聖女
「あの……そろそろ動いてくれると……うれしいです……」
僕が桜井について考えていると、申し訳なさそうな声が聞こえてくる。僕は急いで声をしたところを見る。そして僕は思い出す、今自分はあの魔物から助けるために隣にいた女性を押し倒している状況にあること。
僕は急いで離れる。なんで忘れていた、確かに、桜井のことなど印象に強い出来事があったが流石に押し倒したことを忘れるのはない。てか桜井も分かってただろ、なんで教えてくれなかったんだよ。
手をさし伸ばし、起き上がるのに手伝う。そして押し倒した時に着いた土とかを掃って話が聞けるようになったを確認する。
「すいませんでした」
最速で僕は謝った。今まで多くの事で怒られて来たので謝る姿勢は完璧だ。魔物から助ける為だったとはいえいきなり押し倒すのはかなりびっくりするはずだし、その後存在を忘れるという最大のやらかしまでしたのだ。助けたからと言っても余裕でギルティだ。
とにかく誠心誠意謝る。僕が謝ってしばらくしたが、一向に返事が返ってこないので顔を上げて僕が助けた人物野矢優香を見る。
彼女は人形のような姿で、性格も気弱で大人しい人だ。肌も透き通るように白く性格のこともあり、あまり感情が表に出ないのでクラスでは可愛い人形であり、観賞用と言う扱いが近かった。そんな人形のような顔は真っ赤に染められていた。
終わった……、こちらに来て早々多くの敵を作ってしまった。庇護欲を感じさせる野矢さんをこんな目に合わせたのだ。
「名塚君、助けてくれありがとう……ございます」
少しおどおどしいような声だったが、助けたことについてお礼を言った。その様子を見た感じ押し倒していたことについてはあまり気にしていなそうだった。
助かった、そう思わずにはいられない。女子は怒らせると怖い、それは世の中の夫婦などを見てみればよく分かることだ。僕自身も数回体験しているが、二度と味わいたくない。
「名塚君! 怪我が……」
僕が最悪の事態にならなくて安堵していると、こちらを見た野矢さんが僕のケガに気が付く。
そういえば傷を負っていたな。痛みにはかなり慣れていることもありすっかり忘れていた。まあ、かすり傷なので大きな問題ではないと判断していたことも大きいかもしれない。どちらにしろ野矢さんを押し倒していたことを忘れている奴が自分の傷に気が付くわけがないか。
そんな自虐にも近いことを考えながら心配そうにこちらを見ている野矢さんを安心させるために平気な表情をして明るく返事をする。
「これぐらいなら大丈夫です」
「ダメ」
「の……野矢さん?」
そんな言葉を野矢さんはバッサリと否定してこちらに近寄ってきた。そして少しでも動いたら野矢さんに当たってしまう所まで来ると、野矢さんは傷を負った所に手をかざした。
「少し動かないでください」
集中しているのか、普段の様子からだと予想もできないような真剣な声で言ってくる。野矢さんの言う通り動かないでいると傷が一瞬で治る。
「野矢さんが治してくれたんですか?」
今起きた出来事に少し驚きつつも、一応確認で聞いてみる。
「はい、私の能力は聖女というものらしくて、大抵の傷を治すことができます」
「傷を治してくれてありがとう」
「そんなお礼を言う必要はありませんよ、そもそも私が鈍間だから……」
野矢さんは少し落ち込んだような声で言った。あの状況では鈍感などは特に関係ないし、反応できる人なんてそんなにいないはずだ。だが、それを口にして言っても野矢さんが元気になることはない。野矢さんのその態度は諦め、もしくはそうなることが正しいと思っている。
ただ、雰囲気が悪い。この先辛くなるような事が多くなるのは火を見るより明らか最初からこんな調子だとキツイものがある。だから明るくしよう。
「鈍間はないと思いますよ。傷を治すときの野矢さんの迫力は凄かった、あれで鈍間なら僕はそれ以下ですね」
「あ、あ、あれは……忘れて……ください」
