた。順調に進んでいるようだ。彼も暗闇に消えて行く。やがて牢番姿のクリスティー・フォン・スライアンも出てきた。


 「行くか」


 俺と女騎士は並んで地下牢の奥へ進む。地下牢を抜け、避難用通路に入ってから漸く長い息を吐いた。


 「よし、ここで待っておけ。彼女が戻れば、任務完了だ。お前はもう自由だ。良かったな」

 「……彼女は?」


 あいつはデザイナーだ。今彼女は大荷物の蝋人形にクリスティーに似せて化粧を施している。昨日の邂逅は、彼女に蝋人形の造型をさせるのと、クリスティーの状態を確認させるためだった。目鼻立ちはもちろんのことだが、傷の場所や髪型、手指に至るまで、施行を。


 死者に触れると伝染病が発生するため、誰も牢番の夜間勤務をしたがらない。全部当直に押し付けるのがここの流儀だ。だからそれを逆手にとった逃走幇助。


 彼女が戻れば、後は俺が死亡報告と死体処理をする。


 「もうすぐ来るだろう」

 「私はどうしたらいい?」


 俺はここから出たらすべき事を語っていく。


 「まずは南門を通って辺境伯領を目指せ。途中のファナザイル伯爵領の城下にあるアンドレッド商会へ必ず寄っていけよ。そこでお前の仕事を斡旋して貰え。金貨二枚はそこへ返していけばいい。それと、必ず『遠回り』と言う言葉を挟め。それが合言葉になっている。どこから来たかと問われたら、「王都から『遠回り』で」と言う具合にだ。最善は『遠回りに思えても』って言葉だが、覚えたか? そうだ。その言葉を必ず入れろ。それがお前の道を開く」


 「ファナザイル伯爵領のアンドレッド商会で『遠回りに思えても』だな? わかった。金貨二枚は必ず返す」


 力強い返事に口端が上がるぜ。メンタルもどうやら強ぇらしいな。


 「あ、あとこれも持ってけ」


 俺は彼女の剣を渡してやった。


 「っ!?」

 「悪いが勝手に研いでおいた」


 彼女は目頭を覆った。すまない、ともありがとうとも言っていたが、声は掠れていた。どうやら思い入れの深い逸品だったようだな。


 「あと塗り薬だ、待ってる間に付けておけ。多少痛みも緩和されるはずだ」

 「何から何まで……」


 気にすんな、と言いつつも俺は通路を振り返った。


 「遅いな……」


 デザイナーの女が遅い。見てくるか。


 俺が避難通路を越え、地下牢の裏口に足を入れた時だった。


 「何やってんだメイベルファ?」


 眠らせたはずの先輩が、デザイナーの女に刃を当てて声を掛けてきた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ※同視点



 「先輩……」


 デザイナーの彼女は手を後ろにかけられ、身動きが取れない格好で首に刃が当てられているところだった。顔は苦渋に満ちていた。


 任務失敗。


 いや、クリスティーさえ逃げる事が叶えば半分は成功だ。俺たちの命はもう終わりだが。どこで齟齬が生じたのかわからなかった。計画は完璧だったはずだ。ほんの一瞬の差かもしれなかった。先輩が起きなければ、成し遂げられていた。タラレバの話は詮無いが、強力な睡眠薬だったはずなのに。それに職務放棄大好き人間の先輩が見回りに来ていることも不可解だった。


 「どうやら、詰めが甘かったようだな。メイベルファと名乗る後輩」


 ドキリと心臓が跳ねる。どこまでバレているんだ!?


 最初から計画がバレていた可能性は?


 まさか。


 顔から背中から変な汗が滴る。


「俺が同僚の身辺調査しないと思ったか? メイベルファってのは引きこもりらしいじゃねぇか。どうやって社会復帰したんだ?」


 なんだと!? ちゃんと公爵家の伝で裏から手を回して工作処理された案件だぞ。城に勤務が受領されている案件だぞ、なぜ先輩がその情報を入手できるんだ!?


