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最後だからわかること  作者: 時雨
魔の森
26/32

言葉

 壮一の相談から三日経った。


 今日は異世界にきて七日目、つまり一週間になる。


 最初の四日目までは色々あったが、壮一の相談後は特にそう言ったことはなかった。


 四日目の夜の探索では純粋な武力以外の対抗手段を得るために食料確保に向かった時に得た毒を持つ植物の採集に向かったが、魔物と会うことは特になく終わった。


 五日目では昼間は特に大きな変化などはなく、何事もなく進んだ。夜の探索では昨日採取したものから作成した毒を活用してブラックウルフの捕獲に成功する。血を流すこともなかったので増援を呼ばれることなく捕獲することができた。


 六日目も五日目と変わらず、大きな問題はなかった。夜の探索では捕獲したブラックウルフを使い、毒の効力の実験をした。


 優香も連日怪我もなく帰ってくる僕をみて安心している。


 だが、いまだに未来の手紙によって大きく変わったと思えるようなことはなかった。


 この一週間、様々なことをしたが、それによって魔法が使えた訳でもないし、他を圧倒する力を身に着けることができた訳でもない。


 ただ、死線を何度か潜り抜けただけだ。それも何の代償を払わなかったわけでは無い、内外どちらでも代償を支払っている。


 僕のやっていることがあっているのかそういった不安が募っていくだけだった。


 ただ、全てが無駄だという訳ではなかった。あの鳥の魔物との戦闘の時、僕は常軌を逸した動きをしていた。確かに未来予知に近い予測はあったが、それだけでは弾丸のように飛んでくるあの攻撃を全て躱せる訳ではない。


 あの時、体がすごく軽かった。自分の体を掌握出来ていた。普段では決して出すことができないほどの力を引き出せていた。その力を使いこなすことができれば人間卒業組である桜井達と渡り合えることができるかもしれない。


 ただ、それを試そうとして三日間練習したがどれも上手くはいっていない。


 その力を引き出そうとすると何かに邪魔される感覚を覚える。もし使いこなすなら、それを打ち壊す必要がある。


 その他にも、動きのキレなども大分良くなってきている。あちらの世界で鍛えて出来る成長とは比べものにならないほどにだ。


 それほどの成長を果たせている最大の要因は死の一歩手前での戦闘が大きい。極限まで追い込まれるからこそ、それを乗り越えんと大幅に成長することができる。


 ハイリスクハイリターン、強くなるためにはやはり何かを賭けないといけなかった。


 だが、まだ足りない。今の力では何かを守るなんてとてもできるような実力ではない。もっと実力を上げる必要がある。そのためにも命を賭けていく必要がある。


 その為にも今はただひたすらに耐える時、力をつけ将来に起きる危機を乗り越えるため。


 そうして今日も僕は食堂で激務をこなしていた。


「やっと終わったーー!」


 地獄の巴時間を何とか乗り越えて自分の部屋のベットに倒れ込む。体力強化には向いているのだが、如何せん厳しすぎる。巴もよくあれだけの仕事量を毎日やっているものだと感心するほどだ。


 少し休憩した後に、夜の為の準備をしていた時だった。僕の部屋の扉が勢いよく開かれる。


「真紀! 康文が!」


 壮一がかなり焦っていたのか、声が上ずっていた。


 聞く限り、ついに甘木が動き出したらしい。


「落ち着け、知っている情報は?」

「すーーふーー、康文が野矢さんが外に出た時に襲うって」


 壮一の報告を聞いて一瞬感情が表に出そうになった。しかし、今の状況で動揺したところなど壮一に見せれば壮一にさらなる動揺を与えてしまう。だからこそ、僕は冷静を保つ。


 優香が狙われたのは僕にも原因がある。そのことを理解しながらも僕は冷静に対処を始める。


 何が起こるのか知る事が出来れば問題はない。


「壮一、敦と、文一に特に変更はない、予定通りで頼むと連絡した後、僕と甘木が接触するまでは優香を見守ってくれ、その後平和に終わったなら、甘木達が部屋に戻るまで見張ってほしい、もしそうではなかったら、優香を桜井達の下に送り届けた後に先に太亮に事情を説明して太亮の指示に従ってくれ、頼むぞ」

「分かった! 真紀も危険だと思ったら逃げていいよ」

「大丈夫だ、こう見えて僕は演技が得意なんだ。 上手くやってみせるさ」

「流石真紀!」


 そう言って壮一は僕の言われたことを果たすために部屋を出た。


 さて、嫌われてくるか。


 







「本当にするの?」


 俺は前を歩く康文と智康に問いかける。


「仕方ないじゃん、もう一週間も我慢してる! このままだと俺はどうにかしてしまいそうだよ」

「あまり気が進まないが、このまま不調になっても困るだろ。 必要な犠牲て言うやつだよ」


 しかし、二人はその歩みを止める事はない。


 こうなることはある程度予測できていた。元々、我慢が苦手な甘木がこの不便な生活に不満を上げるのは当たり前だった。最初は能力を与えられて事などでどうにかなったが、それが持ったのも二日間だけだった。


