ヒモ
ゆっくりと目が覚める。
「ここは……」
僕はベッドの上で寝かされていた。
寝起きの事もあり記憶が曖昧だ。
取り合えず、起き上がり周囲を確認する。
すると、椅子に腰かけて寝ている優香がいた。どうやら、優香がうまくいろいろやってくれたらしい。
つぶれた右腕が元通りになってり、全身傷だらけだったはずが、傷の一つも見当たらない。
結構ひどい状態だったはずだが、しっかりと完治している。
優香の様子を見るにとても頑張ったのだろう。僕の回復から周囲への連絡などやることが多かったはずだ、椅子に座りながら寝てしまうほど疲れたのだろう。
「本当に助かったよ。ありがと、優香」
僕は寝ている優香が起きないように小さな声で優香にお礼をする。
本当は起きている時に言ってやりたいが、僕の現状では優香の希望を叶えることが出来ないし、叶える気がない。
優香に無駄に希望を見せる方が酷というものだ。
何もできない愚かな自分がとても憎い。
しかし、そんな姿を優香には見せる訳にはいかない。優香も苦しめるために僕を助けている訳ではない。
今僕にできるのは少しでもその行為が無駄ではなかったと証明することだ。優香にとって一番欲しいものは手に入れることは出来ないかもしれないが、自分がしたことが無駄ではないとすることぐらいはできるはずだ。
それが僕が出来るせめてもの償いだ。
異世界に来てから失敗だらけだ。上手く行ったのが何一つない。失敗するたびに他人に迷惑を掛けている。
それはまさに昔の僕のような状態だった。何をしても失敗で多くの人から見捨てられた。それでも挑戦し続けてのは成功を知らなかったのと、あの人が支え続けてくれたからだ。
あの時はみんなが見ている世界がどんなものか知りたかった。失敗だけだったからこそ、成功したときのあの光景はさぞ素晴らしいものだっと思っていた。
まあ、真実は残酷なものだったがな。
今回もそうかもしれない。なら、最高の結果を目指すんじゃなく僕らしく最善を求めればいいかもしれない。
失敗しないように慎重に行動をして、一回で成功させるように行動する。それが僕だ。リスクを極力なくして確実に成功を勝ち取る。
その為なら桜井達にも協力していたはずだ。仲間として行動していたはずだ。毎日一人で歩き回るなんてしていない。
これなら優香にも他の人にも迷惑を掛けることはないし、ここまで苦しむことはなかった。そっちの方が合理的だ。
だけど、それではダメだからこそ手紙が来たのだ。最善の行動では無理だと、リスク背負い、どんなに苦しく、辛くても最高を掴み取れと僕に教えた。
それでも、誰かに頼りたいという気持ちはある。あの時はあの人がいた、今は……優香がそのポジションに近い。
しかし、誰にも本当の事は話せない。
なぜなら、僕はこの一か月は負けが許されていないのだ。
弱者である僕が勝つためには相手が知らない何かがないと無理だ。正面からの対決では勝てない。だからこそ、何処までもずる賢く立ち回る必要がある。どんなことがあって勝てる可能性を残さないといけない。
そのためにも僕はすべてを利用する。
優香も少なくとも一か月は道具として扱う。真実は一切教えないし、本当の僕には近づけさせない。
この考えが異常であり、愚かな事なのは自覚している。言い訳もしようもない、誰から見ても今の僕は愚者だ。
そうやって、僕は現状を冷静に受け入れる。一番必要なのは折れないこと。
ここまで重いのはあちらの世界ならそんなにやらなかったがこちらの世界ではほぼ毎日している。
自分に合わないことをしているのは辛いなと思いながら僕は心の整理を終わらせる。
そして、思考を現実の方へと向ける。
取り敢えず、今何時とか色々知りたいことがあるが、優香を起こすのも可哀そうだ。
今の所どのように優香が対応したか分からないが、出来るだけ僕が不利にならないようにした可能性が高い。
そうなると、あの状態で優香が出来る選択肢はわりと限られる。
一番可能性が高いのは僕が疲れて倒れたので今日は仕事を出来ないことを教えて、何かしらの理由でほかの人が来ないようにしている可能性が高い。
まあ、これは僕が一日以上寝ていないことが大前提になってくるが、窓がないのは意外とつらい。外の様子から時間の確認が出来ない。腕時計はここに来たときは付けていたが、治す時に邪魔だったのだろう、今ここにはない。
他にも理解者についてや、クラスの事について、強力な魔物の対策等色々考えていると寝ていた優香がゆっくりと目覚める。