 「ふ、焦ってるようだな。まぁ俺には不可能じゃないって事だな。それになぁ、先輩に睡眠薬飲ませるようなヤツを俺が監視しないと思うか? 思うよなぁ、普段寝てばっかりだからなァ」


 なんだコイツは……。言いようのない恐怖が俺を襲う。全ては筒抜けだったというのか。


 「黙りかよ、なんとか言ったらどうだ? メイベルファと名乗る後輩さんよ」

 「彼女を離せ」


 先輩は長い長い溜め息を吐く。


 「きゃっ」


 途端に捕まっていたはずのデザイナーが俺の胸元に飛び込んできた。


 え?


 慌てて彼女は俺の後ろに回り込む。そっと先輩を伺っているのが何となくわかった。なぜいきなり解放してるんだ!? 全く読めない。


 「メイベル」


 急に先輩の声音がいつもの調子に戻った。いつもの俺を呼ぶ呼び方に。


 「お前の覚悟は理解した。詰所に戻るぞ」


 いや、俺が理解出来てないんだが、なんだコレは……。


 「あの……私は?」


 先輩はデザイナーを見て、面倒くさそうに手を振った。


 「君は行ってよし」


 なんとか任務は遂行できたようだ。分からないことが多過ぎる。いったいなんなんだ!?


 黒ローブは全員無事に外へ出ることができた、女騎士と一緒に。


 大きな緊張と共に詰所に戻る。


 「まずは死体確認と死体処理だったか? お前いつもめんどくさい事やってんだな」


 押し付けておいてこれだ。いつもの先輩に戻っているようだが、何一つ理解が追いつかない。本当に何が起きているんだよ。牢番の仕事を二人で片付けて報告書を書き終えた。


 真剣な表情で机に向かう。


 「そろそろ何がおきてるのか教えてください、先輩」


 不敵に笑った先輩がこちらを試すように見てきた。手のひらを上に向けてこっちに差し出してくる。


 「銀貨二枚な」

 「ちっ」


 胸ポケットから銀貨を取り出して四枚を渡した。先輩は片眉を上げて笑う。


 「じゃ、まずは情報開示と行こうか。俺の立場からな。俺は辺境伯領騎士団指南役トライティーと言う」

 「え」


 は? 辺境伯領騎士団指南役トライティーだと!?


 「嘘つくなよっ!?」

 「アハハハハ」


 先輩は証拠に、と短剣を見せてくれた。ただの短剣では無い。辺境伯のエムブレムと唯一無二の剣聖の印。本当だったらしい。俺は慌てて膝をつこうとした。


 「待て待て、メイベル。めんどくさいからやめろそういうの」


【辺境の剣聖】と呼ばれる者がいる。どうやら目の前の御仁らしいが。魔物が跋扈する南の大地を駆け回り、魔物をちぎっては投げる最強の剣士がいるという。どうやら目の前の御仁らしいが(二回目)。彼はその腕前から辺境伯にいたく気に入られ、どうしてもと請われて騎士団指南役になったと言う。


 なぜそんな人間が王都の地下牢で牢番なんてやってるんだよ……。


 「んで、次はなんだっけ、何が知りたいんだっけ? ちょっと眠ってからでいいか?」

 「いやいや、待たんかい!!」


 めんどくせぇ、と言いながら職務を放棄するいつもの先輩だった。これが剣聖とか、どうなのよ。俺の剣聖に対するイメージがどんどん崩壊していくんだが。


 ただ、俺の命は今の段階では取られることは無いようだった。先輩は小指で耳掃除しながら俺の方をチラッと見た。


 「俺は保険らしいぞ、メイベルがミスした時のなァ」


 そういうことらしい。


 ことの計画の始まりはガンフォール公爵家と辺境伯家、アンドレッド商会の会議を起点としている。三家会談と呼ばれるその会合で、王都の切り崩しが始まっている訳だ。その一環で地下牢にいる"正しき者達"を救い出す事が議題に上がったという。