やっと真っ赤な表情が治りかけていた野矢さんがまた真っ赤になる。
その様子を見てクスっと笑ってしまう。方法は全くカッコいいものではないが野矢さんの様子を見ていると暗いよりかはよっぽどマシだと思えてしまう。
野矢さんが落ち着くまで待つ。野矢さんは僕が笑っていること見てされに顔を赤くしていたので待ち時間が長くなるのも当然んだった。
「もう大丈夫ですか? 」
「…………」
ある程度治まったと思って声を掛けたが、野矢さんはこちらに些細な反抗を訴えるように見てくる。
「ごめんなさい、もうしませんから許してください」
「お願い……しますよ」
何とか明るく話すことが出来るまで復帰できたので良かった。これでさっきから気になっていた聖女の事に関して聞けるかな。
「聖女の能力は大抵治せると言ってたけどどの程度までなら治せるんですか?」
「死んでいなければ治せると思います」
野矢さんは少し自信がないように答える。だが、聞いた僕はかなり驚いている。もし、これが本当ならかなり強力な能力だ。どんな状態でも治すことが出来るそれは、この状況下において最も大切なってくるだろう。
しかし、そのような強力な能力ならば何かしらのデメリットが存在するかもしれない。もしあるなら把握しておくべきだろう。てか、あるなら先程治した時に野矢さんに何かしらの負担をかけていたことにもなる。
「野矢さん、その能力を使った時に何かデメリット的なことはありましたか? 」
「……なかったと思います」
少し間があったのはデメリットを隠すためか、それとも何かあったか考えたからか。少し考えすぎかもしれないが気に留めておいた方がいいな。一応探りでも入れておくか。
「ほかに何か分かったこととかありましたか?」
「特にないかな、使用した後に魔力? みたいなのが減るのを感じた」
本来の意図は違うがここで新たな情報が分かる。彼女は魔力らしきものを感じるらしい。実際に魔力かどうかは分からないが、こちらに来たことへの影響と考えるべきだろう。
それよりも問題なのは僕にはそういった感覚は今の所一切ないことだ。
ただ感じ取れていないのか、それとも魔力がないのか、何が原因でそうなっているか分からないがここでその存在を知ることが出来たのはよかった。魔力がないとか問題の種になりそうなことは出来るだけ排除したい。
それにしても魔力があってもそれを使う才能がないということか、それとも野矢さんが特別な可能性がある。
「あと……その……」
「ん?」
魔力のことについて考えていると、野矢さんは少し困ったような表情をして、弱弱しく言う
「名塚君、その敬語をやめてくれると嬉しいな……」
ああ、そういうことか。僕は基本敬語で話してしまう癖がある。なので相当親しい中でない限り敬語で話してしまう。
「別に敬語が嫌な訳じゃないんだよ! ……ただ、同じクラスメイトだから……敬語じゃないほうが話しやすいから」
野矢さんは慌てるようにいった。僕がすぐに答えないことに機嫌が悪くなったと勘違いしたのだろうか。まあ、そんなことで機嫌が悪くなるほど僕の心は狭くないつもりだ。
それに、野矢さんの言ってることは正しい。敬語だと堅苦しいし、今の状況では少しでも明るい雰囲気で接するべきだろう。
「ごめん、敬語で話すのはちょっとした癖でね、出来るだけそうしないようにするよ」
「こっちも我儘言ってごめんね」
互いに笑い合う。最初より大分マシになっただろう。さて、この後どうするか、正直今話すことはあまりない。今は今後どうするか話し合う時間なのでそちらに時間を使った方がいいかもしれない。
僕は考えた末に本来の目的を優先させることを決めた。それが互いにメリットがあるからだ。
彼女は大人しく優しい性格だが、人と話すのが得意というわけではない感じだ、少なくとも今の段階では、普段は静かに本が読んでいることが多く、友達と喋っているところはたまにしか見ない。
現在の状況では人とのつながりが重要になってくる。