「うん……真紀君……?」
「おはよう、優香」
そう言うと、優香は目をパチパチさせた後、僕が起きたことを頭のなかで理解が出来たのか目を見開き、その後安堵してような表情になり僕に抱き着こうとしたが、自分のしたいことを思い出したのかギリギリのところで抑えた。そして、小さな声で「よかった」と声を漏らす。
「迷惑をかけたな」
「別にいいよ、私は真紀にとって都合のいい女だから」
「…………、優香はたまにすごいことを言うよな」
自信を持っていう優香の姿に笑ってしまう。都合のいい女など自信を持ってい言う言葉ではない。
「それに、しっかりと生きて帰ってきてくれただけで私は満足だよ?」
「それぐらいで満足するなよ、僕だって死にたいわけじゃないし」
「それもそうだね!」
優香はあえて明るく話す。どうしてそうしているのかは簡単に分かる。その上で僕はそれに乗っかる。
それが優香のしたいことなら、それぐらいはするべきだと思うから。
その後しばらく雑談をする。
雑談の内容は他愛のないことばかり、怪我の事や能力のことなど僕の嫌がることは一切しない。やっぱり優香は強いそう思う。
「優香、僕を見つけた後どうしてくれたか教えてくれないか?」
十分程度雑談をしてので僕は現状についての説明を求める。
「あ……ごめんなさい……」
「謝る必要はないよ、優香はそれ以上の仕事はしてるから。」
「気を遣ってくれてくれてありがとう」
優香はこちらに笑顔を見せる。
だがその笑顔は明るいものではなかった。それだけで優香が苦しんでいることが分かる。それも当然だ、優香も戦っている。自分が欲しいものを手に入れるためにすべてを賭けているいると言ってもいい。
そして、優香が苦しんでいる原因を作っているのが僕だということも分かっている。
その上で僕は優香に心の中を読み取られないように極限まで自分を無くし、優香との距離が近づくことがないようにする。
「それで、最初の質問なんだけど今って何時かな?」
「大体、午前12時ぐらいです。仕事の方は私が桜井君に疲れが溜まっているということで休みをもらっています。桜井君も思い当たる事があったのか特に疑うようなことはなかったです。巴さんが悪くなるのは真紀も望んでいないと思ったので環境が変わったから疲れやすいと付け足しておきました。ボロボロになった服は洗濯をしています。今、着ているのは川根さんたちがみんな用に作成したものです。本当は全員分出来てから配布の予定でしたが、無理をいって譲ってもらいました。服の着替えは敦と文一に手伝ってもらいました。傷はすべて治して、何があったかバレないようにいろいろしたので真紀が大けがを負ったことはバレていないと思います。腕時計等はこちらで預かっています。後で返します。」
優香はこちらの疑問をすべて答えてくれた。
僕の予想以上に優香は僕のために色んなことをしてくれた。
「そうか、ありがとう」
僕は簡潔にお礼を言う。
優香のから聞いた情報を一つ一つ頭の中で整理していく。
取り敢えず、今は12時と言うことで一日以上寝ていたと言うことはなくてよかった。
仕事の方も優香が対応してくれたおかげで今日は夜まで休憩が出来る。その時間を使って今後どうするか考えることもできる。
服についてはとてもシンプルなものであるが、クオリティーは高く。普通に売れるものになっている。特に機械とかないはずなのだが、きっと能力などによってどうにかしたのだろう。そのあたりは優香に聞けばいい。
それ以外にも特に問題になりそうなもの特になかった。僕一人ではきつい展開になっていたが、優香が完璧にカバーしてくれた。
優香には感謝してもしきれないほどこの数日で様々なことをして貰っていることを改めて実感する。それと同時に優香に対して何もできない自分に呆れてしまう。
これでは優香のヒモではないか。
それでもやらなければいけないことがある。
そのためにするべきことを考えようとした時だった。
コンコンとドアがノックされる。
「壮一です、真紀が倒れたと聞いて様子を確認しに」
彼を入れてもいいのか僕に確認をするために優香はこちらに視線を送る。
それに対して僕は入れてもいいと頷く。
「木脇君、入ってきていいよ」
優香がそう返事をするとドアが開けられる。
そこから入ってくるのはウサギを連想させるような体格と雰囲気を纏っていて、僕の友達であり、数少ない常識人に近い人物でもある木脇壮一だった。




