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最後だからわかること  作者: 時雨
魔の森
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真紀流交渉術

 僕は三人がしっかりと戻っていくのを確認して、腰を下ろす。


「疲れた」


 素直な感想をそのまま述べる。


 ヤルとかの言葉は僕が普段絶対に言うことがないものだ。というか、そういった観点で物事を見ることができない。


 勿論、理解できない訳ではない上手くやる為には利用する必要がある時も存在するからだ。だが、僕の中ではそういったことは問題の塊としか見えないので、無意識のうちにそういった話題に関しては触れないようにしていたらしい。


 本来なら常に冷静に居るつもりだったが、甘木に言われ理解が出来ず、聞き返してしまった。


 普通に考えればこの時間帯に男女が外に出ていく理由なんて甘木が言ったような考えが先に来るものだ。


 いくら好きではないからといって、そういったことに関して思考を疎かにするのはいけない。弱い自分が何かを得たいのなら苦手なものから背を向けることなど許されない。


 まあ、今回の脳内反省はここまでとして、結果的にはこちらの想定通りに事が進んでよかった。


 今回、甘木達を追い返す上で大切なのは戦わないこと、必要以上に関係を悪化させないこと、そして()()()()()()()()()()()()ことだった。


 甘木は自分勝手なやつだが、危機管理と立ち回りはとてもうまい。みんなから問題児と認識されていながらも甘木があちらで怒られる姿を見たことが無い。


 その上で甘木に密告者がいると悟らせた場合、必ず排除しようと動く可能性が高い。そこで派手に動くならまだ手のやりようがあるのだが、立ち回りが上手い甘木がそんな愚策をするとは考えられない。


 少なくともみんなから糾弾されるようなやり方はしてこない可能性が非常に高い。そうなれば暗い血みどろな戦いが始まる。そうなった時点で現在の協力関係は完全に崩壊する。


 人間の負の心の爆発力は異常だ。それは破壊という面では無敵を誇るといってもいい。僕は少なくともそれを無傷で何とかすることは出来ない。


 だからこそ、恐れる。それを極度に恐れ、そうならないように全力を尽くす。


 正面からどうにかすることは出来ないかもしれないが、それが起きないようにすることは出来る。


 だからこそ、僕は多くの人を助ける。どんな間違いをしても怒らず助ける。それは相手の為でもあり、僕の為でもあったからだ。


 だから、甘木には密告者の存在は必ず隠し通さないといけなかった。その上で僕は優香と二人で外に出ていったと思わせ僕がそこにいることが必然な状況を作り出すことにした。


 また、忠義に今回の件について必要最低限なこと以外伝えなかった理由になる。


 僕は甘木を騙しきる自信はあるが、忠義が騙しきれるとは限らない。というか、出来ないものとして考えていた。密告者を悟らせないのは今回の件の中では最も重要なことだ。信用という不確定要素は排除しなければならない。


 だからこそ、忠義には自分の役割を遠回しに伝え、忠義が怪しまれる可能性を限りなく低くした。


 智康の方は直情的なやつなので感情論で訴えれば早々に考えが変わる可能性が高かった。ただ、訴えるとしてもすぐに崩れるようなものではいけない。ある程度筋が通っており、智康がすぐに言いくるめられないものにする必要があった。


 智康の性格上、自分が屑に成り下がる事を極度に嫌う傾向がある。だからこそ、誰もしない仕事などは引き受ける。


 そのことも考えて、僕は自分の弱さに負けるなと言った。そうすれば智康は早々に道を外れることはない。自分自身には打ち勝てる人間だから。


 まあ、打ち勝てるのは自分自身で、外部からの攻撃には紙装甲なので僕が何度も助けることになったのだが。


 それに甘木に正面から止める事が出来る数少ない人物だ。ここで切り捨てるには勿体ない人物でもある。


 それに今回、甘木に退くように直接的に言ったのが僕ではないのも良かった点だ。密告者がバレてもアウトだが、僕に大きな被害を与えようと行動させるほど恨まれることもアウトだ。


