クラス転移
今日も何も変わらない時間を過ごすと思っていた。
死が身近に感じるような環境に程遠い生活を今日もするのだと思っていた。なんとなくでも生きていけるこの平和の世界で命を賭けた勝負をするわけもなく、生き残るために他人を騙し欺くようなことをすることもない。
人の命を背負うようなこともない、誰でも生きていける環境で他愛もない生活をすると思っていた。例え自分の才能が命を賭けた環境に適していたとしても誰でも簡単に生きれるこの環境を捨てたいとは名塚真紀は思っていなかった。
朦朧としていた意識が少しづつハッキリしていく、そうなると少しづつ周囲の環境を認識できるようになった。
もさっととした感触がする。感触的には土だと思った。どうなっているのか状況が把握できないまま起き上がる。
何が起こったのかまだハッキリとしてない意識の中、現在の状況を確認するために周囲を見回す。360度どこを見ても木々が生い茂っており、その風景はどこまでも続いていた。
どうやら僕は森の中にいるらしい、周囲を見回す限り同じ風景が続いており、すぐにこの環境から抜け出せる可能性は低いかもしれない。
そんなよく分からないような状況に置かれているのは僕だけではないようだ。人数は三十人いない程度だろうか、その姿には見覚えがあった。だって僕と同じクラスの人だったからだ。
ぼんやりしていた頭も少しづつだが働き始める。
現状では何がどうなったのか全く分からず、人によってはパニックになっても不思議ではない。だけど僕の思考は恐ろしく冷たく、静かだった。焦ってた所で何も変わらないと今までの経験上無意識に分かっていたのだろう。
いらない感情が一つ一つ消えていくのがはっきりと分かる。その感覚はとても怖い、人ではない何かに変わっていく感覚だ。それでも拒むことはしなかった。分かっているのだ、今起きていることが命にかかわることを、頭より早く体がそう判断して、生き残るために適応を始めただけのこと。
それが進むに連れて、先程までもやっとしていた情報が明確の形を持って認識できるようになってくる。朝の教室、ホームルームが始まるまで自由に過ごすクラスメイト、突如僕たちの教室を覆いつくすように現れた魔方陣らしきもの、それが光ったと思ったら次の瞬間には知らない森の中、僕だけではなくあの教室にいた人もいる。
先程まで大雑把だった情報が一つ一つ意味が分かる情報に変わり、その情報をピースの形に変え当てはめていく。最初はたった5ピースだけだった。ただ5ピースあれば十分だった。それだけあれば違うピースが見えてくる。
5ピースだったものはいつの間にか数百までの量へと変わる。あと少しで全てが分かる。そこに至るまで意識が目覚めてからまだ数秒しか経っていない。あと一秒でもあればすべてが分かったのだろう。そんな神ならざることが出来るのが僕が持つ才能なのだから。
しかし、現実はそう甘くない。あと一秒早く答えを導き出していたのならばこの後の展開は大きく変わることになっていたはずだ。
答えを導く出す前にハンマーで殴られるような強烈な頭痛が襲うと同時に頭の中に大量の情報が流れ込んでくる。
『理解者』
理解したことなら実現が可能。
支配者領域の展開が可能。現在は使用不可
『解析者』
相手の能力など様々なことについて解析が可能。ただし、解析するものによって時間がかかる。また、同格の力を持っている相手には、圧倒的な差がない限り解析不可。
支配者領域の展開が可能。現在は使用不可
『不動』
精神系全ての影響を無効化
情報が全て送り込まれたのか頭痛が収まる。
あと少しで掴み取れていたはずの答えが霧散していくのが分かる。
生き残る以外の事が考えられるようになっていく。先程まであった無数の情報がなくなっていく喪失感を覚える。
後少しだったのに、先程まではゾーンに近いものだった。極限の集中状態で考えていたことが今の僕に分かるはずもなく、残ったのは今置かれている状況とそこから考察したことがごく少しだけ覚えている程度だった。
色々ありすぎてパニックになりかけるが、元々そう言った耐性があるので落ち着くことが出来た。
取り敢えず今まで起きたことをいったん整理しよう。
確か、何時ものように学校に登校してホームルームが始まるのを待っていたら魔方陣みたいのが浮かび上がった。そして気が付けば森の中にいて、命の危機だと無意識に判断して適応しようとした。完全に適応する前に情報が流れ込んできて失敗した、といった所かな。