 経済制裁、人材枯渇、武力行使、様々な案件が議題案として上がったそうだが、まずは人材確保が優先された。市井にいる優秀な者から、まともな貴族、商人、工匠、医者、などなどを探した。様々な分野での調査の結果がこの地下牢にも残されているという結論に達したという。


 そして俺は牢番として送り込まれた。メイベルファと名乗る引きこもり貴族の三男坊に成り代わって。都合が良かったからそうなっただけで、俺はアンドレッド商会傘下の傭兵団に所属している傭兵の一人だ。多少頭を使うのが好きなだけの一般人だが、妹の治療費をアンドレッド商会が出してくれたおかげで、命懸けの任務もこなしているわけだな。今回は本当に肝が冷えたが。


 そしてトライティー様、先輩は俺の監視というか、失敗した時のフォロー要員だったらしい。何度も睡眠薬を飲ませて眠らせていたと思っていたら、ぜんぜん効いてなかったと。怖ぇよ。なんだよその身体は。しかし、眠った振りをして、様子を見ていたらしい。地下牢入口の見張りまでしっかりやっていてくれたという。


 衝撃の事実だった。


 おいおい、若様、教えといてくれよ~、俺は死んだと思ったぞ!


 「そんでな、今回成功したらこれを渡せって言われてたんだよ」


 先輩は机から手紙を引っ張り出して俺の目の前に滑らせてきた。慌ててキャッチ。裏書きを見て我らが商会の筆頭支配人フレイル・アンドレッドの名を確認した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 排水用通路を抜けた。辺りは真っ暗だ。


 カンテラに照らされた部分だけを頼りに黒ローブの集団について行く。牢番の軽装備は通路に置いてきた。今は彼女たちが用意してくれた皮鎧を装着している。冒険者に見えるらしい。


 なるほど、冒険者か。日銭を稼ぐ方法が何となく見えてきた。もちろん情報が無さすぎてよく分からないが、これからいやでも知ることになるのだろう。


 牢番が渡してくれた剣は私が所持していたものだった。取り上げられてガッカリしていたが、この手に戻ってきた事が何よりも嬉しい。


 「ここまで来たらもう大丈夫。クリスティー、よく頑張ったわね」


 黒ローブの友、キャサリン・フォン・マグワイア子爵令嬢が私を抱きしめてくれた。涙が瞳に溜まる。


 「キャサリンもありがとう。まさか貴女に助けられるなんて思わなかった」

 「ふふ、そうね」


 さあ、上がって、と促されて彼女のアトリエに足を踏み入れた。ガランとしている。呆気にとられていると、彼女は苦笑した。


 「驚いた? もう引越しするのよ。ファナザイル伯爵領にね。途中まではご一緒してくださる? 騎士様?」


 彼女は護衛を私に依頼した。ありがたい。ファナザイル伯爵領に向かう目処が直ぐについた。いや、そういう手筈なのかもしれない。さすがに事がスムーズ過ぎる。


 「私ね、王都での仕事にこだわり過ぎていたのよ」

 「キャサリン?」


 徐に語り出した彼女の話は興味をそそられた。


 足元を見られる交渉、買った後にクレームを付けてくる貴族、ライバル店からの執拗な嫌がらせでお店は流行らなくなっていた。貴重な絵画や陶器は随一のものを揃えていた。そのうち安く買い叩かれたり、そうせざるを得なかったりでアトリエは存続の危機に瀕していた。


 助けてくれたのは、夜逃げをしたはずのアンドレッド商会だった。正規の値段で買ってくれただけでなく、ファナザイル伯爵領での出店にも力を貸してくれるという。そんな上手い話は無いと最初は警戒し、話に乗ることは出来なかった。


