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最後だからわかること  作者: 時雨
魔の森
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逃げ道などなかった

 あの後優香のいる場所へと向かうとそこには夜空を見ている優香の姿を確認する。近づくと優香もこちらに気が付いたのかこちらに振り向く。


「迷惑をおかけして申し訳ありません」


 開口一番こちらを振り向いて優香は頭を下げて謝罪してきた。


 迷惑とは甘木達の件のことだろうか。それ以外で優香が僕に謝るようなことは特に起きていない。

だが、優香には甘木達の件については教えていない。優香に必要のない負担を与える必要もないし、優香が狙われたのは僕にも責任がある。謝るなら僕の方だ。


「何か謝るようなことがあったか?」

「先程、私が襲われるところを助けてくれました」


 優香は甘木の件について知っていた。一体どうやって知ることができたのだろうか。大声で言い合いをしていたのなら気が付くのは分かるが、あの話し合いで大声を出していない。


 一体どうやって甘木達の事を知ることができたんだ。疑問ではあるが、今問い詰める必要はない。取り敢えず、今日の所は優香の安全の確保が最優先だ。一応戦闘の事も考えて剣は所持しているので安全の確保は出来る。


「優香が狙われたのは僕が原因だ。 謝る必要はない、確かにこういうことがあっても構わないことを前提に行動しているのは分かっているが人として最低限の事はする。 だから今後は謝る必要はない。それでいいな」

「分かりました」


 客観的に物事を見て行動する必要があったため、それに引っ張られる形で論理的な口調で喋ってしまった。まあ、人の感情を読み取ることに優れている優香の前で気を遣う方が迷惑なのはわかる。


 だが、優香の返答もそれにつられて機械的なものになっている。もっと切り替えがもっとうまくすることができれば人間関係と言った点でも楽になるになるんだろうな。


 人によっては人間失格の烙印を押されても仕方ないな。孤立しないようにそう言ったことは上手く隠しているがな。


「それじゃあ、帰るぞ」


 そう言って僕は振り向いて帰ろうと歩きだすが、後ろから優香がついてきていなかったことに気が付き優香の方へと振り向く。


「何をしているんだ?」

「……ません」

「すまない、聞こえなかった。 もう一度言ってくれないか」

「私は一人で帰ります。 気遣いはいりません!」

「は……」


 何を言っているんだ。一応、襲われることはないはずだが、何が起きるか分からないのが現実だ。それに何かがあったらダメなのだ。一人で帰ると言うことは僕には今まで通りに探索をしろと言っているのだ。


「何を言っているんだ、冗談しては笑えないぞ」

「冗談ではないです、私は足手纏いになるために真紀に近づいた訳ではありません」

「足手纏いになってはいない、優香が居なければ三日目でもう終わっていた。数日優香の為に使っても見返りがあるほどにな」

「その数日が致命的になってくるのではありませんか?」


 優香が退かない。それどころか、こちらの痛い所を突いてくる。今の僕の状況は完全なチキンレースだ。いつ来るかも分からない外敵、少しづつ崩壊の兆しが見えてくるクラス、迫りくるタイムリミット、見せつけられる力の差、託されて未来からのメッセージ、最悪の予兆が見え始めている。しかし、希望はまだ見えていない。


 このままではいけないのだ、今の僕ではまだ足りない。幾つかの試練ならば乗り越えれるかもしれない。しかし、全てを乗り越えるのに犠牲を払わないというのは無理だ。そこまで自分の力があるとは思えない。


 そして、犠牲を払うことは許されない。それが詰みだと未来の僕が言うのであれば僕は全力で抗う必要がある。しかしながら、今の自分では成長するにも一人ではできない。それは三日目でよく理解した。例え生き残っても動けなければ意味がないのだ。


 その上でも優香の安全の確保は大切だ。ここまで巻き込んだ以上何としてでも結果を出していかなければならない。他を犠牲に出来ないのであれば、自分が傷つかなければいけない。今はまだ耐える時なのだ、そうどれだけ辛かろうが希望の為に選択をしないといけないのだ。


