消えない光
息が苦しい、口からは鉄の味がする。意識が少しづつぼやけていく、それでも私は彼のもとへと全力で走る。
木々が月の光を妨げ、視界が悪く、森の為、凸凹で走りにくい。もう何度転んだのか分からない。それでも私は彼のもとへと駆ける。
失うかもしれない、そんな考えが私の心を蝕んでいく、足は鉛のように重く、少しでも気が抜いたら倒れ込んで動けないだろう。
何もかもが私を追い詰める。諦めてしまいたいそんな気持ちが私を覆いつくす。全てが真っ暗になるなか、ただ一つだけ弱いながらも決して負けることなく光を放っていた。
初めて彼を意識した日を思い出す。
合唱コンクールで伴奏者だった私は、本番の4日前に片腕を骨折する怪我を負ってしまった。
私以外に弾ける人はおらず、本番の4日前ということでどうしようもなく、誰もが諦め、行き場の無い怒りをどうすればいいのか分からず、ギスギスとした最悪の空気だった。
音楽は好きだし、みんなやる気があった。だからこそ、今まで頑張って来たことが水の泡になることが何よりも辛かった。
みんな仕方がないと言って私を責めなかったが、そのショックを隠しきれていなかった。
全てが真っ暗になってもう駄目だと思っていた。
そんな時にクラスでも音楽に詳しい男の子から片手でもできるように楽譜を変えたり、できることがあるんじゃないかと言い始めた。
それを皮切りに、みんなが使えるツテを総動員して、怪我をした私でもピアノが弾けるようにさまざまな工夫がされた。
それでも、曲の改変は難航していた。みんなが必死にどうにかしようとやっていた。
その姿をみて、私が怪我をしなかったらこんなふうに苦しむことはなかったのだと酷い罪悪感を感じた。
どうして、どうして、自分への怒りが止まず、みんなが一歩踏み出しているのに、私だけ一歩踏み出せていなかった。
そんなふうに自分を責めていた時、
「野矢さんは、ピアノは弾きたいですか?」
突然、聞かれたその質問に驚いた私は思わず「はい!」と答えた。
「なら、笑顔で堂々していてください。舞台は僕の友達が用意してくれるから」
彼は満面の笑みを浮かべ、自信ありげに言った。
彼はあまり歌が上手くなく、ダメだった所などを私やパートリーダーに聞いては直していた。
クラスの中でも一番大変な思いをしているはずの彼は誰よりも諦めていない表情をしていた。
「どうして、そんなに頑張ることができるんですか?」
それを反射的に聞いていた。それを聞いた彼は一切の迷うことなく答えた。
「信じているから、きっと誰かがこの頑張りを意味あるものにしてくれるって」
その無責任とも思える言葉は不思議と私の中で消えかけていた光に力を与えてくれた。
「だから、クラスメイトを信じて堂々としてください」
その言葉を聞いて、今まで考えていたことが馬鹿に思えてきて笑みが溢れる。
それを見た彼は「あとは任せた!」と言って何処かへと言ってしまった。
その後クラスメイトの頑張りもあり、合唱コンクールは無事成功、最初に意見を言った男の子を始めに多くの子が、その奇跡を起こしたということで注目されていた。
その後、最初に意見を言った男の子から、呼び出された。
「これはアイツから言うなと言われたけど、お前にだけは知ってほしいから伝えておくわ。あの時、俺はもう無理だと思って諦めていたんだ。だけど、アイツが、まだ諦める時ではない、
自分だとみんなを動かすことはできない、とか言って必死に説得したから、動いただけにすぎない。今回、上手く行ったのはアイツのおかげだから。感謝するならアイツしろよ」
そう言って男の子は教室へ帰っていた。
彼は自分に人を動かす才能も問題を直接解決する能力も無いことを自覚した上で、それでも諦めずに行動する。誰よりも責任感が強く、身近な人が幸せでいられるなら自分の全てを差し出す。
どこまでいっても自分のことを考えていない人、そのくせ、そう言った所がダメだと理解しているのだから、なおタチが悪い。
だがら私は彼に教えてやるんだ。
私を覆っていた暗闇は徐々に晴れていく。
下に向いていた顔を前へと向ける。
「真紀!」
もっと笑顔で堂々としていいんだよ。
周りのみんなをもっと信じて、一人で責任を背負わなくていいんだよ。
月明かりに照らされた彼は私の方をみて不思議そうな表情を見せたあとその場に倒れた。




