ピンチ
「疲れた」
僕は気力を使い果たし、食堂の机に倒れこむ。
「お疲れーー」
「今後とも僕の代わりをよろしくな」
そんな僕に敦と文一が話しかける。二人が特に疲れているような様子もないので僕よりは楽な仕事をしていたと予想できる。
僕は最後の力を振り絞り顔を上げて、僕が苦しむことになった元凶である文一を睨めつける。それを文一は知らぬ存ぜぬといった感じの表情をして受け流した。
全く、仕事を押し付けておいて今後もよろしくとか文一も大概である。敦も他人事と言ったが感じだ。友達なんだから少しは労ってもいいと思う。
「それで、ただおしゃべりしに来ただけか?」
基本的に文一から僕に喋りかけることはない。元々僕と文一が友達関係になったのも僕が半年以上しつこく話しかけていたからだ。なので喋りかけるは基本的に僕の方であり、文一から話しかけてくるときはネット系のことか事務連絡の時だけだ。
「結果的にはそうなってしまうな」
「つまり、特に問題がないと言うことでいいのか?」
「ああ、今のところは問題ない」
文一の視点では特に問題ないようだ。文一は僕たち三人より地位が高いので有益な情報を手に入れるチャンスは多いので今後に期待しよう。
しかし、そう言った連絡は僕が聞きに行く時にすることにしたはずだが、まあ、会える時にしたほうがいいか。
それに敦が文一を無理矢理連れて、こちらに嫌がらせをしに来ただけもある。
「文一も忙しいなら、こういった時間帯に次いで感覚で連絡してくれ」
「そうだな、そうさせていただくよ」
そう言って文一たちとしばらくの間くだらないことで話した後、僕たちは解散した。
三日目の夜、僕は今日も外へと出る。
今日やることは理解者の実験だ。
外は外で危険があるので本当は拠点内で実験をしたいのだが、理解者の能力からどんなものか予測した場合に失敗したときのリスクが高いと気が付いた。
『理解者』
理解したことなら実現が可能。
支配者領域の展開が可能。現在は使用不可
まず、大前提として能力の説明が少なすぎる。まあ、ご丁寧に説明がある方が不自然なのだが、少しぐらいは楽に能力を使わせてほしい。
なので、僕はこの能力がどんなものなのか、思いつく限りの予測を立てた。そのことから理解者の実験が三日目まで先延ばしになった。
予測した中で一番リスクが高いのは、理解度があまり関係ない時についてだ。
もっと詳しく言うなら、自分が理解していると思っているなら能力の行使は出来るが、その結果は理解していることを実際に実現させるだけで、そこから思っているような結果が起きないというパターンだ。
簡単に言うなら、粉塵爆破は粉塵が待っている中に火をつけると爆発すると考え、理解しているとして能力を行使した場合に粉塵と火が発生させるだけであり、実際には様々な条件が噛み合わないと粉塵爆破は起きないので、結果として粉塵爆破は起きない。
つまり、簡単に実験が出来る能力だった場合だ。
もしこれが原子レベルで行われたとしよう、その時に発生することは大惨事を起こしかねない。そのようなことを危険視して僕は外での実験をすることにした。
正直、高校二年生の僕ではそう言った事故を防げるほどの知識があるとは思えない。なので、基本的にはこの能力を使いたくはないが、ここ三日で今の自分の立場が相当厳しいと分かったので手段を選べるほどの余裕は僕にはなかった。
他の人にはバレないように拠点の外を出てすぐのところに優香が道を譲るように立っていた。
「話さなくていいのか?」
「今は時間が惜しいのでしょう? 」
「確かにそうだな」
「それに話なら明日の朝より長くすればいいので」
「そ……そうだね」
何だろうか、こちらの立場が段々と下になっているのは気のせいか。取り敢えず、時間が多くあったほうがいいので優香を通り過ぎる。
「ま……待ってください! 言い忘れたことがありました」
僕は優香の方へと振り向く。
「言い忘れたこととは?」
「生きているならどんな傷でも私が治します、だから、生きて帰ってきてください!」
真剣な表情をしてこちらを見てくる。まあ、言いたいことはどんな傷でも治すから諦めるなよと言うことかな、彼女は本当に大切なことについては譲る気がない。
「言われずとも生きて帰った来るよ」
僕はそう言い残して、森の方へと歩むのだった。