起きて早々色々ありすぎてとても困る。ここまでややこしい展開は滅多にない。取り敢えず適応とかの事は考えない。
頭の中である程度情報を整理してので次に流れ込んで来た情報についてまとめる。
今流れ込んできた情報はどうやら自身の能力に関してのものらしい。頭痛が止んだ後、自然と能力を行使ができる感覚を覚える。
試してみたいという気持ちが少しだけ湧くが、現状を把握できていない状況で使うことは危険なので能力を行使することはやめる。
しかし、他の人は違ったらしい、周囲から火や雷などが発生する。同じように与えられた能力を他の人が試したのだ。
目に見えるだけでも物騒なものが多い。そんなことより、今の出来事でここにいる人には何かしらの能力が与えられていると考えた方がいいかもしれない。
教室、謎の魔方陣、森の中、与えられた能力、これってもしかして異世界転移してしまったのでは、そんな発想が頭の中を駆け巡る。
いや、そう結論付けるのはまだ早いこの世界には自分たちが知らないことが多くある。確かに状況証拠は限りなくその可能性が高いのだが、よくある展開なら誰かが説明してくれるはずだ。だが、周りにそれらしき人物はいない。
それに今の所ファンタジーな光景に……遭遇してました。さっき火を使っている人がいたよね、急に覚醒したならいいが、そんなことがあった時点で普通の生活ではない。
頑張って否定しようとしたが、それをするほどにその考えが正しいと肯定するものになっている。
まあ、今自分の身に起きたことを考えてもどうにもならない。それよりも現状の状況を把握して対策した方がいい。僕は今までイレギュラーな事態を散々経験してきたのでこういった時の頭の切り替えは素早く行うことができる。まあ、誇って言える事ではないが。
取り敢えず、先程まとめた情報を振り返りながらどうすればいいか考えるべきか。
今わかっていることは自分たちが森にいること、多分ここにいる全員に何かしらの能力を与えられていること。
優先順位と言う観点で考えるなら能力の事について考えた方がいい。能力は切り札になる可能性がある有効な切り札にするなら早い段階で何かしらの事をしておいた方が有利に立ち回ることができるかもしれないからだ。
そうなると、ここで能力を使用するのはあまり良くない。
現在の状況を見るに、僕たちは何処か分からない森の中、扱えきれない力を与えられている状態。これは非常に危険な状況に置かされていると僕は考える。
今の僕たちは遭難状態だ、すると食料なのど様々な問題が発生すると言うことは容易に考えられる。見渡す限り二十数人はいるので、この人数の食料を賄うのはかなり難しい。
そうなると当然不満が現れる。今までの安全な生活から一転、生死を賭けたサバイバルをさせられ、その上で一人一人に何かしらの能力が与えられているのだ。
そこから導き出される最悪の展開は、食料などを巡っての殺し合いなどが考えられる。その時に真っ先にターゲットにされるのは、能力がバレている奴からになる。
能力がバレるということは、相手に自分の能力を知りそれを脅威と認識されて警戒され何かされる前に排除しようと敵対する存在になるかもしれないのと、同時に攻略がしやすい存在になるからだ。
そのことを踏まえるとやはり、大切になってくるのは情報だ。無暗に自身の能力を明かせば今後不利になる可能性がある。
ならば自身の能力を隠すという手段もある。だがこれも最善手ではない。
理由は幾つかある。一つは、隠すという行為自体が敵対宣言をしているのと捉えられる可能性。
少なくても、ここにいる全ての人が能力を持っているということは遅かれ早かれ全員が気がつくだろう。
その際に能力を明かそうとかの流れになった場合に、能力を明かさないのは警戒してあると宣言しているようなものである。
また、現在は遭難状況なので、生き残るなら協力は必要不可欠になってくる。そのことから孤立する可能性が高いような立ち回りがいいかと言うと、これは悪手である可能性が高い。
勿論、絶対に悪手だと言うわけではない、協力体制が確立出来ないで食料の奪い合いなどの展開になった場合、情報のアドバンテージが得ることが出来る。
結局はその時の展開によって変わると言うことだ。ただ、今回の場合はいきなり敵対と言う可能性は低い。いきなり孤立するような危機的状況になるかもしれない選択をする必要はない。
さて、ここまで考えた上で僕はどうするべきか、全体の動きを確認するために周囲の様子を窺う。大半がまだ現状を飲み込んでおらず混乱している者が多い。その逆で僕みたいにこの事態を早々に飲み込んで動いている者もチラホラいる。