彼女が僕のように一人でも大丈夫なら問題ないのだが、見た目通りなので一人になったりしたら数日以内に死んでしまう可能性が高い。
それに彼女の能力も危険だ。彼女の能力は非常に強力であり、その価値は計り知れない、まだ学生なので当分のうちはひどい事にはならないだろうが、この暮らしに慣れてくれば必ず厄介ごとに巻き込まれるようになる。
それに命が関わることなのでもし誰かが亡くなった場合、その責任が彼女に集まる可能性がある。
彼女がその時に避難できる場所として受け入れる存在が必要だ。
そのためにも今後について決めるためこの時間を活用するべきなのだ。
だが本当にそれでいいのだろうか、彼女の回復能力は貴重かもしれない。
少なくてもここにいるメンバーの中で、回復能力を持っている人はどれぐらいいるのだろうか、もしかしたら野矢さんだけかもしれない。
もしそうなら、今僕はその能力を独占できるチャンスを手にしていることになる。
今この能力を知っているのは、僕だけなのだから。それに野矢さんは僕に助けてもらったという状況だ、転移前から野矢さんのことは度々助けている。
そのことからある程度助言をしたら野矢さんは素直に受け入れる可能性が高い。
ある程度事なら上手くやればある程度行動を制御できる。そうすれば僕は貴重な回復能力を自分のものにすることができるかもしれないし、生存する可能性も上がる。
また、重傷者などが現れた場合に野矢さんを使い有利な立場になれるだろう。勿論、あからさまに独占をすれば、みんなから恨みを買うことだろう。だがその程度のことはいくらでもやり過ごすことが可能だ。
もし、独占してることがバレて敵対されるようなことがあればここから逃げればいい。一人で生き抜くために必要な知識や技術などはすでに身につけてる。それに加えて死にさえしなければ完全に回復できる能力があれば余程のことがなければ生き残るができるだろう。
そう考えればこちらのほうがメリットがあるように感じる。そっちのほうがいいかもしれないと思った時だった。
「いいかい、常に先を考えて行動しなさい。真紀はそう言うことには優れてる。その力を多くの人を救える。それが回りまわって真紀を助けてくれる。勿論真紀の助け方は他の人には気が付かれない可能性が高い。だけどきっと気が付いてくれる人がいるから。」
あの人の言葉を思い出す。そうだった、自分だけが有利になっても意味がない。誰かを助けないといけない。それに現状は厳しいものではない。
そこまでする必要はないはずだ、洗脳等の手段は最後の手段である。その逆も考えれる、誰かが野矢さんを洗脳する可能性も考慮すべきだ。少なくとも野矢さんが何かしらで利用されないように少し小細工をしておくといいかもしれない。
「僕は友達のところに行くけど、野矢さんはどうしますか?」
「あ……そうだね名塚君、私も友達のところに行くね」
「あと、聖女のことについてだけど、どのくらい治せるとかの所は伏せておくといいよ」
「え……どうして?」
「野矢さんの能力は強力でとても価値がある、それこそ桜井君の勇者以上の価値があると考えていい」
「桜井君以上なんですか?」
「ああ」
そう言うと野矢さんは信じられないような表情でこちらを見ている。
強力な能力だと伝えても動揺がなかったところ野矢さんは自身の能力は強力なものだという自覚はあるようだが、そのあと桜井以上の価値があるというと驚いていたため、野矢さんクラスの中心人物であり、勇者である桜井以上の価値があるとは考えていなかったといった感じか。
過去の様子と今の反応から野矢さんがどの程度正確に価値を評価できているのかを考える。
上手く過ごすためには自身のことを正確に評価する必要がある。
評価というのは態度に表れやすい、僕たちは常に他人の態度など多くのことを評価している。その中でも在り方については人に多くの影響を与える。上手くやればいいのだが、失敗すると相手に悪感情を与える。