一時間程度歩いた後二日前に使った場所に到着する。
洞窟など、あれから変化がないのか確認したがそう言ったものは見られなかった。周囲の安全が出来た所で実験をするのではなく、次に罠などを設置をすることにした。
前回は紐や簡易的な落とし穴だけだったが、あれだけでは心もとないので他にも草結びなどの罠を設置をした。そのほかにも身を隠すなどに使えそうな木や地形などを再度調べる。
今の僕では不意打ちなどの戦闘でなければ勝てない。前回の戦闘もある程度相手の事を知っているからこそ、予測からの対策で勝てたが僕が持っている魔物の知識はあまりもないので、出来るだけ正面対決を避けるための準備をしておく。
そんなことをして大体2時間程度かかった。11時ぐらいに始めたので今は深夜の1時ぐらい、明日の事を考えると実験に使える時間は1時間程度かな。
それから三十分間あれこれ調べた。
まあ、結論から言うなら、理解度は関係がなかった。能力を行使するのに必要なのは理解していると思うことであり、考えたことが実際に起きる感じだった。
火を起こする実験をしているが、今の所火を発生させることは出来ていない。
最初は何となく理解した程度から始めたが、内容が曖昧だったのか何も変化が起こらなかった。
その後も分子や原子のレベルではない方法でいけるか実験したがどれもできなかった。一番惜しかったのは摩擦などをなんとなくイメージしたことだが、どうやら摩擦の発生原理の理解が不十分であり上手く行くことが無かった。
まだ、火が発生出来てないのに理解度が必要ないかと分かったのは、理解者を行使するたびに何かが抜けていく感覚を覚えるからだ。
多分これが魔力だと思うのだが、僕が才能がないのか分からないがその抜けていくことしか分からない。
しかし、理解度が関係なく使えるのはいいのだが、やはりしっかり理解していないと使えないらしい。この三十分がそれを証明している。
僕は火を発生する原理について考える。
事細かく考え始める。火を発生するために必要なのは熱と燃料と酸素でそれが化学反応することによって燃え続けている。
今必要なのは瞬間的な瞬間的な火の発生。エネルギーを生み出す必要がある。そうしてどうするべきか頭の中で明確にイメージして理解者を行使する。
行使した瞬間、爆音とともに僕は数十メートル後ろへ吹き飛ばされ木に激突する。
「く……そ……しっ……ぱい……した」
全身が筋肉痛であるかのような激痛が僕を襲う。
運動エネルギーからプラズマを発生させるために軽く原子を移動させるイメージをしたが、想像以上に強いものになってしまい膨大なエネルギーを生み出してしまったのだろう。後は空中の何かに反応して爆発が発生したのか。
自身の身に起きたことをかろうじて保てた意識をフル活用して把握する。細かい原因は分からないがどちらにしろ僕が大失敗したことが分かる。
ほぼ反射的に能力の行使をやめて、受けの姿勢を出来たので最悪の事態を防ぐことが出来たが、無傷のはずがなく、数本は折れてしまっている。
僕は激痛を我慢しながら剣を杖にして立ち上がる。
「すぐに移動しなければ……」
先程の爆音で周囲の魔物が集まってくるはずだ、今の僕ではとてもじゃないが戦えない。
身を隠す場所へと向かおうとするが、こちらに向かってくる足音が聞こえた来る。そちらの方に振り向くと、ブラックウルフが数匹こちらに向かってきていた。
こういう時に限って仕事が早い、まだ数分しか経っていないのに、そんなことを思いながら僕はまだ心に余裕がある。
何のために数時間罠を仕掛けたことか、今の状況でも逃げ切れるぐらい罠はいくつもある。それを上手く使えばまだ何とかなる。だが、それは地面に足が付く魔物ならばの話だった。
無意識に僕は頭を下げる。その瞬間頭上を何かが物凄いスピードで通り過ぎるのを感じる。
何が起きたのか通り過ぎた方向を見ようとした時だった。右太ももから激痛が伝わる。
激痛の発生源をみると槍のように鋭い鳥の嘴が右太ももに突き刺さっているのを確認する。
それを確認した瞬間、ほぼ反射的にその鳥の首を剣で叩き切る。そして空を見上げる。そこには数十羽の鳥の形をした魔物がおり、こちらに弾丸のようなスピードで僕たちを襲い掛かろうとして来ていた。
「それは考えてなかった…………」