 最初の内は俺と智康で止めていたが、智康は正義感は強いがそれが必要悪なら認めてしまうタイプであり、智康はその判断がすごく曖昧で矛盾が多いから、何かしらメリットを見出されたらそれを認めてしまう。


 このままでは近いうちに取り返しがつかないことが起きてしまうのは目に見えていた。


 それを危惧した壮一は早々に真紀に助けを求めた。


 それを聞いたときはどうして真紀なんだと最初は思った。真紀はなにを考えているが分からないやつだった。人との対立を極端に嫌い、常に中立の立場でいた。彼が動くときは大抵は困っている人を助ける時ぐらいだった。


 俺も勉強などでそこそこ真紀に助けてもらっている。


 だからこそ、みんなからの真紀の印象は便利屋に近かった。不快ではなく困った時に助けてくれる都合のいい存在ともいえた。


 そんな彼に康文を止める事が出来るとは思えなかったが、壮一の考えを聞いて納得した。康文が屑のような奴でも、友達だから苦しんでほしくはない。桜井達に相談すれば止める事が出来るかもしれないが辛い立場に追いやられるのは簡単に想像できる。


 だからこそ、俺は壮一の提案を受け入れ真紀の指示に従った。ただ、真紀から指示されたことは俺の意見を聞いてくれる関係を保つことだけだった。


 真紀がどうするのか俺は何も知らない。不信感はかなりあるが、今の俺には二人と止める事が出来ないので真紀の指示に従っているが、今の所、真紀が現れる様子はない。


 着実に野矢さんの所へと向かっていく。このまま妨害がなければ野矢さんは二人の不満解消のための道具として使われる事になる。


 そのことを想像すると俺の心は罪悪感で潰れそうになる。


 罪悪感に押しつぶされないように歩いていると急に前の二人の足が止まる。


 何事だと思って前を見ると、そこには木に背を預けて空を眺めている真紀がいた。


 「やあ、君たちも夜空を眺めに来たのかい?」


 真紀は言葉で言い表せない異質な雰囲気を放っていた。


 俺は真紀の行動に驚きを隠せなかった。誰かの敵になることを避けていた真紀が正面から俺たちを止めようとしているのだ。


「どうしてー ここにーお前がいるの?」


 明らかに不機嫌な声で康文が真紀に質問する。俺と智康はまだ何が起こったのか理解ができなかったが康文はこういう事に関して頭の回転が速かったので真紀を睨んでいる。


「さっきも言ったじゃないか、夜空を眺めていたんだよ」


 康文の突き刺さるような視線を向けられても、真紀の表情は変わることが無い。冷静に落ち着いて康文の質問も返している。


「そう……なのか?」

「そんなことある訳ないに決まってるだろ!」


 現状を飲み込むことができた智康が真紀の言葉を真に受けるがすぐに康文が否定する。


「僕は本当のことを言っているさ、ただ一人ではないけどね」


 問いただす康文に対して、真紀は一切動じることなく康文との口論をしている。


 康文は真紀の言葉を聞いて一瞬考え込むと何やら納得した表情をする。


「なるほど、そういう事ね。 独り占めはずるいじゃないか! 俺たちにもヤラせろよ」

「な……!」

「どういうことだ! 真紀!」


 康文の放った言葉を理解した僕は、驚きのあまり声を出してしまう。智康は真紀が屑かも知れないと捉えたのか真紀を攻め立てる。


「…………何を言っているんだい?」

「とぼけるんじゃない! バレないようにヤッテるんだろ!? おかしいと思ったんだよ、こんな夜遅くに一人で外に出る訳ないからな! ずるいよな! 一人だけで楽しむなんて! 俺たちにもさせろよ! 今なら混ぜてやるからよ!」

「嘘だよな……真紀!」


 康文は笑みを浮かべながら聞く。智康は普段の真紀のイメージからあまりにもかけ離れていてからか激しく動揺している。


 俺は事前にある程度の事を知っていたので壮一がここにいるのか分かるので智康より動揺することはなかった。


 それを聞いた真紀は一瞬は動揺してような表情を見せるがすぐに何事もなかったように冷静になる。康文にこれだけの事を言われているというのに冷静でいる真紀を見て恐ろしさを感じた。


