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最後だからわかること  作者: 時雨
魔の森
31/32

始まり

 忌々しい敵だったともう動かなくなったそれを一瞥し、その場から立ち去ろうとした。


 その瞬間、身の毛がよだつような感覚が全身を襲う。急いで後ろと振り向くとボツボツと声を上げながら立ち上がるボロボロな人間の姿を見る。


 それを見た瞬間、考えるよりも先に体が動いていた。


 人間の体を切り裂くように鋭利な爪を振るおうとした瞬間、その人間は糸の切れた人間のようにぐずれ落ちる。だが、攻撃はやめない。生かしてはいけない。


 鋭い風の刃がその人間を細切れにする瞬間だった。強い左頬に強烈な衝撃と共に勢いよく吹き飛ばされる。


 それをやったのは、傷だらけで瀕死の重傷を負っているにもかかわらず、まるで何もなかったと思わせるような表情をして立っている、先程戦った忌々しい人間だった。




「まったく、起きて早々襲われるとは困ったものだ」


 そう愚痴りながら私は残った片腕で土を掃う。


 襲ってきたクーペヴァンは木々をなぎ倒しながらはるか遠くまで吹き飛んでいった。もうそろそろ私が張った結界に衝突する頃だろう。


 本当は逃がしてもいいのだが、こちらも私を呼び出したからにはしないといけない仕事があるので彼を逃がすわけには行けない。なので僕を中心に直径1キロの結界を張って逃げ道を防いだ。


 さて、次にしないといけないことは応急処置だ。私は聖女の治癒魔法を参考にデメリットだけを書き換えて、自分の体を治癒する。まあ、治癒をするといっても失った腕を生やすわけではない。


 完全回復をしてしまうと私の時間が無くなってしまうし、その代償もかなりのものになる。なので止血をする程度で留める。


 すぐにしないといけない事も終了したので、次は仕事を完了するために状況把握を始める。


「未来の私はどこまでしてくれたのかな?」


 一瞬だけ気を周囲に配り状況を把握する。結界より少し離れた所でこちらを見物するやつが一人とこちらに向かって走ってきている奴が一人いる。


 なるほど、帰り道は用意してくれているらしい。となると私の仕事は説明と次へ進むための鍵を用意しないといけないという訳か。


 やるべきことが決まり、私は空を見上げる。どうやら例のブツが届くにはもう少し時間がかかりそうだ。


「さて、自己紹介から始めようか私は真紀のもう一つの人格だ。まあ、私の事は天才とでも思ってくれて構わない。」


 そう言って私は後ろへと手を振るう。それと同時に背後から迫ってきた不可視の風の刃が全て霧散する。


「この通り、解析者と理解者を扱えるから君たちの判定は間違えていたわけではない。ただ問題があって、私は自由に表に出てこれる訳ではない、先程まで見ていた僕の方ではこの力を扱うことは難しいだろう」


 難しいというより、今のままの僕だと不可能と言っても過言ではない。まあ、10年ぐらいこれだけに費やせば、ほんの少しぐらいは使えるかもしれない。


「どうしてか、その理由は簡単だ。この体は自身が持つ才能に耐えうるものではないからだ。勿論、この体が特別弱いという訳ではにない。その逆だ、才能が強すぎたんだよ。だから、私は自分の命すら食い殺さんとするこの才能をほぼすべて封印した。ただその落差が大きすぎてね、一つの人格だと耐え切れないから、こうやって人格を二つ用意したわけだ。」


 私はクーペヴァンが放つ膨大な量の不可視の刃を手を振るうことなく全て無効化しながら同じ不可視の刃を放ちクーペヴァンの無数の不可視の刃と相殺する。


「僕にはそれなりに悪い事をしてしまってね。命の為とは言え才能を封印したが、丁度よく残すなんていうことも出来なくてね。才能が全くない状態なんだよ。その上、流石の私もすぐにそんなことができないから、それなりに体を壊してしまったからね。僕には何もできないどころか当たり前のことすらできなかった。」


 僕が味わった苦痛は測り知れないものだった。私はそれを知ることができても本当の意味で理解することは出来ない。常人ではとても耐えれないものだった。


「それでも僕と言う人格は泥臭く耐え抜いた。全てがないどころか、マイナスからスタートしたにも関わらす、僕はしっかりと上り詰めた。その意志の強さは誰にも負けることはないだろう。それはこの体に宿るスキルに、そして君たちの思いにも認められている」


 はるか上空から二筋の光がこちらに向かって飛んでくる。その様子は漆黒の闇の中、細々しいが強く存在を強調していた。


 そして、二つの光は私の目の前に突き刺さる。


 現れたのはどこまでも飲み込まれそうな漆黒と透き通るように白い二振りの剣だった。


 命想器、能力者が命を代償に生成する武器などの総称。強力な能力など別格の性能があるが、同じ能力者でないと使用が出来ないこと、武器が使用者を選ぶなど使用条件がかなり厳しい。


 そして、目の前の二振りの剣が理解者の命想器めいそうき


 私は黒い方の剣に触れる、触れると同時に膨大な量の知識が流れてくる。それを全て処理をしながら必要なものを選別する。


 それをしながら私は話を続ける。


「私が作り出した側だというのに、その心の強さは私以上だ。だからこそ、私は表に出ることはしない、僕と言う人格を見守ることに決めている。それに僕の方が君たちの願いの為にもいいはずだ。」


 私は黒い剣から手を離す。


「すまないね」


 そして、先程まで空気と化していたクーペヴァンの方へと振り向く。


 その表情は恐怖で顔を歪ませている。


「君のお陰で随分と楽だった。せめてものお礼に一撃で葬るよ」


 そう言った瞬間、何かの呪縛が解かれたように、ものすごい勢いでこちらから離れていく。


 私は臆病なんだ、だからこそ一番最初に保険をかける。


 クーペヴァンの左頬が光始める。


 その技は桜井が以前見せた技を少しアレンジしたもの。技の名前は聖印とでもしようかな。


 光は一瞬でクーペヴァンを飲み込んで消し去った。


「選択は君にまかせるよ、僕は確かに非力だが、それよりも大切なものを持っている。それだけは私が保証するよ」


 これで私の仕事は終わった。後は僕が頑張ることを期待するだけだ。


 意識が少しずつ遠くなっていく。


 そう言えば今回は大分優香に頼ったものだったな。私的にはそこまで不確定要素入れたくないはずなんだけど一体帰る前の優香はどれだけの事をしたんだ。


 私は人を信頼していないはずなんだけどな。


 「真紀!真紀!」


 そこには今にも壊れてしまいそうなそんな危なげな表情をしながらこちらへと駆け寄ってくる優香の姿があった。

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