魔物の習性
飛び出した瞬間、頭、心臓に向かって5匹の魔物がこちらに向かってくる。
動き出したと同時に僕は回避行動をする。僕に当たるのは頭に一匹、心臓に一匹、首に一匹、肺に一匹の計4匹だ。
一匹は自滅する。
僕の予測が正しければそうなるはずだ。
そして、僕の予測通り、頭を狙った二匹の内、遅い方が急に翼を広げ、強引に軌道を変えて木に激突して死亡する。
僕の予測は正しかった。あの鳥の魔物はどの個体がどこを狙うかが分からない。だからこそ、獲物に攻撃が当たる前に同じ場所を狙った同士での空中激突が生じる。
元々あの攻撃には他にも弱点があった。
一つ目は次の攻撃までの時間が長いことだ。
あの鳥は刺さるまでいいが、それを抜き出すまでの時間が長い。その上刺さっている状態は無防備であり攻撃し放題だ。事実、僕だって無防備状態の魔物を即座に倒している。
だからこそ、複数で攻撃するのだ、敵を確実に葬るため。
ただ、複数で攻撃するうえでいくつかの問題が発生する。
それが仲間同士での衝突事故だ。
僕たち人間でも言葉なしでは連携した攻撃すらまともにすることができない。それにあれは超高速の攻撃だ。一瞬の判断が必要になってくる。
少しでも判断が鈍れば相手に避けられてしまう。そうなれば待ち受けているのは死だ。
そんな中でどの個体がどこを狙うかを綺麗にばらけさせることは至難を極める。
それが固定の敵なら、まだ対応できるかもしれないが、ここはゲームではない。敵によって臨機応変に対応しなければいけない。
だからこそ、あの鳥の魔物は攻撃する方向を一つに絞り、衝突事故を減らしているのだ。複数の方向から同じ獲物に攻撃すれば衝突事故が多くなるに決まっている。また、攻撃する数も2から5匹程度にして最小限の被害で済ませている。
そうすることで、敵を一撃で葬れるようにし、もし生きていても、上空にいる仲間が追撃すれば問題がないようにしているのだ。
また、あの鳥の魔物がそのような対策をする羽目になっている理由が他にもある。
それは攻撃方法だ。あの速度の攻撃を繰り出すためにあの鳥の魔物は自身の力だけではなく落下する力なども活用している。
そのため、あの魔物は水平に攻撃することが出来ない。もしそれが出来るならいちいち上から下へと外れたら死の攻撃をする必要がない。
また、あの速度から一直線上にしか動くことが出来ないため、緊急回避の方法が先程の鳥のように強引に変えるしかない。そして、強引に変えたことによってバランスが崩れて大抵はそのまま地面にぶつかり死亡する。
だからこそ、あの鳥の魔物の存在に気が付くことが出来れば、ある程度のどこから攻撃してくるかが分かるので対応することが可能となってくる。
僕は最小限の動きで全ての攻撃を避ける。だが、魔物も馬鹿ではない。勘が良い、いくつかの個体が追撃をしてきている。
だが、それは読めている。
僕は通り過ぎている鳥の魔物の側面に剣を当てる。
それによって僕の体が微妙に移動する。あの質量での攻撃を正面から受け止めることは出来ない。しかし、受け流すように剣でガードすればその衝撃で少しだけ強引に移動することが出来る。
そのわずかな移動によって追撃を回避する。そのまま僕は地形を活用しながら走り回る。
そんな僕に対して鳥の魔物は攻撃しないで静観している。
理由は二つ。
一つは単純に僕が狙いにくい場所を走りまわっているから。
もう一つは先程の回避をみて闇雲な攻撃は危険と判断したから。
