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最後だからわかること  作者: 時雨
魔の森
3/32

勇者

未来の僕から過去の僕へ


 その紙には、それ以外の言葉は書かれていなかった。


 一体どういうことなのだろうか。


 なぜ何も書かれていないのか、何を伝えようとしているのか、なぜこのタイミングなのか。


 僕は今起きた事態に対して急速に思考を巡らせようとした時だった。


「みんな!一度こちらを向いてくれないか!!」


 全体に透き通るような声が響く。その声の主は、このクラスの中で男子のリーダー的な存在である桜井信也だった。


 桜井信也は、モデル並みの容姿に、トップレベルの頭脳と運動神経をもっており、性格も決して慢心などしない、世間的に見て完璧と思える人物だ。


 そのことから、クラス中からも絶大な人望を得ている。普通は一強になるのだが、同等の人物がもう一人いたため、二強になっており表立った争いは特にない。


 その声に応じて彼に視線が集まる。みんなの反応は様々だ。大半は展開についていけず呆然としており桜井のようなリーダー的な人は、自身のグループのメンバーを落ち着かせて話を聞けるようにしていた。


 僕は先ほど決めた方針に従い、話を聞く姿勢を作る。あの紙は誰にも見られないように最小限の動きでポケットにしまった。協力的な姿勢をアピールするためにも、このような場ではしっかり聞くようにしなければならない。


 桜井は全体を見回し、みんながこちらを見ていることを確認できたのか話を始める。


「みんなありがとう!」


 桜井は堂々とした姿勢で感謝を述べる。その堂々とした姿は急に起きた出来事で不安を感じてる人たちにとっては頼りになるものだった。


「みんなに一つ聞きたいことがある! 今俺たちが置かれた状況が分かる人がいるなら挙手してほしい」


 桜井は周囲を見回すが誰一人挙手する人はいない。桜井もこうなることが分かっていたのか動揺はない。最後にもう一度いないことを確認して話を進める。


「俺も今どうしてこうなっているか分からない! しかし、今すべきことは分かる! それは生き残ることだ!」


 桜井は自分もみんなと同じ状況である事を伝えた上で、するべき事を言う。


「今、俺たちは命の危機に瀕している! 訳の分からない光によって覆われ、気が付けば森の中にいた、そして、ここがどのような所か分からない、そんな中で生き残るためにはみんなで協力し合うべきだと僕は考えている!」


 桜井は力強く言い放つ、内容をシンプルにして、今すべきことをみんなに分かりやすく、そして明確に伝える。


 いきなり森の中に取り残され生き残るか不安な人、この先どうすればいいのか分からない人達にとって桜井の言葉は賛同するに十分なものだった。


 ただ、それは勢いに任せた賛同、それでは失敗は許されない。みんながその勢いに流されようとした時だった、誰かが声を上げた。


「いきなりそんな話されても困るし、私たちもどうすればいいのか考えたいし、それ今決めないといけない事?」


 賛同する雰囲気を変えたのは、上島亜里沙(かみじまありさ)だった。彼女はギャル系のメンバーのまとめ役で頭の回転が良く、損益勘定で物事を考える傾向がある。それゆえに授業などをうまい事サボることが多い。


「上島さんが言っていることも最もだ、みんなも一度状況を整理し考える時間が必要だろう、この腕時計で一時間後に再び話し合いを再開したいと思う!それまでにさっき話したことについて考えを纏めていほしい!」


 桜井は上島の意見に対し動揺もなく、すぐさま解決案をだす。流石は桜井といった所だ。上島や他のみんなも一度冷静になって考えることに反対はしてない。


 もっとキツイものになると思っていたが、桜井が上手くやったのか、みんなが冷静だったのか分からないが順調に物事は進む。


 まあそのことも、この一時間で考えればいいことだと結論を出して、次にあの紙について考えようとした時だった。


 それは一瞬の出来事だった、僕はこちらに迫ってくるやつよりも早く、右隣にいる女子をかばう形で押し倒す、その直後背中が微かに抉られる。


 さっきまで僕が押し倒した女子がいたところには、2メートルほどの狼に似たなにかがいた。


 ただ、その雰囲気はあっちの世界での動物という言葉のように、可愛いものではなくゾンビや幽霊といった命の危機を感じさせるものだった。あっちの世界の言葉で表すなら魔物という言葉がピッタリだ。