「ヤッテいないよ、なにが命取りになるか分からない状況で問題しか生まないようなことはしないよ」


 真紀は当然のように否定する。その理由もとても彼らしいものだった。常に中立でいることに拘っている真紀がそれを揺るがすようなことするとはとても思えなかった。


 それは彼に関わる人なら誰しも思うことだ。あちらの世界で真紀はとにかく問題を起こすことを嫌がる。何か問題が起きそうになるなら、真紀が必ず止めていた。


 よく問題を起こす智康は真紀に助けられることが多いので俺よりも納得したのか深く頷いている。


「ああ、もうどっちでもいいよ。 そこを退け、そして俺たちがやったことは見なかったことしろ。 

お前も平穏が欲しいよな?」

「真紀、お前はいい奴だと思ってる。 困ってるときいつも助けてくれたからな。 だからそこを引いてくれ、 辛いことを貯め続けてはいつか壊れてしまう。 これは必要な犠牲なんだよ」


 真紀が引くことが無いと思った康文は考えることが面倒になったのが武力で訴え始めた。康文から放たれる威圧感は凄く、もし俺が真紀の立場なら間違いなく道を譲ってしまっている。


 ただ、それでも真紀の表情は変わることはなかった。何とも言えない気味の悪い雰囲気を纏い道を譲らない。


「智康」

「なんだ、真紀」


 押しつぶされそうな空気の中、先に声を出したのは真紀の方だった。


「僕は君をいい奴だと思っているよ、よく問題を起こすがそれもやり方が悪いだけでその根本には人を思う気持ちがあった。誰もやりたがらないことを率先してやろうとしている姿は尊敬してるよ。だから困っているなら助けていた。 失敗してしまうのは誰でもあるから、何度失敗しても見捨てることはなかった。ただね、僕は思うんだ、例えどんなことがあったとしても自分の弱さを理由に成すことは正義とは言えないんじゃないか?」

「…………」


 その言葉を聞いた智康はハッとした表情をして黙ってしまう。真紀の言葉は正義感が高い智康に効果覿面だった。それと同時に真紀がどのぐらい智康の事を見ているかが分かるものだった。


「甘木も薄々感づいているんだろ? 僕たちは君たちから逃げることができたのにそれをしなかった意味さ」


 真紀に言われて初めて気が付く。真紀は武器も仲間も連れていない。もしこちらが武力で訴えてきたら圧倒的に不利なのは真紀の方だ。そんなリスキーなことを真紀がするとは思えない。


 つまり、真紀はこっちが武力を使用してもどうにかする能力か手段があると言うことだ。俺視点では康文がこうすることを分かった上で来ていることが分かるが、康文視点では真紀にとっても予想しなかった出会いだと思っているはずだ。


 それで逃げる選択肢があったのに逃げなかった時点で康文の視点では強力な能力を持っている可能性がある。


 あの会話の中で真紀は自分の望んだ展開にするために様々なことを仕掛けていたのだ。


「それがどうした! いくら強い能力を持っていようが俺の方が強い!」

「確かにそうかもしれない。 だけど、桜井達に気づかれないように倒されるほど弱いとは思っていないよ」


 康文の方が敗北条件が厳しい。康文は真紀に何もさせないで倒す必要がある。それに対して真紀は誰かにこの事態を気付かせれば勝利であり、尚且つ真紀には何かしらの対策をするほどの時間があった可能性が高い。それは武力に持ち込んだ時点で負けが確定している可能性があるということになる。


 康文に勝ちの目は限りなく低い、残されているのは諦めて引き分けにするか、勝負を仕掛けて敗北するしかない。


 だが、康文はその事実が受け入れることができないのか真紀と康文の睨み合いが続く。それが永遠に続くかと思われたが、それは唐突に終わることになる。


「康文、もうやめよう」


 そう言ったのは智康だった。


「俺たちが間違ってたんだよ、俺たち男だろ? これ以上カッコ悪いことしてどうする」

「…………」


 智康の説得に康文は引く方向性に大分偏っている。しかし、まだ一歩足りない。あと一押しが必要だ。


 それをするのは誰だ? 


 智康か? 違う。 真紀か? 違う。 


 ここまでなにもしていないやつがいるだろう。


 そうして俺は動く。


「康文、智康の言う通りだよ。 ここは引くべきだ。」


 俺が康文にそう言うが、康文はまだ決め切れていない。真紀がここまでしてくれて事を無駄にすることは出来ない。


「真紀! 俺たちがここで引けば何もなかったことにしてくれんだろうな?」

「ああ、僕も問題事は嫌だからな、何もなしで終わるならそれがいい」


 俺の言葉に真紀は即答する。真紀のスタンスはあちらの世界から変わらない、真紀は大きな問題を嫌う。それを貫き通しているからこそ、その言葉は信頼に値する。


「康文聞いたか! 俺は友達が悪役になることを望んでいない。 それは康文も同じだろ! だからここは退こう」

「……チ、分かってよ退くよ」


 康文はそう言って拠点の方へと帰る。


 真紀のお陰で大事にならずに収めることができた。明日、感謝を言いに行かないとなと思いながら俺も拠点へと帰るのだった。


 

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