「頼むからここは退いてくれないか……まだそこまでのリスクを背負う必要はないはずだ」

「いいえ、私は退きません。 真紀は上手く隠すから分かりにくいですが、周囲の状況、真紀の行動を見ていれば分かります。 状況は悪化の一歩を辿っているのでしょう。 私でさえ危機が迫っていると感覚的に分かるのです。 私以上に周囲を観察をしてきて、先の出来事を考えている真紀ならより具体的に今後起きる問題を理解しているはずです。 その上で真紀がここまでのリスクを背負うのはそれほどまでに緊迫した状況ではないのですか!! 確かにまだ表面化はしていません、それは真紀や太亮さんたちが努力をしているからです。 だが、それでは足りないと真紀は判断したのではないのですか!? 私を理由にして逃げるのは私が許しません!」


 優香は僕に近づいた時以上の力強い言葉で僕の選択を否定してくる。その言葉は的確に僕の心を突き刺す。


「もう十分にリスクは背負っている! これ以上のリスクは身を亡ぼすだけだ。」

「それでも前へ進む道を選ぶのがあなたでしょ! 危険だと分かっていながら初日から一人で探索をすることがそれを物語っています。 それが今出来ていないのは私の存在があなたの中で想像以上に大きくなりあなたの言い訳としての価値を持ってしまったから、確かに私はそれを望んではいました。 しかし、あなたの選択を間違えさせるためにしたわけではありません! あなたが選択を間違えた時に止めれるように近づいたのです!」

「一体何が分かるというのだ! まだ安全が確保がされている訳ではなんだ。 それに僕が探索に出ているうちに襲われたらどうする! 僕が前みたいに怪我をした場合共倒れだ! 前ならよかった、少なくとも優香は助かる可能性が高かった、だが今は違う、優香にも身の危険が迫っている状態だ! それも質が悪い問題だ! 少なくとも正攻法での攻略では大きな被害が出るのは確実だ。 大事にならないように対応するのは桜井では無理だ、川根なら排除する方向性にするはずだ。 太亮も仁田脇もそれに同意する可能性が高い。 それではどちらにしろ大きな波紋を生むことは絶対だ。 最悪の場合血みどろの仲間割れが発生する可能性が高い! 誰かがその衝突を受け止めなければいけない、それは誰がする! 敦か? 文一か? 美香子か? やる訳がない! 敦や文一は自分が助かればいいやつだ。 美香子は守るべきものをすでに決めている! 逆に言えばその他は最悪どうなってもいいと考えている、そんな奴らが極めて危険な損役をするわけがないだろう。 人の善性など誰かが先陣を切り開く姿を見せなければ、誰かが希望を見せなければ動くはずがないのだ、その行動が意味があったと思えなければ行動出来ないのが人間だ、現実だけを見ていればいいだけではない、理想を掲げる必要がある時もあるのだ! いつも無謀だと、無理だと言われる先に最高の結果があるのだ、だからこそ現実と理想その対極の二つを持ち合わせていなければ最高な結果など得ることができない! 誰かが現実と理想を取り持つ必要があるのだ! 何かが起きてからでは遅いのだ! 何かが起きる前に防がないといけない。 そのためなら人の心でも捨ててやろう、茨の道でも迷わず進もう、そして必ず結果を掴み取ろう、もうこりごりなんだよ! 自分の無力さを噛みしめながら失うのは!」


 息遣いが荒くなり、冷静さが欠ける。喋らなくてもいいことですら口に出して喋ってしまう。


 クソ! ここまで冷静さを失うのはあの時以来だ。今こうして叫んでも何の意味がない。絶望を突き付ける行為に何があるというのだ。それでは人は動かせない。冷静にならなければ、冷静にならなければ、冷静にならないと。


 そう思っていると、全身が温まる感覚が襲う。


「何を……しているんだ……」

「抱き着いているだけだよ」

「抱き着いているって……」


 想定外の優香の行動に何もかも吹き飛んでしまった。


「やっぱり真紀は多くのものを背負ってた」


 優香は優しく語り掛ける。


「きっとあっちの世界でもみんなに気が付かれないように多くのものを背負っていたんだよね、私が逃げた苦難にも立ち向かい今も戦い続けてるんだよね、私はまだ一緒にそれを支えることができない。 まだ、真紀がいる所まで追い付けない。 あなたにだけ戦わせてしまう。 だから私はあなたが負けそうになったら何度でも背中を押して戦わせるよ」

「お……鬼かな」

「鬼だよ」

「はは……」


 優香は最高の笑顔をこちらに向けてくる。それを見て僕は楽な道を選ぶことを諦める。


 どうやら僕は逃げることができないらしい、僕に残された道は失敗して地獄に落ちるか、地獄のような道を踏破して最高の結果とやらを掴み取るしかないらしい。

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