僕たち以外で事態を大きく変えるようなことが無ければ、事態が大きく動くまでには少々の時間があるようだ、事態が大きく動く前に今後の方針でも決めることにする。
現状から考えないといけないことは大きく分けて三つある。
一つ目は、僕たちの身に何が起きたのかをハッキリとすること。
現状で、考えられる可能性は大きく分けて二つある。
一つ目は、自分たちにとって未知の技術や何かの実験とかに題して、森に放置され観察されているなど、僕たちが地球にいる場合。
もう一つはあまり考えたくないが、異世界転移させられた場合。
僕的には前者の方が助かる、なぜなら僕たちは少なくても地球にいることなるからだ、それなら自身の知識が役に立つのでまだ希望がある。
しかし、異世界転移の場合、僕たちが持っている知識や価値観など全てが違う可能性が高い。一つのミスで命を失うといった可能性がある。
まあ、僕達をこの状況になる前に見た、僕たちを覆うように現れた未知の紋様、教室から森へ大人数を移動させる方法、そして、急に与えられる力など非現実的な事が続いているので後者の可能性が高い。
取り敢えず、今置かれた状況を理解するのは今後の方針にも大きく関わる、そこら辺を他人がどう考えているのかを出来るだけ知りたい。
二つ目は、能力について理解する事だ。
今後一番影響をもたらすとしたら与えられた能力で間違いない。能力によっては、この状況を打開する可能性もあれば、最悪の事態に陥る可能性もある。一手で全てが変わる可能性を含んでいるのだ。
それは、全員が何かしらの変化もたらす事ができ、一手間違えただけで詰みである状況を誰でも作り出せるということ。
誰か1人でも暴走すればそのまま終わるような状況、地雷が満遍なく埋められている所を走るようなものだ。
だが、上手く使えば現状を劇的に変える可能性が秘めているのも事実だ。
問題は自分自身が持つ能力の価値に気が付き、その価値が利用できるものだと気が付いた時である。
人の欲は非常に恐ろしいものであり、最も注意すべき事だ。悪化させるなら幾らでも出来るが、好転させる事は、非常に大変なのだ。
僕も含めて何かを求めて慣れないものを扱うのはとても危険だ。ただ、命が懸かっているこの状況ではそのリスクがあっても使うことが出来る理由が存在してしまっている。
それもあり、むやみに能力を使うことは危険だなんて言うこともできないし、僕自身能力に頼ることが間違っているとは思わない。
ただ、それで足の引っ張り合いなどが発生した場合、僕たちは簡単に全滅する可能性が高いことだ
そのためにも、自身の能力を扱えるようにしたい。しかし、現状では、能力がどんなものであるかすら分からない状態だ、何かしらのデメリットがあっても決して不思議なことではない。
不安要素の塊である能力をどうにかする事は生き抜く上で必須になってくる。
その事も考えると、能力なしでの事も考えておいた方がいいだろう。
自身の能力について理解する事も大切だ。現状ではどのような物かは分からず、できる事ならリスクを避けるために使用を控えたいが、これは自身にとっても強力な切り札になり得る事も考えなければならない。
何があるか分からないから使わなかったら、死んでしまいました。ではあまりにも間抜けだろう。
しかし、今のところ自身の能力が非常に曖昧な所が難点だ。
『理解者』
理解したことなら実現が可能。
支配者領域の展開が可能。現在は使用不可
このスキルが現状で一番分からない能力だ。まず、理解したというのはどのような定義で判断できるのか。
完璧に理解しなければ使用不可だった場合、活用するのは非常に難しい。それに実現可能とは理解したら即使用可能になるという意味か、理論的には可能になるだけという可能性もある。
もし、即使用が可能なら非常に汎用的で便利な能力に変わる。とりあえずこの能力については実態が分かるまで隠すことにする方向でいくか。
『解析者』
相手の能力など様々なことについて解析が可能。ただし、解析するものによって時間がかかる。また、同格の力を持っている相手には、圧倒的な差がない限り解析不可。
支配者領域の展開が可能。現在は使用不可
次に『解析者』という能力は内容だけを見るならとても価値がある能力だ。時間がどの位掛かるかによって評価が変わるが強力な能力になる可能性がある。
