プロローグ
「ごめんなさい、ごめんなさい、もうミスはしませんから」
泣きながら僕は親に謝る。
僕は、あまり頭がよくないので様々なことが上手くできない。だから、僕は失敗ばかりしていた、幼い頃から多くの失敗をしてきた。その度に、怒られる。
今回も失敗した。だから、親から殴れる。だけどそれがつらいとは感じたことはなかった。だってそれが僕にとっての当たり前だったのだから。
「お前は兄だろ、弟がいるのだから、常に手本となりなさい」
父は僕に言う。僕には一年下の弟がいた、
弟は、全く怒られない。僕と違って頭がいいのもあるが、僕を反面教師としていたことが大きいと思う。弟は、兄である僕が失敗しているところ見て、同じ失敗をしないようにしていた。年が経つと僕を隠れ蓑にするようになった。
そのこと自体は、僕にとっては賢い選択肢だと思っている。弟は自身を守るためにやっているだけなのだから。それに対して何もしない僕が悪いのだ。だから、弟を嫉妬することもなく、怒ることもなっかた。
この頃からきっと壊れていたのだろう、厳しい両親、優秀な弟、安全地帯なんてなかった。そんな環境は、僕に一つの事を理解させた。自身にとって不都合なことは全て自身の力不足から起きていること。楽になりたいのなら成長するしかない事だった。
それから幼稚園に入ったが、僕は人付き合いも苦手だったために孤立するのは必然だった。
この頃から違いが分かるようになってきた。
なぜあの子は多くの人に囲まれているのだろうか?
なぜあんなに早く走ることが出来るのだろうか?
この頃から一目見ればその人がどんな人か分かるようになった。
あの人はキツイ人だけどその人の事をしっかり考えようとしてる。
あの人はヤサシイ人だけどその人の事についてよく考えていない。
気づけば、人を観察するようになっていた。そこから少しづつだが、どうすればいいのか分かるようになってきた。しかし、分かってもどうすればいいのか、当時の僕には分からなくて僕を囲む環境に変化はなかった。
きっと一人なら壊れていた。希望なんてものを抱くこともなく衰弱死していたはずだ。だけど、そうはならなかったあの人がいてくれたから。あの人だけは、僕のことを優しくしてくれた。あの人がいたおかげで、多くのことを学べたし、消えかけていた感情を何とか維持できたのだから。
あの人はよく僕にこう言っていた。
「人に優しくしてあげなさい、辛さを知っているなら、理解してあげなさい、誰もが悩み、失敗するのです、それは仕方ないこと、何でも上手くできる人なんていないのだから。」
「だからね、優しくするんだよ?その優しさはきっと自分を助けてくれるから」
あの人はとにかく優しくすること僕に言っていた。僕は、その言葉を守った。だって今僕がその優しさに救われたいたのだから。
そうして僕は人を優しくすることを意識して過ごした。年がたつごとに段々とできることが多くなってきた。
小学六年生頃には毎日怒られていたのが、二日に一回のペースになった。そのころには、多くのことを分かるようになっていた。怒られる理由が適当なことに気が付き反論したことがあったが、その時は逆切れされ、物を投げられた。そのことから、怒れれば何でもいいのだと気が付いた。
その人にとって正しいのあれば、いいのだと理解した。そのことは学校という環境でも言えた、自身に理不尽なことがあったも、みんなが理不尽なことだと感じていなければ、それは無視されること、みんな自分のために生きていることを知った。
それでも、僕は人に優しくした。僕にとって一生の恩人であの人の言葉を守っていたからだ。
それに僕もまだ未熟な所がある。父の言っていたことは頭の中ではただの怒りをぶつけるだけだと判断しているが、僕の目はキツイけど先の事を考えている人だと告げていた。そして正しかったのは目の方だった。父は厳しいがそれはしっかり僕の為になっていた。
勿論すべてがそうというわけではないが、それでも学ぶことは多かった。
そんなこんなで中学に上がった時、大きく変わる転機が起きた。
始まりはいじめに抗ったことだった。いじめ自体は小学生の頃から受けていたが、金銭的な被害や僕の成長に大きく阻害するようなものではなかったため放置していたが、中学になり教科書を捨てられるなど無視できないものになっていたからだ。
だから、僕は邪魔になったいじめをしていた人を排除することを決めた。ただ、誰しも間違ったことをすることがあるのだと、たった一回の失敗で終わりにするのはいけないことだと、あの人から学んでいるため、僕は表面化しないように一度追い込み、僕にいじめをしないことを約束させて、彼らを許した。
だけど、いじめは終わらなかった。前より酷くなった。だから、僕は彼らを徹底的に追い込んだ。しかし、結果は僕が悪いことになっていた。理由は簡単だ、やり過ぎたのだ。第三者にとって当事者の事なんてそこまで関係ない。ただ穏やかに終わらせればいいのだと思っている。
僕はそこで失敗したのだ、その時僕が助けた人は、誰も助けてくれなかった。僕にとって優しくする意味について大きな疑問を持った。その時にあの人が急死した。
原因は、過度の労働だった。誰にも優しかったあの人は、多くの人を助けていたからだ。
この時初めて、怒りを感じた。それは、何もできなかった自分自身にだった。
だけど、それ以上に分からないことがあった。
葬式の時に見たあの人の顔はとても満足そうに穏やかなものだった。
死ぬ寸前までの何をしていたか調べたが決してあの人が恵まれるようなことは起きていなかったはずだ。
「なのに、どうして……どうして……そんなに満足そうな顔をしていたんですか?」
その出来事が名塚真紀にとっての生きる目的が見つかった。