やはり、あの鳥の魔物は馬鹿ではない。一つ一つの攻撃に命が懸かっているのだ。無駄打ちはしてこない。そのまま見逃してくれれば好都合なのだが、あいつらにとっても僕は貴重な食料。ただ狙いにくい程度で諦める訳がない。虎視眈々と僕を確実に仕留める場面が訪れることを待っている。
このままでは僕の体力が尽きるし、数を減らすことが出来なければ体力が持ったとしても意味がない。
そのまま僕は180秒間地形を活用しながら逃げる。
約三分経ったが、あの鳥の魔物の数はほとんど減っていない。依然こちらを見ながら機会をうかがっている。
このままでは数を減らすことが出来ない。それでは僕は生き残れない。
だからこそ、僕はあの鳥の魔物の猛攻を受ける必要がある。
残り120秒それは今の僕が全力で動ける残り時間だ。
僕は狙いずらいルートから外れて、ブラックウルフを捕食している鳥の魔物へと走り出す。
その瞬間、先程まで静観していた鳥の魔物が一斉に攻撃してくる。それは僕が木を飛び出した時に襲ってきた比ではないほど鋭く激しい攻撃だった。
それを僕はギリギリで回避する。
先程まで消極的な行動をしていた鳥の魔物が一変して積極的に攻撃してきたのは理由がある。
観察していて疑問だったのは、獲得した食料を食べているのは仕留めた奴と上から降りて来た数羽のみだった。
他の鳥は空から見ているだけ。
だからこそ疑問に思った。なぜ横取りを警戒していない。自然に生きるなら警戒するはずだ。あの鳥がどんな魔物がいても追い払えるぐらい強いなら問題ないがそういう訳ではない。
なら、どうしてか。答えは至って簡単だった。
あれは囮なのだ。悠長に食べている鳥の魔物から横取りしようとしてきた魔物を空から奇襲する。それが鳥の魔物の狩猟方法なのだ。
そうすることで、出来るだけ被害を少なくし、食料を得ることが出来る。それがあの鳥の魔物が生き残るためにしている工夫だった。
僕は雨のように降ってくる攻撃を、地形や自分が仕掛けた罠、剣に予測、全てを用いて回避する。
相手も命懸けの攻撃、無傷という訳にもいかず体中に切り傷が増えていく。
それにしても囮に対して攻撃が過剰だった。それによって僕が考えていたもう一つの仮説が正しいことが証明される。
命懸けの攻撃によって仕留めた獲物を何もしてないやつが食べている。本来なら喧嘩が起きるような行為だ。
誰だって、命懸けで得たものを何もしていないものに取られるのは許しがたいはずだ。
しかし、仕留めた奴は一切の抵抗を見せなかった。それはつまり、あの鳥の魔物がこの群れを統べるリーダー的な存在ということだ。
それなら今までの行動に納得がいく。リーダー的な存在なら抵抗もしないし、それを守るために攻撃が激しくなるのも当然だ。
ただ、そういう個体は他の奴と見た目が何かしら違いがあっていいのだが、他の個体との違いがほとんどないため、実際に試してみるまで確証が持てなかった。
あのリーダー格のやつが群れにとって必要不可欠な存在なのか分からないが、今回は数を減らすことが目的なので狙う必要はない。
僕はぎりぎり回避できる範囲で耐久すればいい。
そうして僕は死の雨が降り注ぐようなところを120秒間踊り続ける。
命を賭けた攻撃をギリギリで避け続ける。
一秒が10分に感じるほど長い。
一つでもミスれば即死。
無限にも感じるような長いような攻防も僕の体力切れによって終わりを迎えようとしていた。
まだか! まだなのか!