情報が大切になる中で情報収集に特化した能力は大きな価値がある。それに、この能力が無効されるということになれば、強力な能力を所持してることが分かるのでどちらにしろ情報が得ることが出来るので便利なものになる。
しかし、過信はしてはいけない。能力だけでは見えないものがある。それだけで判断をすることはしないように心掛けよう。それに、敢えて見せることや偽装されている可能性も考慮しなければならない。
このスキルも他者にそのまま教えることはできない。どのぐらい時間がかかるかは現状では不明だが、少なくても知ること出来る可能性がある限り慎重な人や僕と同じ能力を隠そうと考えている人から警戒されることは間違いないだろうし、最悪敵対関係になるまでありえる。
能力の詳細を知るための実験をするとしても些細なことでこの能力を持っていることをばれてはいけない。そんため慎重に活動しよう。この能力は非常に強力だが、知られてしまえば自身にとって良いことは一切ない。
『不動』
精神系全ての影響を無効化
この中では、シンプルかつ強力な能力だ。精神系の能力は初見で防ぐものが難しいことが多いと考えられる。それを防ぐことが出来るのは工夫次第では大きな切り札になる。
だがその特性上、この能力について公表することは難しい。
なぜなら、精神系の能力持ちにとっての天敵とも言える能力であるからだ。自身の能力が効かないと分かればそいつにとっては、不穏分子なるのは必然であり、排除をしようと行動しようとする可能性が高いからだ。
また、この能力は自身にとっては価値あるものだが、他人にとっては全く価値がない能力であり、知られてないからこその出来ることが多い能力でもある。
このことから、このスキルも知られるのは非常に不味いだろう。
また、『理解者』と『解析者』にある支配者領域というのも非常に気になる。
このことからも自身の能力の把握は早急に解決すべき課題だ。能力を明かさないといけない場合は、『理解者』か『解析者』の能力を劣化させたものを明かす方向にするか。
下手に誤魔化せば、ばれる可能性が高いため、嘘と真実を混ぜ合わせたほうがばれにくいからだ。
三つ目は、集団での活動になった場合、自身の方針を決めておく事だ。
能力の件もあるので、ここは慎重に立ち回る必要がある。その上で大切な事は、様々な事に順位を付け、自身にとっての最適解を出せるようにしておき、臨機応変に対応できるようにする必要がある。
現在僕にとって大切なのは生き残る事だ。これは最優先事項である。
生き残るためには、出来るだけ敵対しないで協力するほうがいい。一人でいるよりかは、複数で協力するほうが生き残る確率は高いからだ。
そのためにも、敵対するような行動は出来るだけ控え、協力的姿勢でいれば、一斉に敵対されることは限りなく低くなる。
だが、活躍しすぎるのもいけない。力を持つ者はそれに応じた責任と義務があるという人もいるがそれは弱者が強者を従えるためにそうしてもらわないと困るからだ。そのために、武力的な強さ以外で脅して自身にその刃が向かわないようにしているに過ぎない。
所詮は自身の保身のためであり、それが生き残るうえで最適解するため美化しただけである。どちらにしろ、変に目を付けられるようなことは控えるようにしよう。勿論そうすることがいい事もあるが今のところ僕にとってはデメリットの方が多い。
僕の方針はある程度決まった。
みんなが現状をどのように考えているのか知ること。
自身の能力を把握して手札を出来るだけ増やし、他の人の能力もできれば知ること。
出来るだけ協力する姿勢でいること、だが、必要以上に活動することはしない事。
僕の予想では協力体制は確立される可能性はかなり高いだろう。
それは、今回転移したメンバーが自身のクラスだからだ。運がいいのか分からないが、僕のクラスは非常に優秀な人が複数いる。それぞれがグループのリーダーであり、ピンチであれば迷わず協力することができる。
そんな風に僕は考えを纏め、周囲の状況を見るとクラスの上位陣が集まっており、話し合いが丁度終わったのか、その集まりは解散をした。
そのあと、すぐにクラスのリーダー的な存在である。川根菜月と桜井信也がみんなの前に立ち何かを話し始めようとした時だった。
不意に自身のポケットに何かが入れられた感覚を覚える。僕は、一切表情を変えないで、ポケットを探るとA4サイズの紙が折りたたまれ入っていた。取り出す前に周囲を見渡す。こちらを見ている者がいないことを確認して、みんなから死角なるようにしてその紙を確認した。その紙にはこう書かれていた。
未来の僕から 過去の僕へ