 時期を逃せば逃す程、アトリエは危機に見舞われる。焦りがあった。でもこの王都での出店に拘った。国の中心で

 店をやってこそ、一流。自分に言い聞かせてきた。しかしダメだった。


 実力がないからだと思っていた。


 そんな時に奇妙な依頼が届いた。


 アートの仕事だった。蝋人形を作って欲しいという。大体の人形は用意をするから、細かな造型を頼めないかと。最初はモデルを連れてこられた。この人の蝋人形をと依頼された。


 高額な依頼故に高い完成度が期待されていた。本物と見紛う人形をと。私は芸術家魂に火を付けられ、熱中する。脇目も振らずに作り上げた蝋人形は高評価を得て、彼女はデザイナーと呼ばれるようになった。蝋人形に着せた服飾が彼女の真の仕事だったからだが。


 変な依頼は続いた。今度は連れてこられたこの人をもう少し、幼くしたイメージでと言われた。彼女の娘だそうで。首を傾げた。本人はいないのかと尋ねる。


 これが逃走幇助に関わる最初の出来事だった。そして今日でその仕事は終わったらしい。あと二回の予定が前倒しになったという。城で少し遅れた理由に関係するそうだが、詳細は教えてくれることは無さそうだった。


 私は自分の顛末を語った。ほぼ正確に知られていたようだが、彼女は最後まで聞いて涙してくれた。


 警戒はしたものの、追手はなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 前略 ジェイリー殿


 ジメジメした地下牢の任務、いかがお過ごしだろうか? 君の事だから文句を言いながらも丈夫にやってくれていることだろう。妹は大丈夫だから安心するといい。引き続き医者に診てもらっている。経過は良好のようだよ。


 君からの報告書が届く度に、私は感嘆している。だが、心配もしているんだ。大変な任務を引き受けてくれていること、ありがたいと共に申し訳なく思っている。


 あと二回の任務だが、これはキャンセルするよ。君の事だから、やるって言うかもしれないが、予め却下しておく。もうこの仕事から放免だよ。君にはやってもらいたい別の仕事ができた。こちらに帰ってきて欲しい。


 後のことは、君にこの手紙を渡すであろう"ものぐさな先輩"に任せておきなさい。どうなっても大丈夫だから。


 それじゃ、帰還を待ってる。


 帰ってきたら一緒に飲もう。


 アンドレッド商会筆頭支配人フレイル・アンドレッド



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 「任務お疲れさん、ジェイリー」


 先輩は俺の肩にポンと手を置く。今すぐこの足で王城を抜けるように言われた。最早隠すこともないが、俺の名はジェイリー。


 メイベルファはもう名乗らん。(仮)だったからな。


 本当に長い潜入だったな。メイベルファとして振る舞うのも板に付いてきたと思ったんだが、もう流石に疲れたからな。遠慮なく終わらせてもらうぜ。


 「先輩、お世話になり……いや、お世話様でした」

 「ブハッ、違ぇねぇなァ」


 ほとんど俺がやったからな。牢番の仕事ほとんど寝てたからお世話してやったさ。でも先輩のおかげで事をスムーズに運べていたんだろう。その事には感謝しようじゃないか。


 あと、剣聖とか信じられないが、短剣見た後だしな。あと二回の任務を力技で解決するんだろうか。ま、俺の知ったことではないし、俺じゃ難しい案件なのかもしれない。若様の判断だし、素直に従っておくのが吉だろう。


 妹の経過を知れたのも助かった。ありがてぇよほんと。


 さぁて、どんな任務が待ってんのかねぇ。


 先に若様の酒が楽しみだな。


 俺はまだ暗いが、日の出が近い王城を後にした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 「ここが、アンドレッド商会……大きいわね」

 「そうね」


 私たちはついにファナザイル伯爵領の城下にたどり着いた。


 長い長い旅ではなかったものの、馬車での移動は遅く感じた。馬での遠征に慣れていたからかもしれない。やはり、護衛任務とは難しいものだと思った。冒険者はチームで活動している者達が主に護衛任務を受けているという。複数じゃないと、流石に多方面の警戒が難しいからだ。