はっきりと死が近づいているのを感じる。
それでもなんとかも猛攻を回避する。
あと少し、あと少しのはず。
そう思った瞬間だった、右側面から衝撃が襲う。
これは僕の予測になかったものだ。
鳥の魔物の一匹が、自身の最大の武器を捨て、仲間に貫かれる可能性があるのにも関わらず、横から僕に体当たりしてきたのだ。
その鳥の魔物は仲間に貫かれ死亡するが、その命をとした攻撃は僕の右腕を砕きギリギリで保っていたバランスを完璧に崩壊させた。
死ぬ。
吹き飛ばされたことによって僕の体は空中へと投げ出される。そんなチャンスを鳥の魔物が見逃すわけがない。こちらに向かって攻撃の体制を取っている。
どうにかして無理矢理移動したいが唯一地面に届きそうな右腕は潰され何も出来ない状態。
ここで死ぬのか……
そう思った時だった。こちらを攻撃しようとしていた鳥の魔物は突如攻撃の体制を解いて違う方面を見る。
そこには数十匹のブラックウルフがこちらに向かってくる。
鳥の魔物たちは、僕よりもブラックウルフが危険だと判断して僕への攻撃をやめてブラックウルフへと攻撃を始める。
鳥の魔物の注目が僕からブラックウルフへと向いているうちに僕はこの場から離脱をする。
これが僕の狙いだった。
ブラックウルフの強みはその数だ。
ブラックウルフは数を生かして戦う。
文一の鑑定から聞いた話だと、ブラックウルフは広い範囲を縄張りとしている。
その広い縄張りを守るため、普段は1匹から2匹で行動している。そうすることで侵入者をいち早く見つけることが出来るようにしている。
ただ、それだけだと一つ疑問がある。
それはブラックウルフが弱いことだ。他に救援を求める前に殺されてしまえば見張りの意味がない。
それを克服するためにブラックウルフは鋭い嗅覚を持っている。それは僕が初日にブラックウルフの死体を用いて実験したことによって分かっている。
しかし、ここで新たな疑問が生まれる。
たとえ数匹が束になっても案外簡単に倒せてしまうわけだ。数を特徴にしているのに各個撃破されては意味がない。
ならどうしているのか、そこで僕は一つの仮説にたどり着く。ブラックウルフは血の匂いの強さからどれぐらい数が必要なのか予測しているのではないかと。
事実、僕が一匹倒した時は次にその三倍の量で攻めてきた。他にも二日目の食料探索の時数百ものブラックウルフが来たのも。前日に桜井や太亮などを中心に僕たちが移動中にブラックウルフを倒しまくったからと考えればあの数のブラックウルフが襲ってくるのも納得がいく。
だからこそ、ここにブラックウルフが来ることが僕は予測できた。大体どれぐらいの数でどのぐらいの時間がかかるのかも、その上であの鳥の魔物の総数を減らす必要があった。
数匹倒した程度で次に来るのは多くてその十倍程度、その程度なら数百いる鳥の魔物の前では、すぐに殲滅させられる上に僕への警戒が解けることはない。
少なくとも、僕が完全にフリーになる程度まで減らす必要があった。
だからこそ、僕は地獄の弾幕回避ゲームをした。来る前までにあの鳥の魔物の数を減らすために。
ただ、そこで気を付けないといけないのは減らしすぎないことだ。
ブラックウルフへ対応出来る力が残っていなければ、次に狙われるのは僕だ。
地獄の弾幕回避ゲームをした後では抵抗もできずに殺される。
うまい感じに両者が潰し合うように仕向けなければならなかった。そのためにタイミングを見ながら上手く調節するために300秒も走り回ることになった。
そして、現在その作戦が上手く行き僕は拠点へと帰るが出来た。
しかし、あまりにもギリギリだった。あと少しブラックウルフが来るのが遅かったら、あと少し早く鳥の魔物の体当たりが遅かったら、一つでも仮説が外れていたら、最初の攻撃を回避できなかったら、僕は死んでいた。
間違いなく僕は一つの修羅場を乗り越えた。
その代償はかなりのものだ。右腕は完全に潰され、全身傷だらけ、その容姿は、もはや一種のホラーのような状態だ。
そこまでして得たものは多少の経験と知識だけだ。あまりにも割に合わない。
そしてここまでしても、何も起こらない。まだまだ、足りないと言うことだ。
もはや意識を保つこともままならない。いつ倒れてもおかしくない。
しかし、倒れることは出来ない。ここで倒れてしまっては何もかも水の泡だ。
僕は石のように固い体を必死に動かして保健室までたどり着く。ここなら優香に最初に発見される可能性が最も高く、傷を癒すこともできる。
僕は保健室に入り、一番奥のベットを盾にするようにして身を隠して壁へと座り込む。
優香がいないと詰んでいた。僕は首の皮一枚で生き残れている。
本当にここまでしないと生き残れないのだろうか。あの手紙にはそうするように書いていた。あと何度命を賭ければ、あとどれぐらい苦しめば、僕はこの行動が正しかったと自信を持って言えるのだろうか。
それとも僕の行動は全く意味がなく、ただの愚者へとなり果てるのだろうか。僕の未来はまだ暗い。
「これは……優香に色々と言われそうだな」
この姿を見た時の優香の反応を頭の中で思い浮かべ、いよいよ優香に頭が上がらなくなったなと自分の弱さを噛み締めながら眠るのだった。