特に現状の環境ではストレスが非常に溜まりやすく、発散しにくい。そのため小さな出来事でも仲間割れが発生する可能性がある。
本格的に影響を及ぼす前に対策しておくべきだろう。与えられた能力や大きく変わった環境などによって転移前の評価から大きく変わることになる。
野矢さんの聖女という能力はその影響を強く受ける条件を満たしている。だからこそ、野矢さんがどの程度正確に評価しているのか判断する必要がある。
野矢さんは自己評価は少し低い、自身の能力が強力だと評価は出来ているがその利用価値が計りきれなかったのか、それとも自身がないのか、その両方の可能性もある。
もしくは桜井の行動が過大評価につながった可能性もある。
僕は過去の経験などからより正確な評価をしていく。
「価値が高いと……どのような問題があるんですか?」
野矢さんは動揺から立ち直り質問してくる。
「みんなが安心しすぎる可能性がある」
「安心しすぎる?」
「今の僕たちは遭難状態で、尚且つ僕らを襲う存在もいる、桜井君が守ってくれるとしても必ず守ってくれる訳ではないんだ、だからこそしっかり考えて行動できるようにならないといけないことは分かるかな」
先ほど桜井の演説で自身たちを必ず守ってくれると思ってしまうようなものだった。それを否定するような意見を述べる。
「確かにそうですね」
野矢さんはすぐに答える。その姿に動揺したような様子ななかった。
やはり、野矢さんは現状をしっかりと見えている。少なくとも現状に呑まれているわけではない。
もし見えていなかったら動揺を見せるはずだ。なぜなら、桜井によって与えられた希望に対して現実を突きつけるようなことを言ったからだ。
「そのためには危機感を持ってもらうことが大切なんだ」
「そうすれは自身で考えて行動するから、だから安心しすぎるのはダメということですね」
「ああ、そういうことだ」
野矢さんは納得した表情をする。
どうやら納得してくれたらしい。野矢さんは聖女の能力を全て伝える可能性はかなり低くなったと考えていいだろう。
これによって彼女の評価が急上昇するということはすぐに起きないはずだ。また、みんなのために能力を隠すという理由がある為、能力を偽ったことがバレた場合でも大きく責められることはないようにしている。
「名塚君、ありがとう!」
「助けてもらったから、当然だよ」
野矢さんについてはこれでいいだろう。
さて、次は何をするべきか、取り合えず友達でも探しに行くべきだな。魔力に関しても調べる必要があるなどと考えて野矢さんに別れを言おうとした時だった。
「名塚君、一つ聞いていいですか?」
「いいよ」
「名塚君はどうしてそんなに冷静でいることが出来るの?」
よく見ていると思った。ここにいる誰しもが命の危機だ、普通なら自分の事で手一杯でほかの人のことについて考える余裕はないはずだ。
それに彼女は頭が悪いというわけではない、むしろいい方だろう。だからこそこの質問が僕の核心を探るように感じる。
冷静というならみんなを纏めるために動いた桜井達も該当するはずだ。これが一人だけならまだしも複数人いる。野矢さんが混乱状態であったからこそより冷静に感じられたからならまだ納得がいくのだが、彼女はさっきの会話から分かるように比較的に冷静だ。
だからここで言うなら、「凄いですね」と褒めるようなどのほうが自然だ。
たまたま聞いたという可能性もあるが、それは僕の直感と経験が否定する。これは僕に深く踏み込むような質問だと言っている。
「冷静に見えるようで内心かなり緊張してるよ、ただそう見えるのは開き直っているだけなんだよね」
僕ははぐらかすことにした。
「そう……なんですか」
「求めるような答えじゃなくてごめんね」
「いえいえ、謝ることはないですよ!私友達のところに行きますね!また!」
「ああ、また」
そうして野矢さんは友達を探しに行った。
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