 今回、キャサリンは王都から冒険者を雇った。ファナザイル伯爵領までの片道のみ。私は馬車に乗り込んだが、時々冒険者にまじって色々と教わった。新鮮だった。食事を囲みながら冒険の話を聞くのは楽しかった。


 時々武器のメンテナンスや訓練に参加することもあって、意気投合できたことも嬉しい。


 そして王都よりも規模は小さいながら、活気のある城下町に入った時には心が踊った。人々の明るい姿は王都にいる住民たちより遥かに幸せそうだったから。


 アンドレッド商会はファナザイル城の近くに建てられていた。明らかに力の強い商家だとひと目でわかる豪華な建物だし。


 私たちは商会の中へ足を踏み入れる。


 どういう訳か、私とキャサリンは別々の商談室という部屋に案内された。ここからが私の人生の再出発になる。


 気合を入れて、招き入れてくれた相手を見た。


 オレンジの髪を後ろで束ねた、人の良さそうな人だが、この雰囲気はなんだろうか。


 「いらっしゃいませ、ようこそアンドレッド商会へ。本日はどういったご用向きでしょうか?」


 隙がない立ち居振る舞いと、据わった目に、最初の印象は吹き飛んだ。獣の前にいるみたいだ。負ける訳にはいかないが、私は牢番の言葉を思い出した。


 「私は王都から『遠回り』してここへやってきました。名前はリッティと申します」


 クリスティー・フォン・スライアンを名乗るわけにはいかない。もう死んだことになっているから。少し寂しい気がするが仕方がない。


 「私は命の恩人から、ここへ来て仕事を斡旋して貰えるようにと言われて来たのです、そして金貨二枚をこちらのアンドレッド商会へお返しするようにと」


 話しながらずっと私の言葉に耳を傾ける相手から目が離せなかった。逸らしたら負けると思ったから。いったいなんの勝負をしているのか自分でも分からないが。


 「なるほど、その命の恩人の名前は?」


 しまった、聞いてない。命の恩人と言いながら相手の名前を知らないなんて信用されるはずがない。だが、偽ることはできない。


 「存じません」

 「そうですか」


 あっさりとしたものだった。彼は次の質問を投げかけてくる。


 「貴方には何が出来ますか?」

 「剣を少々」

 「剣ですか……」


 面白い、と立ち上がる。


 「いいでしょう。貴女を雇いましょう」

 「え……」


 なんでだ?


 「勤め先は辺境伯領ですが、構いませんか?」

 「どこなりと」


 おかしくないか? まだなんにも知らない相手に、こんな恩人の名前も語らない人間を雇う? しかしチャンスを手放すつもりはなかった。即答してしまうが、構わない。


 これからの人生は自分で決める。


 「合格です。クリスティー・フォン・スライアン様。試すような真似をどうぞお許しください」


 右目をウィンクさせた相手は名乗る。


 「紹介が遅れましたね、私はアンドレッド商会筆頭支配人フレイル・アンドレッドです。お見知り置きを」


 この人が【暁の麒麟児】か。全てを知った上での救出劇だったと……。


 最後に彼は私の勤め先を告げた。


 「辺境伯領に身を寄せているさる方の護衛をお願いしますね」


 かつて近衛騎士としてお仕えするはずだったあの方の護衛。


 尊きお方の名はシェリーレイ・フォン・ガンフォール公爵令嬢。


 そしてこの国の王妃となる私の主君。


 頬に流れる一筋の雫を最後に、私はもう泣かないと、この身に誓った。




考え方脳筋な女騎士でした。拷問を温いとか……。

偽りの牢番二人でした。

三家の徹底した王家への攻撃が水面下で行われている様子を。


最後までお読みくださってありがとうございました。

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