 壮一には恨まれ役を買って出てやると勘違いさせるようなことしたが、ぼくは最初からそこまで恨みを買うつもりはなかった。


 今の僕にとっては上手く行かなかったら終わりという状況だ。失敗はしないことが前提であり、甘木の問題で躓いている場合ではなかった。


 未来の手紙がなければ、失敗した後の事も考えていたがそれをすると死だと通告されたのだ。なら無駄の事を考えても意味がない。


 まあ、そういってもダメだった時の対策もしている、失敗が死だといっていない。僕の中で生きる意味を失うだけだ。


 そして、未来の僕は過去の僕に託した。次は成功するように任せた。ならば、僕が失敗した場合にやることは次に託すことだ。


「真紀凄かったな、俺なら殴りかかっていたよ」

「止めるのが大変だった。」


 敦と文一が隠れていた所から出てきて各々の感想を述べる。


「まあ、やるしかなかったからな」

「それにしてもよく怒らなかったな?」

「…………」


 敦の質問に僕は一瞬動揺する。一応二年近く一緒にいるのだから、僕が怒らないこと程度分かっているはずなんだが、過剰評価をし過ぎたか、僕にとって唯一の長所がダメだと困るんだけどな。


「僕は怒らないよ、僕たちは平等じゃないんだ、完璧な存在でもない、誰しも生きるために一生懸命なんだ。 それを醜いとか批判したり、怒ったりすることはただただ悲しいことだと思うから」


 常に正しい存在でいることなど不可能なのだ。僕たち人間はどうしようもなく不出来な存在だ。それを受け入れることが難しいから正義などの言葉をつかって考えないようにしていると僕は思っている。


 私は差別をしない、努力でどうにかなる、僕にとってはあれは嘘だ。


 本当に差別をしないなら、私は差別をしないとは言わない。なぜなら、そう言って比べること自体が差別だからだ、私はあいつらと違う、そう言っているのと変わらない。


 真に差別をしないというなら人を平等に見ているはずだ。


 努力だけではどうにもならないことはある。条件を全く同じな状況で一時間同じことをやったとしても優劣は必ず現れる。 それが努力以外の何かが影響していることを証明しているに過ぎない。


 確かに、努力を続ければ得ることができることがあるかもしれない。ただ、才能ある人が1時間出来ることを凡人が5時間必要ならば凡人が才能ある人に勝つことは理論上不可能だ。


 努力したことがあるならわかるはずだ。努力だけではなく才能も必ず必要になってくると。


 それが悲しい現実であり、真実だ。


 そして、多くの人がそれを見ないことにする。向き合わない。当然だ、自分たちがやっていることを否定されるようなもの、努力する意味を無くすものに過ぎないからだ。


 諦める以外の選択肢がないのだ。ならば、選択しない判断が賢明だ。


 ただ、僕はそれを諦めて受け止める選択肢を選んだ。なぜなら、それを否定し反抗したとしても現実はないも変わらない。


 それを否定しても自分が思うような現実になる訳ではない。ならば、それを受け入れて自分が望む現実の為に何か考え行動することの方が有意義だと考えたからだ。


 どうしようもなく不出来な自分を認め、前へ進んでいくことが最善だと思ったからだ。深く考えても結局たどり着くのは最初に考えていたことだ。


 違うのはそう簡単に揺らがない重みがついただけ。


 出来ないことに関して仕方ないと諦め、怒る方が自分の思い通りにならないと考えているから怒らないというか怒れないが正しいかもしれない。


 まあ、他の人に言える事ではないがな。


「ほら、お姫様を迎えにいけよ、真紀」

「……素直に向かわせてくれるんだな、殴りかかられると思った」


 いつもの敦ならなにかいちゃもんつけて殴り掛かられると思ったが、素直に対応してくれた。


「俺も成長するからな」

「そうか」


 そう言って僕は優香の所へと向かう。

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