 その狼に似た魔物と目が合う、狼に似た魔物は飛び掛かって襲ったためまだ地面に足が付いていない、だがそんなのは一瞬2秒後にはす追撃が来るはずだ。


 こっちに来ていきなり戦闘になるとは、しかも不意打ちだ。自分の不運を呪いながらも体は次の攻撃を防ぐために動き出そうとしていた。


 その動きは決して遅いわけでもなく、寧ろかなり早い行動だった。ただ、それ以上に早く動いた者がいた。


 動き出そうとした次の瞬間、視界に捉えていた狼に似た魔物は両断された。


 狼に似た魔物に何が起きたのか、最も近くで瞬きもせずに見ていだはずなのに分からなかった。


 きれいに両断された狼に似た魔物はそのまま地面に倒れこんで動き出す様子はない。絶命したのだろう。


 一瞬の事だった、時間にしたら一秒あるかないかぐらい、その一瞬でこの世界での脅威となる存在の遭遇と圧倒的な力が示された。


 僕はすぐさま周囲を見渡す。あいつを両断したのが誰なのか探すためだ。両断した人物はすぐに見つかる。なぜなら彼は堂々と黄金の剣を握り隣に立っていたのだから。


 その人物は先ほどまでみんなの前で話をしていた桜井だった。そして彼は振り向き皆に言う。


「みんな落ち着いてほしい、襲ってきた魔物は倒した!」


 桜井は地面に横たわる魔物に対して剣の先を向ける。その動作によって、周囲の視線は死んだ魔物に向く、そこで多くのものがこの一瞬で何が起きたのか認識する。


「見ての通り、この森には俺たちの命を狙う存在がいる、だが動じないでくれ! 俺はみんなを守る力がある! みんなもわかってると思うがどうやらこちらに来た時に能力が与えられた! 俺の能力は勇者だ!」


桜井の姿と黄金の剣は彼をお伽噺の勇者のイメージと重なる、その光景は不安な状況の中で一筋の光だった。


「俺はここにいる全員が無事にこの困難を乗り越えたい! そのためにこの能力を行使するつもりだ! みんなも協力してくれると嬉しい! みんなで困難を乗り越えよう!」


 桜井の演説に多くの人が希望を見出したのか、先程までの暗い雰囲気はなくなっていた。能力を見せつけ活用するのは最高のタイミングだった。桜井はみんなに示したのだ、こちらに襲ってくる敵を倒す力があることを今最も求められているみんなを守る力があることを、そこまでされれば誰だって助かると思ってしまう。桜井は一瞬にして確固たる地位を確立させた。


「周囲の安全は僕が守ろう!だから安心して休憩してほしい、ただし、あまり遠くに行かれると守り切れるか怪しい!だから出来るだけ固まっていてくれ!」


 桜井の言葉によってみんなは安心して話始める。


「名塚君守ってくれてありがとう、正直危なかった、俺はみんなの安全を確保するために周囲の索敵をしてこないといけない、またどこかでお礼をするよ」


 そういって桜井は、一瞬にして姿を消す。あまりの出来事に少しばかり頭の整理が間に合わない。少しばかり先程の出来事を思い出す。一連の出来事によって多くのことが分かった。一つ目はこちらを襲う魔物の存在があること、二つ目は、それに対抗できる存在がいるということ、三つ目は桜井が常識を逸するほどの天才であるということ。


 桜井は、与えられた力を完璧に使いこなしていた。桜井からここまで10メートほどの距離を一瞬で詰める行為、本来なら膨大な力に遊ばれそれすら不可能に近い。


 桜井の行動を見るに少なくても転移前の何十倍の力が働いていた。もし彼がそのような場合でも対応できるように練習していた場合ならまだしも、そんな時間などなかったはず。


 つまり、桜井は一発で自身の力を使いこなしたということだ。勇者の能力の一つだろうか、それとも別でそのような効果を持つ能力なのだろうか、それか彼自身の才能の可能性もある。


 彼は自身の能力を勇者と言っていた。勇者とはどの能力なのだろうか、先ほどの動きを見て桜井の身体能力は転移前と比較にならないほど向上していた。これは能力によるものなのか、転移した影響なのか、考えられる可能性は多くある。


 もし転移した影響なら僕たちも同じような影響が起きている可能性があるはずだが、少なくとも僕にはそういった影響は見られない、そこから分かるのは人によって違く可能性があるということ。もしくはそうなるための条件があるという線もある。とにかく現状で判断するための情報が少ない、この件は話し合いの時に確かめればいいか。


 それは、彼の握っていた黄金の剣も気になる。まず、どこからあの剣を得ることができたのか、少なくても僕が庇う直前までそれらしいものを持っている様子はなかったはずだ。つまりあの剣はすぐに用意できるものであると推定できる。あの一連の行動から見るに大体0.5秒未満のはずだ。


 また、あの狼みたいのやつを両断するほどの切れ味を保有している。また、桜井は倒した後に自身の能力を勇者と述べている点からあの剣は勇者の能力の一つという可能性が高いと言える。


 そう考えると単によく切れる剣というわけではないかもしれない。ほかにも何かしらの能力があると考えておこう。


 ただ今言えることは桜井と敵対するようなことは絶対にしてはいけないということだ。


 


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